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記憶いただきます  作者: 猫屋敷浜辺
第一章 記憶を失った兵士
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4 最初の晩餐

 壁を飾るステンドグラスから、傾いた陽が差し込んでいる。舞う塵の一粒までもが、金色に染めあげられていた。


 兵たちの喧騒で満ちていたはずの大広間。その片隅で、俺は自称女神の女と二人だけで、一つのテーブルを挟んで向かい合っていた。


 目の前の皿には、青みを帯びた、白いポタージュ。煮崩れかけた芋、ごろりとした塊肉、それに、緑の葉が沈んでいる。


「召し上がらないのですか。見た目ほど、悪くはありませんよ」


 向かいの女は、すでに自らの椀へ、匙を運びはじめていた。掬い混ぜると、とろりと粘つく液が、匙の背にまとわりつく。鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。


 悪くない。それどころか、否応なく、腹の虫が疼く。


「これは、お前が作ったのか」

「ええ。自信作です」

「妙なものは、入っていないだろうな」

「さあ。それは、どうでしょうか」


 抑揚もなく、そう返す。信の置ける相手では、断じてない。だが、この飢えを前にして我慢するというのは、あまりに酷というものだった。俺は意を決し、匙を口へと運ぶ。


「……美味い」


 肉も、悪くない。いくらか筋張ってはいるが、確かな弾力があり、噛みしめるほどに、旨味が滲み出してくる。


「この肉は、何だ。鹿でも、羊でも、鶏でもないな」

「はい。ヴェイルが屠った、ガルムの肉です」


 次の瞬間、俺は口中のものを、残らず吐き出していた。


「何をなさるのです。もったいない」

「なんという……悍ましいものを!」

「ですが、ほかに何も、ございませんので」

「ひもじかろうと、魔物を口にする者があるか!」


 悍ましい。今すぐにでも、口を漱ぎたい。


「背に腹は代えられません。それに、記憶を失う前のあなたは、当たり前のように、召し上がっていましたよ」

「……何」


 嘘だろう。自分という人間が信じられなくなる。その心地の悪さを噛みしめたまま、俺は結局、それきり匙を取ることができなかった。


**


「三年……だと」


 開いた口が、塞がらなかった。魔物の肉を平らげた女神が語ったのは、およそ、にわかには信じがたい話だった。俺がこの砦へ来てから、すでに三年の歳月が過ぎているのだと、彼女は言う。


「俺の覚えでは、せいぜい半年だ。三年など、あり得ん」

「ですから、その二年半ぶんの記憶を、丸ごと頂いたのです」


 思わず、頭を抱える。


「なぜ、過去の俺は、そんな真似を」

「すべては、魔物を殺すため。多くの記憶を差し出すほど、それに見合う、強い力をお授けできます。そしてもう一つ、質もまた、肝要です」

「質?」

「ええ。あなたにとって、かけがえのない、思い入れのある記憶であるほど、その質は上がるのです」


 形なきはずの記憶を、まるで商いのように、取り引きする。奇妙な話だった。つまり俺は、直近の二年半、それも、おそらくは大切であったはずの記憶を、この女へ明け渡したのだ。


 ふと、違和感を覚えた。この砦には、他に兵の気配がまるでない。


「三年もの間、俺以外の兵は、どうしていた。援軍は、来なかったのか」


 女神は、しばし目を伏せてから、静かに答えた。


「長く続いたこの戦の中で、兵は、ほとんど失われました。魔物に討たれた者、恐れをなして砦を去った者……今、ここに残っているのは、あなたと、私。二人だけです」


 そのあいだ、援軍も来ず、便りも届かず、ただ、この最果ての地で、一人また一人と欠けていった。そうして残されたのは、記憶すら定かでない俺と、この得体の知れない女だけだということか。


「見捨てられたのか……この砦は」

「ええ、おそらくは」

「ではなぜ、俺は此処に残る。一人になってまで、魔物を殺す理由は何だ」

「むろん、この国を守るためです」


 国を守るのは兵の責務。それまで忘れたつもりはない。だが……胸の奥底で燻るこの衝動。それは、そんな綺麗な言葉で片づけられるものではない。


「本当に、それだけか」


 女神は、しばし思案するように目を伏せ、それから、静かに口を開いた。


「そうですね。強いて申し上げるなら、復讐、でしょうか」


 その二文字に、心臓がどくりと跳ねた。

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