4 最初の晩餐
壁を飾るステンドグラスから、傾いた陽が差し込んでいる。舞う塵の一粒までもが、金色に染めあげられていた。
兵たちの喧騒で満ちていたはずの大広間。その片隅で、俺は自称女神の女と二人だけで、一つのテーブルを挟んで向かい合っていた。
目の前の皿には、青みを帯びた、白いポタージュ。煮崩れかけた芋、ごろりとした塊肉、それに、緑の葉が沈んでいる。
「召し上がらないのですか。見た目ほど、悪くはありませんよ」
向かいの女は、すでに自らの椀へ、匙を運びはじめていた。掬い混ぜると、とろりと粘つく液が、匙の背にまとわりつく。鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。
悪くない。それどころか、否応なく、腹の虫が疼く。
「これは、お前が作ったのか」
「ええ。自信作です」
「妙なものは、入っていないだろうな」
「さあ。それは、どうでしょうか」
抑揚もなく、そう返す。信の置ける相手では、断じてない。だが、この飢えを前にして我慢するというのは、あまりに酷というものだった。俺は意を決し、匙を口へと運ぶ。
「……美味い」
肉も、悪くない。いくらか筋張ってはいるが、確かな弾力があり、噛みしめるほどに、旨味が滲み出してくる。
「この肉は、何だ。鹿でも、羊でも、鶏でもないな」
「はい。ヴェイルが屠った、ガルムの肉です」
次の瞬間、俺は口中のものを、残らず吐き出していた。
「何をなさるのです。もったいない」
「なんという……悍ましいものを!」
「ですが、ほかに何も、ございませんので」
「ひもじかろうと、魔物を口にする者があるか!」
悍ましい。今すぐにでも、口を漱ぎたい。
「背に腹は代えられません。それに、記憶を失う前のあなたは、当たり前のように、召し上がっていましたよ」
「……何」
嘘だろう。自分という人間が信じられなくなる。その心地の悪さを噛みしめたまま、俺は結局、それきり匙を取ることができなかった。
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「三年……だと」
開いた口が、塞がらなかった。魔物の肉を平らげた女神が語ったのは、およそ、にわかには信じがたい話だった。俺がこの砦へ来てから、すでに三年の歳月が過ぎているのだと、彼女は言う。
「俺の覚えでは、せいぜい半年だ。三年など、あり得ん」
「ですから、その二年半ぶんの記憶を、丸ごと頂いたのです」
思わず、頭を抱える。
「なぜ、過去の俺は、そんな真似を」
「すべては、魔物を殺すため。多くの記憶を差し出すほど、それに見合う、強い力をお授けできます。そしてもう一つ、質もまた、肝要です」
「質?」
「ええ。あなたにとって、かけがえのない、思い入れのある記憶であるほど、その質は上がるのです」
形なきはずの記憶を、まるで商いのように、取り引きする。奇妙な話だった。つまり俺は、直近の二年半、それも、おそらくは大切であったはずの記憶を、この女へ明け渡したのだ。
ふと、違和感を覚えた。この砦には、他に兵の気配がまるでない。
「三年もの間、俺以外の兵は、どうしていた。援軍は、来なかったのか」
女神は、しばし目を伏せてから、静かに答えた。
「長く続いたこの戦の中で、兵は、ほとんど失われました。魔物に討たれた者、恐れをなして砦を去った者……今、ここに残っているのは、あなたと、私。二人だけです」
そのあいだ、援軍も来ず、便りも届かず、ただ、この最果ての地で、一人また一人と欠けていった。そうして残されたのは、記憶すら定かでない俺と、この得体の知れない女だけだということか。
「見捨てられたのか……この砦は」
「ええ、おそらくは」
「ではなぜ、俺は此処に残る。一人になってまで、魔物を殺す理由は何だ」
「むろん、この国を守るためです」
国を守るのは兵の責務。それまで忘れたつもりはない。だが……胸の奥底で燻るこの衝動。それは、そんな綺麗な言葉で片づけられるものではない。
「本当に、それだけか」
女神は、しばし思案するように目を伏せ、それから、静かに口を開いた。
「そうですね。強いて申し上げるなら、復讐、でしょうか」
その二文字に、心臓がどくりと跳ねた。




