9 告白
気づくと、寝台の上だった。石造りの室内。兵舎とは違って、嫌な匂いもしない。窓の外には、遠くの山々が見えた。
「将官の部屋だ」
羊皮紙の散らかったテーブルの向こうで、ヴェイルが椅子に腰掛けていた。立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。その体は、以前にも増して精強で、失われていたはずの右足も元どおりに戻っていた。
「気分はどうだ」
「もう、大丈夫です」
気丈に答え、寝台を降りようとして、ぐらりと体が傾いた。彼が支え、隣に座る。寝台が、深く沈んだ。
痛いほどの静寂。あの喧騒。彼の顔についた血。それが意味するものを察するのは、容易だった。
「……仕方なかった」
長い沈黙の後、嗄れた声が静かに響いた。
「それより、お前が無事でよかった」
壁を見据えるその横顔は、どう見ても、納得しきっている人のものではなかった。
「ヴェイルこそ、大丈夫ですか」
振り向いた彼の、濁った翡翠の瞳から、涙がこぼれ落ちた。シーツに小さな染みを作る。
「すまん」
乱暴に目元を擦る彼。離した腕の下、雫はもう見えなかったけれど、目元だけが赤くなっていた。
その瞬間、理解した。彼に背負わせてはいけない業を、私が背負わせてしまったのだ。これは、私の罰だ。だとしたら本来、それを背負うべきは私のほうだ。
私は彼の左手の甲に、そっと右手を重ねた。
「記憶を、いただけますか」
彼は、はっと目を見開き、手を引っ込めた。
「だめだ。それだけは」
立ち上がろうとする彼の手首を、掴んで止める。
「お願いです。これは、あなたが抱えるべきものじゃありません」
「違う。やったのは俺だ。俺の責任だ」
「私は、あなたに幸せになってほしいんです。つらい記憶は、全部私が引き受けます」
「お前に、そんな義務はない」
「でも、それが私の役割なんです」
「役割ってなんだ。なぜそこまでする」
「だって——私は、ヴェイルのことが、好きだから」
時が止まった気がした。鳥のさえずりが、やけに大きく響いた。
言ってしまった。
ずっと、胸の奥にしまっておくはずだった、この気持ちを。
「好きって……どういう……」
「知っていますよ。あなたには奥様がいる。でも、しょうがないじゃないですか。好きになってしまったんだから」
彼は絶句し、頭を抱えた。何かを言いかけて口を開いては、また閉じるのを繰り返した。
「安心してください。振り向いてほしい、なんて思っていません。それが無理だと、あなたが教えてくれましたから」
彼がくれた、あの幸せな記憶。
私には決して手が届かない、望んではいけないもの。
「私があなたに差し上げられるものは、何もありません。だけど、いらないものをいただくことはできます。それが、私の役割だから」
私は、投げ出された彼の手をそっと握った。
「あなたには、あなたの役割があります。この先も、皆を守るんでしょう。だからいらないものは、全部、私に捨ててください」
彼の手が、ぴくりと震える。でも、本気で振りほどこうとしていないことは、伝わってきた。
「今日……私はいろんな人の記憶を見ました。それを、あなたの記憶で、塗りつぶしてほしいのです」
彼は俯き、しばらくしてから、静かに頷いた。そして、私の手を強く握り直す。
そして記憶の洪水が、始まった。
つい先ほどのことだったから、その景色はひどく鮮明だった。家畜小屋の裏。兵に腕を掴まれ、ぐったりとした私。それを見た瞬間の、身を焼くような激情。
突き飛ばす。囲まれる。剣が抜かれ、喉元に突きつけられ――そして。
人の命を奪う感触は、こんなにも、あっさりしているものなのか。荒い息、赤く染まった手。湧き上がる憎悪と、悔恨。そして、息をする私を見た時の、安堵。
その全部が、もう私のものになった。
二人だけの秘密は、もう、ない。
これからは、私が彼の秘密を守り抜く番だ。それが、私なりの愛のかたちなのだと思う。
翌日、将校を含む七人の亡骸が、家畜小屋の裏で見つかった。
ヴェイルはそれを聞き、誰の仕業かと、ただ、憤っていた。




