6 赤い強欲
見張りのいない城壁の上、満天の星の下、二人きりだった。
「今日は、大活躍だったみたいですね」
「ああ、恐ろしいくらいだ。こんなに強くなれるなんて。まだ、手が震えている」
自分の手を見つめて笑う彼。その高揚の裏側に、どこか壊れてしまいそうな危うさを感じて、胸がざわついた。
「この力があれば、この砦も、国も……皆を守れるかもしれない」
固く握られた拳。私は、彼にすべてを話した。
女神像のこと、メモリア・リンクのこと。
ただし、願いの中身だけは、伏せたまま。
「俺がリアに渡した記憶は、今、お前の中にあるのか」
「はい」
「どんな記憶だった」
私は、あの光景……騎士に憧れた、幼い日のことを話した。彼は頷きながらも、どこか、ぴんときていない様子だった。
「不思議な気分だな。まるで、赤の他人の話のようで……それは、本当に俺の記憶なのか」
私は頷いた。力のためとはいえ、彼の原点ともいえる記憶を奪ってしまった。改めて、とんでもない力を授かってしまったのだと、少しだけ、恐ろしくなる。
「なあ、そのメモリア・リンクというのは、誰にでも使えるものなのか」
「……え?」
「俺以外にも、力を与えられるなら……女神の加護を受けた、最強の軍団が作れる。そうすれば反撃して、魔王を倒しに——」
「待ってください!」
私は慌てて遮った。
「このことは、まだ誰にも言わないでください。記憶を流し込まれる時、私はそれを実際に経験することになるんです。ここの全員と、そんなことをしたら……」
「そうか……いや、確かにそうだな」
彼は申し訳なさそうに、身を縮めた。けれど私には、それ以上に、心に引っかかることがあった。
「それに……いいんですか。私が、いろんな人の記憶をいただいても」
彼はぽかんとしている。それが、正しい反応だと思う。命懸けの戦場で、そんなことを気にする私の方が、きっとおかしいから。
「あなたの記憶だから、私は、いいと思ったんです」
「……それは、どういう」
これ以上、彼を困らせてはいけない。分かっているのに止まらなかった。きっとお酒のせいだ。
「知らない人の記憶なんて、流し込まれたくないんです」
「あ、ああ。分かった、悪かったな」
焦って謝る彼に、理不尽な怒りが少しだけ湧いた。別に、謝ってほしいわけではないのに。
「とりあえず……このことは、二人だけの秘密にしよう」
「二人だけの?」
「ああ」
その響きが、胸の中の憤りをすっと沈めていく。浮いたり、沈んだり。やっぱり私は、少し、おかしくなってしまったのかもしれない。
「これだけの力があれば、俺一人で何とかなる」
彼は笑い、私からボトルを奪って一気に飲み干した。
「冷えてきたな。戻るか」
螺旋階段を下りながら、私はずっと聞かぬふりをしてきた、心の声に耳を傾けてしまう。
もしも……ヴェイルから奥さんの記憶をすべて奪ってしまったら。その時、彼の心は……いったい誰に向くのだろう。
許されることではない。
許されてはいけない。
だけど、この戦場で、彼のそばにいられるのは……彼の気持ちに、いちばん近くにいられるのは、私だ。
だって私たちは、秘密を分け合っているのだから。




