1 灰に沈む
力は、記憶と引き換えに与えられる。
この先語られるのは、彼が手放し、私だけが抱き続けた、もう戻らない記憶の話。
星が今にも落ちてきそうなほど、澄んだ夜。
私の村に、魔物の群れが現れたのは、そんな夜のことだった。
故郷は、あっという間に火の海に沈んでいった。私は瓦礫に足を挟まれ、うつ伏せのまま、身を焦がす熱に炙られていた。熱風が、肌を、髪を、肺を焼いていく。あちこちで悲鳴が上がっているのに、私には何もできない。
私を逃がしてくれた父と母は、今、どうしているのだろう。誰も助けられず、ただ炎に焼かれて死んでいく。そんな終わり方だなんて。こぼれた涙は、虚しく地面に吸われて消えていった。
せめて、仰向けだったなら。
最期に、あの大好きな星空を見られたのに。
神様は、どうしてこんなにも残酷なのだろう。私は、間もなく訪れるであろう終わりに備えて、そっと、目を閉じた。
「――おい、おい! 返事をしろ、生きているか!」
暗闇の向こうから、声がした。灰と煙に霞む視界の中、兵士らしき男が、必死の形相で私を呼んでいる。
「た、たすけて……」
驚くほど掠れた声が、喉の奥から漏れた。男は頷くと、背後に回り、私にのしかかる瓦礫をどかしてくれた。
「安心しろ。今すぐ、安全な場所へ連れていく」
彼は私を、いともたやすく抱え上げて走り出した。煙にくすむ夜空の下、その顔がようやく見える。短く刈り込んだ、金色の髪。煤で黒く汚れた顔の中で、翡翠色の瞳だけが、はっきりと光っていた。
「もう心配はいらない。俺たちは王立軍だ。すぐに、魔物も退治する」
その言葉に、全身が安堵で満ちていく。私は、彼の煤だらけの袖を握った。
ありがとう――そう、伝えたかった。けれど叶わなかった。私の意識は、夜の闇にそっと抱かれて、消えていった。
**
目が覚めると、そこは、村のはずれの集会所だった。あちこちから、すすり泣きが聞こえてくる。足を引きずってやってきた村長が、静かに私へ告げた。私の両親が、亡骸で見つかったのだと。
その時は、涙すら出なかった。人も、家も、何もかもが、灰の中に消えてしまっていた。
死者を弔ったのは、しばらく経った、雨の降る日のことだった。私はようやく泣くことができた。涙も涸れ果てた頃、ふと、思い出す。
――お礼を、まだ言えていない。
火を厭わず、瓦礫の中から私を救い出してくれた、あの兵士。あの人がいてくれたから、私は今も生きている。
会って、たった一言でいい。お礼が言いたかった。
それが、すべてを失った私にとって、唯一の生きる目的になった。
行商人に尋ねると、答えはすぐに知れた。王都は魔王軍との戦のため、山の中腹にある東の砦に、兵を集めているのだという。村へすぐに救助が来たのも、そのおかげだった。
迷いはなかった。村長は、優しく私を送り出してくれた。
「気をつけてな、リア。いつでも、帰ってくるといい」
「ありがとうございます……行ってきます」
こうして私は、辺境の砦で、使用人として働くことになった。すべては、あの兵士にお礼を言うために。
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料理には少し自信があったから、調理と給仕を任された。砦には大勢の兵士がいて、一度見ただけの、名も知らないあの人を探すのは、思いのほか難しかった。
それでも、ようやく見つけた。髪は少し伸びていたけれど、間違いない。あの翡翠色の瞳を、見間違えるはずがなかった。仲間に囲まれ、食事を待つ彼のもとへ、高鳴る胸を抑えながら皿を運ぶ。
「あの……私のこと、覚えていますか」
人生でいちばんの勇気だったと思う。彼は、訝しげに私の顔を覗き込んだ。顔が、かっと熱くなる。
暗闇の中で、一度助けただけの相手のことなど、覚えているはずがない。気味悪がられてしまったかもしれない。そう思いかけた時。
彼は少し考えたのち、ぱっと目を見開いた。
「……ああ! あの時の、村の娘か」
その瞬間、胸の中を、春の風が吹き抜けた気がした。ずっと降り続いていた雨が止み、隠れていた気持ちが、静かに芽吹いていく。
「無事だったのだな。しかし、どうしてこんなところに」
「お、お礼を……助けていただいて、ありがとうございました!」
思いきり、頭を下げる。顔はきっと、熟れたトマトよりも赤かったに違いない。
「大げさだな。顔を上げてくれ……名前は?」
「リア、です。ここで、使用人として……」
「リアか。俺はヴェイル。よろしく頼む」
差し出された、大きな手。
私はそれを、うまく握り返すことができなかった。




