12 希望の星
それから、どれほどの月日が流れたろうか。数えることすらやめて久しいある日、運命は唐突に俺の前へと現れた。
何かが砕けるいやな音とともに、体が宙を舞う。空が視界を埋め尽くした。満月の夜だった。見惚れたのも束の間、すぐに背中から地に叩きつけられ、肺から空気が消し飛ぶ。
剣を地に突き立て、震える足で立ち上がり、眼前の敵を睨めつける。人の形を模してはいるが、まったく別の何か。丈高く、全身に骨の装飾を纏った異形。二本の角が生えた額の中央では、すべてを見透かすような赤い目玉が、ぎょろりと動いていた。まるで、悪夢がそのまま姿を得たかのような存在。
——魔王。奴は、確かに自らをそう名乗った。ついに現れたのだ。自らの手で俺を仕留めるために。
「面白い奴だ。人でありながら、神性をも内に宿している。魔物どもが、お前一人に手も足も出なかったのも道理だな」
心に直に響くようなその声は、怒りでも憎しみでもなく、ただ冷徹な観察者のそれだった。
「貴様が人である以上、残党どもの希望の星になりかねん。惜しむらくは、貴様が魔族ではなかったことだ」
そう言うと、魔王はゆっくりと手を掲げた。その一挙動だけで、大気が裂け、空が割れた。
「一人で、よくぞここまで戦い抜いた。だが……もう、眠るがいい」
振り下ろされた腕の先で、世界が爆ぜた。
俺はなす術もなく吹き飛ばされた。あらゆる種類の衝撃が、全身を貫く。悲鳴すら上げられぬまま、気づけば、瓦礫の中に埋もれていた。
ふと見れば、左腕が肘の先から千切れてなくなっている。折れ曲がった右腕を伸ばし、剣を拾おうとする。震える指先が、ようやく柄に触れた。
動け。体が言うことを聞かない。再生が追いつかない。それでも、立たねばならない。
立たねば、俺も、リアも、死ぬ。
獣のような雄叫びを上げ、気力だけで体を引き起こす。剣が微かに光を帯びた。右腕だけでそれを振るうと、光る斬撃が魔王めがけて飛んでいく。
ただの、目眩ましにしかならなかった。だが、それで十分だった。俺はその隙に走った。奴に背を向けて。
勝てない。それが残酷な事実だった。
俺は、力を振り絞って砦へと駆け戻った。
彼女を探すために。
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崩れかけた兵舎のそばで、俺はリアの姿を見つけた。彼女は俺を見るなり、叫び声を上げて駆け寄ってくる。ここまで悲痛な顔をさせるとは、今の俺は、よほど酷い有様なのだろう。
「やはり、魔王ですか?」
リアの問いに、俺は頷いた。
「情けないことに、まるで、勝てる気がしなかった」
俺は剣を地に投げ捨て、血にまみれた右手を、彼女へ差し出す。もう、戦う気力など、どこにも残ってはいなかった。
「二人で逃げよう、リア。どこか遠くへ……お前と二人だけの場所へ」
俺の胸にあったのは、ただ二人で生きていたいという、それだけの願いだった。だが、彼女は静かに首を横に振った。
「ヴェイル。この状況こそ、あなたが望んだことなのです」
「……何?」
「あなたが、この砦で魔物と戦い続けていた、本当の目的。それは魔王を、ここへおびき寄せることだったのです」
俺は、言葉を失った。
「ここで戦い続け、魔物をすべて屠れば、いずれは魔王自らが出てくるほかなくなる。そう考えたあなたは、この国が滅んだという記憶を……真実を、私に奪うよう頼みました。そうすれば、きっと、ここで戦い続けられるから」
俺は魔王を殺すために、記憶を失う未来の自分に、その願いを託した。そして今の俺は、その筋書きどおりに、魔物を殺し続けてきた。
「ですから、ヴェイル。逃げることはできません。もうどこにも、逃げ場などないのです。あなたも、本当は分かっているはず」
「だが、このままじゃ、二人とも――」
「いいえ……まだ、方法があります」
そう言うと彼女は、俺の差し出したその手をそっと握った。
「あなたの記憶、私にください」




