第9話 推し活の為には推しの推しを推し活します
「夏休み」
日本人が作った乙女ゲームであるから、四季があってしっかりと夏休みがある。貴族たちは避暑地で社交を繰り広げるのだけれど、平民にはそんな余裕は無い。成績によっていわゆるアルバイトを斡旋してもらうのだ。大抵が夏のバカンスにより人手が足りなくなった役所の手伝いである。文字が書け、計算が出来る平民の生徒は大変重宝されるのだ。就職先の下見も兼ねて、大抵の生徒はアルバイトに勤しむのである。
ヒロインの場合、攻略対象者との好感度の上がり具合によってアルバイト先が変わってくるのだ。教師のジャンパオロなら、夏休み中も学校に来て資料の整理を手伝ったり、合間で補修を受けたり出来る。商家の息子であるガレアッツォなら、家の手伝いを一緒にするのだ。買い付けと言うちょっとした旅行もできてなかなか楽しいのである。
だがしかし、アンジェリーナは攻略対象者を攻略しないのである。推しの推し活をしたいのだ。
そんなわけで、アンジェリーナは秘策を思いついたという訳だ。
「お城の侍女見習いって、アルバイトがあったんだから、公爵家のメイド見習いがあってもいいじゃない」
アンジェリーナは夏休みが始まる前、アルテマにそれとなくお伺いをたてていた。もちろん、取り巻きたちの冷たい視線と、なかなかな嫌味を受けたけれど、そんなことは気にしない。何しろ推しの推しは推しである。この世界での最終目標を定めた以上、そこに向かって精進するしかないのである。
推しの推しを推す。
つまり、公爵令嬢アルテマの側に仕えるということだ。もちろん、公爵家のメイドに簡単になれるなんて思っちゃいない。ラノベでよく見かけるのは紹介状だ。もしくは縁故採用である。親が務めているから、そのまま子も仕える。他の貴族家で優秀であるから家格が上の貴族家へのランクアップを推薦してもらう。平民の家に産まれ、下町で働く両親を持ったアンジェリーナにそんなつてはない。だがしかし、今はある。学校とアルテマ本人である。
そんなわけでアンジェリーナは夏休み前の職員室で、教師に確認をしてみたのだった。城の侍女見習いではなく、貴族家でメイド見習いをしたい。と。まぁ、当然ながらあちこちから反対の声が上がった。一応担任であるジャンパオロも信用問題についてアンジェリーナに説明をしてくれた。が、そんな所に颯爽と現れたのが悪役令嬢アルテマである。ロドリゲス公爵家の執事を連れて威風堂々と職員室に現れたのだ。
「お忙しい中、失礼致しますわ」
全くそんな素振りも態度と見受けられない程に存在感をビシバシと振りまいて、現れたアルテマに、職員室に動揺が走った。なにしろ公爵家の執事まで引き連れて来たのだ。ついでにいえばその後ろにはメイドと思しき服装の女性も見える。
「そちらにいらっしゃるアンジェリーナさんについての用件になりますわ」
アルテマがそう口を開くと、控えていた執事がスっと前に歩み出で、職員室の一番奥に座る校長の前で止まった。と、なると、慌てたのは校長である。背筋を正して真っ直ぐに立ち上がり、ロドリゲス公爵家の執事に対応しなくてはならない。学校内で一番の校長であったとしても、国が経営する学校であれば、国内の身分制度に従わねばならない。よって、校長は深々と頭を下げてロドリゲス公爵家の執事と対峙した。
「そのようにかしこまられずに」
ロドリゲス公爵家の執事はそういうと、手にしていた書簡を恭しく校長の前に差し出した。文箱に入れられて、正式なる書類であることを周囲に知らしめながらである。
「受け取らせていただきます」
校長は恭しく書類を受け取ると、中身を検めた。もっとも、校長がその内容にとやかく言える権利などなく、ただありがたく従わせていただくしかないのだけれど。
「アンジェリーナくん、こちらに」
職員室内にアンジェリーナが居ることはもとから耳にしていたので、そのまま入口付近にいるであろうアンジェリーナを大声で呼ぶ校長は、いささかお作法がなっていないと言っていいだろう。ただ、ここは学校なので、校長のする事を、指摘できる職員は誰もいないのであった。
「はい。ただいま」
アンジェリーナは職員の間を綺麗にすり抜け、足音を立てずに素早く校長の斜め前に立った。校長の前に悪役令嬢アルテマの家からやってきた執事が立っているのだ。必然的にアンジェリーナはそこには立てないので、控えめに校長の斜め前に申し訳なさそうにたってみた。
「お待たせ致しました。こちらがアンジェリーナでございます」
大して待たせてもいないが、少しでも待たせたのなら、それは身分の高い人に対してへりくだらなくてはならないのだろう。アンジェリーナは名前を呼ばれたから、素直に頭を下げた。もちろん、アルテマから教わったカーテシーをしながらである。
「これは、素晴らしいカーテシーですな」
アンジェリーナの、一挙手一投足をキッチリと見極めて、執事は言った。それはそうだ。なにしろそちらのお嬢様アルテマ仕込みである。できていなければ、アルテマに恥をかかせるというものだ。推しの推しに恥をかかせるなんて有り得ない事なので、アンジェリーナは渾身のカーテシーを決めたのである。
「お褒めに頂き至極光栄に御座います」
頭を下げたままアンジェリーナが答えれば、近くから校長の安堵のため息が聞こえた。
「お顔をあげてください」
執事に言われ、アンジェリーナはゆっくりと顔を上げた。さぁ、じっくりたっぷり見定めて頂こう。乙女ゲームのヒロインの愛らしさを、名前負けなどしていないという事をキッチリと見極めて頂こうではないか。アンジェリーナはここぞとばかりにヒロインスマイルをうかべて見せた。もちろん、このヒロインスマイルは対攻略対象者用である。だがしかし、攻略対象者を攻略しないと決めたアンジェリーナにとっては、無用の長物。使えるチャンスはまさに今なのだ。
「確かに、お嬢様のおっしゃる通りですな」
どうやらロドリゲス公爵家の執事のお眼鏡に叶ったようである。
「こちらの生徒、アンジェリーナさんを我がロドリゲス公爵家のメイド見習いとして夏の間お預かりさせていただきます」
執事のこの一言が、職員室に響き渡ると、職員室のあちこちからなんとも言えないため息が聞こえたのであった。




