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プレオープン

 そして、三月の最後の週――。

 よく晴れた日曜日。


「いらっしゃいませ!」

「ようこそおいで下さいました!」


 その日は「アトリエ喫茶・九露木」のプレオープンの日。

 店には近所の人や、かつてのお絵かき教室仲間、そしてその家族など、たくさんの人たちが訪れていた。


 午後だけという時間限定で開店したけれど、そのあまりの人数にわたしたち二人だけでは手が回らなくなってしまい、急きょ紅里がピンチヒッターになってくれたりした。


「もう! あのハッタリが現実になっちゃったじゃないの! 今日だけだからね!」

「ゴメン、ありがとう紅里!」


 紅里は結局あのレストランでは働かず、もう一度、別の広告代理店の面接を受けることになったらしい。


 代役も、宣言通り見つけてきてくれた。

 いとこの子がちょうどバイト先を探してたようで、紹介したら見事採用されることになったそうだ。


「あのう、このレアチーズケーキがほしいんですけど……」

「すいません、もう売り切れとなっておりまして」

「ではこっちのパンケーキはありますか?」

「はい」

「ではそれを」

「かしこまりました」


 あらかじめ用意しておいたケーキ三種(レアチーズケーキ・フルーツタルト・ぶどうのムースケーキ)はすぐに売り切れ、あとは飲み物とパンケーキくらいとなってしまった。


 それでも、ひっきりなしにお客さんはやってくる。


「おい、青司。このあいだのカレーはないのかよ?」

「ああごめん、黄太郎。今日はランチやってないんだ。また今度、オープンしたら食べに来てよ。今度は辛さを調節できるようにしておくからさ」

「ちぇっ」


 カレーもランチで提供してみたかったが、そこまでやるといっぱいいっぱいになってしまうのではと、プレオープンはスイーツだけに絞っていた。


 でもみんな、文句を言う人はひとりもいなかった。


 かつての昔話に花を咲かせたり、店の端に置いておいたスケッチブックに記念の絵を描き残して行く者がいたりと、わりとそれぞれに楽しんでいる人たちばかりだったのだ。



「よう、来たぜ」

「森屋さん……!」


 庭もプレオープンに合わせて完成した。

 窓からは色とりどりの花が咲き誇っているのが見える。

 気のせいか、昔よりさらに華やかになっているようだった。


 功労者の森屋さんはいつものつなぎ服ではなく、おめかししてジャケットを着てやってきた。

 ちらちらと玄関脇の桃花先生の絵を見ているのに、わたしと青司くんは思わず顔を見合わせる。


 そうこうしていると、紫織さんたちもやってきた。


「来たわよー、真白ちゃん、青司くん!」

「紫織さん! それに大貫のおばあさんも」

「このたびはおめでとうございます……」


 (すみれ)ちゃんに大きな花かごを頂いてしまった。

 さっそくカウンターに置いて、空いている席にご案内する。


「盛況ねえ~、真白ちゃん」

「はい、予想していたよりたくさん来ていただけて嬉しい限りです」

「まあ、オープンしたらもうちょっと落ち着くと思うけど。これも、ウチの宣伝が良すぎたせいかしらね」

「まったくです。紫織さん、ありがとうございます」

「冗談、よ」


 紫織さんにそうウインクされたけど、わたしはときょとんとする。


 だって、事実だ。

 喫茶店のチラシを新聞折り込みにしたから、これだけの人が集まったのだ。

 紫織さんの言う通り、オープンしたらまた変わるのかもしれないけれど、まったく人が来ないよりは良かったと思った。


「あ、こら、菫! すいません……」

「いや……」


 菫ちゃんはあれから森屋さんがお気に入りになってしまったのか、今もわざわざ森屋さんの隣に行って、絵を描いたりしている。

 紫織さんの旦那さん、(がく)さんが申し訳なさそうに頭を下げるのを森屋さんもどう返していいかわからないようだった。


「ほらほら、真白! 次の持って行って~!」

「はーい」


 青司くんの声にハッとなってカウンターへと戻る。

 中では紅里が手際よく、どんどん食器を洗って拭いて、それから水やおしぼりの用意などをしていた。


「あたしだってね、就職するまでは東京の喫茶店で働いてたことあるんだからねっ」


 紅里がそう言ってドヤ顔をしてみせると、青司くんがどんな女子も瞬殺させるような笑顔で言った。


「やるねぇ、紅里」

「せ、青司くん!?」

「青司くん、それはお願いだから真白だけにやって。あたしには刺激が強すぎる……!」


 あああああ、と頭を抱える紅里に、首をかしげる青司くん。

 わたしは笑って、出来上がったドリンクをお客様のところへ運んでいった。




 そして、夕方――。


 ようやく閉店して、残ったのは顔なじみだけとなった。


「今日は……本当にありがとうございました」


 青司くんがみんなの前に行って、頭を下げる。


「今日のプレオープンが無事に成功したのも、みなさんが俺を受け入れてくれたおかげです。十年前にはいろいろありましたけど、またここで一からやり直すのを見守っていっていただけると嬉しいです」


 そのあいさつに、方々から「頑張れよ」とか「頑張ってね」などの声がかかる。


 わたしはそのタイミングで、そっとある人たちに連絡をした。

 メールを送ると、ガチャリと玄関のドアが開く。


「……え?」


 青司くんが振り返ると、そこにはわたしの両親と弟がいた。


「青司くん、おめでとう! これ、わたしたちから」


 わたしは家族の元へ行くと、持ってきてもらった箱をそう言って青司くんに渡した。

 青司くんはそれをみんながいるテーブル席に持っていき、慎重に開ける。


 すると、中からは大きなバースデイケーキが現れた。


 白いクリームがたっぷりと塗りたくられたホールケーキの上には、たくさんのイチゴが乗せられており、さらに中央には『アトリエ喫茶・九露木 祝・プレオープン』とチョコペンでメッセージが描かれている。


「これ……」

「あんまり上手にできなかったけど……一応、わたしが作ったんだ。おめでとう、青司くん」

「真白……」


 その瞬間、全員から拍手が贈られる。

 青司くんは涙ぐみながら、ありがとうと言って笑った。


 みなと一緒に記念写真を取ってから、少しずつ切り分けて食べる。


 我ながら、上手に作れたと思う。

 ふわふわのスポンジに、甘い生クリーム、そして、わずかに酸味のあるイチゴ。

 それらが口の中で絶妙に混ざり合う。


「あ、真白。それ、食べないんならちょうだーい」

「うん、いいよー」

「ありがと!」


 イチゴが大好きな紅里。

 わたしは彼女のために一番上のイチゴをとっておいた。それをそっと彼女の皿に移す。


「紅里」

「ん?」

「今日はありがとね」

「ああ、いいのよ。こういうときはお互い様でしょ」


 もぐもぐと口を動かしながら、紅里がそう言って笑う。


「ううん。いつも助けられっぱなしだよ。本当にありがとう」

「イチゴくれたから別にいいよー」

「また……。紅里は良い人過ぎるよ。でも、これからは……わたしが紅里の力になれたらいいなって思う。いつもいつも励ましてもらったから。今度はわたしの番。本当にいままでありがと、紅里」

「真白……」


 紅里は十分に味わうと、ごくんと飲みこんでから言った。


「ふっ。そんなこと生意気なこと言って。でも、そうなってくれるとあたしも嬉しいよ。真白、頑張ってね」

「うん。紅里も」


 そう言うとわたしたちは笑い合って、そして額をこつんと寄せ合った。


「ちょっと、二人とも?」

「へっ?」

「うわっ」


 なんと、すぐ後ろから青司くんに声をかけられた。

 青司くんはじとっとした目でわたしを見つめている。


「あ、青司くん……?」

「真白、さっきのケーキ嬉しかった。ありがとう。でも……ちょっと今、紅里と顔が近くなかった?」

「へっ?」


 紅里とともにわたしは耳を疑った。

 まさか?

 まさか……今のを青司くん……?


「おいおい青司、そこまで独占欲強いのはさすがに引くぞ?」


 黄太郎がそう突っ込んできたが、わたしはまだ青司くんの言葉が信じられなかった。

 でも、彼の目は真剣そのもの。

 わたしは一気にあわてた。


「え、あの、青司くん!? わ、わたしたち、別にそういうんじゃないから」

「そういうんじゃないって……どういうこと?」

「えっ、だから……。な、なんでもないって!」

「なんでもないって、だから……どういうことなのかな?」

「だ~か~ら~! ただの友達!」


 紅里も黄太郎もあきれ返っている。

 わたしは青司くんの誤解を解くために、しばらく説明しつづけるはめになった。



 まさか、十年後にこんな未来が待っているとは……。


 それでも、今のわたしは幸せだ。

 この幸せがこのお店にもあふれていきますように。


 甘いショートケーキを食べながら、わたしはそう願った。




 完

本当はお店のオープン後も続けようかなと思っていたのですが、ここまででわりと区切りが良いと思ったので完結させることにしました。

読者の方におかれましては、毎週一万字近い分量を読んでいただき、感謝しかございません。

最後までお付き合いありがとうございました!


津月あおい

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