08「ありがとう。お願いできる?」
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そこから数年は、勉強する科目が増えた以外にこれと言った変化はなかった……
いや、あった。
お茶会が月に一度から十日に一度に変わった。
これは、授業の後にお茶をしながら交わす議論が白熱し出したからだった。
定例のお茶会でその延長戦をすることが増え、婚約者同士の「すこやかなこうりゅう」の時間が減っている、とジョセフィーヌが指摘したのだ。
『レックスさま?』
と小さく首をかしげる小動物のような仕草。
濃いボルドーの髪がさらりと揺れ、それを耳にかける時に見せる一瞬の伏せ目。
どれもこれも可愛くて可愛くて『ふげぇ』と胸をおさえてしまう。
母は呆れていたが、毎回新鮮に心を撃ち抜かれていた。だって可愛いんだもん。
この頃、ジョセフィーヌを目にかけてくださっていた王女殿下が他国へ嫁ぎ、後見を王弟殿下が引き継いだ。
そして医術学校の学長でもある王弟殿下は、学生たちの議論の場にジョセフィーヌを引きずりだしてしまった。
まだ十に満たない少女が、大人顔負けの知識と言葉遣いで学生だけでなく講師たちも言い負かしていく様子に、王都中の貴族が驚愕し、戦慄した。
当然、婚約者はいるのか、是非うちに嫁いで欲しい、という話になったが、俺と婚約していると知ればほとんどの家が諦めた。
理由はまず、この婚約が王弟殿下のお墨付きであったこと。
もうひとつ、俺の母が、かつて王家主催の夜会で力の限り貴族という存在を罵ったあのエナシア=サビニエルだったこと。
母さん、そんなにヤバいやつ認定されてたなんて、聞いてないよ……。
とにかく、ジョセフィーヌの注目度が一気に上がった。
同時に、身の危険に晒されることも増えてきた。
子爵家の出でありながら、王弟殿下の庇護下にある少女。
この王弟殿下が、頼もしい味方であると同時に、ジョセフィーヌに敵を増やしている一因でもあった。
リント=ウルフェルグ国王陛下の弟であられるイオルム=ウルフェルグ王弟殿下は、いくつもの立場と名前を持つ。
まず、筆頭公爵家であるリリス=セス女公爵のご夫君。五男五女の父である。
そして医師・薬師としての顔。子どもの頃から人体に並々ならぬ興味を示し、医療先進国のひとつであるユジヌ公国に留学されていたこともある。女公爵との間にもうけたお子様は全てご自身で取り上げられたそうだ。……だから殿下に気に入られていた母のお産もしてくださった、と母から聞いているが、正直信じていない。
その後、医術学校を創設して、後進の教育にも尽力なさっている。
この王弟殿下、今年七十歳になられる国王陛下と三歳差でいらっしゃるが、見た目のお歳が親子……下手すると祖父と孫だと言われても不思議じゃないほどに違う。
しかもお一人でこの国の軍を殲滅できるほどの魔力と戦力を持つ魔導士でありながら、政治や争いごとには一切加担しないという立場を守られている。これは称号持ちと呼ばれる、魔女たちの戒律、理を守っているかららしい。
この世界には魔女や魔法使いと呼ばれる存在がいる。一般には禁忌とされている魔法を使えたり、詳しくは知らないが色々と優遇されているらしい。ただ、その分戒律も厳しいとかなんとか。
完全なる徒弟制度で、弟子入りをして師に認められなければ魔女や魔法使いを名乗ることはできない。
王弟殿下は、弟子入りできるほどの魔力と魔法センスを持ちながら、弟子入りが許されなかった。
その理由としては人間性が挙げられている。詳しいところはよく知らないが、嘘か本当か判断がつかない逸話はゴロゴロ転がっていた。
結果、自己流で突き進み、魔法使いに匹敵する力を持ったと言われている。
できるのかそんなこと。できるからやったんだよな……。
魔法使いは長命であり、外見を自分でコントロールできるらしい。その伴侶も、本人ほどではないが若さを保ち、普通の人間の倍以上は生きられるとか。そんなわけでご夫人であられるセス女公爵も大変若々しい見目を保たれている。
ちなみにこの成り行きからして敵対しそうな魔女たちだが、王弟殿下は弟子のように可愛がられており、関係は良好。
……わけわかんねえな。
魔法使いや魔女は○○の魔女、といったように二つ名を師匠から授かるらしいが、王弟殿下には師匠がいないので魔法使いと呼ぶことはできない。
そこでついた二つ名が「蛇眼の賢者」。
嘘か本当か知らないが、力を手に入れるためにヘビと契約?したとかしてないとかで、大きな魔法をお使いになる時に瞳孔が縦に裂けるところからついた、らしい。
ここまで聞くとめちゃくちゃ良い人であるように聞こえるが、子どもの頃はすぐに手が出るため悪虐王子と呼ばれていたらしい。
幽閉される寸前まで行っていたところを、伴侶であるセス女公爵に見初められたことで命拾いしたとか、更生したとか。
しかし、この子どもの頃のやんちゃ……やんちゃ?で不利益を被った家は未だに恨んでいるところもあるという。
この話の面白いところは、やったことは過激であっても、大元の問題を見た時に筋が通っているのは王弟殿下だったということだ。
外さないあたりがジョセフィーヌそっくりである。
そして、王家から分かれて興ったセス公爵家も、先代までの一族が大変驕り高ぶり傲慢だったことから、一部の家から恨まれているらしい。
しかしその一族を粛清したのが現当主であるリリス=セス女公爵だというから、夫婦揃って過激なのだなと母の話を聞いた時にぼんやりと思った。
……ほんと、伝聞ばっかであれなんだけど、俺、会ったことなかったんだ。
そんな王弟殿下にひょんなきっかけでお目にかかったのは、俺が十歳の時だった。
ーージョセフィーヌが、熱を出して倒れたのだ。
***
『え、熱……?』
『ごめんなさいねレックスくん。報せが間に合わなかったんだわ。ちょっと疲れが出たようなの。
今は殿……お医者様が来て、落ち着いているわ。うつるものではないようだけれど』
『お見舞い、してもいいですか!?』
食い気味に尋ねると、おばさんは目を軽く見開き、そして微笑みかけてくれた。
驚いた時の顔、ジョセフィーヌそっくりなんだよな。
『……ありがとう。お願いできる?』
ジョセフィーヌの部屋に入るのは、この時が初めてだった。
案内されて中に入ると、ベッドの傍らに置かれた椅子に、男性が座っていた。
午後の日差しを受けて、青い髪の毛がキラキラと光っている。顔は見えないが、ジョセフィーヌを見るその空気は、とても優しい。
なぜか周りにも、光の粒が舞っているように見えた。
『……』
まるで、教会にいるような、神聖な空気。
部屋の入口で突っ立ったまま、ぽかんと口を開けてその光景を見ていると、その男性が俺の方に顔を向けた。
月のような白金の眼は、ジョセフィーヌの紫紺の眼のように、澄み切っている。
『……あ』
姿絵を見たことがある。
この御方は。
間抜けな声が出てしまった俺の存在を認めると、王弟殿下はにっこりとこちらに笑みを向けた。
イオルムはアカツキ作品のどこにでも出てくるヘビ野郎です。
彼らの話は「お前より運命だ」シリーズでお読みいただけます。番外編や幕間の話もちまちまと連載中です。




