07「ジョセフィーヌのにおいがする」
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午前中、前日の夜遅くまで書いた手紙と、朝食の後に切った一輪の花を持って、父の執務室へ向かった。
『しつれいします』
『ちょうど良かった。ラングロワ子爵には断りを入れたから、転移で送って大丈夫だよ』
『!!やった!ありがとう父さん』
『やり方を説明しよう。おいで』
本棚の近くにある箱の扉を開くと、中に手紙と花を入れて扉を閉める。
『送り先の転移箱の識別コードを入力するんだ。僕が今日この箱に登録しておくから、明日からはこの短縮コードを入れれば送ることができる。
送り先のコードがわかれば、向こうに断りを入れなくても送ることはできるけど、受け取る時に向こうの転移箱の魔力を消費するから、無断で送りつけるのはマナー違反だよ。
君からジョセフィーヌ嬢への手紙は、重量もほとんどないから魔力の消費量も少ないし、事前連絡なしで送って大丈夫。重量があるものについては、ラングロワ子爵家でも一度確認が必要だから覚えておいてね』
ーー長い。
説明が、長い。
『……わかったと思うけど、忘れたらまた教えて』
『もちろん。転移はロマンがあるからつい僕も饒舌になってしまうんだ。わからないことがあったらまた聞いて』
『はあい』
送信先を設定した後、大きなボタンを押すと、まもなく転移箱が振動し、そしてスンと小さな音を立てて静かになった。
『これで転移完了』
『すごーい!!』
『この転移箱は物しか送れない。動物はだめだよ』
『わかった』
人が転移するための転移箱もあるが、我が家にはない。
どうしても転移が必要な時は、転移箱がある家に行って使わせてもらうか、商会で転移陣の敷物を借りてくるかのどちらか。いずれにせよ金がかかる。
物だけを転移させる小型の転移箱は、侯爵家にはだいたいあるらしい。
子爵家だとない家がほとんどだが、ラングロワ子爵家は書類や論文の送受信のために転移箱があるのだと父が教えてくれた。
『よし、じゃあ勉強の復習をしようか。今日は僕も少しなら付き合える』
『やった!ありがとう父さん』
ソワソワしながら父の執務室で勉強をしてジョセフィーヌの返事を待った。
すぐに返事が来るはずがないとわかっていても、期待をしてしまう。
この日は結局返事は来なかった。
『あなたが悪いんだから、返事は来なくて当たり前だと思いなさい』
そう母に言われてしょんぼりしながら、夜には手紙を書き、翌日違う花を添えて、また送った。
次の日も、その次の日も、手紙と花を送った。
贈った、とは言い難かった。
『ジョセフィーヌ嬢から返事が来たよ』
父が夜の団欒の時間に封筒を持ってきてくれたのは、手紙を送り始めてから五日目の夜だった。
『本当!?』
思わずソファから立ち上がると、『まあ座りなさい』と父が苦笑する。
『はい、どうぞ』
『……ありがとう……』
父から手渡された白い封筒は、ボルドーの封蝋でしっかりと封をされていた。
『……ジョセフィーヌのにおいがする……』
『そんなわけないでしょ』
ティーカップを片手に母が笑った。
『それで、ここで開けてくれるのかしら?』
『開けるけど、見せないよ……っ!』
サロンの隅にある椅子に移動して、そっと封蝋をはがす。
封筒を開けると、ジョセフィーヌの匂いがした気がした。いや、絶対した。
『ほわぁ……』
バクバクする心臓を抑えて、便箋を取り出す。
『…………』
”レックスさま
ーーごていねいにお手紙をくださりありがとうございます。
おばさまの大切なお庭で見たお花も一緒に添えてくださってうれしかったです。
次に会えるのを、楽しみにしています。
ジョセフィーヌより”
『良かったあああああ』
涙がボロボロとこぼれた。
わんわんと声をあげて泣く俺を見て、両親が顔を見合わせる。
『その様子なら』
『いい返事だったようだね』
その夜は、手紙の返事のお礼を書いた。
そして翌日、母と二人で庭に出て、小さな花束を作り、手紙と一緒に贈った。
”ーーまた、お茶会で、すこやかなこうりゅうができることを楽しみにしています。”
***
二週間ぶりにジョセフィーヌに会う、定例お茶会はラングロワ子爵家だった。
馬車にたくさんお土産を積んで、母とともに子爵家へ向かうと、玄関でジョセフィーヌとおばさんが迎えてくれた。
『……ジョセフィーヌ、ごめん!もうめいわくかけない!本当にごめんなさい!』
後ろ手に持っていた、子どもの両腕でなんとか抱えられるくらいの花束をジョセフィーヌに差し出した。
紫紺の目をまんまるく見開いて花束を眺めた後、ジョセフィーヌが俺の顔を見る。
『……お手紙をたくさん、ありがとうございます。
わたしも、きつく言ってしまい申しわけありません。
久しぶりにお会いできて、うれしいです』
そして、小さく首をかしげて、にこっと笑ってくれた。
『ふげぇ……』
思わず胸の辺りの服をつかんでしまう。
可愛い。やっぱりものすごく可愛い。
母が残念なものを見る目でこちらを見ていたが、ジョセフィーヌの前ではどうでも良かった。
その日のお茶会は、お互いの近況を報告した。
母に拳骨をくらったことも話したら、『頭を打つとその分何かを忘れてしまうかもしれないので、気をつけてくださいね』と心配された。
ちょっと明後日な気遣いも、とても嬉しかった。
***
そして、更改前日。
『気の緩みが出たよね、僕たちもヒヤヒヤしたよ』
『本当にもう、こんやくかいしょうされちゃったらと思ってこわかったぁ……』
思い出して泣きべそをかく俺を見て、子爵がふふっと笑った。
『ジョセフィーヌにも、自分の普通がみんなの普通ではないとわかって良い経験になったんだよ。
レックスくん、大変だったね。ありがとう』
お茶会では、特にこの件に触れることもなく、あっさり「また一年」とまとまった。
ジョセフィーヌはやっぱりやっぱり可愛くて、これからも婚約者でいられることが、幸せだった。




