16 「きれいだ」
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今回滞在する別荘は、養成学校の出資元の一つでもある、 メルシエ伯爵家の別荘だった。
メルシエ伯爵家は、世界中に店舗を持つメルシエ商会を経営している。
教わった時にはそんなにでかい規模なのに伯爵家?と首をかしげたが、見てわかる力を持ちすぎないことを重要視しているのだという。
そんなメルシエ家の別荘になぜ泊まれたのかいうと、イオルム王弟殿下の妃であるリリス=セス女公爵の叔母にあたる方がメルシエ家に嫁いだご縁があるからだ。
その方は既に肉体を手放していらっしゃるが、リリス様と殿下は現在もメルシエ家やメルシエ商会と深い関わりを続けておられるのだ。
『はいはい!お待ちしてました!!お待ちしてましたよー!!』
デボラさんと同じくそれなりに歳は重ねているが、どこか若々しさ?無邪気さ?がある女性が邸で出迎えてくれた。
『レックスおぼっちゃまと、ジョセフィーヌお嬢様!こちらの滞在中にデボラとともにお世話をさせていただきますターニャでございます。
よろしくお願いいたしますね!あああ楽しみですねぇ!』
『ターニャ、落ち着きなさい』
デボラさんが呆れ声でターニャさんを嗜めた。
『だってこんなに可愛らしいお二人のお世話ができるなんて嬉しいじゃないですかぁ』
『気持ちはわかりますが、それでも、よ。殿下に任されたのは身の回りのお世話だけではないのだから』
その言葉に、ターニャさんが不敵な笑みを浮かべた。
『そうでしたねぇ。腕が鳴りますねぇ』
『私たちは殿下方の御身もお守りしていたのです』
デボラさんが俺たちに柔らかい眼差しを向けた。
『さすがに全盛期ほどは動けませんが、余程の手練でない限り、一撃で仕留めてご覧に入れますよ』
『……よ、よろしくお願いします……』
メルシエ邸はうちの別荘よりも広かった。
商会の顧客を招くことがあるためだという。
庭園の向こうは森が広がっている。森はメルシエ家の所有ではなく、精霊たちが棲む森、らしい。
『きれい……』
山の向こうに夕陽が沈んでいく様子をバルコニーから眺めながら、ジョセフィーヌが感嘆の声を漏らした。
『きれいだな』
ジョセフィーヌの方がずっと可愛いしきれい!!
と、口には出さず心の中で山に向かって叫ぶ。
空気を台無しにしてはいけないことは、さすがにもう学習している。
『お部屋も素敵ですね。こんなに良い部屋に泊まらせていただけるなんて、来て良かったです』
『ああ、そうだな』
ジョセフィーヌの隣の部屋で眠れるなんて本当に来て良かったです!!
と心の中で感涙にむせびながら、隣に立つジョセフィーヌを盗み見る。
すこやかなこうりゅう。
手を繋ぐこともなく(咄嗟に手を取ってしまったことはあったが)テーブルを挟んだ場所が定位置の婚約者。
それが、今こんなに近くにいた。
手を伸ばせば、抱きしめられそうなくらい。
でも、「すこやかなこうりゅう」を続けられなければ、俺は婚約者ではいられないのだ。
めっちゃ可愛いのに!
良い匂いがふわふわ漂ってくるのに!!
今すぐ抱きしめたい!
リズとベスにそうするみたいに髪の毛の匂いを嗅ぎたい!!
夕陽にジョセフィーヌのボルドーの髪の毛がキラキラ輝いていて。
『……』
思わぶ触れようと手を伸ばしたところで、部屋の扉がノックされ、慌てて右手を引っ込めた。
部屋の中に視線を向けると、デボラさんの声が聞こえた。
『レックスおぼっちゃま、ジョセフィーヌお嬢様、夕食のお時間です』
『ありがとうございます、すぐに向かいます』
心の中で滝のような涙を流しながら返事をし、ふと視線を感じてジョセフィーヌを見ると、まるで今の空のような紫紺の瞳が、まっすぐに俺を見ていた。
ふげぇ、と声が出そうになるのをぐっと堪えた。
『じょ、ジョセフィーヌ!?』
『レックス様の髪が、夕陽に照らされてとてもきれいでした』
『……俺も』
『?』
『俺も、同じようなことを考えてた。ジョセフィーヌの髪がキラキラして、紫の瞳も夕暮れの空みたいだなって。きれいだ』
ジョセフィーヌが、ほんのわずかに目を見開いた。
『ありがとう、ございます』
頬が染まって見えたのは、きっと、気のせいだろう。あれは、夕焼けだ。
シルヴァロンやメルシエ商会、デボラとターニャは、「お前よりも運命だ」で詳しく出てきます。
1日更新が空いてしまいすみませんでした。ちょっとばかりのっぴきならねえことがありました……




