第51話『立っていた』
第51話です。
パウンド編はあともう少しです。
外に飛ばされたと思われたマコトは寸前のところで床に掴まり外に放り投げられるのを防いでいた。掴んだ両手のうち、右腕には激痛が走り、身を乗り出すのが精一杯であった。
――痛い……。右手が割れるように痛い……。アドレナリンが切れた以上にダメージが激しすぎる……。土壇場で『重力操作』を酷使しすぎた弊害が出始めたんだ……。
ティーチはマコトの方へゆっくりと足を動かす。慣れていない頭からの出血は想像以上に歩行を阻害し、何よりもティーチには経験したことがない痛みであった。その痛みを“落下”させるこで歩み続ける。
――何でティーチは平気そうに立ってるんだよ……。
「アラキ・マコト……。お前の負けだ……。私を相手に……。
――俺を相手に戦い抜いたのは未来永劫お前だけだろう。無様に俺に負けたあの時のお前はもういない。……誇れ……お前は強い。」
ティーチはマコトの目前で慰めるかのように言葉を投げかける。その目は穏やかでありながらも、未だに闘争を続けれる意志を確かに秘めていた。
「いらないんだよ…そんな言葉は……。
――俺が欲しいのは未来だ……。
俺の仲間が笑える未来だけなんだ!!」
マコトの目も未だに死んでいなかった。その言葉は何も意味を持たず、反骨心という力を生み出した。
その目からティーチは戦闘続行を静かに感じ取ったのだ。マコトが力強く左腕を叩きつけた。
――武器生成の“権能”か!? やらせてたまるか!! 生成前に重力で武器ごと押しつぶしてやる!!
ティーチは“床が変化した武器”を落下させるための重力を放った。『地歴武器』を未然に防ぐための確実な一手である。
しかし、答えは違っていた。床は確かに変化していたが、武器にはならなかった。ティーチの読みは外れ、『重力操作』は不発に終わった。その代わりに――
「何だ……その腕は……それも“権能”か……??」
剣でもなければ槍でもない、それは武器ではない。
マコトの左腕が蠍の毒針のように変化していた。
針の先からは毒液のようなものが垂れ流されており、ティーチの足下の床を腐食させていた。“痛みの落下”と“武器生成の落下”を使っていたティーチは腐食した床を踏み抜き、バランスを崩した。
その思考の隙を、マコトは逃さなかった。
――スティンガーの『毒牙』だ!! この毒は効くぜ!!
その変化した毒針は届く直前で元の腕へと戻る。毒で勝つつもりはない。ここで叩き込むのは、自分自身の拳だ。
しかし、その拳は確実にティーチを殴り抜いた。
今度こそ『最強』の脳を確かに揺らす。
ティーチの“落下”は既に両方とも解けていた。
――痛みに“落下”を使うことはもうしなくていい。この距離を離さない。アラキ・マコトに思考の時間を一切与えない!!
マコトが一度距離を取ろうとしたが、ティーチから離れることができない。マコトの身体はティーチに向かって“落下”を始めていた。
――この場で終わらせるつもりか!! 距離を取れない!! 身体が引き寄せられていく……!! 足の踏ん張りが効かない!! ならば!!
マコトの身体がピタリとその場で止まる。血が滴っている右腕を前に突き出していた。力強く握られている拳からは血が垂れていた。
――俺が俺に“落下”を常にかけておけばいい。ティーチは俺に距離を取らせたくないんだ!! だから常に引き寄せる“落下”を働かせる。それを逆手に取れ!! タイミングを見極めろ!!
拮抗状態。互いの“落下”の力が釣り合っているためその場でマコトが留まる状態になった。どちらかが先に尽きるか、それとも何かの作戦を実行するか、それまでは微動だにしない。
――アラキ・マコトは自身に“落下”を付与して踏ん張りを付けている。俺の片腕の最大出力と釣り合うとは……。
ティーチが更に“落下”の力を強める。疲労が重なり続けているティーチの全力はマコトの全力と同等の力であった。
これはティーチが劣り始めたわけではなく、マコトが完全に無理をしているからであった。
――奴が狙っていることは俺の体力切れか……それとも“落下”解除の反動でこちらに反撃を仕掛けてくるか……。何重にも策を巡らせてみろ!! その全てを力で押しつぶす!!
ブチッ……
マコトの右腕から血が噴き出した。
瞬間はそれを皮切りに訪れた。綱引きの縄が突然切れたかのように、マコトの身体が宙に投げ出される。
“落下”の拮抗勝負に勝ったのは――ティーチであった。
マコトが飛んでくる直線上に反撃の一撃を事前に作り出す。マコトは紐のついた人形と同然であり、ティーチの手元に“落下”するだけである。
――早かったな……。俺は想定した時間よりも早くにマコトの限界が来たか……。警戒しなければいけないのはその“左腕”。奴が諦めていないのならば確実に反撃を仕掛けてくる。反撃を確実に“落下”で打ち止めて、勝負を終わらせる……!!
「まだっ……俺は諦めていない!!」
ティーチの予想通り、マコトは左腕に力を入れるように身体を捻らしていた。ティーチの反撃よりも先に反撃を入れる。
しかし、その魂胆は既にティーチに読まれていた。
マコトの左腕がティーチの“落下”により静かに行動すら起こせずに落ちていく。
「終わりだ!! マコト!! 落ちろ!!」
左腕が空いた空間を潰すようにティーチは握りしめた拳を振り下ろした。
その刹那を――マコトは逃さなかった
「落ちるのは!! ――お前だぁ!!」
ティーチの瞳が大きく見開かれる。左腕は封じたはずだ。右腕は既に壊れていた。
なのに、拳が届いた。
死に体の右腕。御粗末な拳はティーチよりも速く、引き寄せられた“落下”の反動を直接伝えた。
刹那――マコトの模倣した“権能”『刹那化』が勝負を決した。ティーチの振り下ろした拳を見ながら、着実な判断で左腕の後退を察知した。そして右腕を振り上げただけであった。
その御粗末な拳は勝負を終わらせるには十分すぎた。
高々と血濡れた右腕を掲げてファイティングポーズをとった。
勝者の拳を朝日が知らしめるように照らした。
「俺が勝った……だから……」




