第44話『最強の刺客』
44話です。
皆んなはこの“魔法具”を覚えているかな?
“ダイアリー”から、トントンと子機を叩く乾いた音が返ってきた。
事前に決めていた合図では、一度なら否定、二度なら肯定。喋れない状況でも擬似的に会話ができる。この場合は、向こうの準備も整っている。
マコトは現在、パウンド領邸を囲む外堀のほとりに身を潜めていた。昨日、街歩きをした際に耳にした情報を頼りに調べたところ、外堀には地下へ繋がる通路が存在していた。無論、その真偽も外堀の入口の位置も確認済みである。使わない理由はなかった。
暗い通路の中を、“気配消し”を使いながら静かに、しかし迅速に進んでいく。
通路は完全に放置されているわけではないらしい。壁や床には定期的に清掃されている形跡があり、そのためかネズミをはじめとする生き物の気配も感じなかった。
内部は一本道で、分岐も罠らしきものも見当たらない。
――侵入者を阻むための道ではないな。恐らくは避難経路か。緊急時に敵から非戦闘員を逃がせるようにするため……ならば、出口や入口は敵には分からないようにするはずだ。
「ゲンマ……作戦通りに音を出してくれ。派手なヤツで頼む」
ダイアリーに静かに話しかけると、トントンと音が鳴る。しばらくすると、上の方から花火が破裂する音が何度も響いていた。それは領邸全体を音で包み込んでいるようだった。
マコトは持っていた小刀の柄の先端に布を巻き、壁をコンコンと小突いていく。コン、コン、コン、と石レンガを叩く音が地下全体に静かに響いている。が、その音は、頭上で続く破裂音にかき消されていく。
入り口から遠ざかるほどに間隔を狭めていく。ゆっくりと、破裂音と聞き分けながら微かな違いを聞き逃さないように慎重に叩いた。
コン、コン、――コン
――ビンゴだ。ここだけ音が違うな。この先に空洞や階段があるはずだ。こういう隠し通路の定石では仕掛けで開くはずだが……。
しかし、壁一面を見渡すが、それらしき仕掛けのようなものは見つからない。手当たり次第に壁を押したが、変化はなかった。
――痕跡は残したくなかったんだがな……。仕方ないか。権能解放“模倣” “地歴武器”……。
マコトが壁に触れると、壁を構成する石材が、軋みながら移動を始めた。壁の一点が薄くなり他の部分が厚くなっていく。マコトは石レンガの壁を盾に変えたのだ。その薄い一点を破裂音に合わせて力強く叩いた。すると、その部分だけがガラスのように割れたのだ。そこを覗くと上に繋がる階段のようなものが見えた。
マコトはその空いた空間に体をねじ込むようにして潜り抜けた。しかし、“地歴武器”でも壊れた壁を戻すことはできない。あくまでも“武器を作る権能”である。そのためマコトは再度石レンガから盾を作り、穴を塞いでいった。
「潜入完了だ……。ゲンマも位置についたか?」
「はい。十分に引きつけました。これから第三の作戦実行に入りますね……。」
「分かった……気をつけろよ……。」
――ゲンマの準備は出来てるようだな……。俺も合流地点に急がないとな……
「随分と楽しそうな会話をしていましたが……。一人ではないのですか?」
着実に作戦は成功していた。しかし、ここで障害が現れたのだ。潜入日の昼間までマコトと密かに行動を共にしていた人物は“気配消し”の模倣元である。使わない理由がなかった。これが彼女の正しい運用法である。
「どう見ても一人だが……お前は仲間は連れ歩かないのか?」
「はい。誰も私と同行する必要がありませんから……立場も“権能”も……」
「それもそうだな……俺の前に姿を現したってことは……もしかすると協力してくれるのか?」
「いえ。これは忠告です。あなたは領邸に入った時点で狩場に入ったのですよ。我々“パウンド家”の……」
「それは有難いご忠告だな……俺はたまたま“気配消し”を解除していただけだが、お前たちに見つけられるのか?」
「いえ。私たちには不可能です。しかし、この狩場にはあなたを確実に殺せる人間がいますから……」
リネットは表情を崩さずに淡々と事実を告げていく。それはただの業務連絡なのか、それとも優しさから来ているものなのかは不明だが、リネットが“敵”であることは確実であった。
「見つけられる人間ね……。そんなことよりもゲンマの誘導をお仲間は楽しんでくれたか? かなり弄ぶように指示したんだがな……」
「はい。彼には大変苦労させられています。現在進行系ですが……数々の道具の足止めに苦しめられています。」
「それは良かったよ……。一つだけ聞いていいか? 今何時だ?」
リネットは懐中時計を取り出し、時間を見た。
「今の時刻ですか……。22時19分ですが……。」
「そうか……じゃあな……。」
問いかけに答える。それは、リネットにとって考えるまでもない職務だった。彼女が1流のメイドであることを知っていた。そして、リネットは懐中時計へ視線を落とした、その一瞬――マコトの気配が消えた。リネットは発見は不可能と断定し、次の行動に移った。
「既にこの部屋にはいないと思われますが、パウンド・ウルフにお気をつけください!! 彼は“パウンド家の番犬”でギルドの四天王の一人。その鼻で確実に“気配消し”を捉えます。どうかお気をつけて!!」
――分かってるよ……。そんな奴がいるのは街を歩いていれば嫌でも耳に入る。俺たちが勝てる確率が低いことも分かってる。屋敷の侵入者はその鼻で確実に発見されることも――
マコトは部屋を出て、ティーチが居るであろう場所へと走っていた。今の彼は既に“気配消し”の権能を使っていない。代わりに常時“刹那化”の“権能”を使っている。これは“ロンド”で獲得したハウル・エピタフの権能。これを使っている理由は初撃を確実に避けるためである。
そのとき、前方の窓ガラスが轟音とともに砕け散った。何かが投げ込まれたのではなく、誰かが勢いよく飛び込んできたのだ。その人物は何事もなかったかのように立ち上がり、こちらを凝視する。
「お前が侵入者か? 俺はパウンド・ウルフだ。“パウンド家の番犬”!! 侵入者を穿つ牙である。」
パウンド・ウルフはヒトではなく、オオカミの獣人である。その鼻は、人間とは比較にならない嗅覚を備えている。発達した筋肉が生み出す膂力は、人間の数倍に達する。鋭い牙と爪そのものが、武器を必要としない証明だった。
低い姿勢でこちらに疾走してくる。その姿はさながら四足獣のようである。そして射程距離に入ると、右腕を大きく振り上げ、爪を叩きつけてきた。マコトは狭い通路から逃げるように窓から飛び出し、庭へと転がり込む。
マコトは“刹那化”を使っていたため一部始終がスローモーションで見えていたが、それでも回避には余裕がないほどであった。
「やるなぁ!! 初撃を躱されたのは久しぶりだぜ!! もう少し楽しませてくれよ!!」
「悪いが……お前と遊んでやってる暇はない。他のやつと遊んでろ……」
「ああ、そうだな。そこにいるやつにも手伝ってもらうか?」
ウルフが草むらを指さすと、ゲンマがそこから「ハハ……」と乾いた笑いを出しながら出てきた。
「見つかっちゃいましたマコトさん……。どうします?」
「問題ない。これも作戦通りだろ? 誰かがこいつの足止めをしなければいけなかったんだ」
「作戦通りにいきます?」
「ああ。作戦通りにいこうか。準備はいいな?」
「……俺に聞くのか?? 面白い侵入者だな! ほら、やられたいのはどっちだ? 瞬殺してもう1人もやってやるから」
「……お前には言ってないよ……。まぁ、お前は俺もゲンマも殺せない。お前とやるのは俺たちじゃない。まぁ、この“小刀”でも見ながらゆっくりしてくれよ」
マコトは潜入時に使った小刀を空中に大きく投げた。パウンド・ウルフの視線が小刀に一瞬だけ移った瞬間に走り出す。
パウンド・ウルフは一瞬反応が遅れたが、持ち前の反射神経ですぐさま体勢を立て直した。パウンド・ウルフは背後へ飛んだ小刀から視線を戻し、逃げる二人との距離を一息で詰めた。
「“テレポ”!! 頼んだぜ!! “風切りマスク”!!」
振り下ろされた爪は、確実に二人を射程へ収めていた。
「逃がすかぁ!!」
その爪を受け止めたのは、一振りの白刃だった。
その爪を受け止めたのは、一振りの白刃だった。白刃の持ち主は顔にマスカレードマスクをしており正体を隠している。しかし、その髪やしゃべり方は知っている人間には丸わかりの仮装であった。
「では、私と遊んでもらおうか。パウンド・ウルフ。この“風切りマスク”とな……」
詠唱破棄の“テレポ”はタガモさんから今作戦のみ使うことを許されています。




