第36話『仮面舞踏会』
36話です。
突然の誘いに言葉を失っていたユウリ・パウンドは、差し出された“ロクサーヌ家”の若者の手を恐る恐る取った。履き慣れないハイヒールがわずかによろめきを生み、それでも彼女は体勢を整え、静かに立ち上がる。
ユウリは目の前の青年を見つめた。白く染めた髪。見慣れない礼装。声色も、所作も違う。それでも、一歩踏み出したときの癖も、手を差し伸べる角度も、どこか不器用な笑みも――。間違えるはずがなかった。
それがマコトであることはユウリには理解できたのだ。が、“兄に殺されたとしか思えない彼が何故ここにいるのか”を理解できずにいた。しかし、憂鬱であった数日間を吹き飛ばしてくれるような高揚感が心の奥底で広がっていた。
「エスコートしてくれるかしら? コウキ様」
ユウリは口元を緩ませながらも、余裕そうに気品がある態度で答えた。
「ええ、足元をお気をつけて、私に身を預けてくださいユウリ様」
周囲の注目を集めながらも、ホールの開けた踊り場へとエスコートしながら歩いていく、今マコトの脳内には“ダンスの手順”、“この後の作戦の手筈”が緊張感に包まれながらもパンパンに詰まっていたが、接近に成功した安堵から、それまで頭を埋め尽くしていた余計な考えは、いつの間にか消え去っていた。
踊り場に立つと、オーケストラがまるでこの2人のために演奏を始めたかのように奏で始めた。壮大なオーケストラが音でリズムを取り始めると同時に、教えられたステップを踏み始めた。
が、ここに誤算が生まれていた。
マコトは一通りのことは“転生前”に経験していたが、“社交ダンス”などの社会的な習い事は経験していなかった。練習を始めてから2時間で分かったことは“苦手な部類”だったということである。もちろん、マコトは苦手だと自負していることは多々あるが、人並みにこなせていた。しかし、マルコとの練習の社交ダンスではぎこちなくガタガタと振り回させるような踊りになっていたのである。
“社交ダンス”。これがマコトを悩ませていた種の一つである。貴族の作法やテーブルマナー、作戦の叩き込み、その後の処理などは滞りなく行えたが、マルコとの練習が最終日まで延びたのはこれが原因である。
社交ダンスでは確実にペアの相性がある。身長、体格、ホールドの捉え方、技術、メンタル、テンポの捉え方など様々な要素が混合して一つのステップを組むのである。
言わずもがな、ユウリとマコトの相性は――
「右。」
「右だな…」
「次は回して」
「分かった…」
オーケストラの音に沈み込むような二人にだけ聞こえる声で、男女の内緒の会話のようにひそひそと――
「生きてたの?」
「助けてもらった」
「誰に…」
「タガモさんに…」
「その髪は?」
「技研(ギルド技術研究所)の人に」
「似合ってないわよ」
「だろうな…」
「(この後は)どうするの?」
「…信じて」
「ええ、分かったわ」
不出来ではあるが、その踊りには練習した際にはなかった動きがあった。手の温もりには熱があり、問答の度に微かに力が入り、気持ちが伝わってくるようだった。二人はそのまま、ゆっくりとお辞儀をし、余韻を感じていた。そして、元の場所へとエスコートをし、マコトはその場を去った。
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「いい踊りでしたよコウキさん。僕にはとても真似できませんよ」
「言いすぎだろ、俺は下手だったよ。だけどやるべきことはできたし良しとしよう…」
「ここからマルコさんと見てましたけど、あの人なんか泣いてましたよ」
「嘘だろ…それで当の本人は?」
「あっちで“7貴族”の人と話してますね…多分ですけど“フレア領の領主”ですね。」
「ふーん…。それで、お前はここでずっと座ってるのか?」
「そんなことはないですよ。冷静に全体を俯瞰的に見て情報を集めてるんですよ。」
「…準備はできてるよな…」
「ええ、合図を待つだけです…」
馬子にも衣装とはこのことだろうか、着慣れていない服を着せられ、つけ焼き刃のテーブルマナーを教えられたゲンマは会場で動くに動けない人間になっていた。
しかし、このパーティでのゲンマの役割は会場に“混乱を引き起こす”ことだった。
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大貴族会”前日。
マコトたちはギルドの2階、“ギルド長室”で作戦会議の最終確認を行っていた。
「作戦開始の合図は…“7貴族領主全員”が壇上に上がった瞬間でいいんだな…リネット」
「ええ、その瞬間が最も“全体の防御が弱く”、最も“集中的に攻撃が強い”のですから」
「リネットが襲撃の実行の合図と全体消灯をしてくれるんだよな」
「ええ、全員が壇上に上がったタイミングで襲撃と全体消灯をかけます」
「確か、…僕は復帰の遅延ですよね。“壊れた要因”を僕に置換することで、“他人が破壊した際に破壊したもの複製する”でしたよね。」
「そんな事ができるようになってたのか?」
「この2日間で“権能”の使い方を鍛えてもらいましたから…」
ゲンマはマルコの方に視線を向けると、VVと指を揺らしながらVサインをしていた。
「マルコ様には避難誘導のお手伝いをして頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
マルコは深くため息をつきながら、椅子に深く腰掛けた。
「乗りかかった船だ、頼まれてやるよ。」
「それで、マコトがユウリをその場から連れてくんだろ? バレないか?」
「近づくまでバレないと思う、何度か試したが“気配消し”の権能は…」
「“権能”の詳細を話しても構いません」
「他人に接触しない限りはバレることはなさそうだ。それに暗闇を混ぜて行う」
「完璧な作戦だな。ティーチという変数がない限りはな……」
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再び、“大貴族会”、会場。
「では、“7貴族領主”の皆様から、新しく仲間に加わる若者たちにお言葉をいただきたい、壇上に上がってもらってもよろしいか?」
ゆっくりと、壇上に6人の老若男女が集まっていく、作戦開始の合図は刻一刻と迫っていた。




