第35話『踊』
第36話ですね。野生のマナー講師が現れないことを願ってます。
マコトとリネットの二人がロクサーヌ邸を出立したのが、午の頃であった。ロクサーヌ家の駿馬は力強く台地を蹴り、舗装された道をオートバイのように進んで行ったのだ。およそ一時間半。ようやく王都デフィーの城壁が見えた。そして、王都に着くと厩舎で馬を預け、ギルドの方へと向かった。「戻ったぞー…」と、木造の扉を開けると、聞き覚えのある絶叫が耳を突き刺した。
「マコトさぁぁああん!!!! 帰ってきてくれたんですね!! 僕はここにこれ以上いると、死んでしまいます!!」
泣きべそをかいているゲンマが、鼻水やら涙やらの液体を服につけてきた。その様子から只事ではないことをしてきたことは容易に推測できた。
「落ち着けよゲンマ。一体どうしたっていうんだ?」
「俺はただ、そいつに“ちょっと”だけ修行をつけてやっただけだぜ? そんなにびびんなよ」
マルコの声が聞こえると、俺を盾にするようにゲンマが後ろに回り込んだ。そしてうわ言のように「あの人ヤバいんですって…」と何度もこちらに忠告してきた。
「戻ってきたってことは招待状を書いてもらったんだろ? 現物はどうした?」
「途中でリネットがチューリーまで届けると言って、持っていった」
「そうか、それが早いしな。それじゃあこの作戦を始めることができるな、今からゲンマと同じことをお前に仕込む。覚悟はできてるか?」
「覚悟なんてとっくにできている。それでオレをどうするんだ?」
「ゲンマには、“権能”と“もう一つ”を教えたが、お前には“もう一つ”について教えてやるよ。当然、“大貴族会”には必要な技術だからな。さっさと始めるぞ」
そう言いながら、マルコは周りの人間を集めた。彼らが持っているのは、メジャー、布なのの服飾のに関係するものだろう。そしてマルコが持っているのはムチだった。
「今から、“大貴族会”に必要な素養の全てをお前に叩き込む。並の貴族が10年以上かけて身につけるものだ。それと並行に“大貴族会”の準備を行うからな覚悟しろ…」
「お、おう……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
同時刻 パウンド領 “防衛都市チューリー”
ここは先の戦役の際に王都デフィー防衛の要として建築された都市であり、パウンド領の主要都市の一つでもある。しかし、その役割は今は影を潜ませて、今や他の領土の主要都市からの運搬の要としての中環点であることが主である。そして此度の“大貴族会”の会場としてここが選ばれたのである。
ここシャビン砦もその際に建築されたものだが、現在は領主の駐在先として使われている。
「それで、アラキ・マコトは“ロクサーヌ家”の仲介で“大貴族会”に参加するのだな?」
「はい、此度の招待状は正式な手順を則ったものになっております。ティーチ様。」
「よろしい、その受理はそのままにしておけばいい。仲間の男も参加していたな、“ゲンマ・デフィー”か。」
「ええ、個人的な縁をマルコ様とお持ちだそうで、ロクサーヌ家との縁もマコト様がお持ちでした」
「良いコネクションを持っているが、よくわからない男だ。こちらで記錄を調べだが、出生記錄などもなし、あるのはギルド登録のみか…。稀にそのような人物はいるが…“ニホン”からの密航者かもしれないな…。」
「そちらはこちらで調べておきます。それよりもティーチ様。あれからお体が優れないのでは?? お休みになられたほうがよろしいかと…」
「よい、俺はやるべきことをやらなければならない、それはユウリのためであり、この家のためであるからな。そっちの準備も任せたぞ、リネット」
「はい…委細承知いたしました」
リネットが部屋を出て、ティーチは披露が残る身体を持ち上げ、窓辺へと立つ。そこには“大貴族会”の会場として改築されている“テンモン城”がそびえ立っていた。慌ただしく機材の搬入や城下の方からの品の流れを見ていた。
「フフ…役者は揃ったな……。彼らには“踊って”もらうとするか…」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
2日後
テンモン城 大祝宴場
絢爛豪華な内装がパウンド家の財力を示している。約2500㎡にも渡る広大なホールには来客する全ての家が座れる席が用意されている。卓上にはコース料理が次々と運ばれ、客人の腹を満たしている。壁際では弦楽団が静かに演奏を続け、その中央には踊るための磨き上げられた床が広がっていた。
来賓している“7貴族”含め、全ての貴族の目的は未来へのコネクションであろう。この場で得られる関係は貴族社会ないし、その外に出ても大きな影響を及ぼす。それだけ“大貴族会”に参加するということは名誉であり、重要なことであった。
しかし、本日の主役はそれでない。他にもこの“大貴族会”で成人する貴族の人間はいるのだが、今回ばかりは運が悪かったとしか言えない。主役は彼女であると、誰もが口を揃えてしまうほどである。
「ご来賓の方々、我ら“7貴族”の領主の皆様、本日はご足労頂き、誠にありがとうございます。本日、この“大貴族会”の主催を務めさせて頂いておりますティーチ・パウンドと申します。私の口から開会の挨拶をさせて頂きたく壇上に立たせて頂きました。」
壇上には主催のティーチ・パウンドが立っており、同じく壇上に祭り上げられている各家から成人した者たちを紹介していた。
「そして、本日は我がパウンド家からも、一名紹介させて頂きます“ユウリ・パウンド”です。」
ユウリが立ち上がると、先ほどの者たち以上の歓声が沸き上がった。主役が彼女であるという答え合わせでもあった。
「堅苦しい挨拶はこれまでにして、それでは、“大貴族会”を始めましょう。」
開始の合図とともに、各家が動き出し、会合を行ったり、商談を持ちかけたり、御令息・御子息の紹介を行っていた。ユウリやティーチの周囲にも人が集り始め、一つの集団が生まれていた。
その集団をかき分け、正面から近づく影があった。使用した跡が全くなく、小綺麗なスーツに身を通し、鏡のように磨かれた靴で静かに歩いていた。そして、「彼女とお話ししてもよろしいですか?」と聞き、了承を得て、彼女の目の前で膝をつき、名を名乗った。
「失礼します。ロクサーヌ公爵の紹介で参りました。…コウキ・コウダと申します。――もしよろしければ一曲、お相手願えますか? ユウリ様…」




