第26話『日常にさようなら』
第26話でふね。
好きな空間は“精神と時の部屋”です。
『百の剣』、“騎士の雨”とでも呼ぶべきだろうか。“地歴武器”を用いて、地面から百にも達する剣を生成する。それらを……いや、この説明は、今は不要であろう。
「……凄いな。“2本目”を使わざるを得なかったのは2人目だ。それだけではない、味方を逃がすための陽動と攻撃を混ぜたのだろう。だが、その後は……」
倒れているゲンマを見つめるティーチ。周囲には“剣土重雷”の剣がいくつか散らかっている。
剣は刺さりもせず、雷はティーチの目前で落下していった。
「駄目だな。勝てないと分かったのなら、“逃げる”べきだ。それも立派な戦略の一つだろう。俺はその行動を卑下しない、むしろ立ち向かってきた無謀を非難しよう」
“軍神”の名に相応しき強さ。まさに転部の才である。これほどまでに圧倒的な戦力の差を見せつけられれば、誰しもが戦意喪失するだろう。
ゲンマは気絶し、マコトも自身で作った剣が身体に幾つも刺さっている。
現在のマコトは視界はぼやけ、耳に血がこびりついているのか、よく聞こえない。腹部からの出血が激しく、止血をしなければ危ない状態である。
既に決着は着いていた。
「ユウリ、先に馬車に乗ってていてくれ。彼らにはお礼代わりの挨拶をしておかなければ……」
ティーチが意識のあるマコトの方へとゆっくりと近づく。
その表情はマコトからは読み取れないが、笑みにも見えるような表情であった。
「な 、そ の君、 はあ――」
途切れ途切れの声が近づく中、マコトの中ではもう一つの声が近づいていた。
「もしもし…生きてますか? アラキマコト。このままだと殺されますよ」
目を開けると、そこは一面白世界であった。
その中心に自身とリデフィーが浮かんでいるという摩訶不思議な空間だ。
倒れている自分を俯瞰視点で見つめるという、なんとも不思議な光景である。
「この場所は、現世と隔離した場所です。ここならば今起きている状況を簡潔にかつ長々と話すことができます。」
「…なぁ、俺はまた死んだのか?」
「いいえ、あなたは辛うじて生きてますが、それを許すような敵ではなさそうですよ」
「ゲンマは生きてるのか?」
「……生きてますね。悪魔に殴られた際も思いましたがしぶとい男ですね。」
ゲンマは生きてるのか…良かった……。この状況で逃げるのは不可能だろう。
俺がそもそも動けるような状態ではないのに、ゲンマを連れて逃げることなんて無理に決まっている。
「リデフィーが話しかけてきたってことは、何か策があるのか? この場を打開できる“女神”的な策が……」
「ないですね。」
「ないのかよ!! 自信満々に出てきたくせに何もないのかよ」
「そもそも、私は簡単に現世に顕現することができないのですよ。何かを介してならば干渉ができますが……」
リデフィーがこちらを見ているのが分かる。まるで、自分が窓口にでも――
「――そうですよ。あなたを窓口にすれば、まだ策はありますね。それでもあの怪物は“女神”である私でも倒すのは無理でしょうね」
また、こいつは思考を勝手に読んだな……。
「……俺を介すればこの状況を打破できるとでも言うのか?? 一つ言わせてもらうが、俺の肉体は既に限界に近いと思う…。その状態の俺を――」
「――動かせるでしょう? あなたはそういう人間だと認識していますよ。アラキマコト。そもそも、私の存在を認識できるのは、転生者として介したあなただけなのですから。私もこの数日で人間について少しだけ学んできましたので」
この数日……。あの出来事でこいつも少しは反省したのか……。
「……少しだけ補助してくれないか……それぐらいはできるだろ」
「ええ、私たち二人でこの状況を打破しようじゃないですか。その意気ですよアラキマコト。それでは、作戦は簡単です。あなたは出来るだけティーチに近づく、後は私がティーチに干渉し、何とかします。」
「あやふやだな……。それでいけるのか?」
「この女神リデフィーを信じるしかないのです。さて、やりますよ。そろそろ、この空間も消滅するので……」
「はっ!?」
「何分“即席”で作りましたので…」
――そして、マコトの意識が身体に戻った時、ティーチは何かを言っていた。
「――が しむ、手」
マコトは全身全霊で足に力を入れた。もはや“権能”を使う余力もなく、頼れるのはリデフィーの“補助”と自身の“根性”のみである。
「ぬ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!!!」
力任せに踏み込むと、四足獣のようにティーチに向かっていく。
ティーチの目にはまるでその姿は、武器を隠しながら突撃をする兵士のようだった。
「 だ!! 様は!!」
そして、ティーチが渾身の力で指を振り下ろした時にら、マコトの手はティーチに触れる直前だった。
この距離なら――
「――干渉が可能です。よくやりましたアラキマコト…いや、マコト。」
再び、俯瞰視点の不思議な空間に意識が飛んだ。自身の腕が異様に凹んでいるのが見て分かる。
上から見ているため、自分の顔もティーチの顔もよく分からない。
また、無理をしているのか、空間のところどころにヒビが入っており、またこれも視認性を下げている。
「無理な作戦でしたが、あなたならできると思ってました」
「…一体、何をしたんだ?? 俺に言ってくれてもいいだろ」
「……今、ここにいるのは私の分体です。そして、本体をマコト経由でティーチに流し込みました。これにより、内部からティーチという人間を“弱体化”ます」
「…弱らせる?? 肉体を弱くしたということか??」
「いえ、思考に制限を掛けたと言えばいいでしょうか。“殺さない”、“見逃す”、“判断が鈍る”の3点を脳に刷り込んできました」
「…!! つまりはこの場を治めるためだけにか!? お前はどうなる??」
「……本体が死ねば分体の私も消滅しますね。当然です。ティーチと私では力量差が大きすぎるため、内部で潰されるでしょう」
リデフィーは笑っていた。出会ってから、一度も笑っているところを見たことがなかった。
目に映るそれはまるで、絵画に描かれた“女神”そのものだった。
「……違う!! 俺は誰かを犠牲にしてまで生きたくはない!!」
「あなたは自分を救いたいのではないのでしょう? 周りの人間を救いたいという気持ちで動いています。あなたの原点は“役に立ちたい”、“救いたい”です。心の奥底まで読める私が言うのですから、間違いはないです。」
俺の生きる理由は……これまで、たくさんのことをしてきた理由が分かった。
誰かにして欲しいと言われたから、誰かに手伝ってくれと言われたからだ。
「あなたに“模倣”を授けたのは偶然ではありません。思考を読み、あなたという人間に相応しいものを渡しました。人を助けるために“倣い”、そして“模った”ものを使うことにより助けるという人生を見てのことです。」
――ハハッ……最悪だ。こんなかたちで……こんなかたちで自分の生きてきた意味を知るなんて……
こんな…
その時、周囲のヒビが一層、酷くなり空間が壊れることを感じ取った。
「どうやら…ティーチの肉体にいる私が死んだようですね。……ここで……さようならです……」
「待てっ!! リデフィー!! 俺は――」
――そして、勢いよく、マコトは地面に押しつけられた。
――ポツ…ポツ…
天に住まう女神が泣いているのだろうか……。この地に住まう者たちはそう考えているものをいるらしい。
その身に雨の感触はないが、肉体に冷たさが広がっていくのを感じた。
グチャグチャになった一つの轍だけが、その場に力強く残っていた。




