第21話『被害者』
21話でふね。
根源を貫いた竜槍は先端にヘドロが付着しており、摩擦により高熱をいまだに帯びていた。
クラーケンの弱点は神経の集合体である目と目の間の眉間である。
そのことは周知の事実であり、竜槍を設置する際にも、そこを一撃で突けるように計画されていた。
「これで地震はなくなるぞ!!」
「やったぜ!!」
「ミヤビ様万歳!! “ロンド”万歳!!」
マコトを含めた船員は陸に戻り、港では歓喜の声が響き渡り、クラーケンの死を喜びあったのだ。
「それでは私はギルドやセンジ王国への書簡を制作してきます。このクラーケンの異常個体についての報告書の制作もありますのでお先に失礼しますね。ここの指示は後ほどお父様がいらっしゃると思うので……」
そう言うと、ミヤビはそそくさと市内の方へと歩いていった。
「クラーケンどうするよ」
「取り敢えず、ハウル様の到着を待とうぜ」
包囲網の中央にはブイのように浮かんでいるクラーケンがいた。
貫かれたクラーケンは時間とともに、ズルズルと落ちていき、今や海に浮かんでいる。
「今、動かなかったか?」
「波でだろ? あんな兵器を使った後だぜ」
そのクラーケンの体表は依然として、白いままで……白いまま?
「…色だ…まさか……」
通常種のクラーケンは透明であり、体組織に含まれる色素胞と虹色素胞を使い、海底の色や島に擬態したりするのだ。
しかし、このクラーケンは
「最初から死体だったのか……」
独り言、レイチェルから漏れ出したのは独り言である。その事実に何故、自身が気づけなかったのか、イレギュラーが多かったからと、その反証が脳内で行われたが、無駄であると判断した。
そして、動き出した。
ところどころ切傷のある触手を動かし、銛に付いていた返しを肉ごと引き裂きながら吹き飛ばした。自由を得たのはクラーケンである。
先に動き出したのは死んでいるはずのクラーケンである。
「なんだ!? 死んだはずだろ!?」
「ぎゃあああ!?」
その触手は、まるで百戦錬磨の海獣のような正確さで港へ襲いかかった。。
「――待て待て!! 嘘だろっ!!」
レイチェルの声が出たのは、被害が起きてからであった。
竜槍の鋼鉄が悲鳴を上げる。 巨大な亀裂が走る。 固定具が弾け飛ぶ。 そして槍身がへし折れた。無傷の竜槍のお陰で雪崩は止まった。
「ぎゃあああ!!! 竜槍が…きゅう…」
コマが壊れた竜槍を見て、身体の力が抜け落ちるように気絶した。
「なんで動いてんだよ!! レイチェル!? 殺したはずたろ!?」
マコトは騒ぎを聞きつけ、騒動の反対側から駆けつけた。そして、レイチェルに説明を求める。
「…死んでたんだよ……元から、血がヘドロのようなのも、肉体が再生しないのも説明がつく……」
レイチェルは諦めたかのような口調で答えた。
「死なない奴をどうやって仕留めんだよ!?」
ダイオウが怒鳴りつける。
「…だけど、動かし方は説明がつかない……攻撃を続けてくれ!! どうにかして理解する!!」
「てめえら!! まだ終わってねえぞ船を出せ!! 全艦に告ぐ!! この死に体に砲撃をくれてやれ!!」
「あいあい」
「了解!!」
「おうよ!!」
ダイオウ達は再び船を出し、クラーケンに一撃をくれてやろうとしている。
「街の方には行かせるなよ!! 俺たちが分水嶺だ!!」
「再生はしない! 細切れすれば動けないだろ」
湾岸整備隊は竜槍にめり込んだ触手の相手をしていた。
そこに近づくのは一つの軽快な足音だ。
「再生はできないのだろう!! ならば、この老剣の錆にしてくれる!!」
直剣を携えた初老の老人は目にも止まらぬ速度で触手を切り刻んだ。
通った後には、白い肉とヘドロになった触手だったものがあるだけであった。
「ハウル会長!? 何故ここに!?」
「ミヤビにここの指示を任されてな、とんできた。それに私は荒事の方が慣れているからな」
そして、海上の攻撃で勝負はついていた。
撃砲による連続砲撃で消し炭になったクラーケンは、既に動ける状態ではなかった。
「終わったな…。戦後処理を行う、モウトウ付いて――」
「会長? どうしたニャ? ――会長!?」
クラーケンを切り刻んだ直剣はモウトウの肩を切り下ろした。
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!!」
「モウトウさん!! ハウル会長!? 一体どうしたんですか!?」
モウトウの悲鳴が異常を港全体に伝える。
それは戦闘が終わっていないことを伝えると同様であった。
そして、瞳から色を失った男は次の獲物を見定める。
その矛先は弱いものに向かっていく。
「えっ…なんで…こっちに来るんですか!?」
その場で最も弱い人間はネギマである。
当然、彼女には避ける能力も受ける技能も備わっていない。性格ゆえに声すら出ない。
「――カキン
火花が舞い、高い金属音が響く。
「――ッ…何やってんだよ……あんたもよ……」
マコトは庇うように咄嗟に受けたが、相手はゴブリンや悪魔とは違う強さを感じた。
剣戟を繰り返すが、受けるのが精一杯である。
「何とか言ったらどうだ!!」
「――」
だんまりかよ。それにしてもやりにくい。
相手が知り合いだからとかそういう意味ではない。単純に剣の持ち方、攻め方、すべてがやりにくい。
それもそのはず当然であり、ハウル・エピタフは冒険者をしていた頃は四天王の一角であり、王から“剣才”の名を戴いた人物である。
「会長が錯乱状態だ!! 医者を呼べ!!」
「待てよ!! 先に無力化をするんだよ!!」
「どうやって止めんだよ!! クラーケンの方がまだマシだ!!」
また、周囲もこの状況には手を出しにくい。
第一に実力がなければ、撫で斬りにされて終わりであろう。
そして、ハウル・エピタフは先代領主であり、“ロンド”全体から敬愛と尊敬の念を受けている。
「あの坊主、なんか強くねえか?」
「逆だ逆、ハウル会長なら一振りで3撃以上は与える」
「坊主頑張れ!! お前ならやれる!!」
「そうだ!! いけいけ!!」
くあっーー!!
周りがうるせぇ!!! いいんたげどよ!!
それでも、ガヤみたいに騒ぐな!!
恐らくだが、クラーケンから発せられる物質か?
いや、それだったら俺や俺以外の人間にも症状が出ているはずだ。それに、ハウルさんがこの場に来たのはつい先程で、時間経過などではない。
つまりは、これはクラーケン由来のものではなく、外的要因により起きているものと仮定していいだろう。
危ねっ!!
こめかみを剣先が撫でるように通り抜ける。辛うじてマコトは剣を受けれているが、体力が切れるのは動いているマコトの方かもしれない。
待て、外的要因ならば、ここに来るまでに何かがあった? それならばハウルさんが対策するだろう。可能性として高いのは、操作系の権能かそれとも毒ガスのような発狂するタイプの権能。
…俺が考えても仕方ない、
ならば――
「周りで見てる奴ら!! よくハウルさんを観察してくれ!! 俺からは見えない違和感があるかもしれない!!」
「違和感!? 何かされてるってことか?」
「当たり前だろ!! 会長がこんなことをするはずがない!!」
剣と刀が触れ合い、高い金属音と火花を散らす。マコトは脳みそを戦闘にのみ使うことにした。そうしないと、これ以上は受けきれないと判断したからである。
「おい!! 海から何か伸びてるぞ!!」
「どれだ!?」
「あれだよ!! あの透明の何か!!」
周りを囲む男たち指をさして何かを見つける。そこには、まるで両生類の卵のようにジェル状のような透明の管が微かに見えていた。
太陽の陽光の角度によっては見えなくなるようなそんな物だ。
その管はハウルで終わっており、これが原因だと周りは断定した。
「坊主!! 海から伸びている管だ!! それがきっと原因だ!!」
「管!? そんなもの見えないぞ!!」
「ハウル会長の後ろだ!! そこに管がある!!」
何を言ってるのか分からないが、とにかくやるしかない。
管だ!! 透明の管を切る!! それ以外を考えなければいい。
その時、マコトには管は見えていなかった、見えるはずもないのである。太陽の屈折率の話になるが、この距離は光が透過し、透明に見えるのである。
だが、マコトは周囲を信じて、刀を振り下ろした。
手応えはなく、地面を叩いただけであった。
「坊主!! 後ろだ!! 避けろ!!」
反射で後方を見ると、ハウルが既に剣を持ち上げて、頭部から一撃で仕留める瞬間であった。
――死――
圧倒的強者による攻撃を避けることなどはできないのだろう。マコトは自身の身を察した。そして、意識だけが直剣に対抗すべく向かったのだ。
「…ハハ」
「…私は、なんて…ことを…君にしてしまったのだろう」
「会長!!! 元に戻ったのか!?」
「……意識だけはあった、…君がいなかったら私はモウトウだけではなく、周りにさらに危害を加えていた……感謝する……」
「いいんですよ。俺は自分がやるべきことをしたまでです。それに――」
マコトは刀で海に向かって、方角を指した。
「――敵はそこにいる……クラーケンを操り、ハウル会長を操った真犯人が!!」




