第16話『それはクラーケン』
16話ですね。
こういう回の方がペンが生き生きしている気がします。
マコトたちが海底ダンジョンを攻略する前に時間は戻り、地下下水道の入り口の前にある一団がいた。
「ゲルマ君が言っていた、謎のブヨブヨの壁も調査対象の一つでいいのよね。」
「ゲンマ君ですね。」
「そうね、ゲンマ君ね。……了解。」
地下下水道のマンホールの前で部下と思わしき人物と会話しているのはエピタフ領の領主であるミヤビ・エピタフだ。
「ええ、我々一団は地下下水道の30メートル付近の調査を行います。理由としては――」
「待って、今から仕事の内容をながーく、むずかしーく言うのよね。」
「そうですね。レイチェル様から託された内容を事細かくミヤビ様に伝えるのが、よろしいかと。」
「ごめんなさい。そんな長いのは私覚えられないから、要点だけまとめて3行で。」
「3行?どういうことですか?」
「うん、3行。3小節でもいいわよ。」
「まあ……、ゲンマ君が発見したブヨブヨはレイチェル様のおっしゃった地点の近く、我々は調査する……でいいでしょうか?」
「わあ、お上手ね。分かったわ。それじゃあ行きましょうか。ゲ……ゲンキ君?が行っていた場所に」
「……ゲンマ君です。」
「そうだったわね。すごく元気そうだったから。あの時も、怒られてたのに悪びれる様子もなく、すぐに元気になってたもの。」
「……そういうのはいいですから、今はお仕事ですので集中してください。」
「分かったわ。改めて行くわよ!」
――そして現在。
海底ダンジョンの調査を終えた俺たちは、同じく地下下水道の調査を終えたミヤビたちと交易館の会議室で情報を整理していた。
「そして、私たちは地下下水道に入っていったわ。」
「待ってくださいよ。僕の名前、さっきから何回間違えているんですか!」
ゲンマが話に割り込んだ。
恐らく、自分の名前が何度も呼び間違えていることを気にしたのだろう。
ミヤビさんは地下下水道の調査を終えてから、事の顛末を関係者を交えて話しているところだ。
先にミヤビさんの話を聞いて、俺たちの話をするはずだったのだが。
「そうよね。ごめんさなさい。……ゲンマ君よね!。」
「そうですよ。ゲンマ君です!大正解です!!」
「じゃあ、続きから話すわね。」
「えーと……どこまで話したかしら……」
「地下下水道にまだ入る前ですね。」
「ああ、そうだったわ。えーと――」
「――私たちはその後、地下下水道に潜ったの。そこにはたくさんのモンスターが生息していたわ。こんなことは今まで無かったからびっくりしたわ。」
「そうですね。これまでの調査でも、モンスターの痕跡すらありませんでした。10年は続く、月に一度の清掃点検の際もモンスターは発見されていません。」
「そうなのよね。だから驚いたわ。まさか、海底ダンジョンにだけ生息しているギルマンがいるなんて。」
「ギルマン自体はミヤビ様の権能で無力化しましたが、問題はそのギルマンが地下下水道に生息していることでした。」
「俺ちゃんもおかしいと思ってたんだよね。」
ここで地質学者専のレイチェルが話に入り込む。
「俺ちゃんが以前、海底ダンジョンを調査した際と、今回の海底ダンジョンの調査では明らかにギルマンの数が少なかったんだよね。俺ちゃんたちが避けていたこともあるけど、それでもあれは少ないよ。」
「そうだったのか。上手く潜行できていたと思ったんだが、ギルマン自体が少なかったのか。」
「いやいや、マコトちゃんの隠密作戦はかなり成功していた類いだと思うよ。」
「……それで、ギルマン自体は弱いモンスターだから、私たちがそれを倒した話は割愛するわね。それで、順調に苦もなく地下下水道を下降していったのよね。」
「それで、ゲンマ君が言っていた通り、ブヨブヨの壁を見つけたのよ。」
「――あったのか!!ていうか、ゲンマの言った道が合っていた!?」
「ほううらぁ!!合ってたでしょ!!マコトさんは僕の言った道を最初から否定してましたもんね!!」
ゲンマが得意げにかつ誇らしげに、俺に向かってニヤニヤと大声を上げる。
「いや、ゲンマ君が言っていた道とはかなり違う場所にあった。というかその道に行かせた別働隊は“何も見つけれなかった”と言っている……。」
ミヤビと行動を共にしていた付き人が静かに真実を言った。
それを聞いたゲンマは下を向き、静かに黙り込んだ。
「それでね。……」
ミヤビがまるで言いにくいことがあるかのように顔をそらす。
しかし、周りが注目している目に負けて、言い出した。
「私たち、その壁を斬ったのよ。」
「斬ったんですか?」
「ええ、慎重な調査の結果だけど、つついても引っ張っても変化がないから、それでも何かたまに動いてたし、それで生きているのかなってなって。
そこから、誰が確かめるのかを、その場のノリと言うか、それでじゃんけんで決まったっていうか……。」
「じゃんけんって……」
俺は後ろにいる付き人たちの顔を睨む。
彼らは仕方なかったんだみたいな顔をしてこちらに目を合わせない。
「――誰も近づきたがらなかったのよ」
「――それで、押し付け合いになって」
「――最終的にじゃんけんになったの」
俺たちが死にそうになってる中、この人たちはそんな風に調査してたのか!?。
「それで、私はじゃんけんに勝ったから、そこの負けたソウメイが斬ったのよ。そしたら――」
「――こうなってしまいました……。」
ソウメイと思わしき人物の方を見ると、服に黒い染みが付いている。
遠くにいるが、それでも少し臭さが漂っている。
俺達に見せるためだけにずっと着ていたと思うと忍びない。
「斬った瞬間に黒くて臭い液体が飛び出してきて、避ける暇もなく思いっきり顔から浴びてしまいました……。すごくブルーです……。」
「……その黒い液体はヘドロのようなものでしたか?」
「……ヘドロ、そうですね。まるで腐ったものが蓄積してそこに溜まっていたかのようでした。」
「俺たちの戦闘したクラーケンも同じような体液をしてました!」
「いやいや、ありえないよ。少なくとも俺の知るクラーケンの体液はアンモニア臭はするけど腐臭はしない。それに黒ではなくて血中では青色、酸素に触れると透明になるんだよ。それは絶対にない。」
そうか。レイチェルはクラーケンとの戦闘を見ていないのか。
にしても、そこまで否定的になれるのならそれは異常ということだろう。
「……じゃあ、俺たちの目が見たそれは何なんだ?」
「……ごめん、早とちりをした。もう少し聞かせてくれ。」
「えーとね。それで、斬ったあとに確か、それが動いたのよね。」
「ええ、その壁は大きな身じろぎを立てて、移動していきました。その際に、壁の正体が動いたことにより、地下下水道と繋がっている海から水が逆流してきました。」
「大変だったのよ。咄嗟のことだったから周りにいる全員の命を助けるぐらいしかできなかったから。」
「いえいえ、ミヤビ様の権能がなければ我々は激流に巻き込まれて死んでいたと思います。」
「そう?――それで、私たちはその後、地下下水道から脱出して、今に至るってわけよ。そちらの顛末を教えてくれるかしら?」
「先ほども言いましたが、俺たちは海底ダンジョンの最下層まで調査して、いくつかの遺物や自然物を取得しました。その際に、ギルマンとの戦闘やクラーケンと思わしき足との戦闘を終えて、ここにいます。」
マコトは大きな石をゴトッと音を立てて机のうえに置いた。
「これはその最下層の石です。クラーケンの事や地震のことは少なくともこれで分かるかもしれません。」
「任せてよ。俺ちゃんがこれを“味見”して、確かめてあげるから。」
レイチェルが石を拾い、口に近づける。
周りが固唾とその様子をまじまじと見ている。
「あの〜……ちょっと、緊張するからあまり見ないでほしいな〜なんて。」
レイチェルが石を口に入れて、舌でゆっくりと回す。
イタリア料理さながら、風味までも味わうように口の中で回した。
実際には頭の中に様々な情報が侵入して、それを取捨選択して選んでいるのだから、時間がかかるのは当たり前だ。
この権能を体験した俺にはその辛さが痛いほどわかったが、本人がそう思っているかは謎である。
「これ……」
レイチェルが口をモニュモニュとしながら、何かを言いたげにしている。
「これ?なんだ?」
「これ、クラーケンだけど……クラーケンじゃない?クラーケンなんだけど、俺ちゃんの知っているクラーケンじゃない。異常個体なのか?」
「それでクラーケンは合ってるんだな。」
「確証はない。でも、99.9%クラーケンであるとは言えるね。」
「んで、ここからは俺ちゃんの仮説なんだけど。いいかな?」
レイチェルは一人何か分かったかのような口ぶりで言う。
その顔はまるで真実に至った探偵のようだった。
ロンド全体の地図を卓上に広げ、指で全体をなぞる。
「前提として、この街“ロンド”全体には地下下水道が存在していて、それは街の至る所に繋がっている。」
地図上の地下下水道が張り巡らされている地点をペンで書き記す。
その量は膨大で網目状の幾何学模様のようだった。
そして、俺たちがいた海底ダンジョンと地下下水道と最も近い場所にペンで書き込んだ。
「それで、今度は俺ちゃんたちが遭遇したクラーケンと、ミヤビ様たちが攻撃した個体が同一のものと仮定する。すると、一つの点が浮かび上がる。それは、地震、クラーケン、地下下水道、すべてを結びつけるものなんだ。」
「どういうことよ。説明しなさいよ。レイチェル。」
「まあ、待ちなって、“ロンド”全体を襲った地震。その正体は――」




