第15話『海底ダンジョンの決戦』
14話です。
イカ焼きが食べたい。
クラーケンと思わしきものの触手は、周りを探るようにふわりふわりと漂っている。
4層に潜るための穴から触手数本がひしめき合いながらも、自らの粘液で無理な隙間を通している。
触手の先端で空気を感じているかのように、周囲を探っている。
一本一本がまるで、生きているかのように別々の動きをしている。
こちらの様子が分からないのか、手探り……いや、触手探りで床を伝いながら、こちらに近づいてくる。
「ゲンマ!レイチェルを守りながら後退!触手に絶対捕まるなよ!」
「了解です!安全が確保でき次第、戻ってきます!」
そう言いながら、ゲンマはレイチェルを連れて、2階層と3階層の入り口まで走っていった。
「ああ、ユウリ。俺が触手を斬る。お前は捕まらないようにしながら、的を絞らせないようにしてくれ」
「分かったわ。どうせ、レイピアでは切れなさそうだしねっ!」
ユウリは迫ってくる触手をギリギリで身体をひねって躱し、レイピアをクラーケンの触手に刺して、起点にして空中で方向を変える。
まるで、その動きには一切の迷いを感じないかのようだ。
「そっちいったわよ!」
「ああ、分かってる。寄られる前に斬ってやるよ。」
ユウリから抜け出したクラーケンの触手が一本こちらに向かってくる。
速度は30キロほど。陸では遅くなるのか、見切れない速度ではない。
こちとら、100キロにも達するボールを打ってきてるんだよ。
それがどんなに小さくても、速くても、重くても。
それが打つから斬るに変わるだけだ、何も問題はない。
刀はクラーケンの肉体の上をぬるっとすり抜けた。
粘液が刀を滑らせ、更に柔らかい肉体がその刃を弾いたのだ。
切れたのは何層にも重なった粘液が固形化したものだけだった。
それ以上は刀が勢いをなくし、斬撃を完全に止められた。
「クソっ、硬い!」
クラーケンの触手は自身を斬ろうとした相手を許そうとはしなかった。
マコトめがけて、触手を高く上げ、ビターンと打ちつけた。
「動けマコト!危ないっ!」
マコトはユウリの首根っこを掴まれて後ろに倒れた。
あまりに思いっきり引っ張られたもので、受け身を取ることすらできなかった。
「サンキュー、助かったユウリ。マジで――」
クラーケンの触手はそのまま2人を決して逃がそうとはしない。
逃げ場のないように、触手を囲むようにして両側から寄せていく。
「させるかよっ!」
マコトは寝転んでいるその場の床を武器と認識して、その形を大きく変容させた。
マコトを中心に床は持ち上がり、クラーケンの触手に迫る勢いだ。
――ダーンッ――
床は隆起し、クラーケンの触手を根元から止めることに成功した。
「どうだっ、俺の“地歴武器”は――」
その時、視界が揺れて、頭に痛みが走る。
そして、ポタポタと何かが落ちる音がした。
「マコト、鼻血出てるよ!それ大丈夫なの!?」
「なるほど……どうやら、あんまり大きなものは動かせないみたいだ」
「一旦、逃げるよ!このままだとジリ貧で負けちゃう――」
「――その心配ありませんよ!」
ユウリの声を遮るかのように、大声が部屋中に響いた。
「魔法使いゲンマ戦線に復帰しました!これより攻撃に入ります!」
ゲンマがレイチェルを安全な場所まで連れて行き、戻って来たのだ。
「ゲンマ!そいつは粘液で攻撃が効かない!何か乾燥させるものはないか!」
「ええ!わかってますよ!クラーケンは一度だけ戦ったことがありますから!それッ!」
まるで、挨拶がてらに先端に紙がついた短剣を投擲する。
それはクラーケンの足の粘液に入り込んだ。
「――燃えよ、ただ燃えよ、その光で我らに安寧を!――“チャッカ”――」
その時、ゲンマが詠唱したことにより短剣の先の紙が燃え始める。
どうやら粘液は燃えると、その形が固定化されるようだ。先ほどのような流動性は消えた。
マコトは鼻血を拭い、立ち上がって、クラーケンの触手に向かう。
対するクラーケンは燃えている紙の対応はせずに、あくまでマコトを迎え討つ算段のようだ。
粘液が凝固した触手がマコトにもう一度迫ってきた。
「一度目の時点で通じてないんだよ!お前は!」
マコトは刀を一度、鞘に収める。そして、勢いを保持しながらも、狙いを定めるかのように抜刀した。
刀は抵抗なく、まるで繊維に沿って斬ったかのように、するりと刃が入っていく。
そのまま、振り抜かれた刀はクラーケンの触手の一部を削ぐようにして、斬り抜いた。
斬られた触手は地面に落ちて、その後ピクリとも動かず筋肉が収縮して、広がった。
「どうだっ!!っ――!!」
斬られた触手の切り口からは黒い体液がぼとりとぼとりと落ちていた。
その体液からは酷い腐臭やアンモニア臭がして、マコトたちの鼻につよい刺激を与える。
「臭っ、腐ってんのか!?」
クラーケンの触手は自身の肉体から体液が漏れ出ていることを気にしていないのか、攻撃行動を繰り返している。
「……火力が足りてないのか?……ゲンマ!もっと大きな炎は出せないか!」
「えぇ…、もちろんありますよ。そう言われると思って、ユウリさんに準備をしてもらってます。」
ユウリは縦横無尽に触手の隙間を縫うように駆け回っていた。
その際に、ゲンマから渡されていた紙を持ち、走り回る。
クラーケンの触手の上に器用に乗ってはそこに紙を落とした。
更にそこを起点に紙をクラーケン近くにばら撒いていた。
「これでいいのよね。本当に落としただけよ。」
「上出来です! 熱砂の大地、灼熱の業火は地表を焼き、すべてを焦がす――“紙面楚火”!!!」
ゲンマが詠唱を終えた瞬間に、この層全体に巻かれた紙が発火を始めた。
紙が巻き起こした熱により、空気が上に送られ、軽くなった紙がさらに舞う。
時間差で燃えていく紙は、時間が立つほどに、周りの空気を乾燥させながら、火の粉をまき散らす。
空気の乾燥により、場に出ているクラーケンの粘液がすべて固形化を始めた。
既に粘液を切り落とした部位は、ひび割れて更に乾燥を始めていた。
「よくやった!ゲンマ!このまま、撃退するぞ!」
しかし、クラーケンの触手が海に戻ろうとしていた。
「逃げますよ!どうします!?」
そりゃ、ピンチになったら逃げるよな。だか、ここで逃がしたら調査の邪魔になる。
しかし、この先は海だ。
この下には恐らくだが、本体もいるはずだ。
いま、飛び込むのは自殺行為だ。
触手と凝固した粘液の性質が未だに不明だ。
だか、やってみる価値はある。 固まった粘液が剥がれなければ、あれごと印を付けられる。
「これでも食らいやがれッ!!」
マコトは腰につけてある小型のナイフを取り外し、逃げようとしている触手に向かって投げた。
投げられたナイフは見事、固まった粘液と触手の肉に刺さった。
そして、全ての触手が海の中に戻っていった。
「逃げられちゃいましたね……。」
「どうするの?下にはまだクラーケンがいるかもしれないけど……」
「いいんだ。俺たちの任務はクラーケンの討伐じゃない。レイチェルが“味見”でなにか分かるものがあるかだ。それに、クラーケンがいるかはわかるからな。
ゲンマ、“マーキン”を一つくれないか?俺のは持っていかれたからな。」
「……ああ!!あれはそういうことですか!だから、ナイフを一本だけ投げてたんですね!」
「ああ、そういうことだ。……愛しき姫よ、その護り手よ。その手綱を戻し、赤き糸を結べ!――“マーキン”――」
マコトが“マーキン”を唱えると、赤い線が斜め下に伸びていく。
更に、それは今も遠くに行っているようにも見えた。
「これで大丈夫そうだな。ゲンマ、“エアボン”の準備をしていてくれ、ユウリは脱出の準備を頼む。そろそろ満潮になる。」
「分かったわ。レイチェルと合理して、上の階層で待っておけばいいわよね。」
「ああ、任せた。俺たちは適当なものを拾って、そのまま持っていくから待機と伝えといてくれ。」
「了解よ。じゃあ、上で待ってるわ。」
俺たちは装備を穴の近くに置いて、“エアボン”を咥えて、4層の中に入る。
海の中はかなり透明度が高く、下まで目視で見えるほどだった。
周囲にはギルマンの死体が浮かんでいて、電撃と塩素ガスが効いていたことが分かった。
ゲンマに降下の合図を送り、下まで潜る。
その後、いくつか石や遺物を拾った。ここ、4層は最下層だ。
何かあっても逃げ場はない。
そのため、ここに長居するわけにはいかないため、そそくさと上層に戻る。
その時、ふと横を見ると、大穴が空いており、クラーケンがここから侵入したのだろう。
また、大穴の周囲だけ、岩が妙に削れていた。
まるで何か巨大なものが無理やり通った跡のようだった。
味見
「ぷはぁ〜……こんなけあれば何かわかるだろう。ゲンマの方も異常はないか?」
「全然、大丈夫ですよ。早く上に戻りましょう。ここの水かさが先ほどよりも増していますから」
周囲を見ると、先ほどまでは浸かっていなかった足下に水か張っていた。
「……そうだな。早くうえに戻って、ダンジョンから出るか。レイチェルの“”もあとでいいだろう。」
「そうですね。そうと決まればさっさと帰りますよ。」
その後、ユウリとレイチェルと合流し、海底ダンジョンの調査は完了した。
タンパク質は温度を上げると固まるんですよ。
多分だが、男はみな知っている。




