58 計画(白)
ヴァルスとバルガムは互いに向かい合い睨み合う。両者、敵の動きを見ながら慎重に動こうとしていた。
そんな静寂の中、突然バルガムが笑い始めた。
「はっはっは!!やっぱりやめだ!俺はこういう静かなのが嫌いだ。少し話でもしようじゃないか。」
そうしてバルガムは一度構えを解き、ヴァルスの方へ両手を向ける。
「何言ってるんですか?俺は別に貴方と話す事なんて…」
そう言いながらヴァルスは考えを巡らせる。
(罠…か?いや、明らかに殺気が消えている。それにこの人はそういうタイプでは無さそうだ。コチラとしても時間を稼げるのは願ったりだしな。ここは相手に乗っておこう。)
そしてヴァルスも構えを解いた。
「…いいですよ、ですが時間を稼がれてマズイのはそちらの方では?」
「その通りだ、俺は少しでも早く君を殺して父上の元へ行かねばならない。しかし、一つだけどうしても気になる事があってな…いくつか俺の質問に答えてほしいんだ。まず、君の名前は?」
「ヴァルス・アラムドです。」
「ヴァルス、君の出身は?」
「…産まれた場所は分かりません。ですが、育ったのは帝国の東にあるハーヴェストという孤児院です。」
「…孤児院か。では両親については知らんという事だな?」
「…いえ、最近とある方から聞きました。何でもとある方がクズの父親から俺を逃がしてくれたと。…その父親が誰かは貴方が1番ご存じなのでは?」
「……そうだな…君の言う男と俺の想像している男はおそらく同一人物だろう。だが、お前の口からハッキリと言ってくれ。」
(おそらくこの人は最初から気付いていたな…ならばやはり…)
「えぇ、俺は宰相ニールズの息子だそうですよ。認めたくはありませんが。」
それを聞いた直後、バルガムは涙を流す。
「ぐぅう!!やはりそうだったのか!!…一目見た時からそんな気がしていたんだ!!…うぅ!!会えて嬉しいぞ、弟よ!」
バルガムはそう言ってヴァルスを抱きしめた。突然の出来事でヴァルスも混乱する。
「ちょ、やめてください。俺たちは敵同士ですよ!それに血が繋がっているというだけで、会ったこともないじゃないですか。」
「そんな事は関係ない!俺はお前の兄であり、お前は俺の弟だ。兄弟の絆は20年やそこらで無くなるモノではない!!生きていてくれてありがとう!!」
そう言ってバルガムは泣きながらヴァルスを強く抱きしめた。
「えぇ…この人、変だ…」
しばらくしてバルガムがヴァルスを解放した。
「すまない、生き別れた弟と会えた喜びで少し興奮しすぎてしまったな。兄として不甲斐ない。」
「弟…まぁ、いいですよ。それで?これからどうしますか?一応俺たち敵同士なんで、戦いますか?」
「バカを言うな!!弟を傷付ける兄がどこにいる!!兄である俺は弟であるお前を保護し、幸せを守る義務がある。だから、お前と戦う事などもっての外だ。」
「あ、そうですか…では、リシェルを回収して来てもいいですか?あの2人も戦う理由はありませんよね?」
「リシェル…あぁ、先ほどマレンを奇襲した女か。彼女はお前の何なんだ?」
「えぇっと…まぁ、簡単に言えば恋人です。」
「何!?そうだったのか!!弟の恋人とはつまり俺の妹と同様!!早く止めに行かねば!!このままではマレンに殺されてしまう!!」
そう言ってバルガムは走り出そうとした。しかし、その直前で急に止まり、ヴァルスの方を向いた。
「おっと…そう言えば弟よ、もう一つだけ聞きたい事があったのだ。」
「何ですか?」
「『特異点』という言葉に聞き覚えはないか?」
それを聞いたヴァルスに緊張が走る。
(さて、どうするか…この人の事はまだ信用出来ないが、兄弟への愛は本物だ。本当の事を言ってしまっても大丈夫だろうか…いや、一応念のため…)
「…聞いたことはあります。特別な人間を指す言葉だとか…ですが詳しい事は何も知りません。」
それを聞いたバルガムの表情が変わった。
「ふぅ…俺は昔から弟妹たちの面倒を見てきたんだ。だから血のつながった兄弟たちの嘘は表情で全て見抜ける。それはお前も同様だ。」
「……」
「弟よ…まだ俺が信用出来ないのは分かる、俺たちは立場だけで見れば敵同士、ここで敵の俺に嘘をついたお前は優秀な戦士だ。兄ちゃんは誇らしいぞ。それでも、この事だけはスルーするワケにはいかない。だから、知っている事を全て教えてくれ!頼む!!」
バルガムはそう言って頭を下げた。
(さてどうしたものか…嘘を言うのは簡単だ…だが、ここまで言われてしまっては…それにもしかしたら何かコチラに有利な事があるかもしれない。…一か八かの賭けだ!)
「…ええっと、はい。俺がその『特異点』です。ほら、こんな感じで。」
そう言ってヴァルスはヒューラに見せた時のように両手に別の能力を出現させた。
「……あ……あ…あ……ぁ……」
ヴァルスの告白を聞いたバルガムはその場でフリーズしてしまった。
「…やべっ、何か変な事言ったかな…」
「………………」
バルガムは膝をついてヴァルスの方をずっと見つめている。その顔には様々な感情が浮かんでおり、ヴァルスもそれを見つめる。
「あの…俺が一体何か…」
「…はぁ!はぁ!はぁ!」
バルガムは何も話す事なく過呼吸になり、酷く汗をかきはじめた。その様子は明らかに異常でヴァルスも見守るしか無かった。
しばらくして遂にバルガムが口を開く。
「……嘘じゃないんだな…本当にお前があの…」
そう言って顔を上げたバルガムの顔は涙で濡れていた。
「な、何で泣いてるんですか…一体何が…」
「…すまない!!我が弟よ!!」
次の瞬間、バルガムが凄まじい踏み込みでヴァルスへ突進する。
「うぉ!!」
一瞬だけ反応が遅れたヴァルスは懐を取られる。
「はぁあ!」
バルガムは鳩尾に掌底を放った。ヴァルスは腕をクロスさせてガードするが、その一撃は罠だった。
「取った!!」
バルガムの手はヴァルスの腕に触れた瞬間に勢いを無くし、ヴァルスの左腕を掴んだ。
「っ!!」
バルガムはヴァルスの左腕を器用に引き寄せ、巻き込む形で捻りあげた。熟練されたその技により、ヴァルスが抵抗する間もなく左肩の関節を外されてしまった。
「ぐぅ!!」
「ふんっ!!」
力を失った左腕を更にバルガムは引っ張ってヴァルス自身を引き寄せる。そしてその勢いを利用して強烈な蹴りを放った。
「ぐっ!」
ヴァルスも右腕でガードするが、バルガムの靴には鋭利なスパイクが仕込まれており、ヴァルスの右腕を傷付ける。たまらずヴァルスは右手の能力を使い、バルガムの足に触れる。
「ぬっ!!」
ヴァルスに触れられたバルガムの脛の一部が抉られ、激しく出血する。いきなりの出来事にバルガムは驚きながら後ろに下がった。そしてヴァルスも体勢を立て直す。
「はぁはぁ…いきなり攻撃してくるなんて…どういう風の吹き回しですか?」
ヴァルスは左腕を押さえながら目の前のバルガムにそう問うた。
「これが『特異点』の力か…やはり侮れない。」
バルガムはそれを無視し、足を止血して再び構える。
「質問してるんですが、答えてくれませんか?そっちから戦わないと言っていたのに、いきなり殺しに来るなんて、プライドとか無いんですか?」
「……」
バルガムはヴァルスから目を逸らした。それを見てヴァルスも続ける。
「俺の兄だと言うのも嘘だったんですよね。俺を油断させる為の口八丁で、最初から全てが茶番…」
「それは違う!!俺たちは間違いなく血のつながった兄弟だ!!嘘ではない!!」
「…では、何故戦うんですか?兄弟とは戦わないって…」
「俺だってお前を殺したくはない!!生き別れた大切な弟であるお前を!!…だが、やらねばならんのだ…お前は…生きていてはいけない人間なんだ!!」
泣きながらそう訴えるバルガムを見てヴァルスは混乱の極みに達する。
(マジで何なんだこの人は…本当に意味が分からない。もしかしたらラリってるだけのヤク中とかかも…でも、嘘を言ってる感じはしないし…)
「全く意味が分かりませんが、一応理由だけは教えてください。理由も知らずに、血のつながった兄弟を殺すのも殺されるのもイヤなんで。」
「そうだな……いいだろう、お前には事情を知る権利がある。全てを話そう。俺たちが生まれた理由、母親の事、そして父上の計画について。」
バルガムはそうしてゆっくりと全てを語り出した。
ーー現在 イズカンとニールズーー
「うぉら!!」
「ふんっ!」
2人の間に火花が散る。2本のカランビットナイフ(刃の湾曲したナイフ)で攻撃するイズカンに対して、ニールズはロングソードで応戦する。2人の力は拮抗しており、互いに同等の血を流していた。
「ふぅ…その歳でまぁまぁやるじゃねえか。流石は元軍人ってとこか。」
「黙れ、貴様の様な下等民族が高貴な私に話しかけるな。」
「おうおう、宰相様は精神も高潔であらせられますなぁ。前世でどれだけ徳を積まれたのやら。」
「口を慎めと言っているだろうが!!」
激昂したニールズは懐から拳銃を取り出す。しかしイズカンは反応できており、サイドに避けながら右手のカランビットナイフを投げつける。
「ふんっ!」
ニールズも軽々とサイドに避け、次の銃弾を撃とうとする。しかし、かわしたはずのナイフが回転し、再びニールズの元へ迫る。
「っ!?」
ブーメランの様に回転するナイフは、反応が遅れたニールズの頬を掠め、イズカンの手中に戻った。
「へぇ…よく反応したな。このナイフは音がしにくい特注品なんだがな。」
「ふんっ!ナイフを投げて攻撃する能力か。くだらんな。」
ニールズは頬の血を拭いながら嘲笑する。
「まぁ、俺はそもそも武闘派じゃないからな。だが、あんまり侮らない方がいいぜ。」
「うぉっ!」
次の瞬間、ニールズが体勢を崩してよろめいた。
「…なるほど…ナイフに毒…いや、幻惑剤か…」
「とびきり気分が悪くなる薬だ。クズにはピッタリの薬だろう?」
「舐めるなよ、下民が…この程度で私がやられるとでも!!」
ニールズはそう言って立ち上がる。顔には汗が滲むが、殺気は衰えない。
「痩せ我慢も大変だな。やっぱりクズでも、父親のプライドってもんがあるってか?」
「父親のプライド?そんなくだらんモノは必要ない。あんな子供たちの事など、どうでもよいわ。」
「ああん?何だと?」
「はっ!表情が変わったな、下民!何だ?俺の子供たちと知り合いか?それとも子供たちの母親か?」
「テメェ‥‥」
「はぁ、東の人間に感情移入するとは…これだから陛下の偉大さを知らぬ革命派は…」
それを聞いたイズカンは怒りが頂点に達した。
「やっぱりテメェは生きてちゃいけない人間だ。ここで俺がキッチリ地獄に送ってやる。死にやがれ!!」
ブチギレたイズカンが両手のナイフをニールズに投げつける。しかしニールズは避けるそぶりを一切見せない。
「ふん。」
高速回転しながら迫るナイフをニールズは二本同時に掴み取ったのだ。
「何!?」
「返すぞ。」
ニールズはそのまま2本のナイフをイズカンに投げつけた。先ほどと同様に回転するナイフはイズカンへ迫り、反応が遅れたイズカンの左腕に一本のナイフが突き刺さった。
「ぐぅ!!」
さらにイズカンがかわしたナイフは回転し、イズカンの背後から迫り来る。イズカンはしゃがんでそれを回避しようとするが、軌道を少し変えたナイフが肩を掠めた。そして、そのナイフはニールズの右手に収まった。
「やはりくだらん能力だ。コピーするまでも無かったか。」
「ぐっ!」
イズカンは膝をついて倒れそうになる。ナイフに塗られた幻惑剤をイズカン自身が受けたのだ。
「辛そうだな、下民。降参するなら楽に首を刎ねてやるが?」
「はぁはぁ…誰が降参なんかするかよ…カメレオン野郎が。」
(今のは俺の能力…おそらくヤツの能力は敵の能力のコピー、王属性か。初撃を避けなかった事から、おそらく攻撃を受けるか見る事がコピーの条件。もう、投げナイフでの攻撃は喰らわないと思った方がいいな…)
イズカンが思考を巡らせていると、ニールズが思い出したかのように話し始める。
「…あぁ、そう言えば貴様、20年前に私の息子を誘拐した男だな?監視カメラの映像に映っていた。」
「へぇ、記憶だけはいいんだな。変態野郎が。」
「そうか、菖蒲の知り合いか。だが、変態とは失敬だな。あれは、ある計画の為に仕方なくやった事だ。本来であれば、あのような穢らわしい豚どもの相手をするなど、屈辱の極みでしかないからな。」
「…ある計画?」
「何だ、知らなかったのか。陛下より賜りし崇高な私の使命の事だ。まぁ、せっかくだから死ぬ前に貴様に教えておいてやろう。私の計画について…」
ニールズは計画の全てを語り始めた。




