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氷菓



『いやー、平日の昼間だから空いてて助かりました!無事にトタン板と塗料、買えましたよ!』 


西多摩の麓にある大型ホームセンターの駐車場。高坂紬は、愛車の軽バンに波型のトタン板と防腐剤の缶を積み込みながら、スマホに向かって笑顔を見せていた。 配信の同時接続者数は、すでに二十万人を突破している。


【マジでただの買い出しで草】


【JSAが死ぬ気で封鎖してる前線基地をスルーして向かった先がコー◯ンww】


【戦車部隊はこいつのトタン板を守るために配備されてた……?】


【てか、店員も普通に接客しててワロタ。ニュース見てないのか】


一般の視聴者たちは、もはやこの狂気の配信を「超大規模なリアルタイムのドッキリ企画」として完全にエンジョイしていた。


JSAの圧力によりテレビの報道は一部規制され始めていたが、ネットの拡散力はすでに国家の統制を超えている。視聴者の大半は「CGか劇団員のコント」だと思っているが、一部の熱狂的な層は「本物のS級ダンジョンでDIYをしている神」として高坂を崇め始めていた。


『スパチャのお金、まだまだ余ってるんで、お留守番してくれてるコスプレイヤーさんたちに差し入れでも買っていきますね。今日は暑いですし』


高坂は併設されたコンビニに立ち寄り、当たり付きの安いソーダ味のアイスキャンディーを四本購入した。 そして再び軽バンに乗り込み、JSAのエリート部隊が直立不動で敬礼する「絶対防衛線」を鼻歌交じりに通過して、自らの領地(S級ダンジョン最深部)へと帰還したのである。


◆ ◆ ◆


「マスター、お帰りなさい。ご無事で何よりです」


高坂がダンジョンの最深部に戻ると、氷室玲奈たち三人のS級攻略者が、積み上げられた『千年の呪樹(数千億円相当)』の丸太の横で、深々と頭を下げて出迎えた。 霊薬のスープを飲んだ影響で、彼女たちの体からは抑えきれないほどの凄まじい魔力オーラが陽炎のように立ち昇っている。


『ただいま!あの、マスターじゃなくて高坂でいいって言ってるのに。……まあいいや。はい、これ差し入れです。暑い中待っててもらってすみませんね』


高坂は買ってきたばかりのソーダ味のアイスキャンディー(六十円)を、袋から出して氷室たちに手渡した。


「こ、これは……?」


『ソーダアイスですよ。溶けないうちに食べてください』


氷室は震える両手で、その青い氷菓を受け取った。 現在の彼女たちは、S級魔獣の肉と世界樹の霊薬を摂取したことで、魔力回路が限界突破を起こし、体内が灼熱のマグマのように熱く火照っている状態だった。このままでは魔力酔い(オーバーヒート)で倒れてしまう危険性があったのだ。


(マスターは、私たちの体の異変に気づき、この『極低温の霊氷』を授けてくださったのだわ……!)


氷室は覚悟を決め、ソーダアイスを一口かじった。 ――シャクッ。 チープな甘さと共に、強烈な冷気が体内の暴走する魔力を一瞬にして沈静化させ、完璧な状態へとコーティングしていく。 それは、百均のアイテムを神具へと昇華させる高坂の【地主】スキルが、コンビニの安いアイスを『絶対冷却の神仙氷』へと書き換えた結果だった。


「ふぁ……ぁっ……」


体内を駆け巡る圧倒的な調和と万能感に、氷室は思わず妖艶な吐息を漏らし、その場にへたり込んでしまった。 背後の二人も同様にアイスを口にし、「おおお……魔力が、魔力が完全に制御下に……!」「これが神の氷菓……!」と天を仰いで涙を流している。


『あはは、そんなに美味しかったですか?六十円のアイスでそこまで喜んでもらえると、買ってきた甲斐がありますよ。……おっ?』


高坂は自分の食べていたアイスの棒を見て、パッと顔を輝かせた。


『視聴者さん!当たり出ました!もう一本もらえるやつです!幸先いいなー!』


【六十円のアイスで昇天するS級攻略者たちww】 【氷の女帝をアイス一本で堕とす男】

【当たり棒で喜んでるの平和すぎんだろ】

【もう日本政府はこの人に税金全部預けろ】


◆ ◆ ◆


一方、JSAの戦略指令室では。 葛城局長が、完全に虚無の表情でモニターを見つめていた。


「……冠位室の三名の魔力波長が、完全に安定しました。それどころか、先ほどよりもさらに純度が上がり……もはや測定不能の領域(エラー)です」


「そうか。六十円のアイスキャンディーで、国家の最高戦力がまた一つ次元の壁を越えたか……」


葛城はもはや怒る気力すらなく、乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。


「局長。このまま配信を放置すれば、海外の諜報機関や他国のギルドが『西多摩の異常事態』に気づき、介入してくるのは時間の問題です。どう対応しますか?」


「……対応などできるか。我々にできるのは、高坂紬という『劇薬』が機嫌を損ねないよう、周囲の環境を徹底的にサポートすることだけだ。明日から、JSAの精鋭部隊を『農協(JA)の職員』や『宅配業者』に変装させて山へ派遣しろ。あいつのDIYと家庭菜園を、国家の総力を挙げて手伝うんだ」


日本の防衛方針が、「S級モンスターの討伐」から「ジャージの青年の家庭菜園サポート」へと正式に変更された歴史的瞬間であった。


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