初配信
「……どういうことだ。誰か、状況を論理的に説明できる者はいないのか」
JSA本部、戦略指令室。 防衛局長の葛城は、充血した目でメインモニターを睨みつけながら、うめくように言った。
モニターには、自衛隊の高高度ドローンが撮影した西多摩の『S級ダンジョン』入り口周辺の映像が映し出されている。 未発見のS級ダンジョンの出現、そしてS級モンスターの出現。
日本滅亡のカウントダウンが始まったはずのその場所は今、不気味なほどの静寂に包まれていた。 S級モンスターの魔力反応は完全に消失。
入り口だけで全滅したと思われていた最強ギルド『天帝の剣』の面々は、なぜか百均のトラロープの外側に綺麗に並べられ、ご丁寧にチェック柄の寝袋まで掛けられている。
「……まるで、何事もなかったかのようではないか。誰がS級モンスターを消滅させた?誰が彼らを介抱した?冠位室の連中はまだ到着していないんだぞ!?」
葛城の怒声に、オペレーターたちは青ざめた顔で見眼を見合わせるしかない。
「き、局長! ダンジョン内部から、謎の電波信号を検知しました!」
「なんだと!?S級ダンジョンの瘴気の中で通信機器を使用する人間がいるたいうことは……まだ存命だということか!?軍事用の特殊暗号通信か!?」
「い、いえ……これは、一般的なインターネット回線……それも、民間の動画配信プラットフォームのライブストリーミング信号です!」
「はあ!?ライブ配信だと!?」
指令室が騒然となる。 葛城は嫌な汗をかきながら、「すぐにモニターに繋げ!」と叫んだ。
未知の超常存在からの、人類への宣戦布告かもしれない。ゴクリ、と全員が固唾を飲んで見守る中、メインモニターにその映像が映し出された。
『あー、あー。テステス。これ、ちゃんと映ってるのかな』
画面に大写しになったのは、どこにでもいるような安物のジャージを着た、平凡な顔立ちの男だった。 彼は百円ショップで売っているようなスマホスタンドにスマートフォンを固定し、カメラの角度をポチポチと調整している。
『あ、どうも。今日から「まったり山林開拓日記」を始めることになりました、ツムギです。憧れのヤスさんの動画みたいに、俺も自分の山を開拓していく様子を配信してみようかな、と』
指令室の全員が、我が目を疑った。 画質は4Kの高画質。通信の遅延はゼロ。
「こ、この男……昨日、この山林を買い取ったという一般人の高坂紬です!な、なぜ生きている!? しかも、ここは間違いなくダンジョンの内部……!」
「静かにしろ!……奴の言葉を聞くんだ」
葛城が制止すると、画面の中の高坂は、照れくさそうに頭を掻きながら話し始めた。
『ええと、まずは俺の頼れる相棒を紹介します。おーい、ポチー。こっちおいで』
高坂が手を叩くと、画面の端から、黒くてモフモフした子犬(あるいは子熊)のような生き物が、短い尻尾をちぎれんばかりに振って駆け寄ってきた。高坂はその生き物を抱き上げ、カメラに近づける。
『ほら、ポチ。視聴者さんにご挨拶だ。昨日の夜に罠にかかってた迷子なんですけど、やたら懐いちゃって。今日から俺の山の番犬になりました。ちょっと毛が黒光りしててイカついですけど、すごく大人しいんですよ』
画面越しにその「ポチ」とやらを見た瞬間。 JSAの魔力解析官が、口から泡を吹いて椅子から転げ落ちた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!?」
「どうした!? しっかりしろ!」
「きょ、局長!あ、あの黒い生き物……!!姿は変異していますが、魔力波長が先ほど消失したS級モンスター………ギルドのデータにも記録されている【星喰いの大羆】と完全に一致しています!!」
「なっ……なんだと……!?」
葛城の血の気が一瞬で引いた。 中世ヨーロッパの小国を三つ滅ぼした、歩く自然災害である。
それが今、ジャージの青年の腕の中で「キャンッ♪」と愛らしい声を上げ、青年の顔をペロペロと舐めているのだ。
「S級の災厄を……愛玩動物にしたというのか!?しかも、百円のくくり罠で捕まえただと……!?どんな能力を持っていればそんな神殺しじみたことができる!」
画面の中の高坂は、JSAのパニックなど知る由もなく、呑気に配信を続けている。
『そういえば、山の入り口にマナーの悪いコスプレイヤーさんたちが倒れてたんですよね』
高坂はスマホを持ち上げ、入り口の方へカメラを向けた。 そこには、高坂が丁寧に並べた『天帝の剣』の面々が映っていた。
『熱中症かなんかですかね?とりあえず日陰に並べて、寝袋かけておきました。一応、これ以上勝手に入られないように、百均で買ってきた立ち入り禁止のネットとロープを張っておいたんですけど……ヤスさんの言う通り、山を買うと不法侵入者が多くて大変ですね』
「コ、コスプレイヤーだと……!?国内最強のA級ギルドを、ただの迷惑キャンパー扱い……!?」
葛城は胃が千切れそうな痛みに顔をしかめた。 S級ダンジョンの入り口という名の地獄の入り口で、あろうことか『百均のトラロープ』を張って結界としている。
しかも、そのロープの内側には、恐ろしいことにS級の瘴気が一ミリたりとも侵入できていなかった。彼が張ったただの紐が、次元の壁を隔てる『絶対不可侵の境界線』として機能しているのだ。
『ま、気を取り直して。今日は畑を作るために、水源を探してみたんです。ヤスさんが「水脈は自力で掘れる」って言ってたんで、スコップでちょっと掘ってみたら、すごいのが出たんですよ』
高坂がカメラを地面に向けると、そこにはスコップで乱暴に粉砕された『ダンジョン岩盤』と、その奥底からコンコンと湧き出している青白く発光する泉が映し出された。
『なんか青白く光ってて、ちょっと怪しい水なんですけど。飲んでみたら甘くて美味しかったんですよね。肩こりも一瞬で治ったし、これミネラル豊富なのかもしれません』
「ブフォッ!?」
今度は、指令室の最高顧問がコーヒーを派手に吹き出した。
「せ、『世界樹の霊薬』……!!S級ダンジョンの最深部に数万年かけて蓄積されるとされる、一滴で国家予算が飛ぶともいわれる伝説で語られる秘薬だぞ!?あ、あいつ、それを泥水みたいにガブ飲みしたのか!?」
「しかも、あんな超高濃度の魔力液体を原液で飲めば、並の人間なら体内が適応できなくて爆散するはずだ!やはり、奴は人間の皮を被った神か悪魔か……!!?」
指令室はもはや、パニックを通り越して宗教的な畏怖に包まれていた。 S級魔獣をペットにし、最強ギルドをコスプレイヤー扱いし、神話の秘薬をミネラルウォーターとしてがぶ飲みする男。
『えーと、まだ配信始めたばっかりで、視聴者……あっ!』
画面の中の高坂が、急にパッと顔を輝かせた。
『視聴者数、1人!やった、誰か見てくれてる! 初めまして、ツムギです!コメントとかくれたら嬉しいです!』
嬉しそうにカメラに向かって手を振る高坂。 その視線の先――現実のJSA指令室では。
JSAの公式アカウントから監視のためにアクセスしていたオペレーターが、泣きそうな顔で局長の葛城を振り返っていた。
「きょ、局長……!目が合いました!コメントを要求されています!ど、どうしましょう!? 無視したら日本が滅ぼされるかもしれません!」
「バカッ!刺激するな!何か無難なことを打て! 『応援しています』とか『こんにちは』とか、とにかく機嫌を損ねるな!!」
葛城の悲鳴のような指示を受け、オペレーターは震える指でキーボードを叩いた。
【名無しさん:こんにちは。水、とても美味しそうですね。ポチちゃんも可愛いです】
そのコメントが画面に表示された瞬間、高坂は満面の笑みを浮かべた。
『わー!コメントありがとうございます!こんにちは!いやぁ、初めての配信で誰か来てくれるなんて感激です。これから毎日、こんな感じでまったり開拓していくんで、よかったらまた見に来てくださいね!』
「ま、毎日やる気なのか……この致死量の心臓発作ストリーミングを……」




