創造主の休日
『ぷはぁーっ!やっぱり風呂上がりのコーヒー牛乳は最高ですね、ケンさん!』
『……コォォヒィィ・ギュウニュウ。成ル程、宇宙ノ神秘ト混沌ヲ白濁ナル生命ノ源ニ溶カシ込ンダ、極上ノ神饌カ。五臓六腑ニ染ミ渡ルゾ、ツムギヨ』
西多摩S級ダンジョン旅館、ツムギ村。
爽やかな朝の陽光が差し込む縁側で、ジャージ姿の高坂紬と、同じく高坂の予備のジャージ(ドンキホーテで上下1980円)を着込んだ『世界迷宮の創造主』が、腰に手を当ててコーヒー牛乳を一気飲みしていた。
昨日、地球を初期化するために降臨した絶対神は、大根の煮物と古竜のサウナによって完全に骨抜きにされ、そのままツムギ村の客室で爆睡。
高坂からは「立ち入り検査にやってきた保健所の検査官」だと完全に勘違いされたまま、すっかり意気投合し、朝風呂まで満喫してしまったのである。
「ボ、ボス・ツムギ……。本気デ、ソノ『光ルおじさん』ト一緒ニ出カケルツモリデスカ……?」
背後で冷や汗を流しながら尋ねたのは、アメリカ最強の暗殺者アーサーだ。
アーサーや氷室の目には、ジャージを着ていても隠しきれない『創造主の絶対的な後光と、地球を消滅させかねない規格外の神気』がハッキリと見えている。
神がコーヒー牛乳を飲むたびに、周囲の空間がウニョウニョと歪んでいるのだ。
『うん。ケンさん、普段は役所のデスクワークばっかりで息が詰まってるらしいからさ。今日はオフみたいだし、ちょっと下界(街)のホームセンターまで一緒に買い物に行こうと思って』
『ウム。我ハ三十年間、玉座ニ引キ籠モッテイタ故、下界ノ視察モ悪クナイ。案内セヨ、ツムギ』
神様の初めての休日。
高坂は「ケンさん」を愛車の激安軽バンの助手席に乗せると、呑気に西東京市の市街地へと向けてアクセルを踏み込んだ。
◆ ◆ ◆
その頃。
JSA本部の戦略指令室では、かつてない異常事態に大パニックが起きていた。
「報告します!世界中のダンジョンから、モンスターの反応が完全に消失しました!現在、最下層のボス部屋から湧き出しているのは……『源泉掛け流しの温泉』と『最新式のマッサージチェア(※ダンジョンの宝箱産)』です!」
「ロンドンのS級迷宮では、凶悪なトラップ群がすべて『足ツボ健康マット』に書き換えられました! アメリカのグランドキャニオンでは、キノコの傘の下で卓球台が無限湧きしています!!」
「…………」
防衛局長の葛城は、死んだ魚のような目でメインモニターを眺めていた。
ダンジョンという人類の試練が、たった一晩で『地球規模のスーパー銭湯チェーン』へと姿を変えてしまったのである。
「局長!このままでは、モンスターの素材(魔石など)に依存している世界のエネルギー産業が崩壊します!平和になったのは良いことですが、経済が死にます!」
「……もう、どうしようもない」
葛城は力なく首を振った。
「地球のダンジョンシステムを管理する『創造主』ご本人が、西多摩の旅館でサウナに入ってコーヒー牛乳を飲んでいるのだぞ。システム管理者が休暇モードに入った以上、世界のダンジョンがレジャー施設になるのは自明の理だ」
「そ、そんな……神様がサボっているとでも!?」
「監視カメラの映像を見ろ。その神様は今、高坂の軽バンに乗って『西東京市の大型ホームセンター』に向かっている……」
葛城の言葉に、指令室の全員が絶望の溜息をついた。
世界のシステムは今、完全に「高坂紬の接待」によって掌握されてしまっているのだ。
◆ ◆ ◆
『さあ、着きましたよケンさん!ここが俺の愛用してるホームセンターと、併設の百円ショップです!』
西東京市にある巨大なホームセンター。
高坂と、全身がぼんやりと白く発光しているジャージの男が、自動ドアを潜って店内へと足を踏み入れた。
周囲の一般客はケンさんの発光を見て「YouTuberの電飾ドッキリかな?」くらいにしか思っていないが、ケンさん(創造主)の心中は、驚愕と戦慄で激しく波打っていた。
(ナ、ナンダコノ空間ハ……!?)
創造主は、陳列棚にズラリと並んだ商品を見て、神の目を限界まで見開いた。
『ケンさん、こっちこっち。昨日はS級魔獣のブレス……じゃなくて、黒い突風を保存しちゃったから、タッパーの予備を買っておきたくて』
高坂が案内した『キッチン用品コーナー』。
創造主の目に飛び込んできたのは、昨日、自らの権能すらも超える古竜の極大ブレスをいとも容易く封印した、あの恐るべき神話級アーティファクト――『百均のタッパー』が、棚に数百個も無造作に積み上げられている光景だった。
『バ、バカ……ナ……ッ!!アレホドノ絶対封印指定ノ遺物ガ、コノヨウニ大量生産サレテイルダト!?』
創造主はガタガタと震えながら、商品の値札を見た。
【3個セットで100円(税抜)】。
『ヒィィッ……!!ヒャクエン!?コノ国デハ、宇宙ヲ閉ジル箱ガ、ハシタ金デ売買サレテイルノカ!!』
さらに高坂は、隣の園芸コーナーへ移動し、一本の『竹ほうき』を手に取った。
それは先日、世界最強の魔法飛行戦艦を宇宙の彼方まで掃き飛ばした「超次元・空間消去兵装」に他ならない。
『あ、この竹ほうきも買っておこう。落ち葉掃きに便利なんだよね』
『ヒィィィィィィィッ!!!(※神の悲鳴)』
創造主は、ついに陳列棚の前で膝から崩れ落ちた。
彼が三十年間、地球人に過酷な試練を与え、魔力を鍛えさせてきたのは何だったのか。
この下界(西東京市)には、神の権能すら軽々と超越する『超・神造兵装』が、誰でも買える値段で山のように積まれているではないか。
(我ハ……とんでもない国ニ、ダンジョンヲ作ッテシマッタノダ……。日本トイウ国ハ、恐ロシイ神々ガ一般人ノフリヲシテ暮ラス、狂気ノ神域……ッ!!)
完全に勘違いをこじらせた創造主は、高坂紬という男が「これらの超兵器を平然と使いこなす、全知全能の最高神」であると確信した。
『ケンさん?どうしたんですか、しゃがみこんだりして。あ、もしかして歩き疲れた?デスクワークばっかりだと足腰弱りますもんね』
高坂は心配そうに手を差し伸べると、健康グッズコーナーから『青竹踏み(※百円のイボイボ付きプラスチック)』を持ってきた。
『これ、お土産に買ってあげますよ。デスクの下に置いて踏むと、足の疲れが取れてスッキリしますから』
『コ、コレハ……!!』
創造主が恐る恐るその『青竹踏み』に乗った瞬間。
ゴキッ、ゴキゴキゴキッ!!
プラスチックのイボイボが、神の霊体の歪みを完璧なツボ押しによって矯正し、三十年間玉座に座り続けて溜まっていた『宇宙の淀み(肩こりと腰痛)』を一瞬にして完全に浄化してしまったのだ。
『オ、オォォォォォォォォッ!!宇宙ノ真理ガ……足ノ裏カラ整ッテイクゥゥゥゥッ!!』
創造主はあまりの気持ちよさに白目を剥き、青竹踏みの上で恍惚の声を上げた。
『ツムギヨ……!否、ツムギ大明神ヨ!!コノ大恩、永久ニ忘レヌ! 我ハ今日ヨリ、貴様ノ忠実ナル下僕トナロウ!!』
『大明神って。大げさだなぁ、たった百円の青竹踏みで』
高坂は笑いながらレジへと向かった。
こうして、地球のダンジョンを支配していた創造主は、百円ショップの圧倒的な(勘違いの)品揃えと青竹踏みの前に完全にひれ伏し、高坂紬の『専属の村役場職員(システム管理者)』へと転職を果たしたのである。
しかし
創造主が地球のシステム管理を放棄し、完全に「ツムギ村の住人」と化してしまったことで、宇宙の深淵に隠されていた『自動防衛プログラム』が静かに起動し始めていた。




