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創造主




「オーマイガー……!我が国の最先端医療でも治せなかった私の腰痛が、ただ温泉に5分浸かっただけで……!」


「アラーの神よ、感謝します!このシイタケと大根の煮物を食べたら、ハゲ上がっていた私の頭にフサフサの毛が……!しかも魔力回路がSS級に覚醒したぞ!!」


 西多摩S級ダンジョン旅館・ツムギ村。  


オープンからわずか三日。葛城局長の(半ばヤケクソな)斡旋により、ツムギ村には世界中の「超VIP」たちが極秘裏に集結していた。  


アメリカ合衆国大統領、中東の石油王、ヨーロッパの巨大ギルドのマスターたち。普段ならSPを数百人引き連れ、一堂に会することなど絶対にあり得ない世界のトップたちが、お揃いの浴衣を着て、大広間でシイタケと大根を食べて号泣しているのである。


『いやー、海外のお客様にも和食がウケてよかった!トカゲくんのサウナも大好評みたいだし!』


 高坂紬は、お盆に熱燗を乗せて配膳しながら、ホクホク顔で笑っていた。


「ミスター・ツムギ!!」  


突然、中東の石油王(御年80歳、現在はシイタケのバフにより20代の肉体とSS級の魔力に若返り済み)が、ガタッと立ち上がって高坂の前に進み出た。


「この旅館はまさに地上の楽園、いや神の奇跡だ!私は今日、母国に帰らねばならないが……この感動の代金として、これを!」


 石油王がドンッ!とテーブルに置いたのは、見たこともない漆黒のブラックカードと、一枚の小切手だった。  


そこに書かれた金額は――『20,000,000,000円(200億円)』。


『に、にひゃくおくぅぅっ!?』


「宿泊代と、極上のシイタケへのチップだ!お釣りはとっておいてくれたまえ!」


「ミーも払うぞ!あの温泉の効能はアメリカの国家予算をつぎ込む価値がある!ミスター葛城、JSAを通じて300億円振り込んでおく!」


 大統領までが便乗し、大広間は桁のおかしい札束の殴り合い(チップ合戦)と化した。  


ただの農家兼キャンパーだった高坂は、あまりの金額に白目を剥きかけたが、すぐにガッツポーズをした。


『や、やったぁぁぁっ!!これで固定資産税が払える!首の皮一枚繋がったぞぉぉっ!!』


「ボス・ツムギ!オメデトウゴザイマス!」

「ツムギさん、やりましたね!」  


アーサーやしずくたちも、高坂を胴上げせんばかりの勢いで歓喜に沸く。


 ダンジョンの最深部で、浴衣姿の世界のトップたちと高坂が「バンザイ!バンザイ!」と万歳三唱を繰り返すという、人類史上最もカオスで平和な光景。


 しかし。  


そのどんちゃん騒ぎが、いよいよ『世界の理(システム)』の逆鱗に触れてしまったのである。


   ◆ ◆ ◆


 ピタッ……。

 突如として、宴会場の時間が停止した。  


いや、比喩ではない。


世界中の魔力を掌握する大統領も、石油王も、そして氷室たちでさえも、万歳をした姿勢のまま、瞬き一つできずに完全に「凍結」させられてしまったのだ。  


動けるのは、高坂紬と、彼の懐にいるポチ(星喰いの大羆)だけ。


『あれ?みんな、どうしたの?急に静かになって……』



 高坂が首を傾げたその時。


ツムギ村の上空――S級ダンジョンの上空の空間が、ガラスのようにパリンッと音を立てて砕け散った。


 割れた空間の奥から現れたのは、真っ白な光を纏った、人型とも幾何学模様ともつかない『神々しい超越生命体』であった。


背中には無数の後光が射し、その存在そのものが、地球上のすべてのダンジョンを管理する「意志」であることを示している。  


ダンジョン・コアの集合無意識――『世界迷宮の創造主(システム・アドミニストレータ)』。三十年前に地球にダンジョンという試練を与えた、文字通りの『神』である。


『――愚カナ。我ガ人類ニ与エシ試練ノ場(S級ダンジョン)ヲ、カクモ無残ナ温泉宿ニ変エルトハ……』


 創造主の声は、空気を震わせず、直接高坂の脳内に響き渡った。  


その圧倒的なプレッシャーは、S級ボスの終焉の古竜すらも遥かに凌駕し、地球そのものを塵に変えるほどの「消去の意志」を含んでいた。


『特異点・高坂紬ヨ。貴様ノ存在ハ、我ガ設計シタ世界ノルールニ対スル重大ナ「バグ」デアル。ヨッテ今コノ瞬間ヲ以テ、貴様トコノ空間ヲ、初期化(フォーマット)スル』


 創造主が右手を高く掲げる。  


それは、西多摩のみならず、日本列島そのものを次元の彼方へ消し飛ばす『ワールド・リセット』の構えだった。  


人類が三十年間かけて築き上げた攻略者の歴史も、国家の防衛力も、この神の前では何の意味も持たない。完全なる終焉。誰もが死すら認識できないまま消滅する、絶対の結末。


 だが。


『……あ! なるほど、わかりましたよ!』


 圧倒的な滅びの光を前にして。  

高坂紬は、ポンッと手を叩き、まるで合点がいったように明るい声を上げた。


『あなた、役所の「立ち入り検査」の人ですね!?』


『…………ハ?』


 創造主の動きが、ピタリと止まった。  


高坂は急いでクリップボードを小脇に抱え、真っ白な神に向かってペコペコと頭を下げた。


『いやー、急に来るからびっくりしましたよ! もしかして、保健所の方ですか? それとも消防署の方? サウナの熱源(※終焉の古竜)とか、食品衛生(※シイタケ)のチェックですよね!』


『……何ヲ言ッテイル?我ハ、世界ヲ管理スル創造主……』


『わかってますって!旅館業を始めるなら、必ず役所の厳しいチェックが入るのは当然ですよね。すいません、事前にアポを取ってくれると助かったんですけど。どうぞどうぞ、中を見ていってください!』


 高坂は全く怯むことなく、絶対神の放つ滅びの光(※触れれば原子レベルで分解される)を「消毒用の光か何かかな?」と勘違いし、ズカズカと創造主の足元まで歩み寄った。  


そして、ジャージのポケットから一枚の書類を取り出し、創造主の顔の前にバーン!と突きつけた。


『ほら!これ、先日市役所に提出して受理された「旅館業営業許可書」と「食品衛生責任者」のプレートです! 百均のラミネートフィルムでちゃんとパウチしてありますから!』


 ――バチィィィィィィィィィンッ!!!!


 その瞬間、世界を滅ぼすはずだった創造主の『ワールド・リセット』の光が、高坂が掲げたペラペラのラミネート書類に弾き返され、霧散した。


『ナッ……!?』


 創造主(神)は驚愕した。  


いかなる魔力も通じないはずの自らの権能が、ただのプラスチックで挟まれた紙切れに防がれたのだ。  


高坂の【地主】スキルは、法的な「営業許可」を得たことで、さらに強固な『絶対的営業権(ビジネス・プロテクション)』へと進化していた。  


高坂が「ここは正規の手続きを踏んだ店だ」と認識している以上、いかなる神の力であろうと、彼の店を不当に「営業停止(消滅)」させることは、物理的・概念的に不可能になっていたのである。


『フウッ……! バカゲタ力ダ……ダガ、ソレデ我ガ止マルト思ウナ……!』


 創造主が再び力を練り上げようとした、その時。


『あ、そうだ。検査官さん、遠いところからわざわざありがとうございます。これ、つまらないものですが……』


 高坂はニコニコ笑いながら、お盆に乗っていた『世界樹の大根の煮物』と『シイタケの天ぷら』、そして『地竜の血脈で割ったお湯割り焼酎』を、創造主の手にヒョイッと押し付けた。

『ちょっと味見してみてください。うちの自信作なんですよ』


『……フン。神ニ対シテ、俗物ノ食料ナド……』


 創造主は冷たく払い除けようとした。  


しかし、神の鼻腔を、強烈な醤油と出汁の香りがくすぐった。それは、地球上のダンジョンから吸い上げた極上の魔力エネルギーが、高坂の調理によって「宇宙の真理」に匹敵する何にも例え難い旨味へと昇華された匂いだった。


 無意識のうちに。  

世界迷宮の創造主は、大根の煮物をパクッと口に入れてしまった。


『…………ッ!?!?』


 カアァァァァァァァァァッ!!


 次の瞬間、創造主の真っ白な体が、信じられないほどのピンク色(※湯上がりのおっさんのような色)に発光した。  


味が染み込んだ大根の圧倒的な旨味と、焼酎のアルコールが、神の絶対的な自我を溶かしていく。


『こ、コレハ……ナンダコレハ……!旨イ……我ガ創リ出シタ魔力ガ、コンナホロホロノ食感ニ……!焼酎ガ……進ム……ッ!』


『おっ、いけます? サウナも空いてるんで、もしよかったら汗流していきませんか?あ、でも検査が先ですかね?』


『ケ、検査ナド……モウヨイ……! コノ大根ハ、完璧ダ……。オカミ(女将)、焼酎ノオカワリヲ……!』


 わずか三十秒。  


地球を初期化しにきた絶対神は、シイタケと大根の煮物の前に完全敗北し、千鳥足でサウナ室(古竜の熱波付き)へと吸い込まれていった。


 数分後、時間が動き出し、万歳したまま固まっていたVIPや氷室たちが「ハッ!」と我に返る。  


彼らが見たのは、世界を滅ぼすはずの創造主が、サウナ室でトカゲ(古竜)と一緒に肩を組み、「いい湯だな〜」と上機嫌で歌いながらすっかりデキ上がっている姿だった。


「……ぼ、ボス。今、恐ろしくヤバい気配がしたのですが……あの光る人は、一体……?」  


アーサーが震える声で尋ねる。


『ああ、あの人?保健所の抜き打ち検査の人だったよ。でも大根食べたら満足して、そのままサウナに入っちゃった。役所の人も疲れてるんだねぇ』


 高坂紬は呑気に笑いながら、15億円の税金が払えることになった小切手を、大切そうに百均のファイルにしまった。


 こうして、地球の命運を懸けた最終決戦の火蓋は、高坂の「過剰接客」によって見事にへし折られたのであった。


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