百均の竹ほうき
「ハハハハッ!見ろ、あのアリのようなログハウスを!あそこに世界の軍事バランスを覆す神話級の野菜が眠っているのだ!」
西多摩の上空を覆い尽くす、世界最強の闇の同盟が誇る巨大な魔法飛行戦艦。
艦橋の司令室では、各国の裏社会を支配するSS級攻略者たちが、モニター越しに眼下の『ツムギ村』を見下ろして下劣な笑い声を上げていた。
「地上には西多摩の最下層に眠っていた『終焉の古竜』まで這い出してきているようだが、好都合だ。我々の主砲で、あのトカゲごとログハウスを灰燼に帰し、焼け残った土壌から野菜の種を回収すればいい!」
艦長の号令のもと、戦艦の船底部がパカッと開き、直径十メートルを超える極大魔力砲の砲門が地上に向けられた。
数千人の闇の攻略者たちの魔力を充填し、一撃で小国を地図から消し飛ばす『戦略級殲滅魔法』のチャージが開始される。
空からは絶対的な破壊の光が降り注ごうとし、大地では終焉の古竜が咆哮を上げる。
まさに世界の終わりを絵に描いたような絶望の光景。
しかし。
ログハウスの縁側に、ジャージ姿の青年――高坂紬が、百均で買った『竹ほうき』を片手にひょっこりと姿を現した。
『まったく。最近の飛行船はマナーがなってないな。せっかくいい天気なのに、上空に居座られたら布団が干せないじゃないか』
高坂は、上空で眩い光を放ちながらチャージされている極大魔力砲を「なんか眩しいサーチライト」程度にしか認識していなかった。
彼はほうきを両手で構えると、庭の落ち葉を掃くような、ごく自然な動作で空に向かってほうきを一振りした。
『シッシッ!よそでやってくれ!』
バサッ、という竹ほうきが風を切る気の抜けた音。
だが、その一振りは【地主】スキルにより『日照権の確保』という目的を果たすため空間干渉を引き起こした。
――ゴアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
高坂の竹ほうきから放たれたのは、風ではない。空間そのものを物理的に『掃き清める』、目に見えない超絶的な次元の暴風だった。
「……は?」
艦橋で葉巻を咥えていたSS級攻略者が間抜けな声を漏らした瞬間。
チャージ中だった極大魔力砲のエネルギーごと、全長数百メートルの巨大飛行戦艦が、まるで竜巻に巻き込まれた落ち葉のように、キリモミ回転しながら遥か彼方の空の果てへと吹き飛ばされていったのである。
「ギィヤァァァァァァァァァァッ!?回るゥゥゥゥゥゥッ!!」
世界最強の闇の軍団は、一発の魔法を撃つこともなく、ほうきの一振りで「キラーン」と星になって西多摩の空から完全に消え去った。
『よし。これで日当たりはバッチリだな』
高坂は満足げに頷くと、今度は竹ほうきを肩に担ぎ、裏山に陣取る巨大なモンスター――終焉の古竜へとズンズン歩み寄っていった。
◆ ◆ ◆
(な……なん、だ……今のデタラメな空間干渉は……!?)
復活の咆哮を上げようとしていた終焉の古竜は、上空で起きた出来事を目の当たりにして、巨大な顎を開けたまま完全に硬直していた。
古竜の持つ伝説級の知性が、激しい警鐘を鳴らしている。
あのジャージの男が持つ『木の棒(百均のほうき)』の一振りは、先ほど自分の死毒ブレスを封じ込めた謎の力よりも、さらに次元の違う恐るべき『何か』だった。
ズン、ズン、ズン。
高坂が近づいてくる。古竜からすれば、足元のアリにも満たない小さな人間。
だが、古竜の目には、高坂の背後に『全宇宙の法則を捻じ曲げる絶対神』のような幻影が重なって見えていた。
『こらっ!そこのデカいトカゲ!』
高坂は古竜の鼻先のすぐ近くまで来ると、竹ほうきの柄で、古竜の巨大な鼻を「メッ!」と叩いた。
ペチッ。
『ここ、来週サツマイモの苗を植えようと思って、一生懸命石をどかして整地してたんだぞ! 勝手に穴掘って荒らすなんて、悪い子だ!』
「…………ッ!!!」
竹ほうきで叩かれた瞬間、古竜の全身の鱗が恐怖で逆立った。
ダメージはない。だが、その一撃に込められた『地主の怒り』が、伝説級のモンスターの魂を完全に屈服させたのだ。
(こ、この御方に逆らえば……我は概念ごと『消去』される……!)
終焉の古竜は、プライドも何もなく、即座にその場に平伏した。
前足を綺麗に揃え、巨大な頭を地面に擦りつけ、まるで叱られた犬のように「キュゥゥゥン……」と情けない鳴き声を上げたのである。
『反省してるのか?まったく……まあ、手伝ってくれるなら許してあげるよ。その鋭い爪、畑の畝を作るのにちょうど良さそうだし』
「キュンッ!(意訳:ハハッ! 誠心誠意、畑仕事に従事させていただきます!)」
S級ダンジョンの絶対的な支配者が、農作業のトラクター代わりとして軍門に下った瞬間であった。
◆ ◆ ◆
「あ、あり得ない……。空の闇ギルドも、最下層の古竜も、たった数分で……」
「ボス・ツムギハ、ヤハリ全能ノ神デス……!」
ログハウスからその光景を見守っていた氷室とアーサーは、あまりの規格外な光景に腰を抜かしかけていた。
しかし、二人の驚きはまだ終わらなかった。
「ツムギさーん!裏山の穴、すごいことになってますよー!」
ほうきを持った高坂の元へ、弟の陸としずくが駆け寄ってきた。 彼らが指差すのは、古竜が地下から這い出してくる際に開けた、直径数十メートルにも及ぶ巨大な『大穴』である。
『あーあ、せっかくの畑が台無しだよ。埋め戻すのも大変そうだな』
高坂がため息をつきながら穴を覗き込んだ。 その直後、駆けつけた氷室が、穴の奥から吹き上げてくる『尋常ではない魔力の流れ』を感じ取り、ハッと息を呑んだ。
「高坂さん、少し下がってください! この穴……ただの地割れじゃありません!!」
氷室は『絶対零度の魔剣』を構え、穴の底を凝視した。
暗闇の奥で、空間がぐにゃぐにゃと歪み、赤や青、紫といった様々な魔力の渦が、まるで血管のように複雑に絡み合って点滅している。
「この空間の歪み……まさか! ダンジョンの『根』が露出しているの!?」
『ダンジョンの根?』
「はい……! ダンジョン学の権威の間で仮説として提唱されていた『世界樹ネットワーク理論』です!S級ダンジョンは、単なる地下空間ではなく、地球の奥深くで世界中の他のダンジョンと内部空間が繋がっているという……!」
「どおりでかつて
氷室の言葉に、アーサーも顔色を変えた。
「オーマイガー……。トイウコトハ、コノ大穴ハ……!」
「ええ。この空間の歪みの先は、アメリカのグランドキャニオンに存在するS級ダンジョンや、ヨーロッパの地下迷宮、果ては中国の魔境まで……世界のあらゆるダンジョンと『直接繋がって』いるかもしれません!!」
氷室の戦慄の告白。
それは、日本の西多摩が、今この瞬間から「世界中の危険なモンスターがいつでも雪崩れ込んでくる可能性がある【地球の中心交差点】」になったことを意味していた。
もし海外の攻略者やテロリストがこのネットワークに気づけば、飛行機など使わずとも、自国のダンジョンから直接この『ツムギ村』へ侵攻してくることも可能になる。
世界観の根底を覆す嘘のような事実。
氷室とアーサーが冷や汗を流して絶望的な表情を浮かべる中。
『へえーっ!地下で外国と繋がってるんだ! すごいね、天然の地下鉄みたいだ!』
高坂紬は、目をキラキラさせて巨大な穴の奥を覗き込んでいた。
人類の危機など微塵も感じていない、無邪気な笑顔である。
『ってことは、このトンネルの中は一年中ひんやりしてて、湿気もあるってことだよね?』
「え? は、はい……。海外のダンジョンの瘴気が流れ込んでいるので、常に冷たく、濃密な魔力湿度が保たれている思われますが……」
『やった!それなら最高の環境じゃないか!』
高坂はポンッと手を叩き、満面の笑みで振り返った。
『ちょうど、買ってきた「シイタケの菌糸」を植え付ける場所を探してたんだよ!この地下トンネル、天然のキノコ栽培所にしよう!世界中に繋がってるなら、めちゃくちゃ大量に原木を置けるぞ!』
「「「「…………はい?」」」」
氷室、アーサー、そして世界最悪の闇の同盟や古竜すらもが、その言葉に思考を停止させた。
世界中のダンジョンを繋ぐ、人類最大の脅威にして未踏のネットワーク。
高坂紬はそれを、こともあろうに『巨大なシイタケの原木置き場』として再定義してしまったのである。
こうして、西多摩のS級ダンジョンは、日本の枠組みを飛び越え、物理的にも世界中と繋がってしまった。




