泣きの土下座
「高坂様ぁぁぁっ!! 一生のお願いでございます! どうか、どうかあの無人販売所を閉鎖していただけないでしょうかぁぁぁっ!!」
西多摩のS級ダンジョン最深部。 ログハウスの縁側でドライトマトの仕上がりを確認していた高坂紬の前に、泥だらけのスーツ姿の男がスライディング土下座を決めていた。 JSA防衛局長、葛城である。
『えっ? 葛城さん!?どうしたんですか急に!』
「もはや我がJSAの『主婦偽装部隊』の体力も予算も限界なのです!毎朝数千人のスパイと暴徒からあの木箱を死守するため、日本の防衛費がかつてない速度で溶けております!このままでは日本が……いや、世界が滅びますぅぅっ!」
葛城は文字通り泣いていた。 大の大人が、しかも国家防衛のトップが鼻水を垂らして涙を流している。そのあまりの悲壮感に、高坂は慌てて葛城の肩を叩いた。
『わ、わかりました!ご近所にご迷惑をおかけしてしまってるようでしたら販売所は今日でやめます!いやー、毎朝行列ができちゃって、近所の交通の邪魔になってるんじゃないかとは思ってたんですよね。ご迷惑おかけしてすみません!』
「(なんかとてつもない勘違いをしているようだが……)あ、ありがとうございますぅぅぅっ……!!」
葛城は安堵のあまり、その場に突っ伏して号泣した。 (これで……これで毎朝エプロンを着てスパイと殴り合う地獄から解放される……っ!)
『そんなに泣かなくても……。あ、そうだ。ちょうど保存食が完成したところなんですよ。お詫びにお茶でも淹れますから、食べていってください』
高坂はそう言うと、天日干しにして完成したばかりの『濃縮ドライトマト』をザルから一つヒョイとつまみ上げ、自分の口にポンッと放り込んだ。
「あっ……!!」
葛城が止める間もなかった。
神話級の果実の水分を極限まで飛ばし、膨大な魔力エネルギーを凝縮した最悪の劇薬。
いくら高坂が【地主】の加護を受けているとはいえ、自ら体内に直接取り込んでしまえば無事では済まないのではないか。葛城は高坂の体が爆散する光景を想像し、両手で顔を覆った。
――ピコォォォォンッ!!
高坂の脳内に、かつて山を購入した時と同じ、軽快なシステム音が響き渡った。
【超高濃度の神話級エネルギーの摂取を確認】
【過剰エネルギーを外部スキルとして再構築……完了しました】
【ユニークスキル『塩漬け(永久保存)』を獲得しました】
『ん? なんか今、頭の中で音がしたような……って、うおっ!?』
高坂が目を丸くした瞬間。 ダンジョンのさらに奥深くから、空気をビリビリと震わせるような恐るべき咆哮が響き渡った。
S級ダンジョンの『階層主の気まぐれな広範囲攻撃』である。
直径数十メートルにも及ぶ、万物を融解させる『極大の漆黒の死毒ブレス』が、木々を消し飛ばしながら高坂のログハウスめがけて一直線に迫ってきたのだ。
「ひぃぃぃぃっ!?S、S級モンスターのブレス攻撃だぁぁっ!!」
葛城が絶望の悲鳴を上げる。
護衛のアーサーや氷室たちを呼ぶ暇もない。直撃までコンマ数秒。
だが、高坂は迫り来る死のブレスを見ても、全く焦っていなかった。 彼の手には、いつの間にか『百均のタッパー』が握られていた。新しく獲得したスキル【塩漬け】の使い方が、なぜか本能的に理解できていたのだ。
『うわー、すごい突風と土煙!家が汚れちゃうから、ちょっとしまっておこう。――【塩漬け】』
高坂がタッパーのフタをパカッと開けた。 その瞬間。
ズギュウゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!
国家を地図から消し飛ばすほどの威力を誇る漆黒の死毒ブレスが、まるで掃除機に吸い込まれるようにシュルシュルと圧縮され、高坂の持つ小さなタッパーの中へ完全に収束してしまったのである。
パチン。
高坂がタッパーのフタを閉めると、周囲は嘘のように静まり返った。 タッパーの中では、猛毒のブレスが『真っ黒な塩昆布』のようなものに概念変換され、大人しく収まっている。
「…………へ?」
葛城は、間抜けな声を漏らしたまま固まった。 高坂の配信カメラも、その一部始終をバッチリと捉えていた。
【ファッ!?】
【今、ブレスをタッパーにしまったぞ!?】 【は??????】
【物理法則どうなってんだよwwww】
【新技『塩漬け(概念)』】
【とうとうエネルギー体すらタッパーで保存し始めた男】
『いやー、びっくりしましたね。なんか黒いモヤモヤが飛んできたんで、とりあえず塩漬けにして保存しておきました』
高坂はタッパーを振りながら、のんきに笑った。
ユニークスキル【塩漬け】。
それは「生物・無生物・魔法・事象を問わず、高坂が保存したいと思ったものを強制的に圧縮し、腐敗や劣化を永遠に停止させた状態でタッパーに封印する」という、防御と封印において世界最強・最悪の超次元チート能力だった。
金融用語の「塩漬け(価値が戻るまで放置する)」と、食品保存の概念が悪魔合体した結果である。
「た、タッパーに……S級の攻撃魔法が、タッパーに……」
葛城はガタガタと震えながら、白目を剥いてその場に倒れ伏した。
『あ、葛城さん!やっぱり過労で倒れちゃった! アーサーさん、葛城さんをコテージのベッドに運んであげて!』 「イ、イエッサー!!ボス・ツムギ!」
庭で大根を洗っていたアーサーも、高坂がタッパーでS級魔法を封印する光景を見てガクガクと膝を震わせていた。
『さてと。販売所も閉めたし、この「黒い塩昆布」みたいなやつ、おにぎりの具にでもしてみるかな』
高坂は、S級の死毒が圧縮された最凶の呪物を台所に持ち込みながら、楽しそうに鼻歌を歌う。




