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闇市場と保存食



「……たった三粒のトマトと、一本のネギだぞ。それだけの流出で、なぜ世界地図が書き換わりそうになっているんだ……!」


JSA本部の戦略指令室。 防衛局長の葛城は、世界地図のあちこちに点滅する『超特大の魔力異常(レッドアラート)』を示すモニターを見上げながら、血の涙を流さんばかりの形相でうめき声を上げた。


JSAの特殊潜入部隊(偽装主婦)による無人販売所の防衛戦は、文字通り決死の覚悟で行われていた。


しかし、押し寄せる数千人のスパイと欲望に駆られた一般攻略者を完全に防ぎ切ることはできず、ほんの僅かな『神話級の野菜』が海外の闇市場へと流出してしまったのだ。


「報告します!中東の小国にて、C級だった弱小ギルドが突如としてS級に集団覚醒!たった三十分で国内のA級ダンジョンを完全制圧し、そのままクーデターを起こして国家元首に成り代わりました!原因は流出した『黄金のプチトマト』一粒を、ギルドメンバー十人で切り分けて食したためと推測されます!」


「さらにロシアからの諜報データ!寿命で危篤状態にあったマフィアのドンが、『光るネギ』の欠片を齧った途端に20代の肉体へと若返り、素手で戦車部隊を壊滅させたとのことです!現在、裏社会における『ツムギ・ブランド』の野菜の取引価格は、一グラムにつき十億円を突破しています!!」


「ああっ……もうダメだ。終わりだ……」


葛城は頭を抱え、デスクに突っ伏した。 高坂紬が「近所のお裾分け」感覚で100円の木箱に並べた野菜は、今や核兵器すら凌駕する『戦略的超兵器』として世界中のパワーバランスを粉々に破壊し始めていた。たった一口かじるだけでS級攻略者がポンポン生まれるのだから、無理もない。


大国同士が血眼になって高坂の野菜を奪い合う『第三次世界大戦(野菜戦争)』が勃発するのは、もはや時間の問題だった。


◆ ◆ ◆


一方その頃。世界を阿鼻叫喚の渦に叩き落としている元凶、ツムギ村では。


『いやー、視聴者さん。無人販売所のおかげでだいぶ消費できたんですけど、それでもまだまだ畑の野菜が余っちゃってるんですよね』


高坂紬は、ログハウスの縁側に座りながら、カゴに山積みになった『神々の黄金林檎(プチトマト)』と『世界樹の枝(ネギ)』を見つめてため息をついていた。 彼の横では、アメリカ最強のS級暗殺者であるアーサーが、エプロン姿で甲斐甲斐しく大根(※時価数千億円)を水洗いしている。


「ボス・ツムギ。コノママデハ、新鮮ナ神ノ恵ミガ腐ッテシマイマス。イカガナサイマスカ?」


『うーん……そうだ!生野菜だから腐るんだよね。長持ちするように、保存食にしちゃえばいいんだ!』


高坂はポンと手を叩き、カメラに向かってニッコリと笑った。


『というわけで今日は、余ったトマトで「ドライトマト」を作りたいと思います!天日干しにすると甘みと旨味がギュッと濃縮されて、パスタとかに入れると最高に美味しいんですよ!大根はお手製の「たくあん」にしましょう!』


高坂のその呑気な宣言を聞いた瞬間、隣で大根を洗っていたアーサーの手がピタッと止まり、その顔からサーッと血の気が引いた。


(マ、マズイ……!ボスは今、なんと言った!?濃縮、だと……!?)


アーサーは暗殺者としての極限の直感で理解した。 ただでさえ一口でS級に強制進化させる規格外の劇薬。それを天日干しにして水分を飛ばし、魔力エネルギーだけを限界まで『濃縮』させるというのだ。 そんなものを口にすれば、もはや肉体が爆散するどころの騒ぎではない。魂そのものが上位次元へとアセンション(次元上昇)するか、あるいは宇宙の塵に還るかの二択である。


『陸くん、ドライトマトを保存する用の密閉ビン、作れるかな?』


「はい、ツムギさん!すぐに作ります!」


コテージから飛び出してきた陸が、【工作】スキルを発動して空き瓶をチョキチョキと加工し始めた。瞬く間に、中に閉じ込めた物質の時間を永遠に停止させる『神話級の絶対封印容器』が完成する。


高坂は、半分に切った神々の黄金林檎をザルに並べ、S級ダンジョンの最深部に降り注ぐ太陽光(※瘴気を突き破って降り注ぐ高濃度の星のエネルギー)の下へと放置した。


『よし、あとはお日様にお任せですね。たくあんの方は、塩と米ぬかでしっかり漬け込みますよー!発酵させると栄養価も上がりますからね!』


【ドライトマト(超濃縮エリクサー)】


【たくあん(発酵世界樹)】


【旨味じゃなくて魔力がギュッと濃縮されとる】


【生のトマトで世界がヤバいことになってるのに、濃縮なんかしたら地球割れるぞww】


【誰かアイツの調理を止めろ!!!】


視聴者たちも、次第に高坂の生み出すアイテムの「ヤバさ」に気付き始め、コメント欄は笑いと戦慄が入り混じったカオスな状態になっていた。


◆ ◆ ◆


「……局長。たった今、高坂紬が『世界樹の大根』を塩漬けにして発酵プロセスに移行。さらに『黄金林檎』の天日干しを開始しました……」


JSAの指令室に、絶望のどん底から響くようなオペレーターの声がこだました。


「発酵……濃縮だと……?」 葛城は、魂が抜けたような目でモニターを見つめた。


「魔力というものは、発酵や乾燥のプロセスを経ることで、その性質が変異し、効力が数十倍から数百倍に跳ね上がる……。あいつは、100円の劇薬を、一滴で大陸を沈めるレベルの『超・戦略兵器(保存食)』に魔改造しているんだぞ……!!」


「きょ、局長!もしあの『濃縮ドライトマト』が、明日の無人販売所に100円で並んでしまったら……!!」


「絶対に阻止しろ!!明日の朝は、JSAの特殊潜入部隊だけでなく、自衛隊の特殊作戦群も全員エプロンを着せて並ばせろ!!何が何でも我々が一番乗りで買い占めるんだ!!」


葛城の悲痛な叫び声が、指令室に虚しく響き渡る。 世界の軍事バランスが崩壊の危機に瀕している中、高坂紬の『まったり保存食作り』は、人類の存亡を懸けたJSAの胃腸をさらなる極限状態へと追い詰めていくのだった。


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