S級ダンジョン
「どういうことだッ!? 説明しろ!!」
東京の中心、霞が関にそびえ立つ巨大な要塞のような建造物。それが日本のダンジョンと攻略者を統括する国家機関――日本探索者協会(JSA)の本部ビルである。
その最上階に位置する戦略指令室では今、けたたましい非常警報のサイレンが鳴り響き、室内を不吉な赤いランプが明滅して照らしていた。壁一面を覆う巨大なモニターには、東京都西部に位置する西多摩地区の山林部が映し出され、そこからおびただしい量の「異常魔力波」が渦を巻いて立ち昇っているのがサーモグラフィーのような赤い波長で表示されている。
「観測史上最大規模の魔力波を検知!! 間違いありません、クラス……S級! 国内に、未発見の新たなS級ダンジョンが出現しました!!」
オペレーターの悲鳴のような報告に、JSAの防衛局長である葛城は、血の気が引くのを感じながらデスクを強く叩きつけた。
「馬鹿な!? S級ダンジョンが何の前触れもなく突然現れるなどあり得ない! S級クラスの魔力溜まりが形成されるには、数百年単位の蓄積が必要なはずだぞ! なぜ我々の監視網に今まで引っかからなかった!?」
「わ、わかりません! ですが、データは間違いなくS級規模のコアが『起動』されたことを示しています! 魔力の噴出量は現在も指数関数的に増大中! このままでは西多摩地区はおろか、東京都全域が致死量の瘴気に飲み込まれます!」
葛城の額から、脂汗が滝のように流れ落ちた。
現代社会において、ダンジョンの危険度やモンスターの強さは絶対的な基準である「S、A、B、C、D、E、F」の七段階で厳密に評価されている。そして、この世界には非情なまでに絶対的な『戦力比の法則』が存在した。
F級モンスター一体を安全に討伐するには、同ランクであるF級攻略者が三人、あるいは一つ上のE級攻略者が一人必要。これが上位になればなるほど、ランク間の壁は絶望的なまでに厚くなる。A級モンスターを倒すにはA級攻略者が三人、あるいはS級が一人。
そして、今彼らの目の前に出現した頂点――『S級ダンジョン』およびそこから溢れ出すS級モンスターの群れを鎮圧するには、『S級攻略者が三人』必要となるのだ。
日本国内に存在するS級攻略者は、国家直属の特務機関【冠位室】に所属するたった三人しかいない。実質的に一つの国家の総戦力レベルに等しい彼らを動かすには、総理大臣の直接決裁と膨大な手続きが必要であり、今すぐ現場に急行させることなど不可能だった。
「場所はどこだ!! 即座に半径十キロ圏内を封鎖指定エリアに設定し、住民を避難させろ!」
「と、東京都の西多摩地区、第4区画の山林です!!」
「なんだと……!? あそこはかつて微弱な魔力反応があったため、我々JSAの管理下で厳重に封鎖していた休眠エリアだろうが! なぜそんな場所で急にコアが目覚める!」
「そ、それが……!」
血相を変えて報告に走ってきた事務局の部下の言葉に、葛城は自分の耳を疑った。
「事務局のデータベースに致命的なシステムエラーと人為的ミスが重なっていたことが発覚しました! 該当のエリア、昨日付けで『一般の不動産物件』として、民間に売却登記されてしまっています!!」
「はあぁっ!? S級ダンジョンが丸ごとオマケでついてくる山林を、自腹で買ったイカれた素人がいるって言うのか!?」
「は、はい! ブラック企業としてマークされていた不動産会社の社員が退職と同時に買い取ったという記録が残っています! その者の名は、高坂紬! 年齢二十五歳!」
「バカな……一般人がS級ダンジョンの瘴気(ミ瘴気)に触れれば、数秒で細胞が融解して死に至るぞ! 急いで救助隊を編成しろ!」
「そ、それが……高坂紬のシーカー適性検査の記録を照会したところ、彼の魔力値は『ゼロ』です! さらに発現したスキルは確認例のない謎の【地主】というもので……防御系の能力は一切持っていません! 今頃、彼は瘴気に当てられて跡形もなく消滅しているかと……ッ!」
オペレーターの絶望的な言葉に、指令室は水を打ったように静まり返った。
民間人が犠牲になった。しかもJSAの管理ミスによって。その事実が世間に公表されれば、組織は消し飛ぶだろう。
だが、今の彼らにとってそれ以上に恐ろしいのは、万が一、制御を離れてS級ダンジョンから溢れ出すモンスターの大群が発生してしまったら……。
「……冠位室に緊急要請を急げ。それと、周辺のギルドにも防衛協力を要請しろ。なんとしても、西多摩を緊急封鎖しろ!」
葛城が悲痛な叫びを上げたその時だった。別のオペレーターが慌てた様子で声を上げた。
「き、局長! すでに西多摩に向けて、民間ギルドのヘリ部隊が急行しています! こ、これは……国内最大ギルド『天帝の剣』の第一強襲部隊です!!」
「なにっ!? あいつら、JSAの封鎖命令を無視して独断で動いているというのか!」
葛城はギリッと奥歯を噛み締めた。
ギルド『天帝の剣』。A級以上のエリート攻略者のみで構成される国内トップの武闘派集団。彼らはプライドが異常に高く、JSAの指示を軽視することで有名だった。
彼らの目的は火を見るより明らかだ。世界中が震撼する未発見のS級ダンジョン。その「世界初踏破」の栄誉と、S級ダンジョンから得られる計り知れない莫大な利権、そして魔力の結晶であるダンジョンコアを独占しようとしているのだ。
「馬鹿野郎どもが……! いくらA級のエリートを集めようと、S級ダンジョンだぞ! 奴らを止めろ! 全滅する気か!」
葛城の怒号が響く中、無情にも『天帝の剣』のヘリ部隊は、凄まじい魔力の渦が巻く西多摩の山林へと向かって一直線に飛んでいた。
◆ ◆ ◆
同時刻。西多摩の上空を飛ぶ最新鋭のステルスヘリコプターの機内で、『天帝の剣』第一強襲部隊の隊長である桐谷は、眼下に広がる異様な光景を見下ろして獰猛な笑みを浮かべていた。
「素晴らしい……見ろ、あの立ち昇る極太の魔力柱を。間違いなくS級だ。JSAの無能どもが管理を怠ったおかげで、我々『天帝の剣』に最高のチャンスが巡ってきたぞ」
桐谷は全身に最高級のミスリル合金で打たれた特注の鎧を纏い、腰には国宝級のアーティファクトであるA級魔剣を帯びていた。彼自身もA級攻略者であり、部隊を構成する五人のメンバーも全員がA級。彼らはこれまでに数々のA級ダンジョンを制覇し、莫大な富と名声をほしいままにしてきたエリート中のエリートである。
「桐谷隊長。JSAから再三の撤退命令と警告が来ています。どうやら『一般人が一人、巻き込まれている可能性がある』とのことですが……」
「無視しろ。どうせS級の瘴気を浴びて、とっくに炭すら残らず蒸発しているだろう。我々の目的はあくまで、このダンジョンの入り口を制圧し、利権を確固たるものにすることだ」
桐谷の言葉に、部下たちも下劣な笑みを浮かべて頷いた。
S級ダンジョンを攻略するにはS級攻略者が三人必要である、という絶対法則は彼らも知っている。しかし、ダンジョンが活性化した直後であれば、深層にいるS級のボスモンスターはまだ完全には目覚めていないはずだ。入り口付近に湧き出すA級やB級のモンスターを蹴散らし、前線基地を構築するだけなら、最強のA級部隊である自分たちで十分に可能だと高を括っていたのだ。
「目標地点の上空に到達。これより降下を開始する!」
ヘリからロープが投下され、桐谷たちは次々と西多摩の山林へと降り立った。
着地した瞬間、彼らは肌を刺すような濃密な瘴気と、重力が倍になったかのような強烈な魔力のプレッシャーに顔をしかめた。
「チッ……さすがはS級。ただそこに在るだけで、これほどの威圧感を放つとはな。全員、A級の魔力障壁を最大出力で展開しろ! 気を抜けば一瞬で精神を持っていかれるぞ!」
桐谷の指示で、部隊のメンバーはそれぞれの魔力を練り上げ、全身を強固な光の膜で覆った。これさえあれば、どれほどの瘴気だろうと完全にシャットアウトできる。
彼らは警戒態勢を取りながら、ひときわ強烈な魔力波が漏れ出している巨大な洞窟の入り口へと向かって慎重に歩を進めた。
「隊長、見えました。あの洞窟がダンジョンの入り口です。……ん? あれは、なんでしょうか?」
部下の一人が前方を指差す。
桐谷が目を凝らすと、洞窟の入り口になぜか『緑色の網』のようなものが張られていた。そしてその中央には、風に揺れて微かに光を反射する小さな金属製の物体がぶら下がっている。
「……ダンジョン・スパイダーの巣か? いや、あんな人工物のような緑色の糸を吐くモンスターなど聞いたことがない。それにあのぶら下がっている鈴のようなものは……トラップか?」
それはどう見ても、ホームセンターで数百円で売られている『カラス避けのゴミネット』と、百円ショップで売られている安物の『熊避けの鈴』だった。
しかし、S級ダンジョンの入り口という異常な状況下において、エリートである彼らの脳は完全にバグを起こしていた。まさか民間人がキャンプのついでに設置したなどとは夢にも思わず、未知の凶悪なダンジョントラップだと誤認してしまったのだ。
「警戒しろ! 見た目はただの網だが、S級ダンジョンに存在する以上、触れた瞬間に猛毒を注入されるか、空間ごと切断されるトラップに違いない! ……前衛、貴様の魔剣で遠距離からあの網を焼き切れ!」
「了解しました、隊長! S級の罠だろうと、俺の『炎帝の剣』の全力の前では紙屑も同然です!」
前衛を務める巨漢の男が前に進み出た。彼はA級アーティファクトである大剣を上段に構え、自身の持つ膨大な魔力を剣身に注ぎ込む。
轟ゥッ! という爆音と共に、大剣から数メートルにも及ぶ灼熱の炎の刃が立ち昇った。鋼鉄の装甲車すら一刀両断にする、A級攻略者の全力の一撃。
「消し飛べぇぇぇぇッ!! 『爆炎斬』!!」
巨漢の男が渾身の力で大剣を振り下ろす。炎の斬撃が、洞窟の入り口に張られた薄汚れた緑色のネットへと直撃した。
彼らは誰も疑っていなかった。いかにS級のトラップであろうと、この一撃で跡形もなく焼き尽くされると。
しかし――次の瞬間、彼らが目撃したのは、世界の物理法則を完全に無視した悪夢のような光景だった。
――ガァァァァァァァンッ!!!!!!
炎の斬撃が緑色のネットに触れた瞬間。
ネットは燃えるどころか、たわむことすらなく、『そこにある空間ごと』斬撃を停止させたのだ。
そして、ネットの表面にチカッと不可視の幾何学模様が走ったかと思うと、振り下ろされたエネルギーが全く減衰することなく、むしろ数百倍に増幅されて『反射』された。
「……は?」
巨漢の男が間抜けな声を漏らした直後。
バァァァァンッ!! という耳を劈くような爆音と共に、彼が握っていた国宝級のA級魔剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
さらに、反射された莫大な運動エネルギーは男の両腕の骨を瞬時に粉砕し、見えない巨大なハンマーで殴られたかのように、彼の巨体を後方へと吹き飛ばした。
「がぼッぁぁぁぁぁぁ!?」
男は血反吐を撒き散らしながら音速に近いスピードで吹き飛び、後方にあった太い樹木を十本以上へし折りながら地面に激突し、白目を剥いて完全に沈黙した。
「なっ……!? バカなッ!? 一体何が起きた!?」
桐谷は血の気を失い、絶叫した。
A級の前衛が、ただ網を斬ろうとしただけで、自らの攻撃を反射されて自滅したのだ。しかも、国宝級の魔剣が木端微塵に粉砕されて。
「隊長! あの網、ただの物理トラップじゃありません!攻撃を無効化し、さらに威力を増幅して跳ね返す『反射結界』です! 物理攻撃は通じません!」
「クソッ、ふざけるな! たかが入り口の網ごときに……! 魔法使い(キャスター)部隊! あの結界の許容量を超える超火力の魔法を叩き込んで、網ごと空間を消し飛ばせ!!」
桐谷の怒号を受け、後方に控えていた三人のA級魔法使いが同時に呪文の詠唱を開始した。彼らは『天帝の剣』でも最高峰の火力を誇る魔法特化の異能者たちだ。
三人の杖の先に、周囲の酸素を燃やし尽くすほどの巨大な超高熱の火球が形成されていく。
「喰らえッ! A級合成魔法『焦熱地獄』!!」
三人が同時に杖を突き出すと、太陽の表面温度にも匹敵する極大の火炎放射が、緑色のネットに向かって放たれた。
周囲の木々が熱線だけで瞬時に炭化し、地面の岩がドロドロに溶け出すほどの圧倒的な破壊力。
それが、安物のゴミネットを飲み込もうとした――その瞬間だった。
チリン。
熱波によってネットが微かに揺れ、そこに取り付けられていた『百円の熊避け鈴』が、小さく鳴った。
それは、田舎の山道を歩くお遍路さんが鳴らすような、素朴で可愛らしい音色だった。
だが。
魔力を極限まで高めていたA級攻略者たちの耳には、その『チリン』という小さな音が、まるで脳髄に直接巨大な鉄骨を叩き込まれたかのような、凄まじい衝撃波として響き渡った。
「ァ、アアアアアアアアッ!?」
「ギィヤァァァァァァァァッ!?」
三人の魔法使いたちが、鼓膜から大量の血を噴き出し、頭を抱えて地面にのたうち回り始めた。彼らが放っていた極大の火炎魔法は、鈴の音一つで空間ごと『キャンセル』され、霧散してしまった。
「な、なんだ!? 何が起きているッ!?」
桐谷もまた、耳を塞ぎながら地面に膝をついた。
強固なA級の魔力障壁を展開しているにもかかわらず、その鈴の音は物理的な防壁を完全にすり抜け、魂そのものを直接削り取ってくるような絶対的な『恐怖』と『精神破壊』の波動を帯びていた。
「ガハッ……! ごぼッ……!」
ものの数秒で、魔法使いたちは口から泡を吹いて完全に意識を失った。
部隊で最も精神力が高い桐谷だけが、辛うじて意識を保っていたが、それでも四肢は痙攣し、立ち上がることすらできない。
(バカな……バカなバカなバカなッ! なんだこのデタラメな結界とトラップは!? 我々はA級だぞ! 一国の軍隊すら単独で壊滅させられるエリート中のエリートだぞ! それが、ダンジョンの入り口の『網』と『鈴』を突破することすらできず、手も足も出ずに全滅させられるだと!?)
桐谷の心の中で、これまで築き上げてきたプライドと自信が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
これが、S級ダンジョン。これが、人類が到底及ばない神の領域。
彼は絶望の淵で、霞む視線を洞窟の奥へと向けた。
すると、洞窟の暗闇の中から、パタパタという気の抜けた足音が近づいてくるのが聞こえた。
(……ボス、か……? 入り口のトラップだけでA級部隊を壊滅させる迷宮の主……一体、どれほど恐ろしい化け物なんだ……!)
桐谷が恐怖に顔を引き攣らせていると、緑色の『絶対反射結界』が無造作にペロッとめくられ、中から一人の男が姿を現した。
安物のジャージに身を包み、足元はクロックス。片手にはなぜか百円ショップで売っているようなプラスチックのホウキを持ち、もう片方の手には眩しい光を放つLEDランタンを下げている。
「おっかしーな。今、鈴が鳴ったような気がしたんだけど」
それは、どこにでもいるような平凡な青年の姿だった。
しかし、桐谷の魔力を感知する眼には、その青年がとてつもない『異次元の怪物』に映っていた。
致死量のS級瘴気が渦巻く空間に無防備な姿で立っているのに、瘴気の方が彼を避けるように道を空けている。彼が手に持っているプラスチックのホウキからは、先ほど砕け散ったA級魔剣など比較にならないほどの神々しいオーラ(※ただの掃除道具です)が放たれ、LEDランタンの光は、あらゆる魔を払う浄化の光(※ただの電池式ライトです)のように見えた。
(あ、ああ……間違いない。こいつは、人の形をしているが、人間じゃない。このS級ダンジョンそのものを支配する、上位次元の化け物だ……!)
桐谷が恐怖で歯の根をガチガチと鳴らしていると、神(高坂紬)はランタンの光を桐谷たちに向け、眉をひそめて不機嫌そうに言った。
「うわっ、なんだよこれ。また不法投棄の連中か? それとも勝手に山に入ってサバゲーとかコスプレ撮影してる奴ら?」
高坂は、地面に転がって泡を吹いている重武装の男たちを見て、完全に『非常識なキャンパーかコスプレイヤーの集団』だと勘違いしていた。
まさか彼らが、世界中の誰もが知るトップギルドの精鋭であり、自分がさっき適当に張ったネットのせいで全滅しかけているなどとは、微塵も思っていない。
なにしろ、高坂のスキル【地主】は『魔力干渉の完全無効化』をパッシブで発動しているため、彼自身は魔力のプレッシャーも瘴気も全く感じず、「ちょっと夜風が冷たいな」程度にしか思っていなかったのだ。
「ヒィッ……! ば、化け物……!」
桐谷はあまりの恐怖に耐えきれず、涙と鼻水を流しながらそれだけを絞り出し、ついに完全に白目を剥いて気絶してしまった。
「はあ? 化け物って誰のことだよ、失礼なコスプレイヤーだな。他人の土地に勝手に入り込んでおいて」
高坂はやれやれと溜息をつき、気絶した桐谷のミスリルアーマーをプラスチックのホウキでペシペシと叩いた。
「ヤスさんも動画で言ってたんだよな。『山を買うと、最初は境界線を無視して入ってくるマナーの悪い連中がいるから気をつけろ』って。まさにその通りだわ。明日はホームセンターで『立ち入り禁止』の看板とロープ買ってこないとな」
高坂が呑気にそんなことを呟いていると。
――ズズズズズズズズゥゥゥンッ……!!!
突如として、西多摩の山全体を揺るがすような大地震が発生した。
そして、洞窟の遙か底知れぬ深層部から、空気をビリビリと震わせるような恐るべき『咆哮』が響き渡った。
『ガァォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!!!』
それは、S級ダンジョンのコアが強制再起動された影響で、長きにわたる休眠からついに目覚めてしまった、ダンジョンの真の主。
一国を三日で滅ぼすと言われる災厄級のS級指定魔獣『星喰いの大羆』の産声であった。
もしこの場にA級攻略者の桐谷が起きていれば、その咆哮を聞いただけで心臓が破裂して死んでいただろう。それほどまでに、絶対的な死と絶望を孕んだ叫び声だった。
しかし。
魔力ゼロであり、さらに自分の土地(領地)においては無敵の加護を受ける高坂には、その咆哮は『ちょっと声のデカい動物の鳴き声』にしか聞こえなかった。
「……うわー、マジかよ」
高坂はボリボリと頭を掻きながら、洞窟の奥の暗闇を見つめて深く溜息をついた。
「コスプレイヤーの次は野犬か、でっかい熊か? 近所迷惑にも程があるだろ。……仕方ない、明日はヤスさん直伝の『くくり罠』を仕掛けて、あの害獣(S級魔獣)をシメてやるか」
自分がこれから、人類の存亡を賭けた最強の魔獣を、百円ショップのワイヤーと塩ビパイプで作ったお手製の罠でハントしようとしているなどとは露知らず。
無自覚な超次元キャンパーは、ランタンの灯りを揺らしながら、再び自分の『秘密基地』へと戻っていくのだった。




