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買い出し



『えー、視聴者の皆さん、こんにちは! 今日はちょっと山を降りて、隣町の大型農業センターまで買い出しに来ています』


高坂紬は、スマートフォンを片手に都会の舗装された道を歩いていた。 首からはペット用のスリング(抱っこ紐)を下げており、その中には愛犬(※S級魔獣・星喰いの大羆)のポチがおとなしく収まっている。


高坂の持つ【地主】スキルは、あくまで『彼自身の私有地内』でのみ発動する局地的な能力である。一歩でも自分の土地(山林)から外に出れば、

彼は魔力ゼロの、ただのひ弱な一般人に戻ってしまうのだ。 当然、彼自身はそんなスキルの仕様など知る由もないが、なんとなく「街に出ると空気が重いな」程度のことは感じていた。


【ツムギニキ、ついに下界へ】

【JSAが封鎖してるはずなのに普通に外出してて草】

【ポチちゃん大人しくて可愛い!】

【※その犬、中世ヨーロッパを滅ぼした災厄です】


コメント欄が和やかに流れる中、高坂が目的の農業センターの駐車場に愛車の激安軽バンを停め、車外に出たその時だった。


ウゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!


突如として、街中にけたたましい非常サイレンが鳴り響いた。 それと同時に、数百メートル先の交差点の空間がぐにゃりと歪み、そこから巨大な黒い影が飛び出してきたのだ。


「キャアアアアアッ!」

「ダ、ダンジョンブレイクだ!!近くのC級迷宮からモンスターが溢れ出したぞ!!」


街は一瞬にしてパニックに陥った。 アスファルトを砕きながら現れたのは、体長五メートルを超える巨大な牛の化け物――B級モンスター『重装甲のミノタウロス』である。 本来なら、B級以上の攻略者パーティーが連携してようやく討伐できる凶悪な魔物だ。


それが白昼堂々、一般市民のいる市街地に現れたのである。


「くそっ! 俺たちじゃ歯が立たない! 装甲が硬すぎる!」


駆けつけた地元のC級攻略者たちが魔法や剣で立ち向かうが、ミノタウロスの鋼鉄のような皮膚にすべて弾き返され、次々と吹き飛ばされていく。 そして、興奮状態のミノタウロスは、鼻息を荒くして駐車場に立つ高坂の方へと突進してきたのだ。


『おわっ!? なんだあれ! 闘牛!?』


高坂はスマホのカメラを向けたまま、目を丸くした。 ダンジョン外にいる今の彼には、一切の防御スキルもバフもかかっていない。ミノタウロスの突進をまともに受ければ、間違いなく即死である。


遠くから一般人に偽装して護衛していたJSAの職員たちが、「高坂様ッ!!」と血の気を引かせて飛び出そうとした。


しかし、JSAが動くよりも、高坂が逃げるよりも早く。 高坂の胸元のスリングに収まっていたポチが、面倒くさそうに片目を開け、突進してくるミノタウロスをジロリと睨んだ。  


『グルゥ……』


S級魔獣【星喰いの大羆】が、ほんの数パーセントだけ『捕食者の覇気』を解放した。 その瞬間。


「モォ……ッ!?」


猛スピードで突進してきていたB級ミノタウロスは、絶対的な死の恐怖に脳髄を焼かれ、急ブレーキをかけるようにアスファルトに蹄を食い込ませた。 そして、高坂の目の前わずか数十センチの距離でピタリと停止し、ガクガクと全身を痙攣させて膝から崩れ落ちたのだ。


『うわっ、びっくりした!急に止まって倒れちゃったぞ。どうしたんだ?』


高坂は、目の前の巨大な牛(モンスター)が自分の愛犬の覇気で気絶寸前になっていることなど微塵も気づかず、のんきに首を傾げた。


『あー、もしかして熱中症かな? 鼻からすごく熱そうな煙出てるし。今年の夏は暑いからなぁ。どこの牧場から逃げたか知らないけど、可哀想に』


高坂はそう言うと、持参していた水筒を取り出した。 中に入っているのは、今朝、自分の山の水道(※伝説の『世界樹の霊薬の泉』)から汲んできたばかりのミネラルウォーターである。


『ほら、水だよ。ちょっと冷たすぎるかもしれないけど、我慢してね』


高坂は、水筒の霊薬(エリクサー)を、ミノタウロスの頭からバシャバシャと景気よくぶちまけた。 


――ジュワァァァァァァァッ!!


その瞬間、B級モンスターの体から吹き出していた邪悪な瘴気が、霊薬の神聖な力によって一瞬にして浄化(サニタイズ)された。 赤黒かったミノタウロスの皮膚は、まるで神の使いのような純白の毛並みへと変貌し、凶悪だった双眸は、菩薩のように穏やかでつぶらな瞳へと変わったのである。


「モ……モモォォォォン……(意訳:なんと清らかな……私の魂は今、浄化されました……)」


完全に『聖なる白牛』へとクラスチェンジしたミノタウロスは、高坂の足元で香箱座りをして、すりすりと顔を擦り付け始めた。


『よしよし、いい子だ。やっぱり暑くてバテてただけか。水浴びしてサッパリしたみたいだね』


その一部始終を、傷ついて倒れていた地元の攻略者たちと市民は、信じられないものを見る目で口をポカンと開けて見つめていた。


「バ、バカな……。俺たちの全力の攻撃が通じなかったB級モンスターが……マイボトルのお茶をかけられただけで、白い大人しい牛になっちまったぞ……!?」


「あ、あのジャージの男、何者だ!?もしかして、あれって今バズってる配信の……!」


周囲の視線に気づいた高坂は、ハッとして頭を掻いた。


『あ、すいません。保健所の方ですか?この牛、大人しくなったみたいなんで、引き取ってもらえませんか? 多分、どっかの牧場の柵を壊して逃げちゃったんだと思います』


「ほ、保健所……牧場……?」


地元の攻略者たちは、あまりの次元の違いに思考が停止し、ただコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。


【B級ボスがマイボトルの水で浄化されてて草】 【※ただの水ではありません。神話級のエリクサーです】

【ポチちゃんの眼飛ばしでボスが土下座したの笑う】

【持ち歩いてるアイテムとペットがチートすぎるww】


◆ ◆ ◆


同時刻。JSA本部の戦略指令室。 ドローン映像と配信画面でその光景を監視していた葛城局長は、安堵と極度の疲労で深く椅子に沈み込んでいた。


「……高坂はどうやら私有地のダンジョン外にでるとスキルが使えないのかもな……」


「ですが局長。高坂自身には力がなくとも、彼の懐にいる『S級魔獣』と、彼が持ち歩く『神話級の農作物・水』が、結果的に彼を並の攻略者以上に引き上げているかと……」


オペレーターの報告に、葛城は熱いお茶をすすった。


「そうか。あの男が外に出ても、結果的に街が救われたか。だが、神話級のエリクサーの原液を水筒に入れて公道を歩いていると思うと、背筋が凍るな。もし強盗でもしようものなら、どうなることやら」


「引き続き、高坂の周囲にはJSAの護衛車両を一般車に偽装して配置します。いかなるトラブルも未然に防がなければなりません」



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