最弱の逆襲
埼玉県、家賃三万円のボロアパート。 神崎しずくは、布団の上で苦しそうに咳き込む10歳の弟、陸の口元に、西多摩のS級ダンジョンで貰ってきた『プチトマト』をそっと運んだ。
「陸、これ食べて。すごく美味しいトマトだから」 「ゲホッ……うん、ありがとう、お姉ちゃん……」
陸は弱々しく口を開け、赤い果実を飲み込んだ。 次の瞬間だった。
カッ……!!
陸の小さな体から、太陽のような眩いプラチナ色の光が弾け飛んだ。 「えっ……!?」 光が収まると、先ほどまで青白く痩せこけていた陸の頬に血色が戻り、呼吸も嘘のように穏やかになっていた。それどころか、不治の病に侵されていたはずの肺も心臓も完全に治癒し、体中に溢れんばかりの生命力が満ちている。
「お姉ちゃん……僕、全然苦しくない!それどころか、なんだか力が湧いてくるよ!」
「陸……!よかった、本当によかった……!」
しずくは号泣して弟を抱きしめた。 しかし、神話級の霊薬を吸い上げた『神々の黄金林檎』の効果は、ただの病気平癒に留まらなかった。本来なら15歳を超えてから受けるはずの攻略者の『スキル覚醒』を、強制的に引き起こしたのである。
「あれ?なんだろうこれ……頭の中に、何かが流れ込んでくる……」
陸は不思議そうに呟くと、部屋の隅にあった『ティッシュの空き箱』と『ハサミ』を手に取った。
彼が目覚めたのは、過去に確認例のない未確認スキル【工作】。
陸がハサミでチョキチョキと空き箱を切り、セロハンテープで剣の形に組み立てる。
「えいっ」 陸がその『ティッシュ箱の剣』を軽く振った瞬間。
――ズバァァァァァァァンッ!!
アパートの壁どころか、遥か上空を覆っていた分厚い雨雲までが、真っ二つに両断された。 魔力を帯びた【工作】スキルは、ただのゴミを『S級の神造兵装』へと昇華させてしまったのだ。
「……ええええええ!?」 「わあ、すごい切れ味!」
無邪気に笑う弟と、白目を剥きそうになる姉。
この日、非公式ながら日本に五人目の『S級(あるいはそれ以上)の化け物』が、埼玉のボロアパートで同時に誕生したのである。
◆ ◆ ◆
翌朝。
埼玉の攻略者ギルド支部。
しずくは、引退の手続きと借金の返済を行うため、ギルドの窓口を訪れていた。
「おいおい、誰かと思えば『お片付け』のしずくちゃんじゃねえか。弟の葬式代でも借りに来たのか?」
下劣な笑い声を上げて近づいてきたのは、D級攻略者パーティー『赤き牙』のリーダー、郷田だった。彼は日頃からしずくを「荷物持ちのゴミ」と見下し、不当な報酬でこき使っていた男である。
「郷田さん……私、今日でシーカーを辞めるんです。今までのお金も全部お返しします」
「はあ?シーカー辞めるだと?ふざけんな、お前みたいなゴミでも囮くらいにはなるんだよ。いいから来週のB級ダンジョン探索にもついてこい!」
郷田は威圧的に舌打ちをすると、しずくの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。 しかし、しずくの目には、D級である郷田の動きが「止まっている」ようにしか見えなかった。S級へと覚醒した彼女の動体視力と魔力感知において、郷田など道端の石ころと同義なのだ。
「触らないでください。――【お片付け】」
しずくが小さく呟き、指先を軽く振るった。 シュンッ、という音と共に、郷田が身につけていた『D級の魔法鎧』と『鋼鉄の剣』が、空間ごと完全に消去された。
「……あ?」 郷田は一瞬何が起きたか分からず、自分が下着だけになっていることに気づいて呆然と立ち尽くした。
「な、なんだ!?俺の装備が!?お前、何をしやがった!」
「ただ『片付けた』だけです。もう、私に関わらないでください」
郷田が顔を真っ赤にして殴りかかろうとした、その時。
「そこまでだ!!その方に無礼を働くことは、我々が許さんぞ!!」
ギルドの入り口の扉が蹴破られ、黒塗りの高級車から降りてきた黒スーツの集団――JSAの精鋭部隊が雪崩れ込んできた。 先頭に立つのは、JSA防衛局長の葛城本人である。
「JSAの防衛局長……!?なんでこんな埼玉の末端ギルドに……!」
郷田たちD級攻略者は、雲の上の存在の登場に腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
葛城は郷田たちを一瞥もせず、しずくの前に進み出ると、深々と最敬礼を行った。
「神崎しずく様、ならびに弟の陸様。我々JSAは、お二人の類まれなる力……『S級(あるいはそれ以上)攻略者』としての覚醒を歓迎いたします。どうか、国からのスカウトを受けてはいただけないでしょうか」
「えっ……S級?スカウト?」
「はい。お二人には、都内の超高級タワーマンションの最上階をご用意しております。専属の医療チームと、生活費としてご利用いただけるクレジットカードも支給いたします。どうか、どうか我々に力を貸してください!」
ギルド内が、水を打ったように静まり返った。
あの万年F級のゴミ扱いされていた少女が、日本に三人しかいないはずのS級攻略者になった?しかも国賓待遇でスカウトされている?
「ひ、ひぃぃぃっ……!!」
先ほどまでしずくを罵倒していた郷田や他の攻略者たちは、自分たちがとんでもない化け物に喧嘩を売っていたことを悟り、顔面を蒼白にして泡を吹き、次々と気絶していった。
「あの……私、戦うのは怖いんですけど……それでもいいんですか?」
「もちろんです!ただJSAに在籍していただくだけで結構!あわよくば、西多摩の『高坂農園』にお越しの際は、我々への口利きをお願いしたく……!」
「ツムギさんのところなら、また行きたいです!お礼も言いたいですし」




