温泉発掘
『いやー、アーサーさん凄すぎですよ!めちゃくちゃ作業早いですね!』
S級ダンジョンの深層。高坂紬の陽気な声が響く中、上半身裸のアメリカ人・アーサーは、血走った目で狂ったように岩盤を砕き続けていた。
彼はアメリカ最高戦力のS級暗殺者である。
しかし現在、高坂という「底知れぬ破壊神」の機嫌を損ねて消し飛ばされる恐怖から、自身の持つ暗殺術のすべてを『穴掘り』に注ぎ込んでいた。音速を超える連撃暗殺技の要領でツルハシを振るうため、傍目には残像しか見えないほどのスピードで地面が掘り進められていく。
【外人ニキの動き速すぎて草】
【倍速再生かと思ったわww】
【ガチの土建屋のプロじゃん。時給一万円払ってやれ】
【アーサーさん、肩の筋肉エグいな】
配信のコメント欄は、謎の凄腕外国人助っ人の登場に大盛り上がりである。
(クソッ……!なぜ俺ほどの男が、東洋の一般人に見えるバケモノの監視下で穴掘りなど……!だが、ここで手を抜けば殺される……!)
そもそも、攻略者のランクというものは、発現する『スキル』と『魔力量』の二つの基準で決まる。
基本的には他者と重複するありふれたスキルが多く、同じ剣士のスキルでも魔力量が多い方が上位のランクとなる仕組みだ。
しかし稀に、過去に確認されたことのない未知のスキルを発現する者がいる。
日本はアメリカの制度を参考にランク分けを導入したため、両国は同じ『S級』などの呼称を用いるが、日米のどのデータベースにも【地主】などというスキルは存在しなかった。
(魔力ゼロの【地主】だと……?ふざけるな。魔力が無いのではない。俺たちの次元の計器では、この男の力を計測することすら不可能なだけなのではないか……!?)
アーサーが絶望の涙を流しながら最後の一撃を振り下ろした、その瞬間だった。
ズバアァァァァァァァンッ!!!
砕けた岩盤の底から、赤黒く煮えたぎる灼熱の液体が、間欠泉のように数十メートルの高さまで噴き出した。 周囲の空間が陽炎のように歪み、洞窟内の温度が一気に急上昇する。
「……ッ!?シ、シット!!なんだこの液体は……!!?」
アーサーは顔面を蒼白にして後ずさった。 S級ダンジョンの深層は、アメリカのトップギルドであっても未解明な部分が多い未知の領域だ。
当然、目の前で噴き出した液体の正体などアーサーには分からない。 だが、彼が積み上げてきたS級暗殺者としての本能が、けたたましい警鐘を鳴らしていた。
(見たこともないが、ヤバすぎる!超高濃度の魔力が圧縮された液状の死そのものだ!一滴でも皮膚に触れれば骨まで融解し、立ち昇る蒸気を吸い込めば肺が焼け焦げそうだ!)
アーサーが死を覚悟し、目を閉じた直後。
『うおおおっ!?すげえ!マジで温泉出た!しかもすっごい真っ赤!鉄分とか薬効成分が豊富そうですね!』
高坂の呑気な声が聞こえ、アーサーは恐る恐る目を開けた。 そこには、赤黒いマグマのようなシャワーを頭から全身に浴びながら、「あー、ちょうどいい湯加減だわー」と笑っている高坂の姿があった。
【地主】スキルによる『所有者の強化』と『魔力干渉の完全無効化』により、超絶致死量の未知の液体は、高坂にとって『ちょっと熱めの草津温泉』程度の効能に自動変換されていたのだ。
(バ、バカな……!?あの熱源を直接浴びて、なぜ無傷なんだ!?)
『アーサーさん、お疲れ様です!いいお湯が出たんで、適当に石を並べて露天風呂にしちゃいましょう!一緒に入りましょうよ!』
「……ワ、ワタシモ、ハイる……デス、カ?」
アーサーはガタガタと震えながら聞き返した。 (正気か!?俺が入れば一瞬で炭も残らず蒸発するぞ!……いや、待て。これは『テスト』だ。俺がこの熱に耐えられる存在かどうかを見極め、役に立たないと判断すれば処刑するつもりなのだ……!)
極度のパニックに陥ったS級暗殺者は、高坂の好意を「死の試練」だと完全に曲解した。 断れば殺される。入っても殺される。ならば、一縷の望みをかけて飛び込むしかない。
「……イエッサー!!アリガタク、イタダキマス!!」
アーサーは決死の覚悟で悲鳴を上げながら、高坂が石で囲った即席の露天風呂へとダイブした。
――ドボォンッ!
(死ぬッ!!俺の体は溶けて……ん?)
激痛と死を覚悟したアーサーだったが、数秒経っても体が溶ける気配がない。 それどころか、皮膚から浸透してくる『マグマ』は、極上の温もりとなって彼の疲れ切った筋肉を優しくほぐしていくではないか。
高坂の【地主】スキルが支配するこの土地では、高坂が「これは温泉だ」と認識した時点で、その液体は他者に対しても『超回復の効能を持つ究極の温泉』として作用するようになっていたのだ。
「オー……マイ、ガー……」
アーサーの体中に刻まれていた過去の凄惨な暗殺任務の傷跡が、みるみるうちに消え去っていく。すり減っていた魔力回路は完全に修復され、さらには未知のレベルへと拡張されていくのが分かった。
『どうです?アーサーさん。日本の温泉、最高でしょ?』
「……イエス。ボス・ツムギ。アナタハ、ワタシノ、カミ……!」
アーサーは湯船の中で感極まって号泣し、高坂に向かって十字を切りながら深々と祈りを捧げた。
【外人ニキ、温泉に感動して泣いてて草】
【どんだけ疲れてたんだよww】
【なんか赤いお湯だけど、薬湯かな?効き目すごそう】
【俺もこの温泉入りてえええええ】
◆ ◆ ◆
同時刻、アメリカ・ペンタゴン(国防総省)。 極秘の作戦指令室では、大統領と軍のトップたちが、モニターに映る信じがたい光景に絶句していた。
「……誰か説明してくれ。我が国が誇る最強のS級暗殺者が、なぜ日本の山奥で、ジャージの青年と一緒に入浴し、涙を流しているんだ?」
「大統領閣下……映像の解析結果が出ました。彼らが浸かっているのは、我々のデータにも存在しない未知の超高密度魔力液です。しかし、アーサーの生体データは死ぬどころか、過去最高値の数百倍を記録しています!」
「なんだと!?日本のJSAは、S級の未知の致死エネルギーすらリラクゼーション施設に変える技術を持っているというのか!?」
「大統領!JSAの葛城局長から緊急のホットラインです!」
「繋げ!」
画面が切り替わり、日本のJSA防衛局長・葛城の疲れ切った顔が映し出された。
『……アメリカ合衆国大統領閣下。そちらの不法入国者の件ですがね。現在は当方の高坂の元で、温泉掘りのアルバイトとして雇用されています。もし彼を力ずくで連れ戻そうとすれば、我が国は一切の責任を負いかねますよ』
葛城は、もはやヤケクソ気味にそうハッタリをかました。 アメリカ大統領は青ざめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……理解した、ミスター葛城。我が国は一切干渉しない。アーサーは『観光目的で来日した親日家』として処理しよう……」
◆ ◆ ◆
再び、西多摩のS級ダンジョン。
高坂とアーサーが湯船で肩を並べてくつろいでいると、上空からバサバサと巨大な羽音が聞こえてきた。
『ピョエエエエエエッ!!』
燃え盛る炎の翼を持った巨大な美しい鳥が、温泉の熱に惹かれたのか、高坂たちの頭上の岩場に舞い降りたのだ。 S級指定のモンスター、不死鳥である。
「ボ、ボス!?アレハ……ヤバソウナ化ケ物デス!!」 アーサーが再び顔面を蒼白にして立ち上がろうとするが、高坂は呑気に笑って不死鳥に向かって手を振った。
『おわっ、すげえ!野生のクジャクかな?おーい、お前も温泉入りたいのか?こっちおいで!』
世界の軍事バランスを崩壊させる『S級まったりキャンプ配信』は、新たなペット(?)を迎え、さらなるカオスへと突き進んでいくのだった。




