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密入国者



『ふぅーっ!よし、ついにトタン屋根の設置も完了です!これで雨が降っても大丈夫ですね!』


S級ダンジョンの最深部。完成したばかりの立派なログハウス(※数千億円相当のS級呪樹製)の前で、高坂紬は額の汗を拭いながらカメラに向かって笑いかけた。 氷室たちを国へ見送った後、高坂は一人で黙々と作業を続け、ついに夢のマイホームの外枠を完成させたのだ。


木陰では、泡を吹いて倒れた元上司の鮫島がいまだにピクピクと痙攣しているが、高坂は「よく寝てるな」と完全に放置している。


『家が建つと、次はやっぱりお風呂が欲しくなりますよね。ヤスさんの動画だとドラム缶風呂を作ってましたけど……この山の奥地、なんか硫黄っぽい匂いがするんですよ。もしかしたら、温泉が湧いてるんじゃないかと思って』


高坂は百均の折りたたみスコップを肩に担ぎ、愛犬(※S級魔獣)のポチを引き連れて、カメラを片手にダンジョンのさらに奥――いまだ人類が踏み入れたことのない『第二層』へと続く獣道へと足を踏み入れた。


【家完成おめ!】

【次は温泉発掘編かw展開早くておもろい】

【てか、同接が50万人超えてるんだけど……】

【なんか英語のコメントめっちゃ増えてね?】


視聴者の指摘通り、コメント欄には先ほどから【WTF!?(何だこれ!?)】や【Is this real?(これマジなの?)】といった外国語のメッセージが滝のように流れ始めていた。


日本のトレンドを独占した異常な配信は、ついに海を越え、海外のネットユーザーや各国の諜報機関の目にも留まり始めていたのだ。


◆ ◆ ◆


「……マズい。最悪の事態だ」


JSA本部の戦略指令室で、葛城局長は胃の辺りを押さえながらうめき声を上げた。 モニターには、高坂の配信画面と並んで、アメリカの諜報機関から送られてきた『極秘の警告文』が表示されている。


「アメリカの最大手ギルド『タイタン』が、我が国の封鎖を破って単独行動を開始しただと……?」


「はい!光学迷彩と空間転移を駆使し、すでに西多摩のS級ダンジョン内部へ侵入した模様です!侵入者はただ一人……アメリカが誇るS級の暗殺者、『不可視の死神』ことアーサー・スミス!」


葛城は頭を抱えた。


「よりによってアーサーだと……!?姿も魔力も完全に隠蔽し、国家元首の寝首すら掻く男だぞ!奴の狙いはなんだ!」


「間違いなく、高坂の持つ『世界樹の霊薬』と『伝説級の農作物』です。アメリカはあれをCGだとは微塵も思っていません。自国の軍事力強化のために、高坂を暗殺してでも全てを奪い去る気です!」


「バカなアメリカ人どもめ……!高坂を暗殺だと!?あの男に敵意を向ければどうなるか、想像もつかないのか!」


◆ ◆ ◆


その頃。 高坂の頭上、ダンジョンの巨大な樹木の枝の上に、周囲の景色に完全に溶け込んだ透明な影が潜んでいた。 アメリカ最強のS級暗殺者、アーサー・スミスである。


(フン……日本のJSAも地に落ちたな。あんなザルな封鎖線、俺の『完全隠蔽(パーフェクト・ステルス)』の前では存在しないも同然だ)


アーサーは息を殺し、眼下を歩くジャージ姿の青年(高坂)を見下ろした。 (あれがターゲットの高坂紬……魔力はゼロ。ただの一般人にしか見えないが、S級ダンジョンの瘴気の中で平然と息をしている。何らかの強力なアーティファクトを持っているのだろうが、俺の暗殺術の敵ではない)


アーサーは音もなく短剣(A級アーティファクト)を抜き、高坂の首筋に向かって樹上から飛び降りようと筋肉を収縮させた。 その時である。


『クゥン?』


高坂の足元を歩いていたポチが、ふと立ち止まり、アーサーの潜む樹上を見上げた。 (チッ……あの小熊、S級魔獣か。だが、俺の隠蔽は視覚や嗅覚はもちろん、第六感すら誤魔化す。気づかれるはずが……)


『ん?どうしたポチ。上になんかいるのか?毛虫でも落ちてきそう?』


高坂はそう言うと、持っていた百均の折りたたみスコップを、まるでテニスラケットでも振るかのように、頭上の空間に向かって適当に「ブンッ」と振り回した。


――ドゴォォォォォォォォンッ!!!!


【地主】スキルによる『不法侵入者の強制排除』権限が発動した。 高坂が適当に振ったスコップから放たれたのは、空間そのものを断裂させる不可視の衝撃波。 それがアーサーの展開していた『完全隠蔽』の多重結界を一瞬で粉砕し、彼が身につけていた数億円のステルス装備を文字通り粉砕していた。


「ガァッ……ボフゥッ!?」


アーサーは全身の骨が軋むほどの衝撃を受け、透明化が解けた状態で、樹上からドサリと高坂の目の前に墜落した。


『うおおっ!?びっくりした!!えっ、人!?』


高坂は目を丸くして後ずさった。 目の前に降ってきたのは、ボロボロの迷彩服を着た金髪の屈強な外国人だったからだ。


「ガハッ……バ、バカな……。俺の完全隠蔽を、ただのスコップの一振りで……空間ごと破壊しただと……?」


アーサーは血を吐きながら、信じられないものを見る目で高坂を見上げた。 彼の目には、このジャージの青年が、全知全能の魔眼を持った古(いにしえ)の破壊神に見えていた。


逆らえば、次の一撃で消滅させられる。S級暗殺者の本能が、絶対的な死の恐怖を告げていた。


『あの……大丈夫ですか?もしかして、海外からのバックパッカーさん?こんな山奥で木から落ちるなんて、道に迷っちゃったんですか?』


高坂は、血を流して震えるアーサーに、心配そうに顔を近づけた。 (バ、バックパッカー……?俺を素人扱いしているのか……!いや、この男にとっては、S級の俺でさえその辺の旅行者と変わらない存在だと言うことか……!)


アーサーは恐怖で歯の根をガチガチと鳴らしながら、必死に首を縦に振った。


「イ、イエス……!ミーハー、マイゴニ、ナリマシタ……!」


『やっぱり!最近、外国の観光客が日本の山で遭難するニュース多いですからね。怪我はないですか?』


「ノ、ノープロブレム……。アナタノ、オカゲデ、タスカリマシタ……」


『それはよかった。あ、そうだ。もし暇なら、少しアルバイトしていきませんか?俺、これからここに温泉を掘ろうと思ってるんですけど、一人だと大変で』


高坂の提案に、アーサーは絶望した。 アメリカの国家予算級の報酬で動く自分が、時給いくらも分からない温泉掘りの土木作業員にされる。だが、断れば殺される。


「……イ、イエス。ヨロコンデ、オテツダイ、サセテクダサイ……」


『やった!じゃあ、このツルハシ使ってください!終わったら、ネギと鶏肉のコンソメスープ奢りますから!』


◆ ◆ ◆


『えー、視聴者の皆さん!なんと、道に迷っていたアメリカ人のアーサーさんが、温泉掘りを手伝ってくれることになりました!』


画面が切り替わると、そこには、上半身裸になった金髪の屈強な男(アメリカ最強のS級暗殺者)が、涙目でツルハシを振り下ろし、岩盤を砕いている姿が映し出されていた。


【外国人ニキ参戦ww】

【グローバル化の波が氷室農園にも】

【この外人、筋肉ヤバすぎだろ。本職の土方か?】 【USA! USA!】

【Wait, is that "Phantom" Kevin...!? (待って、あれ”ファントム”のケビンじゃね……!?)】


コメント欄は、突然の外国人助っ人の登場に大盛り上がりである。一部の海外のコアな視聴者がアーサーの正体に気づき始めているが、日本語のコメントの濁流に飲み込まれていく。

一方、JSAの戦略指令室。


「……アメリカの最強の暗殺者が、ツルハシで温泉を掘らされている……」

「局長、アーサーの国籍と身分を偽装するためのダミーデータ、急いで捏造しますか!?」

「ああっ、急げ!『ワーキングホリデーで来日した親日家の留学生』という設定でネット工作を急務とする!アメリカ政府にも、この配信のアーカイブを即座に送りつけろ!『これがお前たちの最強の男の末路だ』とな!!」



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