【episode6】夢への一歩
翌日の放課後、私は家に帰ると、制服のままリビングへ向かった。昨日、両親にダンスと歌を習いたいとお願いして、教室を探してみようと言ってもらえたことが、朝からずっと頭の中に残っていた。
「ただいまー!」
「おかえり、萌花」
リビングに入ると、母がソファに座ってスマートフォンを見ていた。画面を見つめているところを見ると、何かを調べているらしい。
「お母さん、もしかして……」
「ああ、昨日のこと? ちょうど調べてたところよ」
そう言って、母がスマートフォンの画面をこちらに向けてくれた。
そこには、いくつかのダンススクールの名前が表示されていた。K-POPのダンスを中心に教えているところや、初心者向けのクラスがあるところ、歌のレッスンも受けられるところなど、それぞれ特徴が違うらしい。
「わあ……結構あるんだ」
「うん。駅から近いところもあれば、少し遠いところもあるみたい」
私は母の隣に座り、画面を覗き込みながら一つずつ見ていった。どんな先生がいるのか、どんなレッスンをしているのか、初心者でも大丈夫なのか。気になるところを確認していくうちに、だんだん真剣になっていく。
前の人生では、私はダンスも歌も何年も練習してきた。でも、今の私はまだ十三歳の身体で、前の人生とは身体の感覚も違う。これから本格的に練習していくなら、最初から自分に合った環境を選んだほうがいい。
「ここ、体験レッスンがあるよ」
母が一つの教室を指差した。
「体験?」
「そう。実際にレッスンを受けてみて、続けられそうかどうか決められるみたい」
画面を見てみると、初心者向けのK-POPダンスクラスがあり、歌のレッスンについても書かれていた。
「ここ……いいかも」
思わず画面に顔を近づけてしまう。
「行ってみる?」
「行きたい!」
気づけば、私は即答していた。
母がくすっと笑う。
「そんなに楽しみ?」
「だって、初めてちゃんと習えるんだもん!」
前の人生でも、レッスンを始めたときは嬉しかった。けれど、今は少し違う。何も知らないところから始めるわけではない。前の人生で経験したことを知識として持ったまま、もう一度最初から挑戦できるのだ。
それが、たまらなく嬉しかった。
「じゃあ、体験レッスン申し込んでみようか」
「うん!」
母が申し込み画面を開き、空いている日を確認する。
「土曜日なら行けそうだけど、どう?」
「土曜日なら大丈夫!」
いくつか必要事項を入力して、最後に申し込みボタンを押す。
画面に申し込み完了の表示が出た瞬間、私は思わず両手を握った。
「……決まった」
「うん。土曜日ね」
体験レッスンの日が決まった。
たったそれだけのことなのに、胸の奥がどきどきしてくる。
どんな先生なんだろう。どんな子が来るんだろう。ちゃんと踊れるかな。それとも、今の身体にまだ慣れていなくて、思ったように動けないかもしれない。
いろんなことが頭に浮かんできたけれど、不安よりも楽しみのほうが大きかった。
「お母さん、ありがとう!」
「どういたしまして。でも、始めたらちゃんと続けるのよ?」
「もちろん!」
私は笑顔で頷いた。
部屋に戻ると、机の上に置いてあったノートを開いた。昨日書いた『ダンス・ボーカル教室を探す』という項目の横に、今日の日付を書き込む。
そして、その下に新しく書いた。
『体験レッスンに行く』
書き終わった文字を見つめていると、自然と笑顔になった。
まだオーディションを受けたわけでもない。ステージに立ったわけでもない。それどころか、レッスンすらまだ始まっていない。
それでも、昨日までとは何かが違っていた。
夢に向かうための最初の予定が、ちゃんと決まったのだ。
私はペンを置き、ノートを閉じた。
「土曜日か……楽しみだな」
そう呟いてから、私はベッドに座った。
前の人生では、夢を追いかけることが当たり前になっていて、練習することも、失敗することも、いつの間にか日常の一部になっていた。でも今は、その一つ一つが新鮮に感じられる。
もう一度、夢を追いかけられる。
その事実が、何より嬉しかった。
「今度こそ……」
私は小さく呟き、窓の外を見た。
夕方の空は、少しずつオレンジ色に染まっている。
体験レッスンまで、あと数日。
私はその日が来るのを楽しみにしながら、ゆっくりとノートを鞄にしまった。




