【episode5】ダンスと歌、習わせてください!
家に帰った私は、玄関で「ただいま」と声をかけてから、自分の部屋へ向かった。鞄を机の横に置き、制服から部屋着に着替えると、まずは学校の宿題を取り出した。
今日の授業で習った内容を思い出しながら問題を解いていく。前の人生では、ダンスや歌の練習時間を確保するために、勉強もできるだけ早く終わらせるようにしていた。今の私にも、その習慣は残っているらしい。集中して取り組んだおかげで、思っていたよりも早く宿題を終わらせることができた。
「よし、終わり!」
ノートを閉じた私は、椅子の背もたれに体を預けて、大きく伸びをした。
さて、ここからが本題だ。
私は机の上に置いていたノートを開き、昨日書いた『K-POPアイドルになるための計画』という文字を見つめた。韓国語の勉強、オーディションの情報収集、ダンスと歌の実力を伸ばすこと。やるべきことはいろいろあるけれど、今の私には、まず基礎をしっかり身につけるための環境が必要だった。
前の人生では、独学で練習していた時期もあったけれど、ダンスも歌も、自分だけでは気づけない癖がたくさんあった。誰かに正しいやり方を教えてもらい、自分の弱点を見つけながら練習することができれば、もっと効率よく上達できるはずだ。
……よし。今日、お願いしてみよう。
そう決めた途端、急に緊張してきた。両親が反対するとは限らない。それでも、習い事にはお金も時間もかかるし、簡単に「いいよ」と言ってもらえるとは限らない。
私はノートを閉じ、部屋の中を行ったり来たりした。
(ダンスと歌を習いたいです、って言えばいいんだよね……。いや、理由もちゃんと説明しないと!)
何度か頭の中で言葉を整理してから、私はリビングへ向かった。
母はテーブルの上を片づけていて、父はソファに座りながらスマートフォンを見ていた。二人がそろっている今なら、話を聞いてもらえるかもしれない。
「あの、ちょっと話があるんだけど……」
私が声をかけると、母が手を止めてこちらを向いた。
「どうしたの、萌花?」
父もスマートフォンから顔を上げる。
私は二人の前に立ち、ぎゅっと両手を握りしめた。緊張で心臓が速くなっていたけれど、ここで言わなければ何も始まらない。
「私、K-POPアイドルになりたいの!」
言い切った瞬間、部屋の中が静かになった。
「……アイドル?」
母が少し驚いたように聞き返したので、私は慌てて言葉を続けた。
「うん! 歌もダンスも、もっと上手になりたいし、オーディションにも挑戦したいの! だから……ダンスと歌を習わせてください!」
頭を下げてお願いすると、しばらく返事がなかった。
もしかして、無理だと思われているのかな。まだ中学生なのに、いきなりアイドルになりたいなんて言われたら、驚くのも当然かもしれない。
私は顔を上げ、二人の表情をうかがった。
「萌花、急にどうしたの? 前からアイドルには興味があったの?」
母の質問に、私はこくこくと頷いた。
「うん! ずっと憧れてたの。ステージで歌って踊って、たくさんの人に見てもらえるようなアイドルになりたい!」
もちろん、私には前の人生の記憶がある。十年間努力しても夢に届かなかった悔しさも、もう一度挑戦できることへの喜びも、全部覚えている。でも、そんなことを今ここで説明するわけにはいかない。
だから私は、今の自分の気持ちを、まっすぐ伝えることにした。
「ただ憧れてるだけじゃなくて、本気で頑張りたいの。ダンスも歌も、ちゃんと基礎から習いたいし、韓国語の勉強もする。学校の勉強だって、絶対におろそかにしないから!」
父は腕を組み、少し考えるように黙っていた。
「アイドルになるのは、簡単なことじゃないと思うぞ。練習も大変だろうし、オーディションに受かるとも限らない。それでも続けられるのか?」
その言葉を聞いて、私は迷わず答えた。
「うん! 簡単じゃないことは分かってる。でも、だからこそ、今からできることを全部やりたいの。やらないまま諦めるのは、絶対に嫌だから!」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
父と母は顔を見合わせた。少しの間があってから、母がゆっくりと口を開いた。
「……そこまで本気で考えているなら、まずはダンスと歌の教室を調べてみようか。費用や通う時間もあるから、すぐに決められるわけじゃないけれど」
「本当!?」
思わず身を乗り出すと、母は笑いながら頷いた。
「ただし、学校のこともちゃんと頑張ること。宿題やテストを放っておいて、レッスンばかりにならないようにね」
「もちろん! 勉強も頑張る!」
父も「教室をいくつか調べて、無理なく通えるところを探そう」と言ってくれた。
その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
まだ習えると決まったわけではない。それでも、夢に向かうための最初の一歩を、両親が一緒に考えてくれる。それが何よりも嬉しかった。
「ありがとう! 絶対に頑張るから!」
私は何度もお礼を言って、自分の部屋へ戻った。
机に向かうと、ノートを開き、計画の下に新しい項目を書き足した。
『ダンス・ボーカル教室を探す』
たった一行なのに、それを見ているだけで、これから始まる毎日が楽しみになってくる。
前の人生では、夢を追いかけるために何をすればいいのか分からず、遠回りもたくさんした。でも、今度は違う。過去の経験を生かして、できることを一つずつ積み重ねていこう。
私はペンを握り直し、ノートの最後に大きく書き込んだ。
『今度こそ、絶対にK-POPアイドルになる!』
窓の外は、いつの間にか夕焼けに染まっていた。
私の二度目の人生は、まだ始まったばかり。けれど、夢に向かうための道は、少しずつ見え始めていた。




