【episode26】驚きのイベント
月末評価まで、あと六日。
私は今日も、ダンスとボーカルの練習を続けていた。課題の振り付けを確認し、歌詞の意味を考えながら歌う。少しでも納得できないところがあれば、動画を撮って見直した。
前世では、ただ上手くなりたい一心で練習していた。でも今は違う。技術を磨くことはもちろん、自分の気持ちをどう表現すれば相手に伝わるのか。それも考えながら練習している。
「……よし、もう一回!」
音楽を流そうとした、そのときだった。
『練習生の皆さんは、至急、第一練習室に集合してください』
事務所内にアナウンスが響いた。
「え、何だろう?」
近くで練習していたユナが顔を上げる。
「急に全員集合って、珍しいね」
「うん……」
私はスマホをしまい、ユナと一緒に第一練習室へ向かった。
部屋に着くと、すでに大勢の練習生が集まっていた。普段のレッスンでは顔を合わせない練習生までいる。韓国人だけでなく、日本やほかの国から来た練習生もいて、いつもよりずっと人数が多かった。
何か、大きな発表がある。
そう感じた。
やがて、事務所のスタッフが前に立った。その後ろには、見覚えのある人物がいる。
R&M entertainmentの社長だった。
「皆さん、集まってくれてありがとうございます」
社長が静かに話し始めると、ざわめきがすっと消えた。
「本日は、皆さんに重要なお知らせがあります」
練習生たちは一斉に姿勢を正した。
「R&M entertainmentでは、今後のデビュー計画に向けて、新たなプロジェクトを始動することになりました」
デビュー計画。
その言葉に、胸が大きく跳ねた。
「それに伴い、当社の練習生を対象としたサバイバルオーディションを開催します」
「……え?」
思わず声が漏れた。
周囲からも、驚いたような声が上がる。
サバイバルオーディション。
その言葉の意味は、もちろん知っている。
複数の参加者が歌やダンスなどの課題に挑戦し、審査を受けながら、最終的にデビューを目指すメンバーが選ばれる。実力だけでなく、成長力や個性、ステージでの存在感も問われる厳しい形式だ。
そして、社長はさらに続けた。
「今回のオーディションでは、参加者全員に同じ条件で課題に取り組んでもらいます。評価によって順位が決まり、各審査の結果は皆さんに公開されます」
公開順位。
つまり、自分がどの位置にいるのか、ほかの練習生と比べてどこが足りないのかが、はっきりと分かるということだ。
「もちろん、参加したからといって、全員がデビューできるわけではありません。審査の結果によっては、デビューメンバーに選ばれない人もいます」
練習室が静まり返った。
社長の言葉には、曖昧さがなかった。
「それでも、自分の実力を試したい人。厳しい競争の中で成長したい人。そして、本気でデビューを目指す人には、大きな機会になるはずです」
私は拳をそっと握った。
サバイバルオーディション。
いつか、そういう機会が来るかもしれないとは思っていた。でも、まさか練習生になって間もないこの時期に、こんな発表を聞くことになるなんて。
「開催時期は来月。詳細な日程と審査内容については、後日改めて発表します」
来月。
思っていたよりも早い。
「参加資格や評価基準についても、順次説明します。皆さんには、それぞれの目標と向き合いながら準備を進めてもらいたいと思います」
社長は全員を見渡した。
「以上です。これからの皆さんの努力に期待しています」
説明が終わると、スタッフが資料を配り始めた。
私は受け取った紙に目を落とした。
そこには、開催予定時期と概要、そして今後のスケジュールが記載されていた。まだ詳しい課題は分からない。でも、今回のオーディションが事務所にとって大きなプロジェクトであることは伝わってきた。
「モカ……!」
隣のユナが、小声で話しかけてきた。
「サバイバルオーディションだって。どうしよう、私、すごく緊張してきた」
「私もびっくりした。でも……」
私は資料を握り直した。
「参加できるなら、挑戦したい」
ユナが目を丸くする。
「本当に?」
「うん。だって、デビューを目指してここに来たんだもん。こういう機会があるなら、自分の実力を試したい」
もちろん、怖くないわけではない。
順位がつけられる。ほかの練習生と比較される。努力しても、思いどおりの結果が出るとは限らない。
それでも、私は挑戦したかった。
前世では、何度もオーディションを受けた。必死に練習して、自分なりにできることを全部やって、それでも夢に届かなかった。
だから今度は、チャンスが目の前にあるのなら、逃げたくない。
それに、今の私は一人ではない。ここには、私を指導してくれる先生がいる。切磋琢磨できる練習生たちもいる。
この環境でどこまで成長できるのか、確かめたい。
練習室を出たあとも、頭の中では社長の言葉が繰り返されていた。
サバイバルオーディション。
デビューを目指すための、新しい挑戦。
寮に戻った私は、机に資料を広げた。開催は来月。詳細はこれからだけれど、準備を始める時間は十分にあるとは限らない。
私はノートを開き、新しいページに大きく書いた。
『サバイバルオーディション』
その下に、今の自分が考えられる課題を書き出していく。
ダンスの完成度。ボーカルの安定感。表現力。体力。韓国語。自分の魅力を伝える力。
そして、最後に。
『自分の気持ちを、パフォーマンスで伝える』
私はその文字をじっと見つめた。
社長に言われたことは、今も私の中に残っている。
技術だけでは足りない。
だからこそ、私は技術を磨きながら、自分の気持ちを表現することも忘れない。
今回のオーディションで、どんな課題が出されるのかはまだ分からない。どんな練習生が参加するのかも分からない。
でも、ひとつだけ決めていることがある。
私は、最初から諦めたりしない。
「絶対、デビューする」
小さくつぶやき、ペンを置いた。
来月、始まるサバイバルオーディション。
それは、私の二度目の人生における、新たな大きな挑戦になる。
そして私はまだ知らなかった。
このオーディションが、私の練習生生活を大きく変えることになるなんて。




