【episode2】Re:START
目を開けると、そこは見覚えのない部屋だった。
白い天井に、薄いピンク色のカーテン。机の上には教科書やノートが積み重なっていて、壁には制服らしきものが掛けられている。どう見ても、私が住んでいた家ではない。
……あれ?
確か私は、オーディションから帰る途中で、信号無視をした車にぶつかられたはずだった。あのときの衝撃も、意識が遠のいていく感覚も、なんとなく覚えている。
なのに、どうして私はこんなところで寝ているのだろう。
夢でも見ているのか(死んでるけど)と思い、頬をつねってみた。痛い。
「……え、ちょっと待って。じゃあ、私……生きてるの?」
なにこれ。私の声とは思えないほど可愛い声。
慌ててベッドから起き上がり、部屋の中を見回した。そのとき、机の横に置かれた姿見が目に入ったので、私は何気なくそちらに視線を向けた。
そして、固まった。
鏡の中にいたのは、私の知らない女の子だった。
大きく澄んだ瞳に、すっと通った鼻筋、整った顔立ち。肌もきれいで、全体的に透明感がある。まるで、私がずっと憧れていたK-POPアイドルのような女の子が、そこに立っていた。
私は恐る恐る自分の頬に触れた。鏡の中の女の子も、同じように頬に触れる。
右手を上げると、鏡の中の子も右手を上げた。
「……うそでしょ。」
何度確認しても、鏡の中にいるのは私だった。
前世では、どれだけ努力しても手に入らなかったもの。何度オーディションを受けても、何度同じ言葉を聞いても、最後まで越えられなかった壁。
それが、今の私にはある。
「神様……本当に、願いを叶えてくれたの?」
気づけば、目に涙が浮かんでいた。嬉しいのか、信じられないのか、自分でもよく分からなかった。ただ、もう二度と叶わないと思っていた夢に、もう一度挑戦できるかもしれない。そのことだけは、はっきりと分かった。
私は深呼吸をして、少し落ち着いてから机の上を確認した。学生証らしきものが置かれていたので、手に取ってみる。
そこには、「音羽萌花」という名前と、十三歳という年齢が書かれていた。
「十三歳……?」
思わず声が出た。
どうやら私は、日本の中学校に通う女の子として生まれ変わったらしい。部屋にある教科書や制服を見ても、それは間違いなさそうだった。
前世の私は、二十四歳で年齢制限を迎え、夢を諦めるしかなかった。でも、今は違う。まだ十三歳なのだ。前世で夢を追いかけていた十年間を、今度は最初からやり直すことができる。
「……あと十一年もあるんだ。」
そう呟いた瞬間、胸の奥から希望が湧き上がってきた。
いや、待って。
ただ時間があるからといって、夢が叶うわけではない。前世の私は、歌もダンスも本気で練習していた。それでも、結果は出なかった。今度も同じやり方を繰り返していたら、また同じ失敗をするかもしれない。
前世の私は、先生に言われた通りにレッスンを受け、ひたすら技術を磨くことばかり考えていた。もっと早く、自分に足りないものを分析して、ほかの方法も試していればよかったのかもしれない。
だから、今度は違う。
歌とダンスだけではなく、韓国語も勉強する。オーディションの情報を集めて、応募条件や審査の内容を調べる。自分の実力を客観的に確認して、足りないところを一つずつ改善していく。
そうやって、今度こそ夢に近づいていくのだ。
私はスマートフォンを探し、ベッドの横に置かれているのを見つけた。画面をつけると、知らない人の名前やメッセージが並んでいた。どうやら、この体の持ち主には家族や友達がいるらしい。
まだ分からないことは多いけれど、今はそれよりも確かめたいことがあった。
私は音楽アプリを開き、前世で何度も練習した曲を流してみた。
懐かしいメロディーが部屋に響く。自然と体が動き出し、覚えている振り付けを踊ってみた。
ところが、途中で違和感を覚えた。
頭の中では完璧に動きを覚えているのに、実際に踊ってみると、以前とは感覚が違う。腕の伸ばし方も、ステップの踏み方も、微妙にずれてしまう。
「……そっか。記憶が残っていても、体は別なんだ」
少しだけ残念だったけれど、落ち込んでいる暇はない。今の体に合った動きを覚え直せばいいのだ。十年間積み重ねてきた経験まで、なくなったわけではないのだから。
私はもう一度、曲の最初から踊り始めた。
練習を終えたあと、スマートフォンでK-POPアイドルのオーディションについて調べてみた。すると、大手芸能事務所がグローバルオーディションを開催するという告知が目に入った。
応募条件を確認すると、年齢も国籍も問題なさそうだった。
「……ここから、始められるんだ」
前世では、何度もオーディションに落ち続け、最後には挑戦することさえできなくなってしまった。でも、今の私には時間がある。前世で得た経験もある。そして、ずっと憧れていたビジュアルにも恵まれている。
もちろん、これだけで合格できるとは限らない。容姿がよくても、歌やダンスが上手でも、それだけで必ずアイドルになれるわけではないことは、前世で十分に分かっている。
だからこそ、今度は焦らずに準備をしよう。
私は机の上からノートを取り出し、一番上のページに大きく書いた。
『K-POPアイドルになるための計画』
そして、その文字をしばらく眺めたあと、もう一度ペンを握り直した。
前世では、夢を叶えられなかった。
何年も努力したのに、最後には何も残らなかったと思っていた。
でも、今なら分かる。あの十年間が、すべて無駄だったわけではない。失敗したからこそ、学べたこともある。後悔したからこそ、次に何をするべきなのかも考えられる。
今度こそ、同じ後悔はしたくない。
私はノートに書かれた文字を見つめながら、小さく笑った。
「今度こそ、絶対にK-POPアイドルになってみせるから」
こうして、私の二度目の人生が始まった。




