【episode1】プロローグ
「ビジュアルがダメです」
そうして、私の夢はあっけなく幕を閉じた。
ーー♡ーー
私は中学生になりたての頃、K-POPの5人組アイドルグループ、『Cherry pop』に出会った。その瞬間、まるで身体に電流が走ったような衝撃を受けた。
どこにでもいそうな女の子たちなのに、5人ともビジュアルが揃っていて、とっても可愛い。歌には青春の眩しさや透明感が表れていて、聴いているだけで胸がいっぱいになる。ダンスは10代らしい無邪気さがあるのに、とても激しくて、それなのに5人の動きはぴったり揃っていた。
可愛い。綺麗。かっこいい。そんな魅力が全部詰まったCherry popは、いつの間にか私の中心になっていた。テレビで彼女たちを見ることが楽しみになって、曲を聴くことが日課になって、気づけば私は――K-POPアイドルを夢見るようになっていた。
14歳になった頃、私はダンスを習い始めた。学校から帰ったらすぐに練習をして、プロのアイドルの動画を何度も繰り返し再生しながら、身体の角度や重心、アイソレーション、ステップの踏み方まで、ミリ単位でコピーしていった。
できない動きがあれば、できるまで繰り返す。次の日になってもできなければ、また繰り返す。ダンスを習い始めるのと同時に、歌も習い始めて、カラオケでは音程やリズム、息の使い方まで細かく分析し、本家の歌い方を何度もコピーした。
そして、カラオケで100点を取れるようになったら、今度はそこから自分なりのアレンジを加えていく。ただ上手く歌うだけじゃない。どうすればもっと魅力的に聴こえるのか、どうすれば自分だけの歌になるのかを考えて、何度も試した。
全部、本気だった。
「いつかアイドルになれたらいいな」なんて、そんな軽い気持ちじゃない。私は、本当にK-POPアイドルになりたかった。だから毎日練習したし、遊びたい気持ちを我慢することもあった。それでも、ステージに立って歌って踊る自分を想像すると、不思議と頑張ることができた。
努力して、努力して、努力して――。
それでも、どうしても手に入らないものが一つだけあった。
ビジュアル。
私は目が細くて小さく、鼻も大きい。顔もどちらかといえば大きいほうで、K-POPアイドルと呼ばれる人たちのビジュアルとは、あまりにもかけ離れていた。
でも、その頃の私は、それがどれほど大きな問題なのかに気づいていなかった。ダンスと歌を極めれば、いつかきっと認めてもらえる。実力があれば、見た目なんて関係ない――本気でそう思っていた。
だから私は、何度もオーディションを受けた。
そして、あるオーディションで言われた。
「はっきり言わせてもらうと、ビジュアルが全然ダメです」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。それまで積み重ねてきた努力を全部否定されたような気がして、何も言い返すことができなかった。
「ダンスが得意ならダンサー、歌が得意なら歌手になればいいんです。整形をしないと、アイドルになるのは無理です」
はっきり言わせてもらうと、なんて前置きをしているけれど、言われていることは分かっていた。遠回しに、「あなたはアイドルに向いていない」と言われているのだ。
それでも、私は諦めなかった。
何十回、何百回とオーディションを受け続けた。落ちるたびに悔しくて泣いたけれど、それでもまた応募して、また練習して、また挑戦した。
けれど、返ってくる言葉はいつも同じだった。
「ビジュアルがダメ」
「実力はあるんだけど……」
「アイドルとしては厳しいですね」
そして、ついに年齢制限の24歳になってしまった。
私は青春のほとんどすべてを、K-POPアイドルになるために捧げた。それなのに、夢は叶うことなく、こんなにもあっけなく終わってしまった。
悔しい。
そんな生半可な気持ちじゃない。悔しくて、悔しくて、自分自身が許せなかった。
――なんで、もっと早く気づかなかったんだろう。
ダンスが完璧になったんだったら、スタジオを辞めて自分で分析しながら練習すればよかったじゃん。歌だってそう。レッスンに使っていたお金や時間を別のことに回して、その分をビジュアルの洗練に使えばよかったじゃん。
なんで、思いつかなかったんだろう。
なんで私は、ダンスと歌ばかりを磨いてきたんだろう。
もっとできることはあったはずなのに。もっと違う方法があったはずなのに。そう考えれば考えるほど、十年間の努力が悔しくてたまらなくなった。
その帰り道、私は悔し涙で滲んだ視界のまま、ふらふらと歩いていた。もう夢を追いかけることはできない。そう思っているはずなのに、頭の中には今までの十年間が次々と浮かんでくる。
初めてダンスを踊った日。
鏡の前で何時間も練習した日。
歌が上手く歌えなくて、何度も録音し直した日。
オーディションに落ちて泣いた日。
それでも次の日には、また練習していた自分。
苦しかった。何度も逃げたくなった。それでも、あの頃の私は夢中だった。
泥をすするような十年間だったけれど――あの頃の私は、眩しかった。
これも、私にとっては確かに青春だった。
そう思った瞬間、胸の奥から、ずっと押し込めていた気持ちが溢れ出した。
まだ、目指したい。
「ああ……私、まだ諦めてなかったんだ」
そう呟いた、そのときだった。
――キキィィィッ!!
突然、耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。
顔を上げると、信号を無視した車が、ものすごい勢いでこちらへ突っ込んできていた。
逃げる暇なんてなかった。
次の瞬間、強い衝撃が身体を襲った。
視界が大きく揺れて、身体から力が抜けていく。遠くで誰かが叫んでいる声が聞こえた気がしたけれど、その声もだんだん遠ざかっていった。
薄れていく意識の中で、私は自分の人生を思い返していた。
もっと踊りたかった。
もっと歌いたかった。
もっとステージに立ちたかった。
――まだ、終わりたくない。
私は心の中で、最後の願いを口にした。
ねえ、神様。
もし、本当に神様がいるのなら。
もう一度だけ。
もう一度だけでいいから、私にチャンスをください。
もし、もう一度人生をやり直せるのであれば――。
今度は、ビジュアルに恵まれた子にしてください。
そして――。
もう一度、K-POPアイドルを目指させてください。
私はまだ、諦めたくない。
今度こそ――。
絶対に、ステージに立ちたい。




