【episode18】貴方達のコマなんかじゃないよ
最近、朝比奈くんと話すことが増えた。きっかけは、私が教えたK-POPのパフォーマンス動画だった。
「なあ、音羽。昨日、お前が言ってたグループの動画見たんだけどさ。あのサビのダンス、めっちゃ難しくない?」
朝のホームルームが始まる前、朝比奈くんが後ろから話しかけてきた。
「えっ、見てくれたの!?」
「見た見た。全員の動きがそろいすぎてて、逆にびっくりしたわ」
「分かる! でも、ただそろってるだけじゃなくて、一人ひとり表情も違うんだよ! そこがすごいの!」
「出た、音羽のK-POP講座」
「ちょっと! ちゃんと聞いてよ!」
朝比奈くんは笑いながら、「はいはい」と頷いた。最近は、こんなふうにK-POPの話をしたり、授業のことを話したりするようになった。自分の好きなものに興味を持ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。もちろん、恋愛感情なんかじゃない。ただ、好きなものについて気兼ねなく話せる相手ができたことが嬉しかった。
「そういえば、音羽って今日も放課後ダンス?」
「うん! 今日は歌も練習する予定!」
「毎日大変そうだな」
「大変だけど、楽しいよ。もっと上手くなりたいし!」
「そっか。じゃあ、頑張れよ」
朝比奈くんはそう言って、自分の席に戻っていった。私は笑顔で見送り、次の授業の準備を始めた。
けれど、その様子を教室の反対側から見ている女子たちがいた。
「……ねえ、瑠夏。最近、朝比奈くんと音羽って、よく話してない?」
澪音に尋ねられ、瑠夏は二人の方を見た。朝比奈くんが笑っている。その視線の先にいるのは、自分ではなく音羽萌花だった。
「……そうだね」
瑠夏はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。けれど、その目は少しも笑っていなかった。
「前はあんなに話してなかったのにね」と麗奈が言う。「音羽って、アイドルになりたいんじゃなかった? なんで男子とあんなに楽しそうに話してるわけ?」
「別に、誰と話そうが自由だけどね」
瑠夏はそう答えたものの、朝比奈くんから目を離さなかった。
「でもさ、ちょっと調子に乗ってない?」
澪音と麗奈は顔を見合わせ、小さく笑った。
*
昼休み、私は友達と話しながらお弁当を食べていた。すると、瑠夏が隣にやってきた。
「ねえ、萌花ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「最近、朝比奈くんと仲いいよね?」
思いがけない質問に、私は箸を持つ手を止めた。
「そうかな? K-POPの話をすることが増えただけだよ」
「ふーん。K-POPねえ。朝比奈くんって、誰にでもあんなに話しかけるタイプじゃないよね?」
「そうなの?」
「うん。だから、ちょっと意外だなって」
瑠夏はにこにこと笑っていた。
「まあ、萌花ちゃんって可愛いもんね。男子に気に入られるのも得意なのかな?」
「……え?」
「冗談だよ、冗談!」
瑠夏は楽しそうに笑い、隣にいた澪音も口元を押さえた。
「でも、アイドルになりたいんでしょ? 恋愛とかしてる場合じゃなくない?」
「別に、恋愛してるわけじゃないよ。朝比奈くんとは普通に話してるだけだから」
「へえ。そうなんだ」
瑠夏は立ち上がり、笑顔のまま言った。
「なら、いいんだけどね」
三人が離れていくのを見送りながら、私は小さく息を吐いた。何だったんだろう。少し嫌な感じがしたけれど、気にしないことにした。私はアイドルになるために、今できることを頑張る。それが一番大切なのだから。
*
午後の授業が終わり、帰り支度をしていたときだった。
「音羽さん、ちょっといい?」
澪音に声をかけられた。
「瑠夏が話したいことあるんだって。校舎裏に来てくれる?」
校舎裏? わざわざ、そんなところで? 嫌な予感がしたけれど、断ったらまた何か言われそうで、私は「……分かった」と答えた。
校舎裏に着くと、瑠夏と麗奈が待っていた。人通りは少なく、周囲には誰もいない。瑠夏は私を見るなり、にっこりと笑った。
「来てくれたんだ。じゃあ、単刀直入に言うね。朝比奈くんと、あんまり話さないでくれる?」
「……どうして?」
「どうしてって、こっちにも事情があるんだけど」
「事情?」
「そう。だから、ちょっと空気を読んでほしいなって」
澪音が横から口を挟んだ。
「瑠夏が嫌な気持ちになってるの、分かるでしょ?」
「私、何か悪いことした?」
そう尋ねると、麗奈が鼻で笑った。
「そういうところだよ。朝比奈くんと楽しそうに話して、周りから注目されて。それで自分は何も悪くありませんって顔?」
「そんなつもりないよ」
「じゃあ、何のつもり?」
澪音は笑顔のまま続けた。
「アイドルになりたいんでしょ? だったら、男子に構ってもらうことより、もっと他にやることがあるんじゃない?」
「……私は、ちゃんと練習してるよ」
「へえ、すごいねえ」
瑠夏がわざとらしく手を叩いた。
「努力家なんだ?」
褒める気なんて、少しもない。その言い方に、胸の奥がじわじわと熱くなった。
「でもさ、努力してるからって、何でも許されるわけじゃないよね?」
「……何が言いたいの?」
私が聞くと、瑠夏の笑顔が消えた。
「だから、朝比奈くんと必要以上に話さないでって言ってるの!」
「普通に話してるだけだよ」
「それが嫌だって言ってるの!」
瑠夏の声が校舎裏に響いた。すぐに周囲を気にしたのか、彼女は声を落とした。
「……とにかく、分かった?」
澪音が私に一歩近づく。
「あと、この話、誰にも言わないでね」
「……どうして?」
「え?」
「どうして、言っちゃいけないの?」
澪音の笑顔が引きつった。
「だって、こんなことで先生に言ったら、萌花ちゃんが面倒な子みたいになるだけじゃない?」
「そうそう。わざわざ大ごとにする必要ないでしょ?」
瑠夏たちは、私が黙って頷くのを待っていた。まるで、私が言うことを聞くのが当たり前だと思っているみたいに。
……何なの、これ。
どうして、私がこんな思いをしなきゃいけないの? 私はただ、好きなものの話をしていただけ。朝比奈くんと普通に話していただけ。それなのに、どうして私が悪いみたいに言われなきゃいけないの?
「……ねえ、聞いてる?」
瑠夏の声がした。
「これからは、ちゃんと気をつけてね。私たちだって、こんなこと言いたくないんだから」
――もう、無理。
今まで、嫌味を言われても笑って流してきた。夢を馬鹿にされても、気にしないふりをした。反論したら、もっと面倒なことになると思っていたから。
でも、私だって嫌なことは嫌だ。自分の人生を、自分で決めたい。
「……私さ」
気づけば、口が動いていた。
「貴方達のコマじゃないんだよ」
三人の表情が止まった。
「……は?」
瑠夏が、信じられないものを見るように私を見た。
けれど、もう止まらなかった。心の中で思っていたことが、そのまま口から飛び出していく。
「朝比奈くんのことが好きなら、陰でこそこそやってるんじゃなくて、もっと気に入られることをすれば? K-POPについて調べて、趣味が合うようになればいいじゃん!」
「……は?」
今度は麗奈まで声を上げた。
「朝比奈くんが好きなものに興味を持って、普通に話せるように努力すればいいじゃん! それなのに、どうして私に話すなとか言うの? 私、朝比奈くんに好きになってほしいなんて、一度も言ってないんだけど!」
澪音が何か言おうとしたけれど、私は止まらなかった。
「努力も何にもしてない貴方達に、言われる筋合いはないよ!」
言い切った瞬間、辺りが静まり返った。三人はぽかんと口を開け、私を見つめていた。
――あ。言っちゃった。
しかも、全部。心の中で考えていたことを、一言残らず。
けれど、次の瞬間だった。
「……は?」
瑠夏の顔から、笑顔が消えた。
ドンッ!
「きゃっ……!」
突然、肩を強く突き飛ばされ、私はよろめいた。慌てて足を踏ん張り、なんとか転ばずに済んだ。
「調子乗んなよ」
さっきまでの可愛らしい声とはまるで違う、低く冷たい声だった。瑠夏が鋭い目で私を睨みつけている。
「誰に向かってそんな口きいてんの?」
「ちょっと瑠夏、こいつマジでムカつくんだけど!」
麗奈が吐き捨てるように言い、私を睨んだ。澪音も、いつもの笑顔を消している。
「今まで黙って聞いてあげてたのに、何その態度?」
「……そっちが先に、変なこと言ってきたんでしょ」
声が少し震えた。それでも、言葉を引っ込めるつもりはなかった。
「は? まだ言うわけ?」
瑠夏が一歩近づいてくる。
「マジでいい加減にしなよ。自分がどんな立場か分かってる?」
「瑠夏に嫌われたら、学校でどうなるか分かってるよね?」
澪音の言葉に、背筋がぞくりとした。三人が私を取り囲むように立っている。怖い。今すぐここから離れたい。けれど、ここで謝ったら、また同じことを繰り返すことになる。
私は震える手をぎゅっと握った。
「……それでも、私は悪いことしてない」
瑠夏の眉がぴくりと動いた。
「……あっそ」
瑠夏は冷たく言い放ち、私を睨みつけた。
「じゃあ、後悔しないでね」
その声には、もう笑顔の欠片もなかった。
私は三人に背を向け、校舎裏を離れた。足はまだ震えていたし、胸の奥もざわざわしている。明日、学校に行ったら何をされるんだろう。もっと嫌なことを言われるかもしれない。三人に無視されるかもしれない。
正直、怖かった。
それでも、少しだけ胸が軽くなった気がした。私は誰かの言いなりになるために、もう一度この人生をやり直しているわけじゃない。前世で叶えられなかった夢を、今度こそ叶えるために、ここにいるんだ。
だったら、せめて自分の気持ちくらい、自分で守らなくちゃ。
私は顔を上げ、昇降口へと歩き出した。




