【episode17】嫌味?
「萌花ちゃん、おはよー!」
朝、教室に入ると、瑠夏がいつもの明るい声で手を振ってきた。
「おはよう!」
私も笑顔で返す。昨日は少し気になることもあったけれど、考えすぎだったのかもしれない。三人とも、今朝はいつも通りに見えた。
鞄を置いて、友達と話していると、瑠夏たちの笑い声が聞こえてくる。
「ねえ、昨日の動画見た? あれ、ほんとやばかったんだけど!」
「見た見た! めっちゃかわいかった!」
楽しそうな声につられて、私はそちらを向いた。
「何の動画?」
何気なく尋ねると、三人がこちらを見た。
「あー、昨日SNSで流れてきたやつ! モデルさんの動画だよ」
澪音がスマホを持ち上げる。
「萌花ちゃんも見る?」
「えっ、いいの?」
「うん、いいよー!」
澪音が画面をこちらに向けようとした、そのとき。
「……あ、でもこれ、萌花ちゃんには分かんないかも」
瑠夏が笑いながら口を挟んだ。
「え?」
「だって、萌花ちゃんってK-POPしか興味なさそうじゃん? こういうの見ても、あんまり分かんないんじゃない?」
「あ、そっか! 確かに!」
澪音が小さく笑った。
二人の会話に、麗奈も「まあ、好きなものって人それぞれだしね」と続ける。
悪口を言われたわけではない。三人とも笑っているし、冗談のつもりなのかもしれない。
それでも、なぜか私は返事に困ってしまった。
「……そうだね。K-POPは好きだけど、ほかの動画も見るよ?」
「あはは、そうなんだ!」
瑠夏はそれだけ言うと、すぐに澪音の方へ向き直った。
「で、続き見せて!」
三人の会話は、そのまま私を置いて進んでいった。
私は少しだけ首を傾げてから、友達との話に戻った。
……うーん。なんだったんだろう?
* * *
一時間目が終わり、休み時間になった。
私は次の授業の準備をしていたのだけれど、机の中に入れていた消しゴムが見当たらない。
「あれ? 消しゴム、どこに置いたっけ……」
筆箱の中を探しても見つからない。机の中をもう一度確認しようとしたとき、少し離れたところから声が聞こえた。
「ねえ、これ誰の?」
瑠夏が、私の消しゴムを指先でつまんでいた。
「あっ、それ私の!」
私は慌てて近づいた。
「えー、そうなの? 机の横に落ちてたから、誰のか分かんなくて」
「そうだったんだ。ありがとう!」
受け取ろうと手を伸ばしたけれど、瑠夏はすぐには渡してくれなかった。
「これ、ちょっとかわいくない?」
消しゴムをくるくると回しながら、澪音に見せる。
「ほんとだ。でも、こういうの好きなんだね。なんか意外」
「そう? 普通にかわいいと思って買ったんだけど……」
「ふーん」
澪音は消しゴムを見て、意味ありげに笑った。
「もっと大人っぽいものが好きなのかと思ってた。だって、アイドル目指してるんでしょ?」
「え? あ、うん。でも、好きなものは普通に好きだよ」
「そっかそっか!」
瑠夏はようやく消しゴムを返してくれた。
「ごめんねー!」
「ううん、大丈夫!」
私は消しゴムを受け取り、自分の席に戻った。
たったそれだけのことだ。消しゴムもちゃんと戻ってきたし、困るようなことは何も起きていない。
なのに、胸の中に小さな引っかかりが残った。
* * *
昼休み。
いつもの友達とお弁当を食べていると、瑠夏がこちらへやってきた。
「ねえ、今日一緒に食べない?」
「えっ、いいの?」
「もちろん! みんなで食べた方が楽しいじゃん!」
私は嬉しくなって、友達と顔を見合わせた。
「じゃあ、こっち来る?」
「うん!」
瑠夏が席を寄せ、澪音と麗奈もやってきた。いつもより大人数になったお昼ご飯は、にぎやかで楽しそうだった。
最初は、好きな食べ物やテレビの話で盛り上がった。澪音がお菓子の新商品について話すと、瑠夏が「それ私も気になってた!」と声を上げる。麗奈もおすすめのお店を教えていて、私も会話に加わった。
ところが、話題が将来の夢に移ったときだった。
「そういえば、萌花ちゃんって本当にアイドルになりたいんだよね?」
瑠夏が私を見る。
「うん!」
「韓国でデビューしたいんだっけ?」
「そうだよ。だから、今から歌もダンスも韓国語も頑張ってるんだ」
「へえー、すごいね!」
瑠夏はにっこり笑った。
「でも、韓国のアイドルって、すっごくかわいい子ばっかりじゃない?」
「うん。みんな魅力的だよね!」
「歌もダンスも上手だし、スタイルもいいし、完璧って感じ!」
「そうそう!」
澪音が大きく頷いた。
「しかも、ものすごく努力してるんでしょ? 小さい頃から練習してる子もいるって聞いたことある!」
「うん。だから私も、もっと頑張らなきゃって思ってるよ」
そう答えると、麗奈が箸を止めた。
「……じゃあ、今のままじゃ全然足りないってこと?」
「え?」
「だって、韓国のアイドルってすごいんでしょ? そこに入るなら、今の自分じゃ足りないって思ってるんだよね?」
「それは……もちろん、まだまだ成長したいと思ってるよ」
「ふーん」
麗奈は私を見つめたあと、淡々と言った。
「夢が大きいのはいいけど、現実もちゃんと見た方がいいと思うよ」
一瞬、言葉に詰まった。
隣にいた友達が心配そうに私を見る。けれど、瑠夏は「まあまあ、麗奈!」と笑いながら手を振った。
「そんな真面目に言わなくてもいいじゃん! 萌花ちゃん、頑張ってるんだもんね?」
「……うん」
私は小さく頷いた。
「応援してるよー!」
瑠夏は明るくそう言って、すぐに別の話題へ切り替えた。
それからはまた普通に会話が続いた。でも、さっきまでと同じようには笑えなかった。
夢を話すことが、いけないことなのかな。
そんな考えが頭をよぎって、私は慌てて首を横に振った。
違う。私は本気でアイドルになりたいんだ。だから練習している。それだけは、誰に何を言われても変わらない。
* * *
放課後。
帰り支度をしていると、机の上に置いていたプリントが床に落ちた。
「あっ!」
拾おうとした瞬間、近くにいた澪音が先にプリントを拾い上げた。
「これ、萌花ちゃんの?」
「うん! ありがとう」
受け取ろうとすると、澪音はプリントに目を落とした。
そこには、授業で書いた将来の夢についての作文が挟まっていた。
「あ、これ将来の夢のやつ?」
「そうだよ。授業で書いたの」
「へえ、見てもいい?」
「あ、うん。でも、ちょっと恥ずかしいな……」
そう言いながらも、私は断るほどのことでもないと思っていた。
澪音は作文をちらっと見て、すぐに私へ返した。
「そっか。アイドルになりたいんだね」
「うん」
「……本当に?」
その声は、それまでより少しだけ低かった。
「え?」
「いや、だって、アイドルって大変じゃん。なりたいって言うのは簡単だけど、実際になるのは難しいでしょ?」
澪音は笑顔を浮かべたまま、首を傾げた。
「途中で諦めちゃったら、ちょっと恥ずかしくない?」
胸が、きゅっと縮んだ。
「……私は、諦めるつもりはないよ」
自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。
澪音は一瞬だけ黙った。それから「そっか」と呟き、いつもの笑顔に戻った。
「じゃあ、頑張ってね!」
そう言って、瑠夏たちのところへ戻っていった。
私は手元のプリントを見つめた。
たしかに、夢を叶えるのは簡単じゃない。そんなことは、誰よりも自分が分かっているつもりだった。
それでも、他人に軽く言われると、思っていた以上に心に刺さる。
私はプリントを鞄にしまい、深呼吸をした。
「……大丈夫」
小さく呟いて、顔を上げる。
今日はこれからレッスンだ。嫌なことがあったからって、練習を休むわけにはいかない。
スタジオに向かう道を歩きながら、私はいつもより少しだけ強く、鞄の持ち手を握った。
夢を叶えたい。
その気持ちだけは、今日も変わらなかった。




