また会えて良かった
前世の3歳のとき、俺は両親に森に捨てられた。
今でこそ魔力の扱いが上達したが、赤子の頃は自制が効かなかった。人間では考えられない魔力量を有していたから、それを自制なく撒き散らしていたのだ。破壊神のようなものだ。
彼らは俺が怖かったのだろう。両親や周りの村人たちが俺を人間の住まう場所から隔離したのも仕方がなかった。俺はそう自分の感情に折り合いをつけていた。
それからはもう、人間のいる村には近づかなかった。
成長して魔力を上手く扱えるようになっても、もう近づくことはなかった。
人間である自分が、人間であることを人間に否定されることがあってはたまらなかった。
どうして自分みたいな異質な存在が生まれてきてしまったのだろう?
普通で良かった。
平穏が良かった。
こんなの、俺はちっとも望んでいなかった。
悪魔が俺のもとへやってくる。
人間を下等生物だと思っている彼らは、人間界の異質な存在である俺を面白がった。魔力量で序列を決める悪魔にとって、俺は格好の興味の的だった。
精霊が俺のもとへやってくる。
あなたに精霊界を助けてほしいと頼まれた。どうして俺に?と問えば、精霊たちはこう言った。「誰でも良かった。ただあなたの魔力がいちばん大きかったから」と。
神々が俺のもとへやってくる。
俺がどうしてか神の権能の管理下を外れていて、目に余る、気に食わないと言われた。そんなのあんまりだ、俺を誕生させたのはお前たち神々だろ?と言い返せば、じゃあ造り直すから「一度」死んでみてくれと言われた。
悪魔も、精霊も、神々も、やってきた。
彼らは俺のもとへやってきては好き勝手に言って襲いかかってきて、それからついでみたいに人間界を好き放題荒らして帰った。俺は誰もいない森の城の中で、彼らの理不尽に苦しむ人間たちの姿を遠く眺めていた。
皆んなが苦しまないよう、俺の魔法でその理不尽を払ったら?
俺には不幸にも、その力がある。
俺が人間界に降りかかる別種族からの理不尽をはねのけることがもしできたなら、その時皆んなは喜んでくれるかもしれない。
俺の存在を少なくとも、疎んじたりしないんじゃないかって。
───だから俺は、俺のもとへやってくる悪魔も精霊も神々も魔法ですべてねじ伏せた。
信じていた。誰かに自分が認めてもらえる、そう信じてやまなかった。
でも、俺は捨てたはずの期待をして、間違えてしまったのだ。
悪魔や神々を魔力で次々と打ち破る俺の姿が、人々の目にはどのように映るのか、想像の余地が足りていなかった。
そんなことをしていたから、当然にも、更に人間たちに恐れられた。
俺が永遠に人間の住まう世界を追放されて、魔王として恐れられる契機は自らつくりだしてしまったのだ。
それから、孤独だった。
悪魔も、精霊も、神々も俺のもとへやってくる。
でも、人間は1人も来ない。
俺が来てほしい同族は、誰も来ない。
だから───
『あ、あのっ、迷っちゃって……今晩泊めてくれませんか……?』
君がはじめて俺のもとへやって来て。
『ここここ、この前、家まで送っていただいたお礼です!ギルド様はスコーンはお好きですかっ…!?』
バスケットいっぱいのスコーンを抱えて、また俺に会いに来てくれて。
俺を「ギルド」と呼んでくれた君が、俺はたまらなく嬉しかったんだ。
*
「………ギルド様?」
呼ばれてはっと我にかえると、たった今回想していた前世の記憶の中の少女が、俺の目の前に居た。
ピンクブロンドに、湖のように透き通った水晶瞳。
俺が恋していたメアリそのもの。
村娘だった彼女は、今世では愛らしさと美しさを兼ね備えた立派な貴族令嬢だった。
メアリは心配そうに俺を見ていた。
「ギルド様、やはりお加減がすぐれませんか?もしそうならうちの侍医を…」
近くに居たメイドにヘルプアス!と手を上げかけたメアリに、俺は止めに入った。
「ああ、いえ!ちょっと…感傷にひたっていて。すみません」
慌てて俺は笑顔を浮かべた。こんな俺も、今世では名のあるジアディスト公爵家の長男である。まあジアディスト公爵家の嫡男だから、こうしてメアリともまた出会えたわけだが、ひとまずそれは置いておいて。
マナーレッスンのおかげか、前世の魔王時代では信じられないレベルで、笑顔をつくるのが得意になった俺を皆んな見てほしい。
魔王時代にこんな笑顔を浮かべてたら、『コッ、コイツ一体どんな恐ろしいことを考えてやがる…!?』みたいな変な勘繰りをされてそうだけどな。素直に笑える時代に恵まれたことに感謝。
「本当に大丈夫ですか?なんだか私、ギルド様が、つらそうな目をしている気がして」
違うんだ、メアリ。
また君に会えて涙腺崩壊してるけど、いきなり婚約者が初顔合わせで泣き出したら、絶対俺ウザいし気持ち悪いし、『えっヤバい人が私の婚約者になっちゃったみたい!?婚約破棄しよ!!』とか君に思われたら困るから、なんか色々こらえてんです!おらぁ!
「つらいだなんて。逆ですよ、逆。俺の婚約者がメアリ嬢のような素敵な女の子だと知って、俺は今とっても最高の気分なんです」
「は、はぇ…!」
メアリは顔を両手で押さえて、たじろいだ。椅子の上でちょっと後ろに下がって、俺から距離をとった。
警戒したように俺を見る。
やべぇ、距離感ミスったな!
なんか……!
なんか内から溢れ出る俺の「再会の感動をメアリに伝えたい欲」を誤魔化そうとした結果、全然誤魔化せてないってゆーか、むしろ悪化してないか俺?
好感度高いイケメンじゃないと許されなくない、ということはじゃあ許されないじゃん俺、セーブポイント戻らせてくだせぇ!
「ぎ、ギルド様って、その……意外です。サービスせ、精神?…旺盛、ですね……」
「違います違うんです。まったくの本心です。もし俺が犬だったなら今は尻尾ふって100回回ってるところです」
「え、え……それはえっと…すごい喜んでらっしゃいます……?」
「そりゃもう。今日は多分、嬉しくって、俺はその興奮冷めやらないで寝られなくて夜更かし突入、酒開けて月に乾杯します」
「お酒……?」
「間違えました、りんごジュースです」
前世でたまに悲しいときに酒飲んでたせいで、転生してからなんか埋められない恋しさみたいなものがあるのだ。今は子供だから、飲めなくて無性に酒が恋しい。え、アルコール中毒の始まりかもしれない、病院行こう。
いや、そうじゃなくて、それはどうでもよくて。
なんかさっきから俺は口を開くたびにアウトな発言が飛び出して、自分の首をしめてる気がするんだけど、気のせいだろうか。
うんもう駄目かもしれない。今日の俺は変態めいた発言しかできない。
だってメアリたんにまた会えて嬉し……、ん"ン"(咳払い)。失敬、また変態語録を増やすところだった。
いやメアリな?メアリにまた会えて嬉しかったんだよ。
俺は、二度と会えないと思ってたから。
もう叶わないと思ってたから。
だって───。
前世での彼女との最期の別れを思い出して、胸に鋭い痛みが走った。だがそんなのは知らないふりをして、俺は今のメアリ=ラ=モンヴォレットを見た。
おかしい点はいくつかある。
本来、俺とメアリがこんな形で再会できるはずはなかった。
だが、何かの偶然が重なって、こんなチャンスが転がりこんできた。
なら今世は………今度こそ、俺は上手くやってみせる。
そのためには、今のメアリをなんとか振り向かせてみせないとな。
俺はもう一度メアリを見た。
メアリはそっと口に手を添えて、「ええと、ええと…」と所在なさそうに視線を彷徨わせた。
かと思ったら、思い出したようにくすっと笑った。
「ギルド様は、その、ユニークな方なんですね。意外でした。淡々とされてる印象が勝手ながら私は強かったので……その、ええ、ふふ、意外です」
「……………」
今のところ「なんか分からないけど変な人」の印象しか得られてないみたいだけど、大丈夫か俺?




