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前世から好きな子が婚約者だった

かつて人間界に、人間でありながら人間の世界を追放された男がいた。


かの者は膨大な魔力を持ち、万象を見透かす夜色の瞳を用いた。彼は生前、悪魔を薙ぎ払い、神々を屈服させ、その圧倒的な力であらゆる種族に恐怖を植えつけた。


しかし一方で、彼は孤独だった。

人間たちと契約した不可侵の境界線の外側に建てた城でひっそりと静かに生涯を終えたという。

誰もが恐れ慄き、忌み嫌い、生涯近付くことのなかった孤独な存在。


彼はこう呼ばれた。

───魔王、と。

そう彼の名は

魔王ギルド=ディルファ………



……と、ここまでが人間界に伝わる魔王ギルド=ディルファの正史だ。


だが、彼も、どんなに恐れられたその人物も、いたって普通の男だった。

彼は生前に恋をしていた。叶わない恋だ。

人間が取り決めた不可侵領域を破って、魔王の巣窟と知らずに迷い込んだ、可哀想な少女にである。


ピンクブロンドの髪に、透き通るようなサファイアの瞳。彼女をひと目見て、身体に衝撃が走った。


一目惚れだった。


『あ、あのっ、迷っちゃって……今晩泊めてくれませんか……?』と涙を浮かべながら、頑張って歩けば人間の村が近かったのに、よりにもよって魔王城にノックしにきたときには、魔王は彼女の運の無さを哀れんだ。よりにもよって魔王と恐れられている俺のもとへ迷い込むなんて、なんて不憫な子なんだ……と彼は思った。

それにしても、健気で可憐でどタイプの見た目の女が「一晩泊めて欲しい」と自分の家にやってきたのだ。

こんなとき男のとる行動など、決まっている。


何をするかって?


『いや……家まで送るよ……』


チキった。


彼は転移魔法で彼女を送り届けた。送り届けた後、猛烈に後悔した。とんでもなく後悔した。魔王城の床で転げ回って、頭を打ってバカになった。


もう二度と会えないだろうなという落胆だとか、しかしきちんと理性で行動できた自分を評価したい気分だとか、色々葛藤したのち、恋心の苦しみが勝った。

もう一度会いたい、せめて名だけでも、と魔王は生まれてはじめて誰かを想う夜を明かした。


しかし意外にも、その機会はすぐに訪れた。

『この前、家まで送っていただいたお礼です!』と彼女はスコーンの入ったバスケットを手に抱えて再び魔王城を訪ねてきたのだ。


さすがに、腰を抜かした。

相手が魔王だと知っていて?

魔王なのに、それでも来るのか……と。


彼女は幸か不幸か、命知らずの女だったのである。


彼女はその後もちょくちょく魔王の彼のもとに、顔を出した。ふんわりと笑う彼女の笑顔にやられ、魔王はますます彼女にのめり込んでいった。表にこそ出さなかったが、恋心は静かに着実と育っていった。

そして、それは魔王の生涯において、やがて尽きない情熱へと化した。


そう。魔王が恋した、その彼女の名こそ───



「メアリたん……だと……?」

「……はい…?」


柔らかな陽差しのさしこむ、薔薇の庭園。

少し怪訝そうな表情を返したのは、俺の目の前に居る年端もいかない少女だった。ピンクブロンドの髪に、サファイアを秘めたような瞳。前世とそう変わらない、可憐な少女の姿がそこにあった。


ああ何だ彼女を見たときのこの感情、懐かしくて仕方ない。稲妻が走ったかのような衝撃だった。

メアリたん……マジか、転生してたのか……

「ギルドの婚約者を紹介するよ」と両親に連れ出されるまま来てみれば………なんてこった。


俺は混乱してきた頭を押さえ、もしかして俺の都合の良い夢なんじゃないかと目をこすった。消えてない。うん、居るなメアリ。居るよ、メアリたん。幻じゃないな。


もっと頭が混乱してきた。


「…いや待て嘘だろ…?メアリが俺の婚約者だと……?なんだこれ、幸せすぎかよ転生先……!前世の俺どんだけ徳積んだんだよ!いや魔王だったわ俺……残虐な魔王やってたんだわ……むしろその辺の雑草に生まれ変わるべき……いや雑草に失礼か……」

「あの……えっと……?」


婚約者との顔合わせで、いきなり取り乱し始めた俺を見て、メアリ……(失敬、まだ今世の彼女の名を聞いてなかったがひとまずおいておく)は、心配そうな顔をしていた。出会って早々に婚約者に対して奇行な態度をとるとは、俺はとんだ不良物件と思われたに違いないが、そんなことはおくびにも出さず彼女は俺に具合でも悪いのかと尋ねた。

メアリたん、相変わらず天使並みの優しさっす。大好きです。泣けてきた。


しかし周りの使用人たちの目もあるので、いつまでも感動にうちひしがれているわけにもいくまい。俺はなんとか表情を貴族特有のすまし顔に戻して、少しだけ笑みを足した。


「すみません、取り乱してしまって」

「いえ……あの、でも、本当に大丈夫です?なんだか、胸を押さえて痛そうなのですけど……?」

「ああ、大丈夫です。いたって幸福です」

「え?」

「間違えました。いたって元気です」

「よ、良かったです」


彼女がちょっと俺の扱いに困りながら、微笑む。前世の村娘スマイルも良かったけど、今世の令嬢スマイルもとても素敵だった。


いかん、彼女から見た俺の印象が今のところ最悪だ。自分を見るなりいきなり感極まり出した婚約者とか、第一印象が悪いにもほどがある。

駄目だ、俺。もっときちんとするんだ。前世のことはいったん置いておいて、目の前の彼女からの信頼を勝ち取るべく、ひとまず冷静になろう。


俺はなんとか自分を落ち着かせ、深呼吸した。まだ済ませていなかった自己紹介から入ることにした。


「初めまして。俺は、ジアディスト公爵家が長男、ギルド=ジアディストと申します。貴方にお会いできて光栄です、モンヴォレット嬢」


彼女の手を取り、もう片方の手を自分の胸にあてて俺は深々と頭を下げた。

貴族のマナーであって、俺が触りたかったわけじゃないぞ、そうだぞ、そこんとこよろしく頼むな?


「ええ、こちらこそ。お初にお目にかかります、お会いできて光栄にございます。ギルド様。私、メアリ=ラ=モンヴォレットと申しま───」


メアリが目をパチクリした。原因は、俺だ。


「どうかされたのですか、ギルド様?」

「いや、何でもない………」

「でも胸を押さえておりますから……やはりどこか具合でも悪いんじゃ……?」

「……いや」

「でもでも、目に涙が……やはりどこかお痛いのでは…っ?」

「……ダイジョウブ」


名前まで一緒とかッッ!!!(迫)

なんだよ……なんかもう俺の情緒殺しにきてるんだが、神のうちの誰かが思いついた俺の新手の殺し方なんじゃないよな……。

だとしたら、昔いじめてごめんって、神の誰か。許してくれ。


このままだと俺、情緒不安定で死ぬ……。


前世から好きな子が婚約者だなんて、幸せで死ねと言われているようなものだ。


───だって、前世では()()()()()()()()()


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― 新着の感想 ―
めっちゃ面白いです!! 続きがきになる!!
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