『五年後の鉛筆』第9回 ✲ 信用ログが君の人生を殺す日 ――未来はミサイルでは来なかった。スマホの通知で来た。そして僕の鉛筆は、七十二歳の朝、震えながら転がった――
✦『五年後の鉛筆』第9回
✲ 信用ログが君の人生を殺す日
――未来はミサイルでは来なかった。
スマホの通知で来た。
そして僕の鉛筆は、
七十二歳の朝、
震えながら転がった――
………
■冒頭の決め台詞
五年後、
君は二十三歳になったとする。
就活は終わっていない。
むしろ、
本番はそこから始まっていた。
誰も言わなかった。
「今日から信用評価社会です」
政府も言わなかった。
Googleも言わなかった。
ソフトバンクも言わなかった。
Xも、
Metaも、
楽天も、
通信会社も、
決済会社も、
そんなことは言わなかった。
ただ、
静かに微笑んだ。
便利ですよ。
安全ですよ。
不正を防ぎますよ。
迷惑客を
減らしますよ。
あなたに合った求人を
出しますよ。
あなたに合った病院を
案内しますよ。
あなたに合った物件を
紹介しますよ。
あなたに合った人生を、
AIが少しだけ手伝いますよ。
そう言われて、
人々はうなずいた。
だが、
ある朝、
君は気づく。
スマホの画面が、
君の値札になっていることに。
朝の動画スクロール。
夜中の匿名投稿。
友だちとの愚痴DM。
AIへの弱音。
就活サイトの検索履歴。
返信の遅れ。
キャンセル履歴。
支払い履歴。
健康アプリの空白。
それらが全部、
見えない点数になっていた。
病院の予約が
取れない。
安い家賃の物件に
落ちる。
AI面接で、
理由も分からず
弾かれる。
副業アプリで、
表示順位が下がる。
クレカの限度額が、
静かに半分になる。
「君のログだと、ちょっと……」
誰も怒鳴らない。
誰も説明しない。
ただ、
画面が君を後回しにする。
五年後、
七十二歳になった僕は、
そのニュースを見て、
指先に汗をかいた。
昔、
危ないカードに
手を伸ばす前に、
指先が先に気づくという
話を読んだ。
✲アイオワ・ギャンブル課題
あれと同じだった。
この社会は、
天国なのか。
それとも、
点数付きの監獄なのか。
僕には分からなかった。
だから、
いつものように鉛筆を転がした。
ただし、
今度の鉛筆はAIだった。
………
★目次
■第1章
未来は、
宣言されずに来ていた
■第2章
最初に弾かれたのは、
就活サイトだった
■第3章
トヨタの道路から、
ソフトバンクの雲へ
■第4章
キオクシアは、
AI社会の記憶倉庫だった
■第5章
Googleは検索ではなく、
人間の不安を読んでいた
■第6章
Xには、
未来の悲鳴が先に流れていた
■第7章
岡田斗司夫さんの評価経済が、
君のスマホに来た
■第8章
就職一択が古くなり、
単職が危なくなった
■第9章
ジャンルごと
無料化される時代
■第10章
ホルムズ後の世界では、
全員に同じ豊かさを配れない
■第11章
配給切符は、
スマホの中の信用ログになった
■第12章
ベーシックインカムは配られても、
信用は配られない
■第13章
信用スコア低下通知
■第14章
七十二歳の僕も、
読まれる側だった
■第15章
五年後の鉛筆は、
命綱だった
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソンの、
やすきよ漫才風
――信用ログ社会で、
迷子シニアは生き残れるのか――
………
■第1章
未来は、
宣言されずに来ていた
未来は、
爆発音で来るとは限らない。
ミサイルでもない。
戦車でもない。
国会中継でもない。
未来は、
アプリの更新通知で来る。
「利用規約が
変更されました」
「より安全な
サービスのために」
「本人確認を
強化しました」
「あなたに
最適なおすすめを
表示します」
この四つの言葉ほど、
現代人を油断させるものはない。
安全。
便利。
最適。
おすすめ。
どれも優しい顔をしている。
だから人は疑わない。
むしろ喜ぶ。
病院の予約が楽になった。
通販が早くなった。
仕事の候補が自動で出る。
地図アプリが
混雑を避けてくれる。
AIが
書類を読んでくれる。
AIが
面接してくれる。
AIが
自分に合った働き方を
提案してくれる。
ありがたい。
本当にありがたい。
だが、
便利という言葉には、
小さな針が入っている。
便利にするためには、
人間を読まなければならない。
この人は、
何を欲しがるか。
何を恐れるか。
何を検索するか。
何に怒るか。
何を途中でやめるか。
約束を守るか。
支払いは遅れないか。
人を攻撃しないか。
すぐ投げ出さないか。
AIをどう使うか。
つまり、
社会は便利にするために、
人間を読み始めた。
そして五年後、
人間は気づく。
読まれていたのは、
商品ではなかった。
自分だった。
………
■第2章
最初に弾かれたのは、
就活サイトだった
君は二十三歳だとする。
大学を出た。
いや、
正確には、
出る予定だった。
単位はなんとか足りそうだった。
親には、
「就活どう?」
と聞かれる。
友だちには、
「もう内定出た?」
と聞かれる。
SNSでは、
「第一志望から
内定いただきました!」
という投稿が流れてくる。
君は笑う。
スマホの画面に向かって、
小さく笑う。
「おめでとう」
そう打とうとして、
やめる。
親指が止まる。
その日の夜、
君は就活アプリを開いた。
おすすめ求人。
AI適性診断。
自動マッチング。
便利そうな文字が並んでいた。
しかし、
画面の下に小さな表示が出た。
「あなたへの
推薦順位は
現在低下しています」
意味が分からなかった。
理由を見ようとする。
だが、
理由は出ない。
「総合的な評価に基づきます」
✲総合的
この言葉ほど、
何も説明していないのに、
説明した顔をする言葉はない。
君はAIチャットに聞いた。
「なぜ推薦順位が下がったの?」
AIは答えた。
「過去の応募傾向、
返信速度、
学習履歴、プ
ロフィール完成度、
外部連携データなどを
総合的に
判断している可能性があります」
可能性。
また出た。
可能性という名の霧。
君は思った。
「俺の何を知ってるんだよ」
しかし、
画面は答えなかった。
父も怒らない。
先生も怒らない。
会社の人事も怒らない。
ただ、
君を表示しない。
これが、
五年後の入口だった。
クビになったのではない。
最初から、
見えない棚の下へ置かれたのだ。
………
■第3章
トヨタの道路から、
ソフトバンクの雲へ
七十二歳の僕は、
そのニュースを見ていた。
日本の時価総額ランキング。
一位はまだトヨタだった。
車。
道路。
工場。
部品。
輸出。
トヨタは、
日本の戦後を走らせた会社である。
車は自由だった。
車は家族旅行だった。
車は地方の足だった。
車は出勤だった。
車は日本経済そのものだった。
だが、
画面の二位に、
ソフトバンクが迫っていた。
通信。
AI。
投資。
Arm。
データセンター。
クラウド。
人間を道路で動かすのではない。
人間の行動ログを雲へ運ぶ会社。
僕は思った。
市場は、
すでに気づいている。
昔の王様は、
道路を握った。
これからの王様は、
ログを握る。
トヨタは、
人間の身体を動かした。
ソフトバンクは、
人間の毎日を雲へ運ぶ。
道路の時代から、
ログインの時代へ。
ガソリンの時代から、
データの時代へ。
ハンドルの時代から、
本人確認の時代へ。
もちろん、
車はなくならない。
人間はこれからも移動する。
だが、
移動する前に、
社会はこう聞く。
あなたは
誰ですか。
あなたは
信用できますか。
あなたは過去に
何をしましたか。
あなたは何を
検索しましたか。
あなたは何を
続けましたか。
あなたは何を途中で
投げ出しましたか。
その問いを握る会社が、
五年後の道路会社になる。
道路は、
もう地面だけにない。
雲の上にもある。
そして、
雲の上の道路には、
料金所がある。
名前は、
信用ログ。
………
■第4章
キオクシアは、
AI社会の記憶倉庫だった
キオクシアという会社がある。
東芝から生まれた、
記憶の会社である。
メモリ。
半導体。
データ。
AIが考えるには、
記憶がいる。
人間もそうだ。
昨日を覚えていなければ、
今日の自分が分からない。
AIも、
記憶なしには社会を読めない。
トヨタは、
人間の身体を動かした。
ソフトバンクは、
人間のログを運んだ。
キオクシアは、
そのログを記憶する。
僕は株価を見ながら思った。
これは
単なる半導体相場ではない。
AI社会の心臓は計算で、
AI社会の血管は通信で、
AI社会の記憶はメモリである。
そして、
信用ログ社会では、
記憶を握る者が強い。
人間は忘れる。
社会は忘れない。
若い頃の投稿。
支払いの遅れ。
キャンセル。
炎上。
AIへの相談。
健康ログの空白。
全部が残るかもしれない。
人間が忘れたいことを、
社会が覚えている。
これは便利なのか。
それとも罰なのか。
僕は画面を閉じた。
だが、
閉じても記憶は消えない。
スマホは暗くなっただけで、
社会の記憶倉庫は
動き続けていた。
………
■第5章
Googleは検索ではなく、
人間の不安を読んでいた
Googleは、
検索会社だと思っていた。
昔は、
調べものをする場所だった。
「近くのラーメン屋」
「新宿御苑 行き方」
「相続 印鑑証明 何通」
「豚キムチ 簡単 レシピ」
「血圧 高い 朝 原因」
「AI 小説 書き方」
僕は、
いろいろ聞いた。
Googleは答えた。
ありがたい。
本当にありがたい。
だが、
五年後になると、
検索は単なる検索ではなくなる。
何を検索したかは、
その人が
何を不安に思っているかである。
どこを検索したかは、
その人が
どこへ行きたいかである。
何度も検索した言葉は、
その人の悩みである。
検索窓は、
人間の心の入口だった。
君が夜中に検索した言葉。
「仕事 辞めたい」
「AI 面接 落ちた 理由」
「信用スコア 下げない方法」
「家賃 審査 落ちた」
「匿名アカウント バレる?」
その一つ一つが、
君の不安の足跡になる。
もちろん、
すぐに
罰せられるわけではない。
すぐに
点数が出るわけでもない。
しかし、
社会は覚える。
広告が変わる。
おすすめが変わる。
求人が変わる。
ローンの案内が変わる。
保険の提案が変わる。
君の前に出てくる未来が、
少しずつ変わる。
Googleは
未来を当てているのではない。
君が未来の材料を、
毎晩差し出しているのだ。
検索という形で。
僕は思った。
検索は、
令和の写経かもしれない。
毎朝、
何を問うか。
その問いが、
五年後の自分を作る。
………
■第6章
Xには、
未来の悲鳴が先に流れていた
Xは騒がしい。
怒り。
煽り。
陰謀論。
自慢。
嫉妬。
誤情報。
切り抜き。
炎上。
まともに全部読んでいたら、
脳が焦げる。
しかし、
その騒音の中に、
未来の悲鳴が混じっている。
ある投稿が流れてきた。
「AI面接、
落ちた理由が
“コミュニケーションスコア低め”
って出た。
俺の何を知ってるんだよ」
別の投稿。
「信用スコア意識し始めてから、
友達の愚痴すら
DMで打てなくなった。
これ生きてるって言える?」
また別の投稿。
「ベーシックインカムは
配られても、
信用は配られない。
ここが一番怖い」
さらに別の投稿。
「昔は
近所のおばちゃんが
信用を見てた。
今はGoogleマップと
決済履歴と
レビューが見てる」
僕は画面を見ながら、
少し黙った。
これは、
ただの投稿ではない。
未来の生活音である。
庶民は、
理論より先に痛みを出す。
新聞の一面になる前に、
Xの片隅で震えが出る。
証券会社時代、
僕は板を読んでいた。
今はXを読む。
昔は
株価の気配値を見た。
今は
人間の不安の気配値を見る。
Xは真実ではない。
だが、
問いの宝庫である。
そして僕は、
その問いをAIへ投げる。
それが、
七十二歳の鉛筆である。
………
■第7章
岡田斗司夫さんの評価経済が、
君のスマホに来た
岡田斗司夫さんの
「評価経済社会」
という考え方がある。
お金だけではなく、
評価や信用が
価値を持つ社会。
最初に聞いた時、
僕は少し変な話だと思った。
元証券マンである。
どうしても金を見る。
株価を見る。
配当を見る。
利回りを見る。
しかし、
五年後のスマホを見ていると、
評価経済社会は、
思想ではなく、
画面になっていた。
フォロワー数。
レビュー。
返信速度。
納期遵守率。
支払い履歴。
キャンセル率。
投稿の言葉遣い。
炎上歴。
AIへの質問履歴。
健康ログ。
これらが、
人間のまわりに
薄い膜のように張りつく。
昔は会社名が
信用だった。
次にクレジットカードが
信用だった。
そして五年後、
毎日のログが
信用になる。
怖い。
だが、
希望もある。
信用は、
才能だけで決まらない。
小さく積める。
約束を守る。
読まれてもいい一行を書く。
人を攻撃しない。
分からない時に聞き直す。
AIを道具として使う。
自分の下品を笑いに変える。
それもログになる。
岡田さんの評価経済社会は、
遠い未来の話ではなかった。
君のスマホに、
もう来ていた。
………
■第8章
就職一択が古くなり、
単職が危なくなった
働くことは大事である。
これは間違いない。
人間は、
誰かに必要とされると、
少し背筋が伸びる。
だが、
就職一択は古くなった。
さらに、
単職一択も危なくなった。
一つの会社。
一つの資格。
一つの仕事。
一つの業界。
そこへ人生を全部預ける。
昭和なら、
それは安定だった。
令和では、
それがリスクになる。
なぜなら、
仕事のジャンルごと
無料化されるからだ。
昨日まで
有料だったものが、
今日、AIでできる。
昨日まで専門家に
頼んでいたものが、
今日、テンプレでできる。
昨日まで小さな会社が
請け負っていた仕事が、
今日、
巨大プラットフォームの
無料機能になる。
ホームページ作成。
翻訳。
ロゴ。
資料作成。
契約書のひな形。
データ整理。
初歩的なプログラム。
全部が消えるとは言わない。
だが、
真ん中が削られる。
上には超一流。
下には無料AI。
その間にいた普通の人たちが、
一番揺れる。
君は思うかもしれない。
「じゃあ
何をすればいいの?」
僕も分からない。
だから鉛筆を転がす。
一つの太いロープではなく、
細い糸を十本持つ。
本業。
副業。
発信。
AI活用。
地域のつながり。
健康。
信用。
小さな販売。
教える力。
書く力。
未来に半年前に気づく力。
これが多職の時代である。
儲けろ、
という話ではない。
落ちないための話である。
………
■第9章
ジャンルごと無料化される時代
無料という言葉は、
甘い。
無料で
文章が作れる。
無料で
画像が作れる。
無料で
翻訳できる。
無料で
ホームページが作れる。
無料で
相談できる。
無料で
コードが書ける。
ユーザーから見れば、
ありがたい。
僕もありがたい。
七十二歳の僕が、
AIと小説を書けるのも、
この無料化と低価格化の
おかげである。
だが、
無料という言葉の裏側には、
誰かの売上が消える音がある。
スマホの画面で、
「無料で作成できます」
というボタンが光る。
その瞬間、
どこかの小さな会社の売上が、
音もなく消える。
これは残酷である。
しかし、
便利でもある。
社会はいつも、
便利さの方へ流れる。
だから、
止めることは難しい。
ならば、
早く気づくしかない。
自分の仕事は、
無料化されるか。
自分の技術は、
テンプレ化されるか。
自分の知識は、
AIに吸われるか。
自分の強みは、
人間関係や信用ログと
結びついているのか。
ここを考える。
未来は、
いきなり来ない。
小さな
無料ボタンとして来る。
そのボタンを見た時、
ただ喜ぶだけでなく、
こう考える。
この無料の裏で、
誰の仕事が消えているのか。
そして、
次は自分の番ではないのか。
その冷や汗が、
未来格差を逆手に取る
第一歩になる。
………
■第10章
ホルムズ後の世界では、
全員に同じ豊かさを配れない
ホルムズ海峡が封鎖される。
そういうニュースが
流れるたびに、
人々は原油価格を見る。
ガソリンが上がる。
電気代が上がる。
物流が詰まる。
食品が値上がりする。
もちろん、
それも大事である。
しかし、
本当に怖いのはその先だ。
燃料が足りない。
医薬品が足りない。
食料が足りない。
配送枠が足りない。
病院予約が足りない。
電力が足りない。
全部を全員へ
同じようには配れない。
その時、
社会はどうするのか。
並ばせるのか。
抽選にするのか。
先着順にするのか。
金持ち順にするのか。
それとも、
信用ログ順にするのか。
ここが怖い。
信用評価社会は、
便利なIT社会から
生まれるだけではない。
資源が足りない時代に、
配分の道具として生まれる。
誰に
先に燃料を回すか。
誰の
配送を優先するか。
誰の
病院予約を通すか。
誰に
融資するか。
誰の
AI処理を優先するか。
ここに信用ログが使われる。
それは配給ではない、
と政府は言うかもしれない。
だが庶民は知っている。
これは、
見えない配給制である。
配給切符は紙ではない。
スマホの中にある。
信用ログという名前で。
………
■第11章
配給切符は、
スマホの中の信用ログになった
昔の配給には、
切符があった。
米。
砂糖。
燃料。
紙の切符。
人はそれを持って並んだ。
五年後の配給には、
紙の切符がない。
アプリがある。
予約画面がある。
本人確認がある。
優先順位がある。
このサービスは、
現在ご利用いただけません。
この配送枠は、
満員です。
この予約は、
条件を満たしていません。
この価格は、
あなたの利用状況に基づいて
表示されています。
静かである。
実に静かである。
怒鳴る人はいない。
窓口の人もいない。
ただ、
画面が人を分ける。
僕は思う。
これは、
令和の配給切符ではないか。
しかも、
その切符は、
自分でも見えない。
どこで
点がついたのか。
どこで
下がったのか。
どこで
優先されたのか。
どこで
後回しにされたのか。
分からない。
だから、
信用ログ社会は怖い。
だが、
逃げるだけでは間に合わない。
ログを読まれるなら、
自分でログを育てるしかない。
小さく続ける。
約束を守る。
AIに聞き直す。
怒りを投稿ではなく
物語にする。
人を攻撃しない。
自分の弱さを隠さない。
それが、
五年後の配給切符に
なるかもしれない。
………
■第12章
ベーシックインカムは
配られても、
信用は配られない
ベーシックインカムが
始まるかもしれない。
毎月六万円。
働いても六万円。
働かなくても六万円。
生まれた赤ん坊にも六万円。
それは救いになる。
働けない人を守る。
病気の人を守る。
子育て中の人を守る。
介護する人を守る。
AIに仕事を奪われた人を守る。
だから、
ベーシックインカムを
否定したいわけではない。
問題は、
その先である。
お金は配られるかもしれない。
だが、
信用は配られない。
ベーシックインカムは、
食べるための最低限をくれる。
でも、
誰かに呼ばれる力は
くれない。
誰かに信用される履歴は
くれない。
自分が何を続けたかは、
自分で作るしかない。
六万円で命はつながる。
だが、
意味までは買えない。
ここを間違えると、
人間は基礎消費者になる。
食べる。
買う。
動画を見る。
怒る。
寝る。
また買う。
それだけで一日が終わる。
僕はそれが怖い。
働かなくてもいい時代に、
何もしない人は透明になる。
透明にならないために、
僕は書く。
AIに聞く。
鉛筆を転がす。
それが、
僕の小さな信用労働である。
………
■第13章
信用スコア低下通知
君は二十五歳に
なっていたとする。
ある日、
スマホに通知が来る。
「信用評価に変動があります」
最初は迷惑メールだと思った。
だが違った。
就活アプリ。
副業プラットフォーム。
賃貸審査。
クレジットカード。
健康保険アプリ。
複数のサービスが連携していた。
理由は出ない。
ただ、
表示順位が
下がる。
面接案内が
減る。
シェアハウスの審査に
落ちる。
カード限度額が
半分になる。
病院のオンライン予約で、
希望時間が
出にくくなる。
君はAIに聞く。
「なぜ
信用評価が下がったの?」
AIは答える。
「過去の
外部アカウントにおける
ネガティブ表現、
返信遅延、
支払い履歴、
キャンセル傾向、
健康ログの欠落などが
総合的に評価された
可能性があります」
可能性。
総合的。
外部アカウント。
君の背中に、
冷たい汗が流れる。
昔の匿名アカウント。
夜中の愚痴。
友だちへの怒り。
投げやりな投稿。
「もう働きたくない」
「社会終われ」
「全部だるい」
ただの愚痴だった。
若さの
吐き出しだった。
誰かを本気で
傷つけるつもりはなかった。
だがAIは、
冗談と本音の区別をしない。
文脈も、
涙も、
夜中の孤独も、
きれいには読んでくれない。
ただ、
ログとして読む。
君はスマホを握った。
初めて思った。
未来は、
自分の発言を
忘れてくれないのか。
その時、
七十二歳の僕は、
小説の中から君に言う。
だから今から、
読まれてもいい一行を残せ。
怖がるだけではだめだ。
ログを奪われる前に、
自分でログを書け。
………
■第14章
七十二歳の僕も、
読まれる側だった
信用ログ社会は、
若者だけの話ではない。
老人も例外ではない。
僕のような七十二歳も、
読まれている。
健康アプリ。
歩数。
血圧。
体重。
睡眠。
通院履歴。
買い物。
支払い。
移動。
AIへの質問。
家族との連絡。
投稿。
小説。
カラオケ。
ゲーム。
全部が、
少しずつログになる。
昔なら、
老人は会社を辞めたら、
社会の評価から少し外れた。
隠居。
余生。
年金生活。
しかし五年後は違う。
老人もログを持つ。
良いログもあれば、
悪いログもある。
怒鳴る老人。
説教する老人。
自慢する老人。
クレームばかりの老人。
すぐ炎上する老人。
こういう老人は、
静かにミュートされる。
ホワイト社会では、
怒鳴る老人は
消音される。
説教する老人は
スクロールされる。
自慢する老人は
閉じられる。
だが、
自分の下品を
笑いに変える老人は、
少しだけ残る。
僕は、
そこを目指したい。
神シニアではない。
中品の善知識でも
ないかもしれない。
せいぜい、
迷子シニアである。
だが、
迷子でも、
毎日一行書けば、
足跡は残る。
そして足跡は、
五年後、
信用ログになるかもしれない。
………
■第15章
五年後の鉛筆は、命綱だった
六十七歳の僕は、
鉛筆を転がして生きてきた。
説明書が読めなかった。
父に怒られた。
支店長に怒られた。
ゲームで娘に怒られた。
それでも、
止まらないために、
鉛筆を転がした。
五年後、
その鉛筆は、
命綱になっていた。
AIに聞く。
分からないと言う。
聞き直す。
小説にする。
投稿する。
直す。
また聞く。
また書く。
その繰り返しが、
僕の信用ログになる。
信用格差社会は
怖い。
未来格差社会も
怖い。
クレジット社会も
怖い。
Googleやソフトバンクや
XやMetaが、
人間を見下ろす社会は、
かなり怖い。
だが、
怖いから目を閉じても、
社会は変わらない。
ならば、
逆手に取る。
読まれるなら、
読まれてもいい一行を残す。
評価されるなら、
評価されても笑える行動を積む。
信用ログになるなら、
自分でログを書きにいく。
僕は、
信用評価社会を
作る側ではない。
作られる側である。
だが、
作られるだけでは
終わらない。
AIという鉛筆で、
自分の弱さを、
自分の物語に変えていく。
未来格差とは、
未来を当てる力ではない。
未来が来る前に、
震えて動く力である。
震えたなら、
鉛筆を転がせ。
君の鉛筆は、
まだ転がせる。
………
❥Z世代のあなたへ
怖がるな。
でも、
甘く見るな。
五年後、社会は
君を履歴書だけで見ない。
どの大学を出たか。
どの会社に入ったか。
それも見られる。
でも、
それだけではない。
何を続けたか。
何を発信したか。
誰を助けたか。
何を学び直したか。
AIをどう使ったか。
分からない時に、
分からないと言えたか。
怒った時に、
誰かを傷つけずに済んだか。
そういう小さな履歴が、
君の信用ログになる。
怖い時代である。
でも、
希望もある。
信用は、
才能だけで決まらない。
毎日、
小さく積める。
一発逆転を狙うな。
毎日一行でいい。
書け。
読め。
聞け。
直せ。
助けろ。
未来に半年前に気づけ。
就職だけを
人生の主語にするな。
単職に
全賭けするな。
細い糸を増やせ。
AIを相棒にしろ。
そして、
自分の鉛筆を手放すな。
君は
ただのログではない。
自分で書いた物語の
主人公でいろ。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの、
やすきよ漫才風
――信用ログ社会で、
迷子シニアは
生き残れるのか――
ホームズ
「ワトソン君、
今回の事件は
信用ログ殺人未遂事件だ」
ワトソン
「いきなり物騒ですな」
ホームズ
「信用ログが
人生を殺しかねない時代だ」
ワトソン
「スマホの中の点数で、
就職も家も病院も変わると」
ホームズ
「そうだ」
ワトソン
「怖すぎますやん」
ホームズ
「だが、便利でもある」
ワトソン
「出た。便利なディストピア」
ホームズ
「未来は悪魔の顔では来ない。
便利な顔で来る」
ワトソン
「トヨタの時代から
ソフトバンクの雲へ、
という話もありましたな」
ホームズ
「道路の時代からログの時代だ」
ワトソン
「キオクシアは?」
ホームズ
「AI社会の記憶倉庫だ」
ワトソン
「Googleは?」
ホームズ
「検索窓に見せかけた
未来の問診票だ」
ワトソン
「怖いこと言いますな」
ホームズ
「検索とは、
人間が自分の不安を
差し出す行為だからな」
ワトソン
「では、
六十七歳のじいさんは
どうすれば?」
ホームズ
「鉛筆を転がせ」
ワトソン
「また鉛筆」
ホームズ
「AIに聞き、
書き、直し、続ける。
それが信用ログになる」
ワトソン
「Z世代へ一言」
ホームズ
「未来が来てから絶望するな。
半年前に震えろ」
ワトソン
「六十七歳のじいさんへ一言」
ホームズ
「まずログインパスワードを
忘れるな」
ワトソン
「やっぱり最後はそこかい!」
――つづく。




