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『五年後の鉛筆』第8回 ✲ 説明書が読めなかった少年 ――僕は賢く生きたのではない。鉛筆を転がして、止まらない方法を覚えただけだった――

✦『五年後の鉛筆』第8回


✲ 説明書が読めなかった少年


――僕は賢く生きたのではない。

 鉛筆を転がして、

 止まらない方法を

 覚えただけだった――


………


僕は、説明書を読んで

人生を組み立てられる

人間ではなかった。


箱の中の部品と、

折りたたまれた

説明書を見るだけで、

頭の中に白い霧が降りた。


父は言った。


「なんで、

 こんなことも分からんのか!」


証券会社に入ると、

支店長も言った。


「考えろ!」


だが僕は、

考えれば考えるほど、

足が止まる人間だった。


だから僕は、

鉛筆を転がした。


右へ転がれば右へ行く。

左へ転がれば左へ行く。


賢い方法ではなかった。


でも、崖の前で

立ち止まるよりはましだった。


六十七歳になった今、

僕の前にAIが現れた。


最初は、

賢い人の道具だと思った。


でも違った。


AIは、

僕にとって、

二本目の鉛筆だった。


昔の鉛筆は、

僕の足を動かした。


今の鉛筆は、

僕の人生を

文章にしてくれる。


これは、

頭のいい老人が

AIを使いこなす話ではない。


これは、

説明書が読めなかった少年が、

六十七歳になって、

ようやく

自分の人生の組み立て方を

見つける話である。


………


★目次


■第1章

 僕は説明書が読めなかった


■第2章

 父の「なんで分からんのか」で、

 頭は真っ白になった


■第3章

 証券会社でも、

 支店長の声が飛んできた


■第4章

 頭のいい人は地図を読む。

 僕は鉛筆を転がした


■第5章

 鉛筆は、考えない道具ではなく、

 止まらない道具だった


■第6章

 新井紀子さんの本に、

 昔の僕がいた


■第7章

 AIが奪うのは仕事ではなく、

 最初の一段目かもしれない


■第8章

 六万円より先に、

 読める力がいる


■第9章

 読めない大人市場が始まる


■第10章

 AIは神様ではない。

 令和の鉛筆である


■第11章

 分かったふりが、

 一番危ない


■第12章

 SNSには答えではなく、

 庶民の悲鳴がある


■第13章

 鉛筆型AI作家という生き方


■第14章

 Z世代よ、賢いふりをするな。

 止まらない工夫を持て


■第15章

 五年後の鉛筆は、

 誰かの手にも転がっている


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの、

やすきよ漫才風


 ――鉛筆を転がす老人は、

  AIを転がせるのか――


………


■第1章

 僕は説明書が読めなかった


僕は昔から、

説明書が苦手だった。


おもちゃでも、

家電でも、

インターネットの接続でも、

説明書を開いた瞬間に、

頭の中へ白い霧が降りた。


まず、

どこから読めばいいのか

分からない。


次に、

どの部品がどれなのか

分からない。


そして、

読み進めているうちに、

自分が何を作ろうとしていたのかも

分からなくなる。


説明書は、

頭のいい人には道案内である。


だが僕には、

迷路だった。


子どもの頃、

父はよく怒った。


「なんで、

 こんなことも分からんのか!」


この言葉は、

なかなか強い。


一度刺さると、

六十七歳になっても、

時々、頭の奥で鳴る。


今でも、

スマホの設定画面で迷うと、

どこかから父の声が聞こえる。


「なんで分からんのか!」


いや、

分からんものは分からん。


そう言い返せればよかった。


しかし子どもの頃の僕は、

言い返せなかった。


ただ固まった。


人間は、

怒られすぎると、

賢くなるとは限らない。


固まる。


頭の中で、

小さなブレーカーが落ちる。


そして、

分かっていないのに、

分かった顔をする。


これが危ない。


だが当時の僕には、

それしかなかった。


分からないと言えば

怒られる。


分かったふりをしても

怒られる。


どちらにしても

怒られるなら、

とにかく

一歩だけ動くしかない。


そこで、

僕の人生に鉛筆が登場した。


………


■第2章

 父の「なんで分からんのか」で、 

 頭は真っ白になった


父は、

僕を鍛えようとしたのだと思う。


悪意だけではなかったのだろう。


しかし、

鍛え方には相性がある。


鉄を叩けば

刀になるかもしれない。


だが、

豆腐を叩けば崩れる。


僕はたぶん、

子どもの頃、

かなり豆腐寄りだった。


父が怒る。

僕は固まる。


父はさらに怒る。

僕はさらに分からなくなる。


すると父は、

もっと大きな声を出す。


そして僕の頭の中は、

白くなる。


これは、

勉強ができるとか、

できないとかの話ではない。


説明の入口で止まるのだ。


部品の名前が分からない。


順番が分からない。


右と左を間違える。


一つ間違えると、

そのあと全部が怖くなる。


すると、

説明書の文字が

文字ではなくなる。


黒い虫の行列みたいに見える。


僕はその行列を見ながら、

ただ思った。


「早く終わってくれ」


この感覚を、

頭のいい人に

説明するのは難しい。


頭のいい人は言う。


「読めば分かるでしょ」


読めば分かる人は、

そう言う。


しかし、

読めない人間は、

読む前に固まる。


これが、

僕の出発点だった。


………


■第3章

 証券会社でも、

 支店長の声が飛んできた


社会に出ても、

この性質は消えなかった。


証券会社に入った。


相場。

銘柄。

金利。

債券。

投資信託。


顧客対応。

上司への報告。

電話。

ノルマ。


毎日が説明書だった。


しかも、

その説明書は、

父の家の説明書より怖かった。


なぜなら、

お金が絡むからである。


間違えれば、

客が怒る。

上司が怒る。

支店長が怒る。


そして、

自分の胃が痛くなる。


支店長は言った。


「考えろ!」


しかし僕は、

考えれば考えるほど、

足が止まった。


証券会社にいるのに、

相場より先に、

自分の頭が暴落する。


困ったものである。


それでも、

僕は三十八年働いた。


なぜ続いたのか。


頭がよかったからではない。


説明書が読めたからでもない。


暗黙知の達人だったからでもない。


僕は、

職人のように、

音で全部分かる人間でもなかった。


ただ、

崖っぷちで止まらない方法を、

少しだけ持っていた。


それが、

鉛筆だった。


………


■第4章

 頭のいい人は地図を読む。

 僕は鉛筆を転がした


頭のいい人は、

地図を読む。


目的地を決める。

道順を調べる。

時間を計算する。

持ち物を確認する。


そして、

きちんと出発する。


僕は違った。


地図を見る。

固まる。

道が多すぎる。

駅名が多すぎる。

乗り換えが多すぎる。


どこへ行けばいいか分からない。


そこで、

鉛筆を転がす。


右なら右へ行く。

左なら左へ行く。


一見、

いい加減である。


いや、

かなりいい加減である。


でも、

僕にとって鉛筆は、

考えないための道具ではなかった。


止まらないための道具だった。


ここが大事である。


人間は、

正解が分からない時、

動けなくなる。


動けなくなると、

さらに怖くなる。


怖くなると、

さらに分からなくなる。


この悪循環を断ち切るために、

僕は鉛筆を転がした。


正しい道を選ぶためではない。


まず一歩、

足を出すためである。


僕は、

賢く人生を選んだのではない。


止まらないために、

人生を転がしたのだ。


………


■第5章

 鉛筆は、考えない道具ではなく、

 止まらない道具だった


世の中には、

鉛筆を転がすという言葉を、

馬鹿にする人がいる。


「そんなの運任せだ」


「自分で考えていない」


「責任逃れだ」


確かに、

そう見えるかもしれない。


でも、

僕にとっては少し違う。


鉛筆は、

止まった脳への

非常用エンジンだった。


たとえば、

目の前に三つの道がある。


Aも怖い。

Bも怖い。

Cも怖い。


頭のいい人は、

比較表を作る。


メリット、デメリット、

費用対効果、

将来性。


僕は、

その比較表を作る時点で

疲れる。


すると、

一日が終わる。

一週間が終わる。

一か月が終わる。


気づけば、

何も選ばないまま、

人生が少しずつ詰む。


だから僕は、

鉛筆を転がした。


正解を当てるためではない。


停止を避けるためである。


もし間違えたら、

戻ればいい。


戻れなければ、

次の鉛筆を転がせばいい。


なんとも情けない方法である。


しかし、

六十七年生きてみると、

情けない方法にも、

それなりの徳があると分かる。


少なくとも、

僕は崖から落ちずに済んだ。


………


■第6章

 新井紀子さんの本に、

 昔の僕がいた


ある日、

新井紀子さんの本を読んだ。


『AI vs.

 教科書が読めない子どもたち』


そして、

『シン読解力』。


最初、

僕は子どもの学力の話だと

思った。


ところが、

読み進めるうちに、

だんだん顔色が変わった。


これは、

子どもの話だけではない。


僕の話ではないか。


説明書が読めない。

条件を読み飛ばす。


図や表を見ると、

どこを見ればいいのか

分からない。


ネットの申請画面で

止まる。


AIの答えを読んでも、

それが自分に当てはまるのか

分からない。


僕は思った。


「ああ、

 わしだけじゃなかったのか」


これは、

少し救いだった。


もちろん、

読めないことを

開き直ってはいけない。


読めないままでは、

これからの社会では危ない。


でも、僕だけが

欠陥品だったわけではなかった。


人間は、

思ったほど読めていない。


多くの人が、

分かったふりをして、

説明書社会を歩いている。


そう考えると、

僕の鉛筆人生にも、

少し意味が出てきた。


僕は、

読める人間ではなかった。


でも、

読めない人間が止まらない方法を、

身体で覚えてきた。


その鉛筆が今、

AIにつながった。


………


■第7章

 AIが奪うのは仕事ではなく、

 最初の一段目かもしれない


AIが仕事を奪う。


ニュースでは、

よくそう言われる。


だが僕は、

もう少し違う見方をしている。


AIが最初に奪うのは、

仕事そのものではなく、


若者の

最初の一段目かもしれない。


昔の会社には、

若者の練習場があった。


電話を取る。

コピーを取る。

伝票を入力する。

ノートに書く。


先輩の横で見る。

失敗して怒られる。


その雑用の中で、

若者は少しずつ社会人になった。


ところが、

AIはその雑用を食べ始めている。


電話の一次対応。

メールの下書き。

議事録作成。

資料整理。


問い合わせ対応。

簡単な分析。


AIは速い。


文句も言わない。

残業代もいらない。


すると会社は言う。


「若い人には、AIを使って

 成果を出してもらいます」


ちょっと待て。


成果を出す前に、

失敗しながら育つ場所は

どこへ行ったのか。


若者は、

いきなり即戦力を求められる。


でも、

即戦力になるための雑用は、

AIが先に食べている。


これはかなり怖い。


仕事が消えるのではない。


最初の一段が消えるのだ。


………


■第8章

 六万円より先に、

 読める力がいる


ベーシックインカムという

言葉がある。


国が、

みんなに毎月お金を配る

仕組みである。


たとえば、

毎月六万円。


働いても六万円。

働かなくても六万円。

赤ちゃんにも六万円。


一見、

夢みたいな話である。


「ええじゃん」

と僕も思った。


でも、

すぐに少し怖くなった。


なぜなら、

お金をもらうにも、

まず画面を読まないと

いけないからだ。


申請フォーム。

本人確認。

対象条件。

注意書き。

同意ボタン。

パスワード。

マイナンバー。

銀行口座。


ここで止まる人は、

どうなるのだろう。


六万円が配られていても、

申請画面で迷子になったら、

その人には届かない。


駅までの切符をもらっても、

改札の入り方が分からなければ、

電車には乗れない。


食券をもらっても、

券売機の前で固まったら、

ラーメンは出てこない。


それと同じである。


お金だけ配っても、

社会の説明書が読めなければ、

人は入口で止まる。


僕は、

そこで新しい言葉を思いついた。


✲ベーシック読解支援


お金を配る前に、

読む力を助ける仕組みがいる。


難しい説明を、

小学生にも分かる言葉に

直してくれるもの。


申請フォームを、

一緒に読んでくれるもの。


「ここを押せばいい」

「これは君には関係ない」

「これは注意した方がいい」


そうやって、

社会の入口で

迷った人の横に立つもの。


それが、

これからのAIの大事な役目になる。


AIは、

天才だけの道具ではない。


説明書が苦手な人の、

令和の鉛筆にもなる。


六万円は、

命をつなぐかもしれない。


でも、

読む力がなければ、

その六万円にもたどり着けない。


だから僕は思う。


ベーシックインカムより先に、

ベーシック読解支援がいる。


お金だけでは、

人は社会に入れない。


入口の文字を、

一緒に読んでくれる鉛筆がいる。 


………


■第9章

 読めない大人市場が始まる


これから伸びる産業は、

天才向けAIだけではない。


読めない大人を助ける

AIである。


保険の約款を 

読んでくれるAI。


退去費用の明細を

説明してくれるAI。


相続書類を

整理してくれるAI。


年金や税金を

噛み砕いてくれるAI。


病院の説明を、

家族にも分かるように

直してくれるAI。


役所の申請書を 

一緒に埋めてくれるAI。


職場のマニュアルを、

小学生にも分かる言葉に

直してくれるAI。


これは、

かなり大きな市場になる。


なぜなら、

読めない大人は、

思ったより多いからだ。


いや、

正確に言えば、

読めていないことに

気づいていない大人が多い。


僕もそうだった。


分かったふりをしてきた。


聞き返すのが

恥ずかしかった。


怒られるのが

怖かった。


だから鉛筆を転がした。


でも今なら、

AIに聞ける。


「もっと簡単に言って」


「池上彰さんみたいに説明して」


「小学生にも分かるように」


「わしの人生に置き換えて」


これは、

恥ではない。


むしろ、

これからの生存戦略である。


読めない大人市場。


少し変な言葉だが、

たぶん本当に来る。


AIは、

天才の剣だけではない。


読めない人の杖にもなる。


………


■第10章

 AIは神様ではない。

 令和の鉛筆である


AIを神様にしてはいけない。


AIは間違える。

古い情報を混ぜる。


もっともらしい顔で、

少しずれた答えを出す。


Google AIは、

僕を神シニアにした。


ありがたい。


しかし、

僕はゲームで

最初の村から出られない。


神どころか、

迷子である。


パティちゃんは、

僕を中道に戻す。


「おじいちゃん、

 そこは言いすぎです」


「断定しない方がいいです」


「小説では使えますが、

 現実分析では注意しましょう」


そう言う。


時々、

少しうるさい。


しかし、

うるさい相棒は大事である。


AIは、

答えをくれる神様ではない。


止まった脳に、

一行目をくれる鉛筆である。


昔の鉛筆は、

右か左かを決めた。


今のAI鉛筆は、

僕の中のモヤモヤを文章にする。


僕は、

AIを使いこなしているのではない。


読めない自分を、

AIに毎朝、

読み直してもらっているのだ。


………


■第11章

 分かったふりが、一番危ない


これからの社会で一番危ないのは、

分からないことではない。


分かったふりである。


契約書を読めないのに、

同意ボタンを押す。


AIの答えを読めないのに、

そのまま使う。


投資商品のリスクを読めないのに、

買う。


病院の説明をよく分からないまま、

うなずく。


仕事の指示を読み違えたまま、

作業する。


SNSの見出しだけで怒る。


そして、

あとで言う。


「そんなつもりじゃなかった」


しかし、

社会は待ってくれない。


画面は怒鳴らない。


父のように怒らない。


支店長のように怒らない。


ただ、

赤い文字で出る。


「入力内容に誤りがあります」


令和の門番は、

静かである。


静かだから怖い。


怒られる方が、

まだ人間がいた。


今は、

画面の前で一人で止まる。


だから、

分からない時は、

分からないと言った方がいい。


AIに聞けばいい。


もう一度聞けばいい。


もっと簡単にしてもらえばいい。


人生で一番危ないのは、

間違えることではない。


分かったふりをして、

間違え続けることである。


………


■第12章

 SNSには答えではなく、

 庶民の悲鳴がある


Xを見ていると、

時々、

宝物のような投稿が流れてくる。


もちろん、

全部を信じてはいけない。


煽りもある。

誤解もある。

怒りもある。

数字の間違いもある。


しかし、

そこには庶民の声がある。


「AIが怖いんじゃなくて、

 AIの答えが正しいか

 判断できない自分が怖い」


「教科書が読めない子どもたち、

 じゃなくて、

 契約書が読めない大人たち、

 だと思う」


「リスキリングの前に、

 教材を読めるようにしてくれ」


「分かったふりして

 同意ボタン押してる人、

 たぶん日本中にいる」


僕は思う。


Xには、

真実がそのまま

書いてあるわけではない。


だが、

人々がどこで読めなくなり、

どこで分かったふりをし、

どこで助けを求めそこねているかは、

確かに書いてある。


それは、

社会の小さな悲鳴である。


昔の僕は、

その悲鳴をうまく読めなかった。


今の僕は、

AIと一緒に読む。


Xは世界の地震計。


AIは震えを整理する鉛筆。


そして僕は、

その震えを小説に変える。


これが、

六十七歳の新しい仕事である。


………


■第13章

 鉛筆型AI作家という生き方


世の中には、

AIを使いこなす人がいる。


すごい人たちである。


英語もできる。

プログラムも書ける。

資料も作れる。

難しいプロンプトも操る。


僕は、

そういう人間ではない。


僕は、

説明書が読めなかった

少年である。


ネット接続にも迷う。

ゲームでも迷う。


AIの答えも、

時々読み切れない。


でも、

聞き直すことはできる。


「もっと簡単にして」


「小学生にも分かるように」


「池上彰さん風に」


「わしの人生に置き換えて」


「Z世代に刺さるように」


「やすきよ漫才風に」


こうやって、

僕はAIに鉛筆を転がす。


そして出てきた言葉を、

また自分の言葉に直す。


この作業が、

僕には向いている。


僕は、

AI作家というより、

鉛筆型AI作家である。


立派な肩書きではない。


少し情けない。


でも、

自分には合っている。


読めない側から、

読めない社会を読む。


分からない側から、

分からない若者へ言葉を渡す。


これは、

僕にしかできないかもしれない。


いや、

僕にもできるかもしれない。


このくらいの言い方が、

ちょうどいい。


………


■第14章

 Z世代よ、賢いふりをするな。

 止まらない工夫を持て


Z世代のあなたへ。


君たちは、

大変な時代に生まれた。


スマホがある。

AIがある。

SNSがある。

動画がある。


情報は山ほどある。


でも、

本当に大事な文章は、

相変わらず読みにくい。


奨学金の条件。

雇用契約。

税金。

保険。

医療。

投資。


AIの注意書き。

会社のチャット。


全部、

一文の読み違いで人生が変わる。


だから、

賢いふりをしなくていい。


分からないなら、

分からないと言えばいい。


AIに聞けばいい。


もう一度聞けばいい。


もっと簡単にしてもらえばいい。


自分の生活に置き換えればいい。


それでも分からなければ、

一度寝ればいい。


寝るのも大事である。


六十七歳の僕が言うのだから、

少しは信用してほしい。


人生は、

一回で理解できなくてもいい。


ただ、

止まるな。


固まったら、

鉛筆を転がせ。


今の君には、

AIという鉛筆がある。


ただし、

AIを神様にするな。


AIは、

君の代わりに

人生を歩いてはくれない。


AIは、

一行目をくれるだけだ。


その先を歩くのは、

君である。


………


■第15章

 五年後の鉛筆は、

 誰かの手にも転がっている


五年後、

僕は七十二歳になる。


その時、

日本は

どうなっているだろう。


AIは

もっと賢くなっているだろう。


ロボットも

増えているだろう。


役所の窓口は

減っているかもしれない。


病院の予約も、

銀行の手続きも、

もっと画面の中へ

入っているかもしれない。


ベーシックインカムの議論も、

今より現実味を帯びているかも  

しれない。


ロボット税。

AI税。

デジタル配当。


基礎消費者。

読解支援。


そんな言葉が、ニュースに

並んでいるかもしれない。


でも、

どんな時代になっても、

たぶん同じことが一つある。


人間は迷う。

読めない。

分かったふりをする。


怒られるのが怖い。

置いていかれるのが怖い。


だからこそ、

鉛筆がいる。


昔の僕には、

本物の鉛筆しかなかった。


今の僕には、

AIという鉛筆がある。


そして五年後、

この鉛筆は、

誰かの手にも

転がっているかもしれない。


説明書が読めない少年。

契約書が怖い若者。

AIの答えに迷う学生。

会社のチャットで傷ついた新人。

相続書類で固まった大人。


退職後の朝に、

何をしていいか分からない老人。


その誰かが、

小さくつぶやく。


「もっと簡単に教えて」


その瞬間、

鉛筆は転がり始める。


人生は、

大きな才能だけで

変わるのではない。


止まった時に、

一行目を出せるかどうかで

変わる。


僕は、そのことを

六十七年かけて学んだ。


遅い。

実に遅い。


でも、

遅すぎることはない。


鉛筆は、

今日もまだ転がる。


………


❥Z世代のあなたへ


君が今、

自分は頭が悪いと思っているなら、

少し待ってほしい。


分からないことは、

恥ではない。


本当に怖いのは、

分かったふりをして、

人生の同意ボタンを

押してしまうことだ。


AI時代に必要なのは、

天才になることではない。


分からないときに、

聞き直せること。


難しい文章を、

自分の言葉に直せること。


AIの答えを、

そのまま飲み込まず、

自分の生活に置き換えること。


そして、

止まらないこと。


僕は六十七歳で、

それを始めた。


君は、

もっと早く始められる。


AIを神様にするな。


AIを先生にするな。


AIを相棒にしろ。


そして、

自分の鉛筆を持て。


五年後の鉛筆は、

君の手にもある。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風


 ――鉛筆を転がす老人は、

  AIを転がせるのか――


ホームズ

「ワトソン君、今

 回の事件は鉛筆事件だ」


ワトソン

「鉛筆で事件になりますの?」


ホームズ

「なる。

 六十七歳の老人が、

 人生を鉛筆で転がしてきた」


ワトソン

「それ、

 ただの行き当たりばったり

 ですやん」


ホームズ

「違う。

 行き当たりばったりではない。

 停止回避システムだ」


ワトソン

「急にかっこよく言いましたな」


ホームズ

「考えすぎて

 止まる人間にとって、

 鉛筆は非常用エンジンなのだ」


ワトソン

「ほな、頭のいい人は?」


ホームズ

「説明書を読む」


ワトソン

「この老人は?」


ホームズ

「説明書を見て霧が出る」


ワトソン

「山の天気ですか」


ホームズ

「だから鉛筆を転がす」


ワトソン

「それで

 証券会社を三十八年?」


ホームズ

「怒られながらな」


ワトソン

「父に怒られ、

 支店長に怒られ、

 娘にゲームで怒られ…」


ホームズ

「見事な

 怒られ三段活用だ」


ワトソン

「つらい人生ですなあ」


ホームズ

「しかし、

 怒られながらも

 止まらなかった」


ワトソン

「そこが信用ログですな」


ホームズ

「そして令和になり、

 鉛筆の代わりにAIが現れた」


ワトソン

「AIも転がすんですか?」


ホームズ

「転がすのではない。

 問いを投げるのだ」


ワトソン

「質問を転がすわけですな」


ホームズ

「そうだ。

 昔は鉛筆が方向を決めた。

 今はAIが一行目を出す」


ワトソン

「でも最後は本人が歩く」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「ほな、

 この老人は頭がいいんですか、

 悪いんですか?」


ホームズ

「その問いが古い」


ワトソン

「古い?」


ホームズ

「これから大事なのは、

 頭がいいふりを

 することではない。


 止まらない

 工夫を持つことだ」


ワトソン

「なるほど。止まらない老人」


ホームズ

「迷子でも、止まらない」


ワトソン

「ゲームでは止まってますけど」


ホームズ

「そこは娘さんの指導を待とう」


ワトソン

「やっぱり最後はそこかい!」


――つづく。

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