『五年後の鉛筆』第5回 ✲AIに書かせたのではない ――六十七歳の僕は、AIで小説を書いたのではない。AIと一緒に、自分の老い方を書き直していた――
✦『五年後の鉛筆』第5回
✲ AIに書かせたのではない
――六十七歳の僕は、
AIで小説を書いたのではない。
AIと一緒に、
自分の老い方を書き直していた――
………
■冒頭の決め台詞
六十七歳の僕が、
AIで小説を書き始めたと言うと、
たいていの人は、
少し笑った。
「それ、
AIに書かせてるだけでしょ?」
そう言われるたびに、
僕は少し困った。
たしかに、
文章はAIが出してくれる。
タイトルも出す。
目次も出す。
言い換えもしてくれる。
小学生にも分かるように、
難しい経済の話を
噛み砕いてくれる。
では、
僕は何をしているのか。
ただ座っているだけなのか。
違う。
僕は、
材料を持ってくる。
六十七年分の失敗。
証券会社で見た人間の欲。
父に言えなかった言葉。
母を見送った記憶。
相続の痛み。
歯磨き。
カラオケ。
ラジオ体操。
チョコザップ。
Xで見つけた世界の小さな震え。
ホルムズ海峡。
ナフサ。
金利。
下水。
冷凍庫。
白い食品トレー。
そして、
まだ若者に何かを渡したいという、
少し恥ずかしい願い。
AIは、
それを文章にしてくれる。
でも、
火をつけるのは僕だ。
AIは鉛筆だった。
勝手に書いてくれる
魔法の杖ではない。
僕が握らなければ、
ただの道具だった。
六十七歳の僕は、
AIに小説を書かせたのではない。
AIと一緒に、
まだ終わっていない自分を
書き直していた。
………
★目次
■第一章
AIに書かせたのではない
■第二章
材料を持ってくるのは、
人間である
■第三章
AIは答えではなく、
問いを増やす
■第四章
老人の記憶は、
未来の教材になる
■第五章
五年後、
七十二歳の新人
■第六章
AIを責める老人と、
AIで書き直す老人
❥Z世代のあなたへ
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
………
★本文
■第一章
AIに書かせたのではない
六十七歳の僕が、
AI小説を書いていると言うと、
相手の顔に、
だいたい同じ表情が浮かぶ。
半分は驚き。
半分は苦笑い。
そして、
心の中ではたぶん、
こう思っている。
「じいさん、
ついに機械に書かせ始めたか」
「それって小説なの?」
「AIに頼ったら、
本人の力じゃないんじゃない?」
僕も最初は、
少しだけそう思っていた。
AIが文章を出す。
僕はそれを読む。
気に入ったところを残す。
違うところを直す。
それは、
自分が書いたと言えるのか。
少し後ろめたさもあった。
若い頃の僕は、
努力という言葉に弱かった。
自分の手でやる。
自分の頭で考える。
自分の足で稼ぐ。
それが正しいと
思い込んでいた。
証券会社でもそうだった。
足で稼げ。
客の顔を見ろ。
数字を拾え。
汗をかけ。
楽をするな。
その時代の言葉は、
僕の体に染みついていた。
だからAIを使うことに、
どこかで罪悪感があった。
楽をしているのでは
ないか。
ズルをしているのでは
ないか。
そして、
人間の文章ではないのでは
ないか。
でも、ある日、
ふと気づいた。
僕は、
AIに丸投げしているわけではない。
むしろ、
AIに向かって、
毎日かなり面倒くさいことを
言っている。
「パンチ力が足りん」
「Z世代が途中で投げ出す」
「もっと池上彰さんみたいに、
小学生でも分かるように」
「でも子どもっぽくするな」
「スリラー感を出せ」
「最後は希望を残せ」
「ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風で
締めてくれ」
AIは、何でも分かっている
神様ではない。
僕が雑に聞けば、
雑な答えが返ってくる。
僕が焦点を外せば、
文章も焦点を外す。
僕が材料を持ってこなければ、
AIは僕の人生を書けない。
つまり、
AI小説とは、
AIが勝手に書くものではなかった。
僕が、
自分の人生から材料を掘り出し、
AIと一緒に
並べ直す作業だった。
それは、
老後の暇つぶしではなかった。
それは、
六十七歳から始める
人生の棚卸しだった。
■第二章
材料を持ってくるのは、
人間である
AIは賢い。
たしかに賢い。
難しい言葉を
分かりやすくしてくれる。
長い文章を
短くしてくれる。
バラバラの話を
目次にしてくれる。
僕が思いつかない
タイトル案も出してくれる。
けれど、
AIにはできないことがある。
僕の父の声を、
本当に思い出すことはできない。
母の施設の庭に咲いた桜を、
僕の胸の痛みとして
感じることはできない。
証券会社時代、
客の目が欲と不安で
揺れた瞬間を、
僕の体温で知ることはできない。
カラオケで
七十年代の洋楽を歌った時、
喉の奥が少し
若返ったような感覚を、
AIは自分の喉では味わえない。
歯が一本も抜けていないことに、
六十七年分の
信用ログを感じるのも、
僕の体験でしかない。
AIは、
世界中の言葉を知っている。
でも、
僕の人生を生きたことはない。
ここが大事だった。
AI小説で一番大事なのは、
きれいな文章ではない。
材料である。
しかも、
その材料は、
派手な経験でなくていい。
朝の血圧。
体重の変化。
ラジオ体操の心拍。
冷凍庫の中身。
食卓の玄米。
納豆。
めかぶ。
チョコ●ップの体内年齢。
母とのスマホカラオケ。
母の相続書類。
コンビニで取る印鑑証明。
Xで見た妙な投稿。
ニュースの違和感。
スーパーの白いトレー。
歯ブラシの毛先。
そういう小さなものが、
AIに渡すと、
物語の種になる。
若い頃の僕は、
小説とは才能のある人が
特別な人生を書くものだと
思っていた。
でも違った。
小説とは、
見過ごされてきた自分の毎日に、
意味をつけ直すことだった。
AIは、
その手伝いをしてくれる。
ただし、
材料を持ってくるのは
人間である。
傷も。
恥も。
怒りも。
欲も。
後悔も。
祈りも。
それを持ってこないと、
AI小説は空っぽになる。
■第三章
AIは答えではなく、
問いを増やす
AIを使えば、
答えがすぐ出る。
多くの人は、
そう思っている。
たしかに、
AIは答える。
「この文章を短くして」
と言えば短くする。
「タイトルを十個出して」
と言えば十個出す。
「Z世代向けにして」
と言えば、
それっぽくしてくれる。
でも、
AI小説を続けていると、
だんだん分かってくる。
AIの本当の力は、
答えを出すことではない。
問いを増やすことだ。
たとえば、
ホルムズ海峡のニュースを見る。
普通なら、
「原油が上がるのかな」
で終わる。
でもAIに聞くと、
次々に問いが出てくる。
原油が止まると、
ナフサはどうなるのか。
ナフサが詰まると、
食品トレーはどうなるのか。
食品トレーが足りないと、
スーパーの売り場はどうなるのか。
売り場が変わると、
若者の食費はどうなるのか。
食費が上がると、
家賃、就職、結婚、介護、
どこに響くのか。
すると、
遠い海峡が、
急に台所へ入ってくる。
ニュースが、
生活になる。
生活が、
小説になる。
小説が、
未来地図になる。
AIは、
正解を一つくれる機械ではなかった。
問いを増やし、
見えていなかった線を
引いてくれる鉛筆だった。
そして、
問いが増えると、
老人は少し若返る。
なぜなら、
老いとは、
問いが減ることだからだ。
「どうせ無理」
「昔はこうだった」
「今の若者は分からん」
「世の中がおかしい」
それは問いではない。
結論である。
結論ばかりになると、
人生は固まる。
でもAI小説を書くと、
結論の前に問いが戻ってくる。
本当にそうか。
別の見方はないか。
この怒りは、
誰の悲しみから来ているのか。
この不安は、
どの産業の芽になるのか。
この老いは、
どんな物語に変えられるのか。
問いがある間、
人間はまだ終わっていない。
■第四章
老人の記憶は、未来の教材になる
若者には、
未来がある。
老人には、
過去がある。
昔の僕は、
そう思っていた。
でもAI小説を始めてから、
考えが変わった。
老人の過去は、
若者の未来の教材になる。
ただし、
そのままではダメだ。
老人の昔話は、
そのまま出すと説教になる。
「わしらの時代はな」
「昔はもっと大変だった」
「今の若者は甘い」
こう言った瞬間、
若者の心はシャッターを下ろす。
それは当然だ。
若者が聞きたいのは、
老人の自慢ではない。
失敗の構造である。
なぜ失敗したのか。
どこで逃げ道を見落としたのか。
何を信じすぎたのか。
どの言葉に縛られたのか。
どんな時に、
人は自分をだますのか。
AIは、
この変換を手伝ってくれる。
昔話を、
そのままの昔話で終わらせず、
今の若者に届く形に翻訳する。
証券会社時代の話は、
金利と信用の
教材になる。
父との衝突は、
家族の役割固定の
教材になる。
母を見送った記憶は、
介護と供養の
教材になる。
相続問題は、
法律と感情の切り分けの
教材になる。
歯磨きは、
信用ログの
教材になる。
カラオケは、
喉と脳の再起動の
教材になる。
AI小説は、
老人の記憶を、
若者に渡せる教材へ変える。
ここで、
僕は少し救われる。
失敗だと思っていた人生にも、
使い道があったからだ。
情けなかったこと。
恥ずかしかったこと。
怒りすぎたこと。
逃げたこと。
言えなかったこと。
傷つけたこと。
傷つけられたこと。
それらは、
ただの黒歴史ではなかった。
書き方を変えれば、
誰かが同じ穴に落ちないための
小さな灯りになる。
老人の記憶は、
未来の教材になる。
そう思えた時、
僕の過去は、
少しだけ軽くなった。
■第五章
五年後、七十二歳の新人
もし僕が、
このAI小説を五年続けたら、
どうなるのだろう。
七十二歳。
普通に考えれば、
もっと老いている。
目は疲れやすくなる。
歩く速度も落ちる。
忘れることも増える。
病院の予定も増える。
家族に心配されることも増える。
それは避けられない。
AI小説を書いても、
体が二十代に戻るわけではない。
でも、
別の若さは残るかもしれない。
朝起きて、
こう思える若さ。
「今日は何を書こうか」
これは大きい。
七十二歳で、
まだ今日に用事がある。
まだ問いがある。
まだ読者に渡したい言葉がある。
まだAIに聞きたいことがある。
まだ自分の過去を、
別の形で使えるかもしれない。
これは、
かなり幸せなことではないか。
五年後の僕は、
有名作家になっているとは
限らない。
ランキング一位でもないかも
しれない。
株で大成功しているとも
限らない。
でも、
一つだけあり得る。
七十二歳の僕は、
毎朝、新人になっている。
昨日より少し違う
問いを持つ。
昨日より少し違う
タイトルを考える。
昨日より少し違う
失敗を笑う。
昨日より少し違うZ世代への
言葉を探す。
老人のまま、
新人になる。
それが、
AI小説を五年続けた人間の
一番の財産かもしれない。
若返るのではない。
老い方を、
書き換えるのだ。
■第六章
AIを責める老人と、
AIで書き直す老人
同じ七十二歳でも、
人生は分かれる。
一人は、
AIを責める老人。
「AIのせいで
仕事がなくなった」
「AIのせいで
若者が楽をする」
「AIのせいで
文章に魂がなくなった」
「AIのせいで
世の中が変になった」
その言葉は、
一見もっともらしい。
たしかに、
AIで社会は変わる。
仕事も変わる。
会社も変わる。
教育も変わる。
文章も変わる。
怖いのは当然だ。
でも、
AIを責め続けるだけでは、
自分の人生は一ミリも進まない。
もう一人は、
AIで書き直す老人。
「AIがあるなら、
自分の過去を
整理してみよう」
「AIがあるなら、
若者に届く言葉へ
直してみよう」
「AIがあるなら、
ニュースの裏の線を
探してみよう」
「AIがあるなら、
老いの不安も
物語にしてみよう」
この老人も、
不安がないわけではない。
むしろ不安だらけだ。
体の不安。
お金の不安。
家族の不安。
社会の不安。
世界経済の不安。
AIに置いていかれる不安。
でも、
その不安を
ただ呪うのではなく、
文章にする。
問いにする。
物語にする。
未来地図にする。
ここで差がつく。
AIを責める老人は、
過去を守ろうとする。
AIで書き直す老人は、
未来に席を作ろうとする。
NVIDIA の
ファンCEOが言ったように、
AIのせいにするだけでは、
何も生まれない。
AIを使う人間が、
次の社会を作っていく。
これは会社だけの話ではない。
老後も同じだ。
AIを使う老人は、
老後を編集できる。
AIを拒む老人は、
老後を他人のせいにしやすくなる。
僕は、
前者でありたい。
完璧でなくていい。
間違えてもいい。
AIに頼りすぎる日が
あってもいい。
変な文章を
書いてもいい。
それでも、
今日の自分を、
昨日の続きだけで
終わらせたくない。
だから僕は、
今日もAIに話しかける。
「この話、
もっと人間くさくしてくれ」
するとAIは、
何かを返す。
僕はそれを読んで、
また言う。
「違う。
そこじゃない。
もっと深いところじゃ」
そのやり取りの中で、
僕の脳に、
小さな火がつく。
たぶん、
その瞬間が、
六十七歳の僕の
一番若い時間なのだ。
………
❥Z世代のあなたへ
君は、
AIの時代に生まれた。
それは幸運でもあり、
少し残酷でもある。
なぜなら、
君はこれからずっと、
AIを使う人と、
AIに振り回される人の差を
見せられるからだ。
でも、
勘違いしないでほしい。
AIを使えば勝てる、
という単純な話ではない。
AIに何を聞くか。
AIの答えをどう疑うか。
自分の経験とどう混ぜるか。
最後に、
自分の言葉として
どう出すか。
そこに差が出る。
僕は六十七歳で、
それを始めた。
遅いかもしれない。
でも、
遅いからこそ分かることがある。
人間は、
始める許可を
誰かにもらわなくていい。
まだ早いと言われても、
もう遅いと言われても、
自分の鉛筆を握ればいい。
君には、
君のAIがある。
君には、
君の問いがある。
君には、
まだ言葉になっていない
君だけの材料がある。
それを、
ただ流してはいけない。
拾え。
聞け。
疑え。
書け。
直せ。
また聞け。
AIは、
君の代わりに生きてはくれない。
でも、
君が自分の人生を書き直すための
鉛筆にはなってくれる。
僕は六十七歳で、
それを知った。
君は、
もっと早く知っていい。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
ホームズ:
ワトソン君、
今回の事件は重大だ。
ワトソン:
またですか。
前回は歯でしたな。
今度は何です?
ホームズ:
犯人は、AIではない。
ワトソン:
いきなり結論!
じゃあ誰ですの?
ホームズ:
AIのせいにして、
自分の鉛筆を捨てた人間だ。
ワトソン:
うわ、急に深い。
でも耳が痛い人、
多そうですな。
ホームズ:
AIは鉛筆だ。
握らなければ、
何も書かない。
ワトソン:
でも最近のAIは、
けっこう勝手に書きますやん。
ホームズ:
書くことと、
生きることは違う。
ワトソン:
おお。
今のはメモしとこ。
ホームズ:
六十七歳の主人公は、
AIに書かせたのではない。
自分の人生の材料を
AIの机に置いたのだ。
ワトソン:
材料いうても、
ホルムズ海峡から歯磨きまで
持ってくるから、
AIもびっくりですわ。
ホームズ:
そこが良い。
普通の人はニュースを見る。
彼はニュースを小説にする。
ワトソン:
普通の人は血圧を見る。
彼は血圧も小説にする。
ホームズ:
普通の人は相続で疲れる。
彼は相続も
浄土真宗でいう若き王者
阿闍世にする。
ワトソン:
だいぶ重い素材やけどな!
ホームズ:
老いとは、
素材が増えることでもある。
ワトソン:
なるほど。
しわも白髪も、
ネタ帳ですか。
ホームズ:
そうだ。
七十二歳の全盛期とは、
若返ることではない。
ワトソン:
では何です?
ホームズ:
老人のまま、
毎朝新人になることだ。
ワトソン:
これはええ言葉ですな。
でも新人にしては、
話が長いですけど。
ホームズ:
そこは
AIに短くしてもらえばいい。
ワトソン:
出た!
便利!
ホームズ:
ただし、
最後に削るか残すかを決めるのは、
人間だ。
ワトソン:
つまりAI時代の作家とは?
ホームズ:
AIに任せる人ではない。
AIと取っ組み合いをする人だ。
ワトソン:
ほな今回の教訓は?
ホームズ:
AIを責めるな。
AIに丸投げするな。
AIを鉛筆にして、
自分の人生にもう一度線を引け。
ワトソン:
最後だけえらい格好ええな。
ホームズ:
ただし、
鉛筆を握る前に
歯は磨け。
ワトソン:
結局そこへ戻るんかい!
ホームズ:
口が臭い名言は、
届く前に逃げられる。
ワトソン:
名言より先に
歯ブラシ!
事件解決!




