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『五年後の鉛筆』第39回 ✲ 羅生門は、スマホの中に立っている(笑) ――家賃、洪水、AI、戦争。追い詰められた時、人は誰を置いていくのか。――

✦『五年後の鉛筆』第39回


✲ 羅生門は、

 スマホの中に立っている(笑)


――家賃、洪水、AI、戦争。

 追い詰められた時、

 人は誰を置いていくのか。――


………


羅生門は、

昔の京都にあった門じゃない。


「自分だけ助かるために、

 誰かを置いていくか?」


その選択を迫られた場所に、

今も立っている。


家賃の引き落とし日。


レジで残高不足の通知が出た時。


ガソリン代が上がって、

仕事へ行くほど赤字になる朝。


洪水で水道が止まり、

コンビニの水が消えた夜。


その時、人は思う。


«もう誰でもいい。

自分だけは助かりたい。»


そこから先が、羅生門だ。


人間が悪いからじゃない。


追い詰められた人間に、

「誰かを置いていくしかない」と

思わせる社会があるからだ。


だから、この話は昔話ではない。


五年後、

君が生きる町の話だ。


---


★目次


■第1章

白いクジラが泳いだ朝


■第2章

羅生門は、

最初から悪人の話ではない


■第3章

1177年、都が燃えた


■第4章

35歳の芥川と、ぼんやりした不安


■第5章

蜘蛛の糸は、なぜ切れたのか


■第6章

世界で1億1780万人が家を追われた


■第7章

AIは青いヘルメットより先に、

白いシャツを揺らした


■第8章

ガソリンは、戦争の翌週に上がった


■第9章

三階だけの家を建てた国


■第10章

空に衛星、地上に濁流


■第11章

ミサイルより先に、島に病院を


■第12章

資源を持つ国より、

つなげる国が強くなる


■第13章

親鸞さん、

流罪でも九十歳まで生きた


■第14章

悪人正機は、

「何をしてもいい」ではない


■第15章

下人が盗まなくて済む町を作れ


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

ホームズとワトソン、

羅生門で給油する(笑)


---


■第1章

 白いクジラが泳いだ朝


「おじいちゃん」


ゆづきが、スマホから顔を上げた。


「世界、終わりそうじゃない?」


「朝から重いのう」


「洪水。熱波。戦争。ミサイル。

 難民。AIでリストラ。


それで次のニュースが、

白いクジラ」


「白いクジラ?」


オーストラリア沖で、

珍しい白い子

ザトウクジラが見つかった。


母クジラの横を、

ゆっくり泳いでいた。


「何がそんなに特別なん?」


「科学者にとってはな、

 なぜ体が白いのかを調べる

 大事な手がかりじゃ」


「病気なのか、遺伝なのか、

 親子のつながりがあるのか、

 とか…?」


「そうじゃ」


「でも、子どもは

 そんなこと考えないよね」


「考えん」


祖父は笑った。


「子どもは白いクジラを見て、

 なんかいいことがありそう、

 と思う…」


「幸運のシンボルみたいな?」


「そうじゃ」


科学者は、


なぜ白いのかを知りたい。


子どもは、


まだ世界には、

きれいなものが残っていると思いたい。


見ているものは違う。


でも、白いクジラを

大切にしたい気持ちは同じじゃ。


「白いクジラが、

 世界を救うわけじゃないよね」


「救わん」


「じゃあ、何でニュースになるの?」


祖父は少し考えた。


「洪水とミサイルばかり見とると、

 人間は世界が全部壊れた気になる」


「うん」


「でも海のどこかで、

 母親の横を子クジラが泳いでいる。


それを見て、人は思うんじゃ。


«まだ守る価値のあるものが、

この世界には残っとる。»


とな」


---


■第2章

 羅生門は、

 最初から悪人の話ではない


芥川龍之介の『羅生門』を、

学校で読んだ人も多いと思う。


雨の降る夜。


仕事を失った下人が、

荒れた門の下で立っている。


食べる物がない。


働く場所もない。


このままでは、

死ぬかもしれない。


門の上では、

老婆が死体の髪を抜いていた。


下人は怒る。


「なんで、

そんなひどいことをするんだ」


老婆は言う。


「髪を抜いて、

 かつらにして売らなきゃ、

 私は飢え死にする」


すると下人は、

その理屈を聞いた後で、

老婆の着物を奪う。


「そうか。

 生きるためなら、

 仕方ないんじゃな」


下人は、

老婆が使った理屈を、

自分の盗みの言い訳に使った。


これが怖い。


下人は、

最初から盗人ではなかった。


けれど、


«盗人しか生きられない町が、

下人を盗人にした。»


これが羅生門じゃ。


誰かが生まれつき悪かった、

という話ではない。


仕事がない。


食べ物がない。


助けてくれる人がいない。


そんな状態まで追い詰められると、

人間は自分でも驚くほど、

簡単に変わってしまう。


---


■第3章

 1177年、都が燃えた


『羅生門』の舞台は、

平安時代の終わりごろの京都じゃ。


都では火事、地震、飢饉、

疫病、争いが重なった。


1177年には、

大火で都の広い範囲が

焼けたと伝わる。


大きな町が壊れる時、

最初に壊れるのは建物ではない。


「明日も普通に暮らせる」


という感覚じゃ。


水が来る。


米が買える。


病気になれば誰かが助ける。


子どもが夜道を歩ける。


そんな当たり前が、

一つずつ消えていく。


すると人は、悪くなる。


いや。


正確には、


«悪くならなければ生きられないと、

思い始める。»


そこが一番危ない。


ゆづきが言った。


「昔の京都って、

 今の災害の町と似てるね」


「似とる」


「家が壊れて、

 仕事もなくなって、

 食べ物も高くなって」


「そうじゃ」


「昔の人も、

 スマホがないだけで、

 不安は同じだったのかな」


「たぶん同じじゃ。


ただ昔は、

情報が遅かった。


今は逆じゃ。


不安だけが、

世界中から一秒で届く」


---


■第4章

 35歳の芥川と、ぼんやりした不安


芥川龍之介は1927年、

35歳で亡くなった。


その年、日本では

昭和金融恐慌が起きた。


銀行が危ない。


会社が危ない。


仕事が危ない。


明日のお金が危ない。


第一次世界大戦は、

その前の1914年から1918年。


芥川が亡くなった後、

1929年には世界恐慌が起きた。


1931年には満州事変。


1937年には日中戦争が拡大し、

1941年には太平洋戦争へ入っていく。


つまり芥川は、

戦争の大爆発を見る前に

亡くなった。


もちろん、


芥川が戦争を予言して

死んだわけではない。


病気。


家族の問題。


創作の苦しみ。


心の疲れ。


いろいろなものが重なった。


でも彼は、


«将来に対する

唯ぼんやりした不安»


と書いた。


ゆづきが言った。


「ぼんやりした不安って、

 今っぽいね」


「そうじゃな」


「就職できるか分からない。


 家賃を払えるか分からない。


 戦争になるか分からない。


 AIに負けるか分からない。


 暑すぎて、

 外に出られなくなるか分からない」


「分からんことが多すぎると、

 人間は誰かを悪者にしたくなる」


「移民とか?」


「外国人とか。


 老人とか。


 若者とか。


 生活保護とか。


 政治家とか」


祖父は言った。


「そしてたいていは、

 一番弱そうな人を選ぶ」


戦争は、

戦車が動いた日に始まるのではない。


人が、


«明日はもう、

今より悪くなるかもしれない。»


と思い始めた時から、

静かに始まるのかもしれない。


---


■第5章

 蜘蛛の糸は、なぜ切れたのか


芥川は、

人間は醜い、

とだけ書いた作家ではない。


『蜘蛛の糸』では、

地獄にいるカンダタへ、

一本の糸が下りてくる。


助かるチャンスはあった。


カンダタは、

必死で糸を登る。


けれど下を見ると、

後ろから大勢の人が登ってくる。


そこでカンダタは叫ぶ。


「この糸は俺のものだ。

 お前たちは登るな」


その瞬間、

糸は切れた。


なぜ切れたのか。


カンダタが悪人だから。


それだけではない。


«一人だけ助かろうとした時、

人は自分が助かる道まで

切ってしまう。»


芥川が見たのは、

その怖さじゃ。


『羅生門』も『蜘蛛の糸』も、

同じ質問をしている。


«生きるためなら、

誰かを押しのけてもいいのか。»


羅生門の下人は、

老婆の着物を奪った。


蜘蛛の糸のカンダタは、

後ろから来る人を落とそうとした。


どちらも、


「自分だけ助かりたい」


から始まった。


ゆづきが、小さく言った。


「でも、怖い時は

 自分だけ助かりたくなるよ」


「なる」


「それは悪いの?」


「悪い、と言い切れん」


祖父はうなずいた。


「だからこそ、

 自分もそうなるかもしれんと

 知っておくことが大事なんじゃ」


---


■第6章

 世界で1億1780万人が家を追われた


2025年末。


世界で、戦争や迫害、

暴力などのために、

故郷を追われた人は約1億1780万人。


世界の約70人に1人じゃ。


そのうち子どもは、

約4500万人。


世界のあちこちで、


「自分の家に住めない人」


が増えている。


数字が大きすぎて、

意味が消えそうになる。


でも、一人ずつなら分かる。


夜中に逃げる。


スマホの充電が切れる。


薬を置いてくる。


犬を連れて行けない。


子どもに、


「大丈夫」


と言いながら、

自分は大丈夫ではない。


それが一億人分、

重なっている。


「おじいちゃん」


「なんじゃ」


「こういう人たちが日本に来たら、

 日本人が困るって

 言う人もいるよね…」


「困ることはある」


「言葉とか、学校とか、病院とか」


「そうじゃ。


 だからこそ、

 何人なら受け入れられるか。


 どこに住むか。


 仕事はあるか。


 学校の席はあるか。


 病院で言葉は通じるか。


 犯罪に巻き込まれない

 仕組みがあるか。


 先に作らんといけん」


「賛成か反対か、

 じゃないんだ」


「そうじゃ」


祖父は言った。


«羅生門を増やすか。

減らすか。»


その話じゃ。


---


■第7章

 AIは青いヘルメットより先に、

 白いシャツを揺らした


昔は言われた。


AIやロボットが仕事を奪うのは、

工場や倉庫や運転手からだと。


でも先に揺れたのは、

会議室の白いシャツだった。


事務。


企画。


資料作り。


広告。


プログラム。


翻訳。


カスタマーサポート。


アメリカでは、

4人に1人が、

急な出費に使える貯金を持っていない。


さらに、


半分以上の人は、

三か月働けなくなったら、

家賃や食費を払い続けられない。


だからAIによる解雇は、

他人事ではない。


明日の生活が止まるかもしれない、

という話なんじゃ。


「AIで首になったらどうするん?」


ゆづきが聞いた。


「AIに聞く」


「最低じゃん」


「じゃが、笑い事ではない」


AIが便利になるほど、

仕事が減る人が出る。


その時、


«仕事を失った人が、

移民のせいだ。

老人のせいだ。

若者のせいだ。»


と怒り始めたら、

羅生門が近づく。


本当は、


AIで増えた利益を

誰が取ったのか。


失業した人を

次の仕事へつなぐ仕組みがあるのか。


そこを見なければいけない。


---


■第8章

 ガソリンは、戦争の翌週に上がった


戦争が起きる。


海峡が危なくなる。


すると世界中で、

原油の値段が動く。


そのニュースを見て、

ガソリンスタンドの値札も上がる。


「戦争だから仕方ない」


そう言われる。


でも本当に、

全部が仕方ないのだろうか。


韓国では、

ガソリンを作る大手会社が

ほぼ四社しかない。


この四社で、

国内で売られるガソリンの

ほとんどを握っている。


四社が同じ日に、

同じように値上げすれば、


ほかに安く買える会社は、

ほとんどない。


だから、

ガソリンの値段はすぐ上がる。


ゆづきが言った。


「戦争で困る人がいるのに、

儲かる人もいるんだね」


「いる」


「それって、ずるい」


「ずるい」


祖父は言った。


「羅生門は、

 飢えた下人だけの話ではない。


 会議室でも、

 人は誰かの着物を剥ぐ」


戦争が起きた時。


洪水が起きた時。


人が逃げる時。


一番高く売れる物を探す人がいる。


だから必要なのは、

善人になれという話ではない。


値札を見張る仕組みじゃ。


---


■第9章

 三階だけの家を建てた国


インドでは、

大雨のあとに建物が崩れる事故が

起きる。


違法建築。


古い建物。


足りない排水。


遅れた避難。


雨は、最後の一押しだった。


本当の原因は、


«危ない建物を知りながら、

何年も放っておいたこと。»


仏教に、こんな話がある。


男が大工に言う。


「一階も二階もいらん。


 立派な三階だけ、

 建ててくれ」


大工は困る。


「一階と二階がなければ、

 三階は立ちません」


今の世界は、

三階ばかり欲しがっている。


AI。


宇宙。


ミサイル。


データセンター。


高層ビル。


でも一階の、


水道。


排水。


橋。


病院。


避難所。


学校。


ここが壊れている。


「未来って、三階なんだね」


「そうじゃ」


「じゃあ一階は?」


「今日を生きるための場所じゃ」


---


■第10章

 空に衛星、地上に濁流


中国は宇宙へ、

たくさんの衛星を打ち上げている。


衛星通信。


インターネット。


宇宙産業。


国家の力。


同じころ、

大雨で川があふれ、

町が水につかる映像も流れる。


ゆづきが言った。


「なんか変だね」


「何がじゃ?」


「宇宙には何百個も

 衛星を飛ばせるのに、


 地上では

 洪水で人が逃げられない」


祖父はうなずいた。


«見えることと、

助けに来ることは違う。»


衛星は、

洪水を見つけられる。


でも、


子どもを抱えて屋根に上がった人へ、

水を運ぶことはできない。


技術は大事じゃ。


衛星も必要じゃ。


AIも必要じゃ。


でも技術だけでは、

濁流の中の人を抱き上げられない。


最後に必要なのは、


船を出す人。


水を配る人。


避難所を開ける人。


隣の家のドアを叩く人じゃ。


---


■第11章

 ミサイルより先に、島に病院を


太平洋では、

大国がミサイルの力を見せる。


豪州は、

島国との安全保障の協力を強める。


豪州の首相は言う。


「守る」


でも島の人が欲しいものは、

何だろう。


ミサイルではない。


台風の時に壊れない病院。


海面上昇でも使える道路。


薬を運べる船。


停電しても動く通信。


洪水のあとに飲める水。


「守るって、

 何を守るんだろうね」


ゆづきが言った。


「旗じゃろうか」


「国土?」


「本当は、人の生活じゃ」


国が強いとは、

遠くへ撃てることではない。


«明日の朝も、

水道から水が出ることじゃ。»


防衛は必要かもしれない。


でも、


防衛だけが強くなって、

水道も病院も学校も弱くなったら、


その国は、

誰を守ったことになるんじゃろう。


---


■第12章

 資源を持つ国より、

 つなげる国が強くなる


昔は、

石油を持つ国が強いと思われた。


鉄を持つ国が強い。


石炭を持つ国が強い。


でも海峡が詰まると、

資源は運べない。


港が止まると、

工場は動かない。


部品が一つ足りないだけで、

車も家電も作れない。


だから今は、


«資源を加工できる国。

契約を守れる国。

港を動かせる国。

部品を作れる国。»


が強くなる。


ニッケルは電池になる。


電池はEVになる。


EVは工場になる。


工場は仕事になる。


仕事は、

国の自信になる。


「じゃあ日本は?」


ゆづきが聞いた。


「日本は資源が少ない」


「弱いじゃん」


「いや」


祖父は言った。


「資源が少ないからこそ、


 港を整える。


 水をきれいにする。


 部品を作る。


 壊れた物を直す。


 契約を守る。


 そういう国になった」


「地味だね」


「地味じゃ」


「でも、それが強いの?」


「本当に困った時にはな」


---


■第13章

 親鸞さん、

 流罪でも九十歳まで生きた


親鸞さんは1173年に生まれ、

1263年に90歳で亡くなった。


平安時代の終わり。


災害。


飢饉。


争い。


武士の時代への変化。


世の中が、

大きく壊れていく時代じゃ。


親鸞さんは、

比叡山で二十年ほど修行した。


けれど、


「自分の努力だけで悟る」


という道に、限界を感じた。


法然上人と出会い、

念仏の道を選んだ。


そして35歳の時。


念仏への弾圧で、

越後へ流罪になった。


今なら、SNSもない。


スマホもない。


高速道路もない。


知らない土地へ送られた。


普通なら、終わる。


でも親鸞さんは、

終わらなかった。


赦免のあと、

関東で二十年以上、

農民や庶民の中で教えを伝えた。


「おじいちゃん」


「なんじゃ」


「親鸞さん、

 メンタル強すぎない?」


「たぶん、強いんじゃない」


「え?」


「自分は強くないと、

 最初から知っとったんじゃろう」


親鸞さんは、


世の中がきれいだから

生きられたのではない。


流罪になった。


知らない土地へ送られた。


偉い寺にも、

権力にも、

守ってもらえなかった。


それでも、


農民や、


病人や、


家族を失った人や、


自分を立派だと思えない人の中で、

生きた。


親鸞さんの強さは、


「私は強い」


と言わなかったことじゃ。


«私も迷う。

私も欲がある。

私も一人では生きられない。»


そう認めた。


だからこそ、

人を見捨てなかった。


---


■第14章

 悪人正機は、

 「何をしてもいい」ではない


親鸞さんの教えに、

悪人正機という言葉がある。


これを間違えると、


「悪いことをしても、

 救われるんだからいいじゃん」


となる。


違う。


親鸞さんが見たのは、


«人間は、自分の力だけでは、

欲や怒りや見栄から

抜け出せない。»


ということじゃ。


腹が減れば、

盗みたくなる。


怖くなれば、

弱い人を責めたくなる。


損をすれば、

誰かに押しつけたくなる。


SNSで腹が立てば、

知らない人を叩きたくなる。


それを、


「自分は正義だから」


でごまかさない。


まず、


«自分の中にも、

下人がいる。»


と知る。


これが親鸞さんの

サバイバー術じゃ。


映画監督みたいに、


「人間は美しい」


だけでは足りない。


芥川みたいに、


「人間は醜い」


だけでも、生きられない。


親鸞さんは、その真ん中に立つ。


«人間は、きれいではない。

だからこそ、見捨てない。»


羅生門の道は、

最初は楽に見える。


「自分だけ助かればいい」


そう決めれば、

考えなくていい。


誰かを置いていけば、

自分は少し軽くなる。


でも、その道を行く人が増えると、


町には水が残らない。


仕事も残らない。


信用も残らない。


最後には、

自分を助ける人もいなくなる。


親鸞さんの道は、

少し面倒じゃ。


自分の弱さを認める。


人に頼る。


人を助ける。


悪人になり得る自分を、

毎日見失わない。


でも、その道には、


一人で死ななくていい町が残る。


«あっちの水は辛いよ。

こっちの水は甘いよ。


羅生門の水は、

一口飲めば強くなった気がする。


でも飲み続けると、

誰かを踏まないと

生きられなくなる。»


---


■第15章

 下人が盗まなくて済む町を作れ


ゆづきが言った。


「じゃあ、

 羅生門をなくすにはどうするの?」


祖父は指を折った。


「水を出す」


「うん」


「寝る場所を作る」


「うん」


「食べ物を分ける」


「うん」


「仕事を失った人を、

 次の仕事へつなぐ」


「うん」


「難民や外国人が、

 犯罪に巻き込まれないようにする」


「うん」


「大企業が戦争を理由に、

 勝手に値札を上げないように見る」


「うん」


「橋と水道を直す」


「うん」


「それで最後に」


「最後に?」


祖父は言った。


«自分も追い詰められたら、

誰かの着物を剥ぐかもしれないと、

忘れないことじゃ。»


ゆづきは、しばらく黙った。


「それ、暗いね」


「暗い」


「でも、ちょっと優しいかも」


「そうじゃな」


人間を善人だと思い込むと、

悪人を見つけて叩きたくなる。


人間を悪人だと思い込むと、

誰も助けなくなる。


だから、親鸞さんの答えは違う。


«悪人になり得る自分を知り、

それでも誰も、

下人にならなくていい町を作る。»


芥川は、

人間の中にいる下人を見た。


親鸞さんは、

自分の中にも下人がいると知った。


違いは、そこだった。


芥川は、

人間の闇を見抜いた。


親鸞さんは、

その闇を見たまま、

人を見捨てない道を探した。


五年後。


君が選ぶのは、

一人だけ逃げる道か。


それとも、


誰かと一緒に

明日の水を探す道か。


羅生門は、

まだ立っている。


でも、


«門の下で、

誰かの着物を剥ぐしかない町を、

作らないことはできる。»


---


❥Z世代のあなたへ


世界が怖く見える日があると思う。


AIが仕事を奪うかもしれない。


夏が暑すぎるかもしれない。


戦争のニュースが、

スマホに毎日流れるかもしれない。


家賃が高い。


食べ物も高い。


頑張っても、

報われるか分からない。


そんな時、


「自分だけ助かればいい」


と思うことがあるかもしれない。


それ自体を、恥じなくていい。


人間は怖い時、

まず自分を守りたくなる。


ただし。


その心を正義の顔にして、

誰かを踏みつけないこと。


助けを求めること。


助けを受けること。


そして少し余裕ができたら、


次の誰かが、

下人にならなくて済むようにすること。


それが、たぶん一番強い。


«きれいな人になる必要はない。


でも、

きれいごとを笑って、

誰かの着物を剥ぐ人にはならない。»


---


★あとがき

 ホームズとワトソン、

 羅生門で給油する(笑)


「ホームズ」


「何だね、ワトソン」


「ガソリンが高い」


「戦争の影響だろう」


「でも原油は、

 まだ国内に残っていたらしいぞ」


「ほう」


「なのに翌週、

 値札だけ先に上がった」


「ワトソン」


「何だね」


「犯人は、原油ではない」


「誰だ」


「会議室だ」


「会議室が、

 ガソリンを上げたのか?」


「会議室には四人いた」


「四人?」


「みんな同じ日に、

 同じ方向を向いた」


「カルテルか!」


「そうだ」


「じゃあ捕まえよう!」


「待ちたまえ」


「なぜだ」


「その前に、

 君の家の水道管を直す予算がない」


「なんでだよ!」


「ミサイルを買った」


「もう一回言ってくれ」


「ミサイルを買った」


「ホームズ」


「何だね」


「わし、ミサイルで

 風呂を沸かせるか?」


「沸かせない」


「水道管を修理できるか?」


「できない」


「じゃあ、わしの人生は?」


ホームズは少し考えた。


「非常に防衛されているが、

 非常に水が出ない」


「それ、嫌すぎる!」


すると、

隣で聞いていたゆづきが言った。


「おじいちゃん」


「なんじゃ」


「羅生門って、

 昔の京都だけじゃないんだね」


「そうじゃ」


「じゃあ、

 どうすればいいの?」


祖父は笑った。


「まず、蛇口をひねって

 水が出る町を作る」


「地味だね」


「地味じゃ」


「でも一番大事かも」


「そうじゃろう」


その夜。


世界ではまだ、

洪水が起きていた。


ミサイルも飛んでいた。


株価も動いていた。


けれど海のどこかでは、

白い子クジラが、

母クジラの横を泳いでいた。

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