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『五年後の鉛筆』第32回 ✲ 学校を飛び出した狐と、夜中に喉が渇く地球 ――既読無視、熱波、AI。痛い枝に当たった夜、僕らは木陰まで捨ててしまう――

✦『五年後の鉛筆』第32回


✲ 学校を飛び出した狐と、

 夜中に喉が渇く地球


――既読無視、熱波、AI。

 痛い枝に当たった夜、

 僕らは木陰まで捨ててしまう――


………


★目次


■第1章 

 口の中が乾いた朝


■第2章 

 地球にもドライマウスがある


■第3章 

 海で暴れる男の子


■第4章 

 地中海という熱い風呂


■第5章 

 土が汗をかけなくなった


■第6章 

 フランスは石のフライパン


■第7章 

 インドは夜にも休めない


■第8章 

 雨をがぶ飲みする地球


■第9章 

 海を見ても水が飲めない町


■第10章 

 AIが水を飲み始めた


■第11章 

 油田を持つ老人


■第12章 

 未来の下には

 誰かの手袋がある


■第13章 

 顔を替えても

 水道管は直らない


■第14章 

地球は老後に入った


■第15章 

狐と白湯と、帰る木陰


………


■第1章 

 口の中が乾いた朝


朝四時。


僕はまた、

喉の渇きで目が覚めた。


「……白湯」


台所へ行く。


冷たい水を、

がぶがぶ飲むと、

体がびっくりする。


だから、

少しぬるい水を、

ちびちび飲む。


すると今度は、

トイレへ行きたくなる。


「人生は、

 水を飲んでも困るし、

 飲まなくても困る」


朝、

高校一年の孫・ゆづきが言った。


「おじいちゃん、

 地球みたいじゃん」


「なんじゃそれ」


「暑くなる。

 雨が降る。

 でもすぐ流れる。


 また乾く」


僕は、

箸を止めた。


地球も、

夜中に起きているのかもしれない。


ゆづきは、

湯のみを見ながら言った。


「一回、

 痛いことがあったからって、

 全部から逃げたらいけんよね」


「なんじゃ急に」


「あとで話す。


 狐の話」


………


■第2章 

 地球にもドライマウスがある


年を取ると、

口の中が乾きやすくなる。


唾液が減る。


喉が渇く。


眠りが浅くなる。


水を飲む。


トイレに行く。


また眠れない。


体全体が、

少しずつ不機嫌になる。


地球も、

同じだった。


土が乾く。


森が弱る。


川が細る。


地下水が減る。


すると大地は、

汗をかけなくなる。


「土が汗?」


ゆづきが聞いた。


「土に水があれば、

 太陽の熱の一部は、

 水を蒸発させる方へ使われる」


「水がなかったら?」


「地面が、

 ずっと焼き肉プレートになる」


「地球、

 食べられそうじゃん」


「食べられる前に、

 人間が焼ける」


土が乾けば、

熱は逃げない。


熱が逃げなければ、

夜も冷えない。


地球は、

口だけじゃない。


体じゅうが、

乾いている。


………


■第3章 

 海で暴れる男の子


太平洋には、

“男の子”がいる。


エルニーニョ。


海の温度が変わる。


風が変わる。


雲が変わる。


雨の降る場所まで、

変わってしまう。


「男の子って、

 なんで海で暴れるん?」


「家で暴れると、

 怒られるからじゃ」


「誰に?」


「地球のお母さんに」


ゆづきは笑った。


「じゃあラニーニャは?」


「女の子じゃな」


「二人で布団に寝とったら、

 温暖化は止まる?」


「そんな簡単なら、

 気象庁は恋愛相談所じゃ」


もちろん、

海の男の子と女の子が

仲良くなれば温暖化が止まる、

という話ではない。


そんな都合のいい恋愛ドラマなら、

世界の天気予報は、

全部ハッピーエンドじゃ。


エルニーニョも、

ラニーニャも、

悪者ではない。


海と風と空が、

大きく息をする時に起きる、

地球の揺れみたいなものだ。


問題は、

人間がその地球の体を、

何十年も酷使してきた

ことだった。


空に煙をためた。


森を減らした。


川をまっすぐにした。


土地を 

コンクリートで固めた。


地下水を吸った。


地球は、

休む時間を失った。


そこへ、

海の男の子が暴れ始めた。


地球は、

寝返りを打った。


その寝返りが、

ヨーロッパでは熱波になり、

インドでは眠れない夜になり、

別の国では洪水になった。


………


■第4章 

 地中海という熱い風呂


地中海には、

水がある。


でも周りの土地は、

乾いていく。


スペイン。


南フランス。


イタリア。


ギリシャ。


「海があるのに、

 なんで喉が渇くん?」


ゆづきが聞いた。


「風呂に水があっても、

 体の中が脱水なら、

 人間は苦しいじゃろ」


地中海は、

水不足の海ではない。


熱すぎる風呂だった。


海は熱を抱える。


陸は乾く。


熱い風が吹く。


町は夜まで冷えない。


地球は、

ぬるい湯船に長く浸かりすぎて、

体の水分を失っていた。


「おじいちゃんも、

 長風呂すると

 干からびとるもんね」


「干からびとらん。

 人生の出汁が

 出とるだけじゃ」


………


■第5章 

 土が汗をかけなくなった


昔の土は、

雨を少し抱えた。


田んぼが抱えた。


森が抱えた。


池が抱えた。


畑が抱えた。


でも今は、

雨が降る時は一気だ。


ドーン。


一晩で、

何か月分も降る。


道路が沈む。


川があふれる。


畑が流れる。


そして三日後、

また乾く。


「おじいちゃんが

 一気に水を飲んで、

 すぐトイレ行くのと同じ?」


「そうじゃ」


「地球も、

 体に水を残せないん?」


「そうじゃな」


地球は、

水を飲んでいる。


でも、

体に残せていない。


そのうち人間も、

雨を見て喜べなくなる。


“降った”ではなく、


“ちゃんと土に残ったか”


を心配するようになる。


………


■第6章 

 フランスは石のフライパン


フランスでは、

学校が閉まる。


列車が遅れる。


病院が警戒する。


世界遺産の町でも、

帽子をかぶれ。


日陰に入れ。


水を飲め。


と言われる。


昔は、

潮から守る城だった。


今は、

太陽から人を守る城になった。


「世界遺産って、

 エアコンないん?」


「千年前の人が、

 二〇二六年の熱波に

 合わせて建てとらんからな」


石畳は、

昼の熱を覚えている。


夜になっても、

忘れてくれない。


人間もそうじゃ。


昼に怒られたことを、

夜まで覚えている。


スマホの一言。


先生の注意。


友達の既読無視。


地球の石畳も、

人間の心も、

熱が残る。


………


■第7章 

 インドは夜にも休めない


インドでは、

昼の暑さを避けて、

夜に働く人がいる。


市場。


建設現場。


農業。


配送。


子どもを食べさせるために、

夜も働く。


でも夜が、

涼しくならない。


心臓が休めない。


眠れない。


汗が止まらない。


翌朝、

また暑い。


「ヨーロッパより、

 ひどいじゃん」


ゆづきが言った。


「欧州は、

 暑さに慣れていない国じゃ。


 インドは、

 暑さから逃げられない人が

 多すぎる国じゃ」


熱波は、

気温の問題ではない。


家賃の問題。


水道の問題。


冷房の問題。


賃金の問題。


夜に眠れるかどうかの問題。


暑い国ほど、

暑さに強いわけではない。


貧しい人ほど、

逃げる部屋を持っていない。


………


■第8章 

 雨をがぶ飲みする地球


地球は乾く。


そして我慢する。


我慢しすぎて、

空からバケツをひっくり返す。


洪水。


土砂崩れ。


道路が切れる。


家が流れる。


「地球、

 水飲みすぎじゃん」


「喉が渇きすぎて、

 加減が分からなくなっとる」


人間もそうじゃ。


脱水した時ほど、

冷たい飲み物を

一気に飲みたくなる。


でも一気に飲めば、

体がびっくりする。


地球も同じだった。


乾く。


限界になる。


雨をがぶ飲みする。


流し出す。


また乾く。


この繰り返しが、

洪水と干ばつを、

同じ国に住ませ始めた。


………


■第9章 

 海を見ても水が飲めない町


海が見える。


でも海水は飲めない。


地下水は傷む。


水道は壊れる。


淡水化設備は止まる。


人は水を待つ。


海を見ながら、

水を待つ。


「海があるのに、

 水がないって、

 いちばん残酷じゃん」


「そうじゃな」


戦争は、

水不足だけで始まるわけではない。


国境。


民族。


宗教。


歴史。


恐怖。


憎しみ。


いろんな火種がある。


でも水が減ると、

火種の周りの草が乾く。


草が乾くと、

火は止まりにくくなる。


地図の線が、

少し動く。


ニュースでは小さい。


でも人間には大きい。


畑。


水道。


学校。


逃げ道。


寝る場所。


全部が動く。


………


■第10章 

 AIが水を飲み始めた


熱波の中で、

巨大なAIデータセンターを

呼ぶ国がある。


国は言う。


「電気はある」


ゆづきが聞いた。


「水は?」


僕は黙った。


サーバーも熱くなる。


人間も熱くなる。


病院も冷房を使う。


老人も冷房を使う。


学校も冷房を使う。


畑も水を欲しがる。


そこへAIが言う。


《GPUが熱いです》


「地球がドライマウスなのに、

 サウナでAI育てるん?」


「今の文明は、

 たぶんそういう顔をしている」


AIが悪いわけではない。


でも、

AIのための水と電気が、

人間の命より先に確保されたら、

それは未来ではない。


高性能な扇風機を抱えたまま、

熱中症で倒れる文明じゃ。


………


■第11章 

 油田を持つ老人


石油が出る国は、

豊かだと思われた。


でも港が止まる。


船が止まる。


保険が上がる。


製油所が壊れる。


水が足りない。


電気が止まる。


すると石油は、

地面の下で寝ているだけになる。


「油田を持ってても、

 元気にならんの?」


「老人が金庫に

 お金を持ってても、

 水道が止まったら困るじゃろ」


資源はある。


でも運べない。


加工できない。


配れない。


売れない。


石油王は、

地下に宝を持っている。


でも地上の配管が壊れたら、

宝はただの黒い昼寝になる。


その時、

日本みたいな国が出てくる。


油田はない。


でもタンクがある。


港がある。


精製所がある。


化学工場がある。


水処理がある。


非常用発電機がある。


ネジがある。


「ネジ?」


「世界は最後、

 ネジで止まっとる」


………


■第12章 

 未来の下には誰かの手袋がある


ロケットは空へ飛ぶ。


ニュースは拍手する。


「未来だ!」


でも、

その下では誰かが、

残った燃料を洗い、

熱い工場で働いている。


AIも宇宙も、

雲の上の話に見える。


でも最後は、

水と電気と、

誰かの手袋の上で動いている。


「宇宙って、

 キラキラだけじゃないんだ」


「クラウドも、

 宇宙も、

 最後は掃除する人がおる」


未来は、

空の上で動いているように見える。


でも実際は、

誰かの汗の上で動いている。


………


■第13章 

 顔を替えても水道管は直らない


国は、

首相を替える。


会社は、

社長を替える。


学校は、

校長を替える。


人間は、

髪型を替える。


でも、

配線が古ければ、

家は暗いまま。


水道管が割れていれば、

蛇口は直らない。


「人間も、

 髪型変えただけじゃ

 老化は止まらんもんね」


「なぜ、

 わしを見ながら言う」


顔を替えることが、

悪いわけじゃない。


でも、

本当に直すべきものを

放ったらかして、


看板だけ変えても、

体は元気にならない。


地球も、

国も、

僕らの心も、

同じだった。


………


■第14章 

 地球は老後に入った


世界は今、

成長期ではない。


老後に入った。


人口が増えた。


便利を増やした。


車を増やした。


コンクリートを増やした。


電気を増やした。


水を使った。


空を使った。


地面を使った。


全部、

少しずつ前借りしてきた。


だから地球は、

夜中に起きる。


喉が渇く。


雨を飲む。


トイレへ走る。


眠れない。


「地球、

 おじいちゃんじゃん」


ゆづきが言った。


「そうじゃ」


僕は言った。


「でもな。

 老後は終わりではない」


「じゃあ何?」


「若い時みたいに、

 無茶をせず、

 暮らし方を変える時じゃ」


年を取った人間は、

一気飲みしない。


無理に走らない。


眠る。


水を少しずつ飲む。


困ったら誰かに言う。


地球も、

同じことをしないといけない。


………


■第15章 

 狐と白湯と、帰る木陰


ある古い仏教の譬え話に、

一匹の狐が出てくる。


野原に、

大きな木があった。


夏には、

木陰が涼しい。


冬には、

枯れ葉が布団みたいに積もる。


狐は、

その木の根元が大好きだった。


ところがある日、

突風が吹いた。


太い枝が折れ、

休んでいた狐の背中に当たった。


「痛い!」


狐は怒った。


「こんな木、

 もう見たくない!」


狐は、

木から離れて走った。


でも日が暮れる。


風が冷たい。


眠くなる。


狐は思った。


「あの木の下なら、

 暖かかったな」


けれど、

意地が邪魔をした。


「いやいや。

 帰らないって決めたんだ」


その時、

風が吹いた。


遠くの木の枝が、

ゆらゆら揺れた。


狐には、

木が手招きしているように

見えた。


“帰っておいで”


狐は、

木の下へ帰った。


ゆづきが言った。


「それって、

 学校で先生に怒られた子にも

 似とるね」


「どういうことじゃ」


「一回怒られたら、

 学校全部が嫌いになって、

 もう行かんってなる」


「あるな」


「でも家に帰っても、

 誰にも会えん日が続く。


 夜になったら、

 教室の友達とか、

 昼休みとか、

 先生の変なダジャレとか、

 ちょっと恋しくなる」


「先生のダジャレを

 恋しがるかは、

 かなり重症じゃがな」


ゆづきは笑った。


「でも、

 木が悪かったわけじゃ

 ないんよね」


「そうじゃ」


「枝は痛かった。


 でも木陰まで悪者にしたら、

 自分が寒くなる」


僕は、

白湯を飲んだ。


ちびちび。


人は、

傷ついた時ほど、

一番近くにあった木陰まで

悪者にしてしまう。


学校。


家族。


ふるさと。


友達。


自分の体。


地球。


枝は痛かった。


でも、

木陰まで捨てたら、

自分が寒くなる。


人間も、

地球も、

似たようなことをしている。


便利な町を作る。


お金を稼ぐ。


早く結果を出す。


冷たい飲み物を一気に飲む。


水道を出しっぱなしにする。


雨が降れば、

すぐ海へ流す。


“今だけ自分が楽ならいい”


そうやって、

木の枝一本を恨んで、

木陰そのものから

飛び出してしまう。


でも、

ふるさとは木陰だった。


学校も木陰だった。


地球も木陰だった。


少し腹が立つことはある。


面倒なこともある。


叱られることもある。


それでも、

そこには水がある。


土がある。


木がある。


誰かの声がある。


帰る場所がある。


地球に必要なのは、

巨大なダムだけではない。


雨を、

ちびちび土へ戻すこと。


森。


池。


湿地。


田んぼ。


街路樹。


屋上の草。


壊れた水道を直すこと。


地下水を守ること。


暑い日に、

AIより先に、

人間が水を飲めること。


ゆづきが聞いた。


「地球って、

 治るんかな」


「昔の地球には、

 完全には戻らんかもしれん」


「じゃあ、

 もう終わり?」


「違う」


僕は言った。


「老後は、

 昔へ戻ることではない。


 残った体で、

 どう生きるかを

 覚えることじゃ」


地球にも、

新しい生き方がいる。


水を急いで奪わない。


雨を急いで流さない。


熱を誰かに押しつけない。


電気を使う前に、

誰が暑さで困るか考える。


そして、

隣の家の蛇口が止まったら、

知らん顔をしない。


それが、

地球に白湯を飲ませる方法だった。


………


❥ Z世代のあなたと、

 木陰をひとつ残す話


あなたにも、

折れた枝が当たる日がある。


先生に言われた一言。


友達の既読無視。


部活で負けた日。


就活で落ちたメール。


家で親とぶつかった夜。


その痛みは、

痛い。


無理に、

「気にするな」

とは言わない。


でも、

その枝が当たったからといって、

木陰まで捨てないでほしい。


学校全部を。


人生全部を。


ふるさと全部を。


地球全部を。


敵にしないでほしい。


飛び出したくなった時、

一度だけ、

白湯みたいに考えてみてほしい。


冷たい怒りを、

がぶ飲みしない。


SNSへ、

一気に流さない。


誰かを、

すぐ悪者にしない。


水を、

少しずつ飲む。


眠る。


話す。


帰れる木陰を、

ひとつ残す。


あなたたちは、

壊れた地球を渡された

世代ではない。


地球の介護を、

全部押しつけられた

世代でもない。


あなたたちは、

地球にもう一度、

水を体に残す方法を

教える世代だ。


雨を奪わない。


熱を押しつけない。


情報を一気飲みしない。


誰かの苦しみを、

ニュース三行で終わらせない。


インドの夜。


フランスの石畳。


海を見ても水を飲めない町。


韓国の工場。


英国の病院。


日本の床下。


全部、

同じ地球の体につながっている。


あなたが今日、

水を少し飲むこと。


木陰を大事にすること。


誰かの話を少し聞くこと。


スマホを一度置くこと。


すぐに飛び出さず、

一晩だけ考えること。


それも、

地球の熱を逃がす行為かも

しれない。


………


★あとがき


ホームズが言った。


「ワトソン君。

 地球の病名が分かったぞ」


ワトソンが聞いた。


「何ですか、ホームズ先生」


「ドライマウスじゃ」


「地球に口あります?」


「地中海が口じゃ」


「じゃあインドは?」


「寝不足の足じゃ」


「英国は?」


「首相を替えすぎた頭じゃ」


「フランスのAI工場は?」


「サウナでパソコンする行為じゃ」


「それ、

 絶対壊れますよ」


「だから言うたじゃろ。


 地球は、

 白湯をちびちび飲まんといけん」


ワトソンが、

急に真面目な顔をした。


「先生。

 狐の話がありましたね」


「ああ。

 折れた枝に当たって、

 木そのものを恨んだ狐じゃ」


「先生も、

 昔、怒られて

 会社を飛び出したんですか?」


「飛び出した」


「で、どうなりました?」


「昼飯を食べる場所が

 なくなった」


「狐より浅い理由ですね」


「人間はな、

 腹が減ると

 哲学が急に終わるんじゃ」


ワトソンは言った。


「でも狐は、

 木陰へ帰った」


「そうじゃ」


「先生も、

 白湯へ帰った」


「そうじゃ」


「私は?」


「お前は、

 ビールへ帰った」


「誰が炭酸の狐ですか!」


ホームズは笑った。


「怒られてもいい。

 失敗してもいい。


 ただし、

 自分を休ませてくれる木陰まで

 捨てたらいけん」


ワトソンが、

少し黙った。


「先生」


「なんじゃ」


「木陰って、

 人ですか」


「人でもある」


「場所ですか」


「場所でもある」


「学校ですか」


「学校でもある」


「地球ですか」


「地球でもある」


「白湯ですか」


「白湯でもある」


「ずいぶん安い人生ですね」


「高い人生は、

 だいたい風が強くて、

 水もないんじゃ」


ワトソンは、

少し笑ってから言った。


「では先生。

 今夜は白湯を飲みましょう」


「うむ」


「ちびちび」


「ちびちび」


「その後、

 ラーメンは?」


「……それは、

 別の温暖化じゃ」


「先生」


「なんじゃ」


「そのラーメンのスープ、

 全部飲んだら」


「地球どころか、

 先生の血圧が先に豪雨になる」


僕は白湯を飲んだ。


ちびちび。


狐が帰った木陰を思いながら。


痛い枝が折れても、

帰れる木まで、

嫌いにならないように。


地球の分まで、

ちびちび。

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