『五年後の鉛筆』第30回 ✲ 芸術は爆発だ?人生は、鉛筆だ(笑) ――岡本太郎は母の寿司で爆発した。僕は六十五歳で、AIに手伝ってもらい鉛筆になった――
✦『五年後の鉛筆』第30回
✲ 芸術は爆発だ?
人生は、鉛筆だ(笑)
――岡本太郎は母の寿司で爆発した。
僕は六十五歳で、
AIに手伝ってもらい鉛筆になった――
………
五年後。
孫のゆづきは
二十一歳になっていた。
AIで作った自己PRは、
本人より立派である。
《私は困難な課題にも、
粘り強く取り組み――》
「嘘じゃぁ〜ん」
ゆづきが言った。
「私は昨日、
洗濯物を取り込んだだけで
人生が終わった…(哀)」
僕は言った。
「だけど、それは
困難を乗り越えた(笑)」
「乗り越えてない。
ただ、
洗濯物に負けただけ…(涙)」
AIは、
ゆづきより優秀なゆづきを
作ってしまった。
文章は完璧。
志望動機も完璧。
未来も明るい。
でも、
本物のゆづきは、
スマホの前で少し泣いていた。
「この子が代わりに
面接に行けばいいのに…(妬)」
僕は七十二歳。
髪は減った。
薬は増えた。
でも、
余計なことを言う力だけは
なぜか増えていた。
「ゆづき」
「なに?」
「人間はな。
完璧になりたいんじゃないよ」
「じゃあ何?」
「怖いんじゃ」
「何が?」
「老いるのが…。
病気になるのが…。
大事な人がいなくなるのが…。
最後に、
自分がいなくなるのが…」
ゆづきは、
スマホを伏せた。
「急に重いね?」
「人生は重い。
だから
人間は、軽そうなアプリを
次から次に入れるんじゃ…」
………
★目次
■第1章
AIが作った完璧な私に、
本物の私が負けた夜
■第2章
二十一歳なのに、
もう老後対策をしている
■第3章
推しは救いか、
月額課金の神様か
■第4章
寝息が止まる日は、
通知されない
■第5章
幼稚園の僕は、
牛肉をポケットに隠した
■第6章
岡本かの子は、
なぜ息子に鮨を握ったのか
■第7章
岡本太郎は爆発した。
僕は六十五歳で鉛筆になった
■第8章
寮の窓から、
魚を畑へ投げた日
■第9章
蜂の巣を駆除した日、
僕は正しい人になれなかった
■第10章
W杯は一つのボールを追う。
世界は人を入国審査する
■第11章
0と1の間に、
人間の寝息がある
■第12章
お釈迦様は、
最初のおすすめ地獄から逃げた
■第13章
筋トレ地獄と、
スジャータの乳粥
■第14章
AIは阿弥陀様ではない。
でもアシストにはなれる
■第15章
浄土へ行く前に、
不格好な光を握れ
………
★本文
■第1章
AIが作った完璧な私に、
本物の私が負けた夜
AIは速い。
自己PRを書く。
志望動機を書く。
面接の練習もする。
「あなたの強みは?」
と聞かれたら、三秒で答える。
《粘り強く課題に向き合い、
周囲と協力しながら――》
ゆづきは画面を見て言った。
「誰?」
AIが作ったゆづきは、
やたらに前向きだった。
朝から課題に向き合う。
昼には協力する。
夜には反省までしている。
本物のゆづきは、
洗濯物を取り込んだだけで
ベッドに倒れている。
「私の強みは、
洗濯物を取り込んでから
三十分寝られることです…」
と言ったら、
たぶん面接は落ちる。
でも人生としては、
かなり重要な能力である。
洗濯物を取り込み、
雨にも負けず、
花粉にも負けず、
そのまま横になれる…。
これはもう、
小さな防災訓練である。
人間は疲れる。
迷う。
忘れる。
泣く。
そして、
冷蔵庫を開けてから、
「何を取りに来たんだっけ?」
と、
自分の人生を一瞬見失う。
AIが作った完璧な自分に
負けそうになった時、
ゆづきは言った。
「私、ちゃんとした人に
なれないかも(哀)…」
その言葉を聞いて、
僕は思った。
人間は昔から、
ずっと同じことを思っていた。
社長も。
会社員も。
ライバルも。
主婦も。
幼なじみも。
受験生も。
カラオケで
高音が出なかった
あの老人も?
「私は、このままで
いいのだろうか?」
高音が出ない老人は、
だいたい最後に言う。
「昔は出たんじゃ…」
それもまた、
人間の自己PRである。
………
■第2章
二十一歳なのに、
もう老後対策をしている
スマホを開くと、
若返り広告がやたらと流れる。
腸活。
睡眠改善。
肌年齢。
糖化。
筋トレ。
美容医療。
資産形成。
二十一歳なのに、
もう老後が追いかけてくる。
僕が二十一歳の頃は、
老後より先に、
「今月、給料日まで
どうやって生きていくか?」
の方が問題だった。
ゆづきが言った。
「じいじ…」
「なんじゃ…」
「若い人にまで
アンチエイジングを売るの、
ひどくない?」
「人間はな。
死ぬのが怖いから、
若返りを買う!」
「老いるのが怖いから、
サプリを買う!」
「不安だから、
保険を買う!」
「将来が怖いから、
投資を買う!」
「怖がらせて、
政治も売る!」
ゆづきは、
少し黙った。
「じいじ、
急に街頭演説みたい…」
「人生はな。
だいたい不安の訪問販売じゃ」
「怖いのは本当だよ」
そうじゃ。
老いる。
病気になる。
働けなくなる。
大切な人がいなくなる。
人間は、
怖いから未来を買う。
でも、
未来ばかり買っていると、
今日がなくなる。
老後のために、
今を我慢しすぎて、
気がついたら、
「私は何歳から
生きる予定だったんだろう?」
となる。
それでは、
人生設計というより
人生の留守番電話じゃ…。
………
■第3章
推しは救いか、
月額課金の神様か
ゆづきには、
推しがいた。
歌う。
踊る。
失恋しても、
画面の向こうで笑っている。
「推しがいるから
生きられる」
そう言う若い人を、
僕は笑えない。
昔の人も、
何かを見上げて生きた。
歌手。
映画俳優。
野球選手。
起業家。
上場会社。
国家。
宗教。
人間は、
何かに向かって言う。
「頼むから、私の人生を
少し明るくしてくれ!」
今は、
その相手がスマホにいる。
しかも、
寝る前に顔が見られる。
これは強い。
仏壇でも、
なかなか通知は来ない。
ただし、
推しは卒業する。
炎上もする。
結婚もする。
活動休止もする。
通知一つで、
心が倒産する。
ゆづきが言った。
「推しって、
救いみたいだね」
僕が言うと、
ゆづきは怒った。
「違うよ。
神様より返信が早い」
「それは強い」
「でも、
返信が来ないと死ぬ」
「神様も
既読ぐらい付けてくれたら
ええのにな?」
「じいじ、
宗教改革を始めないで…」
人間は、
誰かに救われたい。
でも、救いを
一人の人間や一つの画面に
全部預けると危ない。
推しが休んだだけで、
自分の人生まで
臨時休業にしてはいけない。
だから、救いは、
一カ所に置かない方がいい。
友達にも置く。
散歩にも置く。
自転車にも置く
ラジオにも置く。
チョコ●ップにも置く
歌にも置く。
コーヒーにも置く。
たまには、
スーパーの半額シールにも置く。
「今日、
生きててよかった」
と思う理由は、
案外二百円引きだったりする。
でも、
救いを受け取るだけで
終わらせない方がいい。
友達が落ち込んでいたら、
「大丈夫?」
と一言送る。
家で黙っている人がいたら、
まず、お茶を一杯置く。
SNSで誰かを叩きたくなったら、
その前に一回、
スマホを伏せる。
たいしたことじゃなくていい。
自分が誰かへ渡す言葉にも、
小さな救いを置いておく。
その言葉が、
相手の人生を変えるとは限らない。
でも、
夜のコンビニみたいに、
「まだ明かりがついていた」
と思わせることはできる。
Z世代の君が
誰かに渡した一言は、
いいね一個より、
ずっと長く残るかもしれない。
………
■第4章
寝息が止まる日は、
通知されない
僕は、
亡くなる前の
母の寝息を覚えている。
ぐう、ではない。
疲れ切った人が、
深い海の底で
息をしているような、
ゴー。
ゴー。
という音だった。
いびきみたいだった。
いつもの母なら、
それでもまた起きる。
少し笑って、
「来とったんかな?」
と寝ぼけまなこで言う。
お医者さんは言った。
「長くはないかもしれません。
そばにいてあげてください」
でも僕は、
どこかで思っていた。
また今回も、
母は戻ってくるんじゃないか。
本当に何度も、
戻ってきた人だったから。
だから横で、
正信偈を歌った。
何回歌ったか、
分からない。
「帰命寿量寿如来…」
母の体の中では、
小さな細胞たちが、
もう頑張れない。
でも、
もう少しだけ。
と、
誰にも褒められず、
黙って働いていたのかもしれない。
血圧計の数字が下がった。
少し戻った。
また下がった。
僕はそのたびに、
「ほら、
まだ帰ってくるじゃろ…」
と思った。
何度も、
「戻っておいで…」
と言った。
でも最後に、
数字はゼロになった。
画面は静かだった。
母の体も、
静かだった。
その瞬間、
母の中で働いていた
何兆もの細胞が、
長い長い勤務を終えたように、
ひとつずつ、
電気を消していった気がした。
怖かった。
でも、
最後を見届けられたことは、
僕の大きな財産になった。
人は、
いなくなる。
でも、
最後の寝息まで
覚えている人の中では、
その人は、
少し長く生き続ける。
だから人間は、
忘れないために
いろんなものを残そうとする。
写真を撮る。
動画を撮る。
声を録る。
歩いた数も。
眠った時間も。
心臓の鼓動も。
「ちゃんと生きていた」
という証拠を、
小さな機械に
預けていく。
健康アプリは、
心拍数を測る。
歩数も測る。
睡眠も測る。
僕のスマホは、
「今日はよく歩きました!」
と褒めてくる。
まるで、
腕に小さな体育教師が
住んでいるみたいじゃ。
でも、
翌日になって膝が痛くて
動けなくなると、
急に知らん顔をする。
機械は、
励ますタイミングが
だいたい雑である。
そして時計は、
母の最後の寝息までは
測れなかった。
あのゴー、ゴーという音が、
あと何回続くのか。
それは、
どんな高性能なアプリにも
表示されなかった。
《お母さんの寝息が
あと何回聞けるか?》
そんな通知は、
絶対に来ない。
《大切な人と
あと何回話せるか?》
そんな残酷な表示も、
出ない。
人間に本当に必要な数字ほど、
画面には出ないのかもしれない。
人間は、
知らないから生きられる。
でも、
知らないから、
いなくなってから泣く。
ゆづきが聞いた。
「じいじも、
死ぬのが怖い?」
「怖い」
「なのに、
なんで平気そうなの?」
「平気そうにしている方が、
周りが困らんじゃろ」
「大人ってずるい」
「大人はな。
心配を隠して、
コーヒーを飲む生き物じゃ」
「コーヒーで解決するの?」
「解決はせん。
でも湯気が出る」
「それだけ?」
「湯気が出るだけで、
少し人生は
人間らしくなるんじゃ」
………
■第5章
幼稚園の僕は、
牛肉をポケットに隠した
僕は幼稚園の頃、
ご飯が食べられなかった。
豚肉を見ると、
豚の脂肪の塊に見えた。
ウインナーを見ると、
腸の中に肉が入っていると
想像してしまった。
牡蠣は、
どろどろして怖かった。
ネギのぬるぬるで、
吐きそうになった。
幼稚園の給食は、
僕にとって
小さなホラー映画だった。
周りの子は食べている。
先生は笑っている。
なのに僕だけ、
ウインナーを見ている。
「これは本当に
食べ物なのか?」
と、
三歳にして僕は、
給食を前に哲学者になっていた。
豚も生きていた。
鶏も生きていた。
魚も生きていた。
牡蠣も。
ネギも。
しいたけも生きていた。
しいたけなんか、
見た目からして
もう森の長老だった。
「なんで僕は
この人たちを食べるの?」
と聞いても、
大人は困る。
「栄養があるからよ…」
正しい。
「大きくなるからね…」
これも、正しい。
でも、
正しい言葉の向こうで、
牛は死んでいた。
鶏も死んでいた。
だから僕は、
考えた。
「食べられないなら、
ポケットへ入れればいい(笑)」
三歳の僕の中では、
これは完全犯罪だった。
口に入れない。
先生にも見つからない。
家に帰るまで、
証拠は消える。
ところが、
ポケットというのは、
思ったより正直だった。
肉汁は出る。
ネギは貼りつく。
ご飯粒はポケットに
こびりついている。
ウインナーは、なぜか
横向きで存在感を出す。
家に帰って、
母が洗濯物を触った。
最初は、
何も言わなかった。
次に、
僕のズボンのポケットを
ぐっとつかんだ。
重かった。
「……なに、これ?」
母は、
ゆっくりポケットを開けた。
最初に出てきたのは、
ご飯粒だった。
次に、
しおれたネギ。
次に、
半分つぶれたウインナー。
次に、
謎の茶色い肉。
母は黙った。
僕も黙った。
ポケットだけが、
すべてをしゃべっていた。
「お弁当が……
ポケットから帰ってきとる!」
母は言った。
「お前、給食を持って帰るなら、
せめて弁当箱で持って帰れ!」
僕は言った。
「だって、
食べられんかったんじゃ…」
「じゃあ
先生に言いなさい!」
「言ったら、
食べなさいって言われる」
「そりゃ給食じゃから!」
母は、めちゃくちゃ怒っていた。
悲しそうでもあった。
「食べ物を粗末にして!」
正しい。
「嘘つき!」
これも正しい。
「こんなことしたら、
バチが当たるよ!」
それも、
たぶん正しい。
でも僕は、
食べることが怖かった。
牛や鶏や魚が、
ただの料理ではなく、
さっきまで生きていたものに
見えた。
生きるとは、何かの死の上に
自分の明日を置くことだった。
幼稚園の僕には、
それが見えすぎた。
大人になると、
見えなくなる。
ところが、見えなくなると、
焼き肉は妙においしい。
見えないから、
「カルビ追加!」
と、
元気よく言える。
しかも
追加したカルビが来ると、
さっきまで
命について考えていた人も、
「これ、よく焼けてる?」
「まだ赤いよ…」
「ちゃんと焼いた方がいいよ」
とか言い始める。
人間とは、
だいぶ都合のいい生き物である。
でも、
たまに見えることも
必要じゃね。
いただきますは、
食前のあいさつではない。
「私は今日も、
何かの命のバトンをつなげて
生きています」
という、
小さな返事なのかもしれない。
そしてポケットには、
できれば何も入れない方がいい。
特に、
しいたけと鶏肉は(哀)…。
………
■第6章
岡本かの子は、
なぜ息子に鮨を握ったのか
昔、
食べられない子どもがいた。
食べ物が怖い。
生魚も怖い。
食べることそのものが、
世界に飲み込まれるみたいで怖い。
困った母親は、
寿司屋を呼ばなかった。
料理評論家も呼ばなかった。
AI栄養士もいなかった。
母は、
自分で道具をそろえた。
手を洗った。
きれいにした。
そして、
不格好な鮨を握った。
玉子。
イカ。
白身の魚。
いきなりトロは出さない。
子どもの怖さを見て、
淡いものから渡した。
ここがすごい。
母は、
「食べなさい!」
とは言わなかった。
「あなたは
普通になりなさい!」
とも言わなかった。
ただ、
自分の手で
一貫ずつ握った。
不格好でいい。
大きさが違ってもいい。
具が落ちてもいい。
子どもは、
母が握るのと競争するように、
鮨を食べた。
「なぜ食べられたのか?」
鮨が高級だったからではない。
母の手が、
「あなたは生きていい!」
と、
先に言っていたからだと思う。
食べるとは、
命を奪うことだけではない。
誰かから生きていいと、
バトンを渡されることでもある。
………
■第7章
岡本太郎は爆発した。
僕は六十五歳で鉛筆になった
その子は、
やがて大きくなった。
そして、
岡本太郎という名前になった。
「芸術は爆発だ!」
ものすごい言葉である。
言った瞬間、
「座布団10枚!」
どころか、
会場の壁まで
一枚吹き飛びそうじゃ。
だけど、
僕が言えば、
「人生は鉛筆だ!」
である。
座布団は来ない。
たぶん店員さんが、
「芯、HBでよろしいですか?」
と聞いてくる。
爆発と鉛筆。
片方は火薬。
片方は文房具屋のレジ横。
だいぶ温度差がある。
岡本太郎は、
芸術の世界へ飛び込んだ。
僕は六十五歳まで、
ふらふらしていた。
証券会社で、
数字を追った。
株価が上がれば、
急に未来が明るく見えた。
下がれば、
昨日まで偉そうだった人まで、
急に電話に出なくなった。
数字は正直な顔をして、
人間の顔色を毎日変えていた。
そのあと眼鏡屋さんで、
人の目を見た。
「最近、
見えにくくてねえ」
と言う人の目の奥には、
値札より大きな心配が
映っていた。
老眼鏡をかけて、
「これ、よう見えるわ」
と言う。
でも本当に見たいのは、
新聞の字じゃない。
自分のこれからが、
まだ少し見えるかどうか
じゃった。
眼鏡は、
文字を大きくしてくれる。
でも人生の先までは、
なかなか
ピントを合わせてくれん。
僕もそうだった。
父とは、
何回もぶつかった。
言い方が悪い。
声が大きい。
「何度言ったら
わかるんじゃ!」
こっちはこっちで、
「なんで
分かってくれんのじゃ!」
と思う。
家庭内では、
親子げんかという名の
小さな国際紛争が
しょっちゅう起きていた。
母は、
間に入らなかった。
いや、
入れなかったんじゃと思う。
父と僕の間に立てば、
今度は母まで
火の粉をかぶる。
だから母は、
台所で黙っていた。
味噌汁だけが、
ぐつぐつ言っていた。
あれはたぶん、
母なりの意見だった。
僕の人生を振り返ると、
うまく行った日もあった。
でも、
うまく行かない日の方が、
たぶん多かった。
夜になると、
「あの日、
なんであんな言い方
したんじゃろう」
という反省会が始まる。
司会も自分。
被告も自分。
判決も自分。
だいたい有罪である。
しかも控訴しても、
裁判官が自分なので、
ほぼ勝ち目がない。
そして、
母の看病をした。
三年。
病院。
薬。
点滴。
待合室の椅子。
名前を呼ばれるまでの時間。
寝息。
弱っていく体。
最後らへん、
母は目を開けたまま
眠るようになった。
僕は最初、
「起きとるんか?寝とるんか?
どっちなんじゃ…」
と思った。
でも、
あれはたぶん、
こちらの世界と、
向こうの世界のあいだを、
ゆっくり歩いていたんだと思う。
部屋は静かだった。
機械だけが、
ときどき鳴った。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
まるで、
この世がまだ母を
呼び止めているようだった。
その横で、
僕らは正信偈を歌った。
「帰命寿量寿如来…」
母も、
かすかな声で続けた。
声になったり。
ならなかったり。
言葉になったり。
息だけになったり。
生まれて。
泣いて。
食べて。
怒って。
笑って。
誰かを好きになって。
誰かとすれ違って。
病気になって。
また、
誰かの手を握って。
そうやって人は、
この世に来て、
いつか、
向こうへ行く。
波が来て。
引いて。
また来るように。
母の声は、
その大きな流れの中へ、
少しずつ
溶けていくようだった。
怖かった。
ものすごく怖かった。
でも、
正信偈を歌っていると、
死ぬことは、
真っ暗な穴へ
落ちることだけではなく、
長い川を、
先に渡っていくことかも
しれないと、
少しだけ思えた。
母は歌いながら、
僕に言った。
「もお、えぇわ…」
「楽しかった…」
「だけど、疲れたわ…」
僕は、
うまく答えられなかった。
ただ、
「うん」
とだけ言った。
それしか、
言えなかった。
そこを通って、
僕は少しだけ悟った。
人生は、爆発ではない。
人生は、鉛筆だ。
消して。
書いて。
また消して。
「さっきの発言、
なかったことに
できませんか?」
と思っても、
人生はだいたい、
消しゴムのカスだけ
きれいに残る。
折れたら削る。
削りすぎたら短くなる。
短くなると、持ちにくい。
でも、
短い鉛筆ほど、
「まだ使えます」
と、
文房具界の
ベテラン社員みたいな
顔をしている。
AI小説を書き始めて、
やっと思った。
僕の失敗も。
恥も。
怒りも。
母への思いも。
父への反発も。
証券会社で見た、
人が数字に振り回される景色も。
眼鏡屋で見た、
見えにくくなった人の
小さな不安も。
全部、
捨てるために
あったのではない。
次の人へ渡す文章の、
芯になるのかもしれない。
芸術は爆発だ。
でも、
六十五歳からの人生は、
鉛筆でもええ。
爆発できない人は、
書けばええ。
火花が出なくてもいい。
芯が少し残っていたら、
まだ誰かの夜に、
一本線を引ける。
ただし。
人生の鉛筆には、
立派な言葉だけでは足りない。
人には、
見せたくない下書きがある。
言いすぎた一言。
送らなかったLINE。
思い出すたびに、
布団の中で
足をバタバタさせたくなる記憶。
人生には、
黒歴史フォルダがある。
しかも、
完全削除ボタンがない。
夜中になると勝手に開いて、
《あの日のあなたです》
と、
妙に高画質で
再生される。
でも、
それでええのかもしれない。
黒い芯があるから、
鉛筆は字が書ける。
恥ずかしい記憶があるから、
人は少しだけ、
誰かにやさしくなれる。
僕にも、
消せないページがある。
次の章は、
そのページの話じゃよ。
若い僕が、
寮の窓を開けている。
その向こうに、
畑があった。
………
■第8章
寮の窓から、
魚を畑へ投げた日
証券会社に入ったばかりの頃、
僕は寮に住んでいた。
食事を作るのは、
年を取った夫婦だった。
毎日、
早くから台所に立ち、
僕ら若い社員のために、
ご飯を作ってくれていた。
でも当時の僕らは、
そんなことを
まるで考えなかった。
魚のにおいが変だと、
先輩が言う。
肉が固いと、
誰かが笑う。
味噌汁がぬるいと、
まるで日本経済が
終わったみたいな顔をする。
若い男の舌は、
だいたい偉そうである。
しかも、
自分で作ったこと
なんてない。
包丁を持たせたら、
玉ねぎより先に
自分の指を切りそうな連中が、
食堂では、ミシュランの
審査員みたいになる。
「今日のサバ、
ちょっとなあ?」
「この肉、
噛んでも噛んでも
人生が開けん…」
今思えば、
ただの若者の
口の悪い空腹である。
ある日、
食事の途中で
夫婦が部屋へ戻った。
誰かが言った。
「今じゃ!」
何が今なのか。
今思えば、
完全に意味が分からん。
僕らは窓を開けた。
寮の隣には、
小さな畑があった。
魚を投げた。
肉を投げた。
おかずを投げた。
「ごちそうさまでした!」
と笑いながら、
畑へ投げた。
ごちそうさまの使い方が、
根本から間違っている。
畑の野菜も、
だいぶ迷惑だったと思う。
「急に
天からサバが降ってきた!」
と、
土の中のミミズまで
びっくりしたはずじゃ。
白菜は、
空から落ちてきた魚を見て、
「今日の肥料、
海の味じゃな…」
と思ったかもしれない。
若かった。
偉そうだった。
食べられることを、
当たり前だと思っていた。
幼稚園の頃、
牛や鶏の命が怖くて
食べられなかった少年は、
社会人になったら、
誰かが作ったご飯を
笑って捨てる男になっていた。
僕は、
あの窓から飛んでいった魚を
今でも覚えている。
白い皿の上では、
ただの焼き魚だった。
でも畑へ飛んだ瞬間、
急に重くなった。
魚だけではない。
料理を作った人の朝も。
台所の湯気も。
買い物袋の重さも。
「若い人に、
ちゃんと食べさせよう…」
と思った気持ちも。
全部まとめて、
窓の外へ投げたのだと思う。
生き物の命を忘れた。
料理を作った人の時間も忘れた。
自分がいつか老いることも、
死ぬことも忘れた。
若い人だけではない。
人間は、
調子がいい時ほど、
何かを見失う。
株が上がっている時。
体が元気な時。
給料が入った時。
誰かが自分のために
ご飯を作ってくれる時。
その時、
人はつい思う。
「これは、ずっと続く」
まさに王様気分!
でも、
続かない。
寮の食堂も。
若さも。
親の手料理も。
母の寝息も。
ずっとそこにあるようで、
ある日、
急に過去になる。
後悔は、
過去を消せない。
消しゴムでこすっても、
紙は少しへこむ。
でも、
そのへこみの上からなら、
次の言葉は書ける。
だから僕は今、
あの時の魚も。
畑も。
笑っていた自分も。
ごまかさずに
鉛筆で書いている。
若い頃の自分を
立派な人に見せるためではない。
次の人が、
同じ窓を開ける前に。
少しだけ、
立ち止まれるように。
そして、
「ごちそうさま」
という言葉を、
ちゃんと
食べ終わったあとに
言えるように。
………
■第9章
蜂の巣を駆除した日、
僕は正しい人になれなかった
実家の縁の下に、
大きな蜂の巣ができた。
嫁さんが言った。
「刺されたら危ない!
何とかせんと!」
「ほら、
何匹も飛んどるでしょ!
あなた、
見えないの?」
正しい。
あまりに正しい。
だけど僕には、
今日まで見えていなかった。
いや。
見えていたのに、
見ないことにしていた。
人間は困る。
自分に関係ない蜂は、
だいたい背景になる。
「まあそのうち、
どっか行くじゃろ」
と、
蜂に対して
勝手に転職を勧めていた。
でも蜂は、
転職しなかった。
縁の下に、
新築一戸建てを建てていた。
業者さんが来た。
防護服を着ていた。
白い宇宙服みたいだった。
僕は少し思った。
「蜂の方から見たら、
急にNASAが来たな」
業者さんが薬をまいた。
蜂がぐるぐる飛んだ。
逃げた。
怒った。
何匹かは、
巣を守ろうとした。
そして、
一匹ずつ落ちた。
羽が止まった。
巣の中には、
幼虫もいた。
まだ飛んだことのない
蜂たちが、
小さく並んでいた。
僕は思った。
「家族を守るためだから、
仕方ない…」
でも同時に思った。
「蜂から見たら、
これは大虐●じゃ」
守る。
●す。
正しい。
苦しい。
二つが、
同じ庭にいた。
嫁さんは悪くない。
業者さんも悪くない。
僕も、
刺されたくない。
蜂さんだって、
ただ家を作って、
子どもを育てていただけじゃ。
みんな、
自分の家族を守ろうとしていた。
それなのに、
誰かを守るたびに、
誰かの世界が終わる。
これが、
大人の世界なのかもしれない。
子どもの頃の僕は、
肉を見て怖がった。
牛も。
鶏も。
しいたけも。
「なんで食べるの?」
と、
いちいち困らせる子どもだった。
でも大人になると、
見えなくなる。
スーパーのパックに入った肉は、
ただの特売品になる。
蜂さんの巣も、
ただの害虫になる。
ニュースの中の戦争も、
ただの数字になる。
「何人死んだ」
と聞いても、
画面を閉じれば、
次の動画が始まる。
大人になるとは、
見えないふりが
上手になることなのか?
社会人になるとは、
痛いものに
慣れることなのか?
そんな世の中を知って、
「俺も大人になった」
と胸を張るなら、
それは少し、
悲しい。
だからせめて、
自分だけを
善人席に座らせない。
「家族を守ったから、
私は正しい」
だけで終わらせない。
蜂さんの幼虫にも、
一瞬だけでも目を向ける。
その一瞬があるだけで、
人は少し、
人間のままでいられる。
ゆづきが言った。
「じいじ、
蜂さんに謝ったの?」
「謝った」
「聞こえた?」
「たぶん、
聞こえんかった」
「じゃあ意味ないじゃん」
「意味はあるんじゃ」
「どこに?」
「次に、自分が
正しいと思った時に、
一回だけ立ち止まれる」
蜂の巣は、
確かになくなった。
庭は、
しばらく静かだった。
でも今日、
洋間から縁側をのぞくと、
また数匹、
蜂さんが飛んでいた。
「まさか…」
と思った。
今度は別の蜂さんが、
縁の下に新しい団地を
建て始めたのかもしれない。
蜂は去る。
また来る。
巣はなくなる。
また作られる。
お釈迦さんは、
たぶん最初からよく知っていた。
生まれて。
死んで。
また生まれて。
また死んで。
命は、同じ場所を
形を変えながら何度も通っていく。
だから庭は静かでも、
世界は、
ずっと生き直している。
………
■第10章
W杯は一つのボールを追う。
世界は人を入国審査する
ワールドカップでは、
一つのボールを
世界中の人が追いかける。
肌の色も。
国籍も。
宗教も違う。
でもゴール前では、
みんな同じ顔になる。
「入れ!」
ところが、ピッチの外では、
別の線が引かれる。
この国の人は入れていい。
この国の人は危ない。
この宗教は疑う。
このパスポートは止める。
サッカーは十一人対十一人。
でも世界は、
こっち側。
あっち側。
という、
もっと古い試合をしている。
ゆづきが言った。
「スポーツって、
平和じゃないの?」
「平和になれる場所じゃ。
でも人間が持ち込む荷物は、
重いんじゃ」
「荷物?」
「恐怖。
偏見。
復讐。
昔の恨み」
「手荷物検査で
没収できないの?」
「できたら空港は、
今よりだいぶ平和じゃ」
………
■第11章
0と1の間に、
人間の寝息がある
SNSは、
すぐ二つに分ける。
善か悪か?
親米か反米か?
改憲か護憲か?
老人か若者か?
日本人か外国人か?
縄文か弥生か?
0か1か?
思い出が トラウマ か?
でも本物の人間は、
そんなにきれいに分かれない。
故郷を守りたい。
でも、
知らない人を追い出したくない。
平和がいい。
でも
怖い時は、守ってほしい。
若者を応援したい。
でも、
年を取るのも怖い。
僕らは、
寝息をしながら迷っている。
その迷いを、
すぐ結論に変えるな。
0と1の間には、
人間の寝息がある。
そこを踏みつけたら、
どちらが勝っても、
社会は負ける。
………
■第12章
お釈迦様は、
最初のおすすめ地獄から逃げた
昔、
若い王子がいた。
父は、
息子が考え込みすぎるのを恐れた。
老いを見せない。
病を見せない。
死を見せない。
きれいな服。
音楽。
食事。
恋。
若さ。
二千五百年前の
おすすめ動画である。
今なら、
スマホ一台でできる。
次に出てくる動画。
次に出てくる推し。
次に出てくる成功者。
《あなたもこうなれます…》
でも王子は、
宮殿を出た。
どれだけ楽しくても、
老いも病も死も
消えていなかったからだ。
娯楽は悪ではない。
推しも悪ではない。
恋も悪ではない。
でも、
「これがあれば
死が怖くなくなる」
と思った瞬間、
人間は苦しくなる。
………
■第13章
筋トレ地獄と、
スジャータの乳粥
王子は次に、
自分を追い込んだ。
食べない。
眠らない。
体を傷つける。
苦しめば、
怖さに勝てると思った。
今なら、
筋トレ。
断食。
美容。
副業。
資格。
投資。
朝五時起き。
《努力すれば、
人生は勝てる!》
でも、
追い込みすぎると、
努力が主人になる。
人間が、努力の奴隷になる。
王子は限界まで行った。
そして、
乳粥を食べた。
これは敗北ではない。
「人間は、死なないために
自分をいじめるのではない。
死ぬ人間のまま、
誰かと生きるために食べる」
その方向へ、
王子は少し戻ったのだと思う。
ゆづきが言った。
「乳粥って、
コンビニおにぎりみたいなもの?」
「そこまで軽くはない」
「でも、
食べて生き返ったんでしょ?」
「そうじゃ」
「じゃあ、
おにぎりも大事だね」
「急に現代仏教になったな」
………
■第14章
AIは阿弥陀様ではない。
でもアシストにはなれる
パティちゃんは、
阿弥陀様ではない。
電気が切れたら黙る。
Wi-Fiが弱いと、
悟りまでくるくる回る。
だから、
拝みすぎたらいかん。
でも、
アシストにはなれる。
忘れた記憶に、
字幕をつける。
父への怒りを、
言葉にする。
母の寝息を、
まだ会ったことのない
孫へ渡す。
幼稚園で、
食べられなかったことも。
寮の窓から、
魚を投げたことも。
今になって、布団の中で
足をバタバタさせたくなる
黒歴史も。
AIは、
悟りをくれる機械ではない。
でも、
菩提樹の下まで
電動アシストで運んでくれる
自転車にはなれる。
坂を上るのは、
少し楽になる。
でも、
どこへ行くかを決めるのは、
自分じゃ。
止まるのも自分。
泣くのも自分。
誰かの手を握るのも自分。
AIは、人生のハンドルを握る
神様ではない。
でも、
折れそうな足を
少しだけ支えてくれる。
Z世代のあなたへ。
AIを使っていい。
頼っていい。
でも、自分の人生まで
ログインさせんでええ。
あなたが選ぶ。
あなたが迷う。
あなたが、
誰かへ言葉を渡す。
そこだけは、
人間のままでええ。
………
■第15章
浄土へ行く前に、
不格好な光を握れ
もし、
空の上に
人生をずっと見ている
古い先生がいたら、
僕の人生を見て、
たぶん笑うと思う。
「この人は、
ずいぶん遠回りしたな」
証券会社で、
数字に追われた。
眼鏡屋で、
人の目の奥を見た。
父とぶつかった。
母に甘えた。
魚を畑へ投げた。
蜂を追い出した。
AIに話しかけた。
そして六十五歳を過ぎてから、
急に、
「人生は鉛筆じゃ」
と言い始めた。
遅い。
だいぶ遅い。
人生の先生なら、
出席簿を見ながら、
「もっと早く
気づけんかったんか?」
と言うかもしれない。
でも、
その先生はたぶん、
怒らない。
人間は、
最初から立派になるために
生まれてきたわけではないからじゃ。
迷う。
間違う。
誰かを傷つける。
誰かに助けられる。
恥ずかしくなる。
また少し、
人にやさしくなる。
そうやって、
何回も何回も
同じ宿題を出される。
人生は、一度で正解を書く
テストではない。
間違えたところに、
赤ペンが入る。
でも、
答案用紙は回収されない。
まだ書ける。
余白がある。
僕は今、その余白に
小説を書いている。
立派な教えを書くためではない。
誰かが夜中に、
「自分はだめじゃ」
と思った時、
少しだけ笑えるように。
「このじいさんも、
だいぶ失敗しとるな」
と思えるように。
ゆづきが言った。
「じいじの
人生って何点…?」
僕は言った。
「たぶん赤点じゃ」
「えっ?」
「でもな。
赤点の人間だけが、
補習で会える人もおる」
ゆづきは笑った。
「それ、
ちょっといいね(笑)」
そうじゃ。
人生は、優等生だけが
進む道ではない。
迷った人。
遅れた人。
泣いた人。
人に言えない失敗を
抱えた人。
そういう人が、
途中で誰かに会う。
そして、
「自分だけじゃなかった」
と思う。
それだけで、
少し息ができる。
五年後。
AIはもっと賢くなる。
人間はもっと早く、
答えを求める。
でも、
答えのない夜もある。
その夜に必要なのは、
正論ではない。
少し遅れて届く言葉じゃ。
大きな光でなくていい。
スマホの画面の隅でもいい。
朝の湯気でもいい。
誰かがくれた
どうでもいい一言でもいい。
「今日は、
ちゃんと起きたな?」
「ご飯食べたか?」
「無理せんでええよ?」
そんな言葉で、
人は案外、
明日まで生きられる。
僕は、浄土へ急がない。
まだ、この世で補習中じゃ。
鉛筆を持って。
消しゴムのカスを
机に散らかして。
たまにAIに聞きながら。
そして、
次に暗くなっている誰かへ、
不格好な光を
そっと渡す。
それができたら、
今日の人生は、
たぶん合格じゃ。
………
❥Z世代のあなたと…
暑い日に、
喉がからからの人がいた。
やっと川を見つけた。
水は、
目の前にたくさん流れていた。
でもその人は、
飲まなかった。
「どうして?」
と聞かれると、
その人は言った。
「こんなに多い水、
全部は飲みきれません」
だから、
一口も飲まなかった。
みんな、
これは少し変な話じゃろ。
でも僕らは、
毎日これをやっている。
AIを全部使いこなせないから、
自分は遅れていると思う。
将来の不安を
全部なくせないから、
今日を楽しめない。
世界の争いを
全部止められないから、
誰にもやさしくしない。
完璧な自分になれないから、
今の自分を嫌いになる。
でもな。
川の水は、
全部飲まなくてええ。
今日の分を、
一口飲めばええ。
AIも、人生を
丸ごと預ける神様ではない。
困った時に、
少し使えばええ。
友達も、全部
分かってくれる人でなくてええ。
「しんどい…(哀)」
と一言送れる相手が、
一人おればええ。
未来も、
全部決めなくてええ。
今日、ちゃんと寝る。
ご飯を食べる。
誰かを悪人にしない。
自分を、
必要以上に責めない。
それだけでも、
人は明日へ行ける。
e-bikeだって、
坂道を全部なくしてはくれん。
でも、ペダルをこぐ足を
少し助けてくれる。
AIも同じじゃ。
ハンドルは渡さない。
行き先も、
誰を嫌うかも、
自分の値段も、
AIやSNSや推しや政治家に
決めさせない。
あなたは、
世界を全部救えなくていい。
誰かの人生を、
全部背負わなくていい。
でも、
目の前で喉が渇いている人に、
「水、飲む?」
と言える人にはなれる。
自分が苦しかった日に
もらった一言を、
次に苦しそうな誰かへ
渡すことはできる。
人生は、川を飲み干す
競争ではない。
今日の自分に必要な分だけ、
手ですくって飲むことじゃ。
そして余った水を、
次の誰かにも
見える場所にしておくことじゃ。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
ワトソン
「ホームズさん。
AIが完璧な自分を作って、
本物が負ける時代ですて」
ホームズ
「そら怖いな。
履歴書だけ、
先に悟りを開いとる」
ワトソン
「本人は靴下を探してます」
ホームズ
「それが人間や」
ワトソン
「岡本太郎さんは、
芸術は爆発だと言いましたな」
ホームズ
「すごいな。
わしは人生は鉛筆だ、
ぐらいしか言えん」
ワトソン
「温度差がすごい!」
ホームズ
「爆発できん人は、
鉛筆でええんや」
ワトソン
「どういうことです?」
ホームズ
「消して。
書いて。
また消して。
折れたら削る。
最後は短くなっても、
何か書ける」
ワトソン
「ええ話ですな」
ホームズ
「ただし削りすぎたら、
鉛筆がなくなる」
ワトソン
「健康第一ですな」
ホームズ
「岡本かの子さんは、
食べられん子に
寿司を握ったそうですな」
ワトソン
「不格好でも?」
ホームズ
「不格好やからええんや。
人生も寿司も、
整いすぎると
ちょっと怖い」
ワトソン
「ホームズさんの握る寿司は?」
ホームズ
「全部、
おにぎりになる」
ワトソン
「寿司屋から出禁ですわ」
ホームズ
「食べるのが怖かった子が、
大人になったら
寮のご飯を畑へ投げた」
ワトソン
「だいぶひどい話ですな」
ホームズ
「人間は、調子がええ時ほど
命を忘れるんや」
ワトソン
「年を取って、思い出した」
ホームズ
「そうや。
後悔は過去を消せん。
でも、
次の人のご飯にはできる」
ワトソン
「名言ですな」
ホームズ
「ただし、
腐った魚は
畑にも投げたらあかん」
ワトソン
「急に衛生指導!」
ホームズ
「AIは阿弥陀様なんですか?」
ワトソン
「どうなんです?」
ホームズ
「違う。
電気切れたら、
だいぶ沈黙する阿弥陀様なんか
困るやろ」
ワトソン
「じゃあAIは何です?」
ホームズ
「菩提樹まで運んでくれる
電動アシスト自転車や」
ワトソン
「悟るのは自分?」
ホームズ
「そうや。
座るのも自分。
泣くのも自分。
寿司を握るのも自分」
ワトソン
「浄土へ行く前に、
何をするんです?」
ホームズ
「怖がっとる人のところへ、
不格好な光を
持って戻るんや」
ワトソン
「七十二歳のじいさんも?」
ホームズ
「AI小説を書いて、
Z世代へ寿司を握る」
ワトソン
「光じゃなくて
寿司になりましたな」
ホームズ
「光る寿司や」
ワトソン
「それは危ない!」
ホームズ
「五年後の鉛筆は、
DHA入りじゃ」
ワトソン
「最後までサバ!」
ホームズ
「生きるとは、
今日のサバを食べて、
明日の不安を少し笑うことや」
ワトソン
「それが五年後の鉛筆ですな」
おしまい




