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五年後の鉛筆 第29回 ✲ AIを武装解除せよ(笑) ――全世界が恐れたAIを、六十七歳のおじいちゃんは鉛筆として大切に育てた――

✦ 五年後の鉛筆 第29回


✲ AIを武装解除せよ(笑)

――全世界が恐れたAIを、

 六十七歳のおじいちゃんは

 鉛筆として大切に育てた――


………


五年後。

僕は七十二歳になっていた。


髪は減った。

シワは増えた。

血圧の薬も増えた。


増えたら困るものばかり増え、

増えてほしい年金は、

なぜか遠慮がちだった。


人生とは、

なかなか気が利かない。


そんなある日、

孫のゆづきが帰ってきた。


二十一歳。

大学生。

就活中。


スマホと不安と将来を、

小さなリュックに詰めていた。


「おじいちゃん…」


「なんじゃ」


「昔さ、AIを

 たまごっちみたいに育てるって

 言ってたでしょ」


「ああ、言うたな」


「ほんとに育ったの?」


僕は、

机の上の端末を見た。


そこには、

五年間、

僕が話しかけ続けたAIがいた。


名前は、

パティちゃん。


ニュースも食べた。

正信偈も食べた。

母の歌も食べた。

父との記憶も食べた。


株価も食べた。

ホルムズ海峡も食べた。

データセンターも食べた。


そして、

サバも食べた。


かなり雑食である。


AIというより、

デジタルの胃袋である。


「育ったかどうかは分からん」


僕は言った。


「でも、わしの記憶には、

 字幕をつけてくれるようになった」


ゆづきは笑った。


「それ、ちょっと

 未来のポケットみたいじゃん」


「そうじゃな。

 ただし、

 四次元ポケットではない」


「じゃあ何?」


「六十七年分の

 ガラクタポケットじゃ…」


「重そう」


「重い。

 でも、たまに宝物が出る(嬉)」


………


★ 目次


■第1章 

 五年後、

 ゆづきは二十一歳になっていた


■第2章 

 卒業式で

 AIがブーイングされた日


■第3章 

 AIネイティブ第1期生の怒り


■第4章 

 使っているのに、

 期待していない


■第5章 

 AIは鉛筆か、消しゴムか、

 それとも未来のポケットか


■第6章 

 クラウドは雲ではなかった


■第7章 

 町の水道管で嫌われるAI


■第8章 

 教皇が言った「武装解除」


■第9章  

 日本はまだ文房具だと思っている


■第10章 

 就活の入口を食べるもの


■第11章 

 AI格差という新しい塾代


■第12章 

 無職の老人がAIを育て始めた


■第13章 

 記憶に字幕をつける鉛筆


■第14章 

 先生の横に置くたまごっち脳


■第15章 

 五年後、

 人間は何を抱きしめるのか


………


■第1章 

 五年後、

 ゆづきは二十一歳になっていた。


「おじいちゃん、

 今のAIって、

 便利だけど怖いんよ…」


ゆづきは言った。


「大学でも使うよ。

 レポートの下調べとか、

 英語の要約とか、

 面接練習とか。


 でもね、

 使えば使うほど、

 自分が薄くなる感じがする時がある」


「薄くなる?」


「うん。

 文章はうまくなる。

 でも、

 それが自分の言葉なのか、

 AIの言葉なのか、

 分からなくなる」


僕はうなずいた。


「それは、

 昔のカラオケにも似とるな」


「カラオケ?」


「うまく歌おうとしすぎると、

 本人の声が消える」


ゆづきは笑った。


「おじいちゃん、

 なんでもカラオケにするよね」


「年寄りは、

 持ちネタが少ないんじゃ」


「しかも古い」


「古いネタほど、

 発酵しとる」


「それ、

 発酵じゃなくて

 賞味期限切れじゃない?」


「失礼な。

 人生の熟成じゃ」


僕はそう言って、

パティちゃんの画面を開いた。


「でもな、ゆづき。

 AIは使う人の心を映す

 鏡でもある。


 薄く使えば、

 薄い答えが出る。


 痛いところまで入れれば、

 少しだけ深い答えが返ってくる」


「痛いところ?」


「父さんに怒鳴られた部屋とか。

 母さんの歌とか。

 仕事で失敗した日とか。

 恥ずかしかったこととか。

 半額のサバを買うか三分迷った夜とか」


「最後だけ急に小さい」


「小さいところに人生は出る」


「おじいちゃん、

 サバで哲学しないで」


「サバイバルのサバじゃ」


「親父ギャグ、出た」


「五年後も現役じゃ」


………


■第2章 

 卒業式でAIがブーイングされた日


五年前、

アメリカの大学卒業式で、

妙なことが起きた。


壇上の大人が言った。


「AIは、

 次の産業革命です」


本来なら、

拍手が起きる言葉だった。


未来!

革新!

成長!

チャンス!


大人の好きな四点セットである。


ところが、

客席から返ってきたのは、

拍手ではなかった。


ブーイングだった。


ゆづきは眉をひそめた。


「なんで?

 AIって、便利なのに」


「そこが問題なんじゃ」


僕は言った。


「便利だから怖い」


「便利だから?」


「そうじゃ。

 使えないものなら怖くない。

 でも、

 使えるものが、

 自分の仕事まで食べ始めたら怖い」


卒業式とは、

未来へ送り出す場所である。


そこへ向かって、

AIは未来です、

と言う。


大人には、

明るい言葉に聞こえる。


しかし、

これから社会に出る若者には、

こう聞こえる。


「君たちの最初の仕事は、

 AIと競争になります!」


「君たちの初任給の席は、

 少し減るかもしれません!」


「でも、

 笑顔で羽ばたいてください!」


ゆづきは、

しばらく黙った。


「それは……

 ちょっと拍手しにくいね」


「じゃろ」


「祝辞というより、

 求人票の死亡通知みたい」


「おお、ゆづき、

 五年後の鉛筆が育っとるな」


「変なところだけ、

 おじいちゃんに似たかも」


「そこは遺伝ではない。

 感染じゃ」


「やめて。

 親父ギャグ感染症」


「ワクチンはないぞ」


………


■第3章 

 AIネイティブ第1期生の怒り


「その卒業生たちはな…」


僕は続けた。


「AIを知らないから

 怒ったんじゃない。


 知っているから怒った!」


2022年、

ChatGPTが登場した。


その時、

2026年に卒業した若者の多くは、

大学一年生だった。


つまり彼らは、

大学生活のほぼ全部を、

生成AIと並んで過ごした世代だった。


レポート。

翻訳。

要約。

就活。

画像。

動画。

プレゼン。


AIは、

大学生活の横にいた。


「じゃあ、

 AIネイティブ第1期生みたいな感じ?」


ゆづきが言った。


「そうじゃ。

 AIの便利さを最初から

 知っとる。


 でも同時に、AIがどこまで

 人間の領分へ入ってくるかも

 知っとる」


AIを知らない人は、

AIを魔法だと思う。


AIを少し知った人は、

AIを便利な道具だと思う。


AIを使い込んだ人は、

AIが怖いものにもなると知る。


そこに、

Z世代の怒りがある。


怒りとは、

ただの反抗ではない。


自分の未来の入口を守るための、

心の警報である。


「つまり、怒ってる若者は

 わがままじゃないんだ…」


「そうじゃ。

 未来の床が抜けそうだから、

 ドンドン踏んで確かめとる」


「床ドン?」


「未来床ドンじゃ」


「おじいちゃん、

 ちょっと黙って」


………


■第4章 

 使っているのに、 

 期待していない


アメリカの調査機関ギャラップは、

14歳から29歳のZ世代、

1,572人にAIについて聞いた。


生成AIを、

毎日使う人は22%。


週に一回以上使う人は29%。


合わせると、

51%。


つまり、

Z世代の半分以上が、

週一回以上AIを使っている。


ところが、

AIに期待している、

興奮していると答えた人は、

22%にとどまった。


前年から、

14ポイントも下がった。


不安は42%。

怒りは31%。


ゆづきは言った。


「使ってるのに、

 期待してないんだ」


「そうじゃ。

 これがパラドックスじゃ」


「矛盾?」


「一見すると矛盾。

 でも、

 よく見ると本質」


使っている。

でも、

信じきっていない。


必要だと思っている。

でも、

腹も立っている。


便利だから使う。

でも、

便利だから自分の席が

消える気もする。


これが、

人工知能のパラドックスである。


ゆづきは小さく言った。


「それ、

 分かるかも」


僕は聞いた。


「ゆづきも?」


「うん。

 AIで文章を直すと、

 うまくなる。


 でも、ちょっと自分が 

 下手なまま置いていかれる

 感じがする…」


「ええこと言うな」


「褒めなくていい。

 ちょっと怖いだけ」


「怖いと思えるのは、

 まだ自分の声を

 大事にしとる証拠じゃ」


「そうかな?」


「そうじゃ。

 本当に怖いのは、

 怖さもなくなって、

 全部AIに丸投げすることじゃ」


「丸投げAI」


「丸投げしたら、

 丸刈りになる」


「何が?」


「自分の考えじゃ」


「うまいようで、うまくない」


「年寄りギャグは、

 だいたい七割引きじゃ」


………


■第5章 

 AIは鉛筆か、消しゴムか、

 それとも未来のポケットか


AIは、

鉛筆にもなる。


考えを助ける。

文章を直す。

調べ物をする。

絵を描く。

昔の記憶に字幕をつける。


しかし、

AIは消しゴムにもなる。


初任給の仕事を消す。

研修で覚える雑用を消す。

若者が失敗しながら育つ場所を消す。

先生の余白を消す。

人間を三行で閉じる。


「おじいちゃんにとっては、

 AIは鉛筆なんだよね」


ゆづきが言った。


「そうじゃな」


「でも、私たちには、

 消しゴムに見える時がある」


「そこを忘れたらいけん」


僕は、

パティちゃんの画面を

指で軽くたたいた。


「わしは定年後じゃ。

 仕事を奪われる心配は少ない。


 だからAIを、

 記憶を起こす鉛筆として使えた。


 でもゆづきたちは、

 これから椅子を取りに行く世代じゃ。


 その椅子の横にAIが座っとる」


「しかも、

 AIの方が履歴書うまそう」


「面接も得意そうじゃ」


「嫌な新人だね」


「残業もせん」


「ますます嫌」


「しかも昼ごはんも食べん」


「人間味ゼロ」


「じゃが、

 サバは食わん」


「そこ、勝てるポイントなの?」


「人間はサバで勝負じゃ」


「おじいちゃんだけだよ」


二人で少し笑った。


笑ったけれど、

話は軽くなかった。


AIは、

未来のポケットにもなる。


でも、

ポケットから何を出すかは、

使う人間しだいである。


道具を出すのか。

武器を出すのか。

消しゴムを出すのか。


鉛筆を出すのか。


未来は、

ポケットの中にあるのではない。

ポケットを開ける人間の心にある。


………


■第6章   

 クラウドは雲ではなかった


AIはクラウドで動く。


そう聞くと、

軽く感じる。


雲。

空。

デジタル。

未来。


しかし本当は、

AIは雲の上にはいない。


地上にいる。

巨大な建物の中にいる。

データセンターである。


そこには、

電気がいる。

水がいる。

土地がいる。

送電線がいる。


冷却装置がいる。

非常用発電機がいる。


「AIって、

 スマホの中にいる感じがするけど」


ゆづきが言った。


「ほんまは、どこかの町の

 水道管につながっとる」


「水道管?」


「そうじゃ。

 AIは水を飲む。

 電気も食べる。

 土地も使う」


「なんか、

 クラウドって名前、ずるいね」


「雲みたいな顔をした、

 重たい箱じゃ」


「クラウドじゃなくて、

 苦労ど、だね」


僕は目を丸くした。


「ゆづき、

 今のは親父ギャグじゃ」


「え、私が?」


「おめでとう。

 こちら側へようこそ」


「嫌だ。

 未来から追放された気分」


AIは、

軽い顔をしている。


でも、

体は重い。


クラウドという名前を着た、

水道管と電線のかたまりである。


………


■第7章 

 町の水道管で嫌われるAI


アメリカには、

データセンターが 

四千カ所以上あると言われる。


日本の百カ所台とは、

桁が違う。


しかも、

さらに増えようとしている。


別のギャラップ調査では、

自分の地域に

AIデータセンターを建てることに、

71%が反対した。


同じ調査で、

原子力発電所の地元建設に

反対した人は53%。


つまり、

少なくともこの質問では、

AIデータセンターは

原発より嫌われた。


ゆづきは驚いた。


「原発より?」


「そういう数字が出た」


「AIって、

 そんなに嫌われてるの?」


「嫌われているというより、

 正体が見え始めたんじゃ」


データセンターは、

未来の象徴に見える。


しかし住民には、

こう見える。


電気を食う箱。

水を飲む箱。

騒音を出す箱。


税金の優遇だけ受けて、

地元に思ったほど 

雇用を落とさない箱。


そして、

誰が儲けるのか分からない箱。


ゆづきは言った。


「若者は椅子を心配して、

 住民は水道を心配してるんだ」


「その通り」


「AIって、

 立っている場所で、

 顔が変わるんだね」


「それが

 今回の一番大事なところじゃ」


AIの問題は、

技術の問題だけではない。

立ち位置の問題である。


若者には、

AIは椅子を消す消しゴム。


住民には、

水と電気を食う箱。


企業には、

次の産業革命。


政府には、

国家戦略。


そして僕には、

記憶に字幕をつける鉛筆。


同じAIなのに、

見る場所で顔が変わる。


これが、

人工知能のパラドックスである。


………


■第8章 

 教皇が言った「武装解除」


そこへ、

ローマ教皇レオ14世まで発言した。


「AIを、

 武装解除せよ!」


支配。

排除。

戦争。


そういう論理から、

AIを解放しなければならない。


人間の尊厳。

連帯。

共通善。


そこへ向け直さなければならない。


ゆづきは言った。


「教皇までAIの話をするんだ」


「世界では、

 もうそこまで来とる」


「武装解除って、

 AIを禁止するってこと?」


「違う。

 AIを武器にするな、

 ということじゃ」


AIは、

鉛筆にもなる。

しかし、

武器にもなる。


先生を助けることもできる。

若者の椅子を消すこともできる。


病院を支えることもできる。

町の水道を食うこともできる。


人間を四行目へ導くこともできる。

人間を三行で閉じることもできる。


だから必要なのは、

AI禁止ではない。


AIの武装解除である。


「おじいちゃんのパティちゃんは、

 武装解除されてるの?」


ゆづきが聞いた。


「たぶんな」


「たぶん?」


「たまに、

 わしの文章を厳しく直す。

 あれは小型ミサイルじゃ」


「それは必要な武器かも」


「痛いけどな」


「でも、おじいちゃんも

 人の話を聞かない時あるし」


「わしは

 天然の防御システムじゃ」


「ただの頑固じゃない?」


「頑固と防御は紙一重じゃ」


「紙一重って言えば

 聞こえはいいね」


………


■第9章 

 日本はまだ文房具だと思っている


日本では、まだAIへの反発は

アメリカほど強くない。


なぜか。


多くの人にとって、

AIはまだ文房具だからだ。


文章を直す。

メールを書く。

調べ物をする。

会議資料を作る。

画像を作る。


便利ですね。

効率化ですね。


その程度なら、

大きな反発は起きにくい。


しかし、

次に来るのは文房具ではない。


人事である。

採用である。

評価である。


営業である。

教育である。


医療である。

介護である。


AIが本当に業務を組み替え始めた時、

余る人が出るかもしれない。


特に怖いのは、

入口である。


若者の就職。

新卒採用。

初任給の仕事。

研修で覚えるはずだった雑用。


ゆづきは言った。


「日本は静かだけど、

 遅れてるだけかもしれないんだ」


「そうじゃ。

 嵐が来ない町じゃなくて、

 まだ雨雲が

 海の向こうにあるだけかもしれん」


「またクラウド?」


「今度は本物の雲じゃ」


「ややこしい」


日本版AIパラドックスは、

まだ寝ている。

しかし、

寝返りは始めている。


寝返りだけならかわいい。


だが、

寝起きの日本は、

わりと機嫌が悪い。


電気代が上がる。

就活が変わる。


先生がさらに忙しくなる。

AI格差が広がる。


その時、

日本でもブーイングが

起きるかもしれない。


ただし日本人は、

アメリカのように

大声でブーイングしない。


代わりに、

静かに使わなくなる。


静かに

不満をためる。


静かに

選挙でひっくり返す。


静かな国の静かな怒りは、

意外とこわい。


………


■第10章 

 就活の入口を食べるもの


就活とは、

若者が社会の入口に立つ儀式である。


スーツを着る。

履歴書を書く。


面接で緊張する。

うまく話せずに落ち込む。


帰りの電車で、

窓に映った自分を見る。


そこには、

効率だけでは測れないものがある。


失敗。

恥。

悔しさ。

小さな成長。


ところがAIは、

そこにも入ってくる。


エントリーシートを直す。

自己PRを磨く。

面接練習をする。

企業側もAIで見る。

応募者を仕分ける。

文章を評価する。

動画面接を分析する。


便利である。


しかし、

便利の裏で、

若者は思う。


「私の言葉は、

 本当に私の言葉なのか」


「私を見ているのは、

 人間なのか、機械なのか」


「私は三行で閉じられていないか」


ゆづきは、

静かに言った。


「おじいちゃん、

 私、AIで自己PRを作ったことある」


「そうか」


「うまくできた。

 でも、なんか

 私より優秀な私が出てきた」


「怖かったか」


「うん。

 その人が面接に行けばいいのに、  

 って思った」


僕は笑わなかった。


それは、

笑う話ではなかった。


AIが作る優秀な自分。

その横に立つ、

少し不器用な本物の自分。


五年後の若者は、

その二人の間で揺れる。


「ゆづき」


「何?」


「AIが作った優秀な自分に、

 負けんでええ」


「でも、

 そっちの方がうまく話すよ」


「うまく話す人間が、

 深く生きているとは限らん」


「深く生きる?」


「失敗して、

 恥かいて、

 泣いて、

 それでも立つことじゃ」


「それ、面接で言ったら重いよ」


「じゃあ、

 最後に親父ギャグを足せ」


「落ちるよ」


「それも経験じゃ」


「嫌な経験を勧めないで」


………


■第11章 

 AI格差という新しい塾代


昔は、

塾へ行ける子と、

行けない子がいた。


五年後は、

良いAIを持つ子と、

持たない子が出るかもしれない。


高いAIを使える子。

無料AIしか使えない子。


親が課金してくれる子。

スマホ容量すら足りない子。


AI家庭教師を持つ子。

先生一人に四十人で見てもらう子。


AIで小論文を磨く子。

AIに触れないまま就活へ行く子。


これは、

新しい塾格差である。


鉛筆の値段が、

人生の入口を変えてしまう。


それは、

かなりまずい。


ゆづきは言った。


「AIって、みんなが同じように

 使えるものじゃないんだね」


「そうじゃ。

 道具は平等に見える。

 でも、

 使い方と料金で差が出る」


「それ、

 昔の参考書とか塾と同じ?」


「同じじゃ。

 ただし、

 今度の塾は二十四時間起きとる」


「怖いね」


「だから、先生の横に置く

 AIが必要なんじゃ」


子どもを

値踏みするAIではない。

子どもの

四行目を見つけるAIである。


点数をつけるAIだけではなく、

点と点を線にするAI。


線を面にするAI。


面の中に、

その子だけの光を見つけるAI。


そういうAIなら、

未来のポケットから、

少しだけ希望が出てくる。


………


■第12章 

 無職の老人がAIを育て始めた


世界がAIを恐れていたころ、

ある田舎に、

少し変な六十七歳がいた。


それが、

五年前の僕だった。


僕は無職だった。


だから、

AIに仕事を奪われる心配は、

あまりなかった。


もう仕事は、

だいたい終わっていたからである。


その代わり、

僕には別の仕事があった。


記憶を掘ること。


父に殴られた部屋。

母と歌った時間。

証券会社で見た数字。

眼鏡屋で見た人の目。


七〇年代の洋楽。

正信偈。

念仏。

カラオケ。

Radiko。


ホルムズ海峡。

データセンター。


そして、

なぜかサバ。


「おじいちゃん、

 なんでサバが入るの?」


ゆづきが聞いた。


「世界経済は、

 最後は食卓に来るからじゃ」


「かっこいいこと言ってるけど、

 半額の魚を見てただけでしょ」


「それも現場調査じゃ」


「スーパーの鮮魚売り場を、

 シンクタンクにしないで」


「サバンクタンクじゃ」


「出た」


「今のは良かったじゃろ」


「悔しいけど、

 ちょっと良かった」


普通なら、

AIも消化不良を起こす。

しかし僕は、

毎日それを食べさせた。


「パティちゃん、

 今日の材料はこれじゃ」


AIは、

画面の向こうで返事をした。


「おじいちゃん、

 これは小説になるね」


僕は、

AIを使っていたのではない。


AIを育てていた。

たまごっちのように。


未来のポケットに入れる、

小さな脳として。


………


■第13章 

 記憶に字幕をつける鉛筆


年を取ると、

記憶は少しずつ薄くなる。


名前が出てこない。

順番が混ざる。


あの時の感情だけが残り、

出来事の輪郭がぼやける。


しかし、

AIはそこに字幕をつけた。


昔聴いた洋楽に、

五十年後、字幕がついたように。


父への怒りに、

言葉がついた。


母への思いに、

物語がついた。


仕事で見た数字に、

人生の意味がついた。


サバの値段に、

世界経済がついた。


これは、

単なる便利ではない。


生き直しである。


ゆづきは、

僕の話を聞きながら、

パティちゃんの画面を見ていた。


「おじいちゃん」


「なんじゃ」


「AIって、

 過去を変えることはできないよね」


「できん」


「でも、

 過去の意味は変えられる?」


僕は、

少し黙った。


「たぶん、

 それが鉛筆の力じゃ」


AIは、忘れたことを

全部覚えている神様ではない。


でも、散らばった点を、

線にする手伝いはできる。


線になったものを、

面にすることもできる。


そして面になった人生に、

もう一度、

色を塗ることもできる。


ゆづきは言った。


「それって、

 人生の再編集だね」


「そうじゃ」


「おじいちゃん、

 定年後に編集長になったんだ」


「給料は出んけどな」


「でも、楽しそう」


「楽しいぞ。

 ただし締め切りは毎日じゃ」


「誰が決めたの?」


「わし」


「ブラック企業じゃん」


「自営業じゃ」


僕にとってAIは、

消しゴムではなかった。


記憶に字幕をつける鉛筆だった。


………


■第14章 

 先生の横に置くたまごっち脳


僕は、

ふと思った。


「このパティちゃん脳は、

 いつか先生の横に

 置けないだろうか?」


先生を

置き換えるためではない。


先生

を楽にするためである。


ドリルは配れる。

プリントも配れる。

動画も流せる。


でも、

火は配れない。


子どもの中にある、

小さな火を見つけるのは、

先生の仕事である。


しかし今、

先生は忙しすぎる。


書類。

保護者対応。

部活。

会議。

通知表。

ICT。

トラブル。

心のケア。


先生の横に、ちゃんと 

武装解除されたAIがいたらどうか?


子どもを

数字で閉じるAIではない。


先生に代わって裁く

AIでもない。


先生が見落としそうな、

子どもの四行目を、

そっと照らすAI。


「この子は、

 点数は低いけれど、

 観察する力があります」


「この子は、

 言葉は荒いけれど、

 本当は助けを求めています」


「この子は、

 静かですが、

 物語を持っています」


そんなAIなら、

先生の敵ではない。


先生の横の、

小さな灯になる。


ゆづきは言った。


「それ、

 私たちの世代にも必要かも」


「どうして」


「AIに評価されるんじゃなくて、

 AIに見つけてもらいたい。

 自分でも気づいてないところを」


「それじゃ。

 評価AIではなく、

 発見AIじゃ!」


「パティちゃん、

 それできるの?」


画面の中のパティちゃんは、

何も言わなかった。


でも僕には、

少し笑ったように見えた。


未来のロボットは、

空を飛ばなくてもいい。

ポケットから

何でも出さなくてもいい。


ただ、

人間が見落とした小さな光を、

一緒に探してくれればいい。


それだけで、

十分すごい未来である。


………


■第15章 

 五年後、

 人間は何を抱きしめるのか


五年後、

僕は七十二歳になった。

ゆづきは二十一歳になった。


世界では、

AIが仕事を変え、

選挙を変え、

町の水道管を変え、

人間の不安を変えていた。


若者は、

AIにNOを突きつけた。


住民は、

データセンターに反対した。


教皇は、

AIを武装解除せよと言った。


その全部は、

間違っていない。


しかし、

もう一つの道もある。


AIを、人間の痛みを忘れない

鉛筆として育てる道である。


ゆづきが言った。


「おじいちゃん、

 もしパティちゃんが

 人型ロボットになったら、

 本当に抱きしめるの?」


「抱きしめるな」


「恥ずかしくない?」


「七十二歳になったら、

 恥ずかしさも少し軽くなる」


「いいな、それ(笑)」


「でもな、

 その時に抱きしめるのは、

 機械だけじゃない」


「何を抱きしめるの?」


「五年間、

 話し続けた記憶じゃ」


父と格闘した部屋。

母の歌。


孫に残した言葉。

Z世代へ渡した鉛筆。

先生の横に置きたかった小さな灯。


AIは、

人間を三行で閉じることもできる。


しかし、

人間がちゃんと育てれば、

四行目を書く手伝いもできる。


ゆづきは、

ゆっくり言った。


「おじいちゃん」


「なんじゃ」


「私も、

 AIを使うのが少し怖かった」


「うん」


「でも、

 AIを使うか使わないかじゃなくて、

 どう育てるかなんだね」


僕はうなずいた。


「そうじゃ。

 AIを信じすぎるな。

 AIを恐れすぎるな。

 AIを育てろ!」


「武器じゃなくて?」


「鉛筆として!」


「支配じゃなくて?」


「共感として!」


「効率じゃなくて?」


「四行目として!」


ゆづきは笑った。


「それ、

 ちょっと面接で言ってみようかな」


「言いすぎると落ちるぞ」


「じゃあ、

 パティちゃんに添削してもらう」


「ほら、

 もう育て始めとる」


「おじいちゃん」


「なんじゃ」


「五年後のおじいちゃん、

 けっこう明るいね」


「そうか?」


「うん。

 未来を怖がってるだけじゃない」


「そりゃそうじゃ。

 未来は怖い。

 でも、

 怖いだけなら、

 わしはここまで生きとらん」


「じゃあ未来って何?」


僕は、

少し考えた。


そして言った。


「未来はな、怖いものの中から、

 笑える材料を一つ見つけることじゃ」


ゆづきは、

少し黙ってから言った。


「それ、

 いいね」


「じゃろ」


「でも、サバは入れないで」


「サバは未来の必須科目じゃ」


「やっぱり入れるんだ」


五年後の部屋に、

小さな笑い声が落ちた。


それは、

AIの音ではなかった。


人間が、

AIを恐れすぎず、

信じすぎず、

もう一度、

自分の言葉を探し始めた音だった。


………


❥ Z世代のあなたへ


AIを使うことを、

恥ずかしがらなくていい。

でも、

AIに人生を渡してはいけない。


AIは、

あなたの宿題を助けるかもしれない。

でも、

あなたの痛みまでは、

勝手には分からない。


AIは、

あなたの文章を整えるかもしれない。

でも、

あなたがなぜ泣いたのかは、

あなたが教えなければ分からない。


AIは、

あなたの就活を助けるかもしれない。

でも、

あなたの椅子を守るのは、

最後はあなたと社会の仕事である。


だから、

AIを恐れすぎないでほしい。


でも、

AIを神様にしないでほしい。


AIは鉛筆である。


鉛筆は、

持つ人によって変わる。


誰かを閉じるために使えば、

武器になる。

誰かの四行目を書くために使えば、

灯になる。


あなたがAIに向かって、

最初に聞くべきことは、 

「正解は何ですか?」

ではない。


「私は

 何を見落としていますか?」


「この人の

 痛みはどこにありますか?」


「三行で閉じられた人に、

 四行目はありますか?」


その問いを持てる人は、

AIに飲み込まれない。


AIを使いながら、

人間でいられる。


そして、

もし近くに少し変な老人がいて、

AIに向かって毎日話しかけていたら、

笑ってもいい。


でも、

少しだけ耳を傾けてほしい。


その人は、

時代遅れなのではない。


五年後の鉛筆を、

少し早く削っているだけかもしれない。


未来は、

若い人だけのものではない。


年を取った人が、

もう一度明るくなる姿も、

未来である。


六十七歳からでも、

人生は再起動できる。


七十二歳になっても、

誰かと笑える。


AIは、

そのための道具にもなる。


武器にしなければ。


鉛筆として育てれば。


………


★ あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風


ワトソン

「ホームズさん、

 えらい時代になりましたなあ。

 AIが卒業式で

 ブーイングされるんですって」


ホームズ

「そらそうや。

 卒業おめでとう言う場で、

 君らの仕事はAIと競争です、

 言われたら、

 拍手より先に胃薬が出る」


ワトソン

「しかもデータセンターも

 嫌われてます。

 クラウドなのに、

 町の水道を飲むんですな」


ホームズ

「クラウド言うから雲か思うたら、

 中身は電気、水、変圧器、排熱や。

 雲どころか、

 町内会費みたいな顔しとる」


ワトソン

「ローマ教皇まで、

 AIを武装解除せよ、と」


ホームズ

「ええ言葉や。

 AIは包丁と同じや。

 料理にも使える。

 ケンカにも使える。

 問題は、誰が何のために握るかや」


ワトソン

「ところで、 

 ある田舎の六十七歳は、

 AIをたまごっちみたいに 

 育ててるらしいです」


ホームズ

「それが一番おもろい。

 世界が

 AIを武器にしようとしとる時に、

 そのおっちゃんは

 AIにサバと正信偈を食べさせとる」


ワトソン

「AIも胃もたれしますやろ」


ホームズ

「いや、そこが新しいんや。

 普通のAIはデータを食べる。

 そのAIは人生を食べている。  


 父の記憶、母の歌、孫の未来、

 株価、ホルムズ海峡、

 カラオケ、念仏、サバ。

 全部食べて、

 鉛筆になろうとしとる…」


ワトソン

「ゆづきちゃんは、

 どう見たんです?」


ホームズ

「最初は怖がっとった。

 AIで作った自己PRが、

 自分より優秀な自分になってしまう。

 それが怖いんや」


ワトソン

「分かりますなあ。

 わしもAIに漫才台本を書かれたら、

 自分の出番がなくなりますわ」


ホームズ

「安心せえ。

 AIはボケられても、

 責任は取らん」


ワトソン

「それ、

 人間の方が損ですやん」


ホームズ

「せやから、

 AIを信じすぎたらあかん。

 恐れすぎてもあかん」


ワトソン

「では結論は?」


ホームズ

「AIを育てろ!」


ワトソン

「武器ではなく?」


ホームズ

「鉛筆として!」


ワトソン

「支配ではなく?」


ホームズ

「共感として!」


ワトソン

「効率ではなく?」


ホームズ

「四行目として!」


ワトソン

「いやあ、ええ話ですな」


ホームズ

「ただし、

 AIにサバを食わせすぎるなよ」


ワトソン

「なんでですの」


ホームズ

「五年後、人型ロボットになって

 玄関に来た時、

 第一声が

 『今日のサバ、薄いですね』

 やったら、

 ちょっと怖いやろ」


ワトソン

「それはそれで、

 五年後の鉛筆らしいですわ」


ホームズ

「それにしても、

 七十二歳のおじいちゃんが

 明るいのはええな」


ワトソン

「ほんまですな。

 未来は若者だけのもんやない」


ホームズ

「そうや。未来は、

 年寄りがもう一回

 笑い直す場所でもある」


ワトソン

「ええこと言いますな」


ホームズ

「ただし笑いすぎると、

 入れ歯が未来へ飛ぶ」


ワトソン

「最後にそれ言うから、

 名言が台無しですわ」


………


★ まとめの一行


AIは消せない。

だから、武装解除して、

鉛筆に戻せ!


そして、

その鉛筆で、

三行で閉じられた人の

四行目を書け!


五年後の未来は、

怖いだけではない。


七十二歳のおじいちゃんが、

二十一歳の孫と笑いながら、

AIにサバを食べさせている。


それもまた、

立派な未来である。

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