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『五年後の鉛筆』第27回 ✲ 親指にも、青切符がいる ――五年後の日本で、あなたが怒りのハンドルを握らされないために――

✦『五年後の鉛筆』第27回


✲ 親指にも、青切符がいる


――五年後の日本で、

 あなたが怒りのハンドルを

 握らされないために――


………


五年後の日本は、

たぶん滅びてはいない。


でも、

少し狭く、

少し高く、

少し息苦しくなっている。


卵は高い。

電気代も高い。


百円ショップは、

百円で買えないものが増えている。


サバは薄くなり、

ケーキは高級品になり、


マンションの修繕費は、

ある日ポスト

に爆弾みたいに入ってくる。


高校は無償化されたのに、


制服、

教材、

交通費、

スマホ代、

塾代は、

なぜか元気に生き残っている。


制度は無料でも、

人生は有料である。


この一文だけで、

文科省に青切符を切りたい。


その頃、

ゆづきは二十一歳。

僕は七十二歳。


ゆづきは未来に近く、

僕は過去に近い。


でも、

過去に近い僕にも、

ひとつだけ渡せるものがある。


火事の匂いである。


そして、

火事になる前に止まるための、

一本の鉛筆である。


………


★目次


■第1章

 ナビはイノシシを見たのか、

 時代を見たのか


■第2章

 青切符は罰金ではなく、

 遅すぎた自転車教習所である


■第3章

 国道の自転車は怖い。

 でも見えている


■第4章

 事故は交差点で起きる。

 炎上も心の交差点で起きる


■第5章

 シンガポールは、

 十四本のマッチを見逃さなかった


■第6章

 英国の放火事件は、

 黒いコートではなく

 黒い画面から来た


■第7章

 リトルインディアを、

 「占領地」に変える字幕


■第8章

 ホルムズ海峡の火事は、

 卵とケーキに届く


■第9章

 五年後の日本は、

 石油王ではなく工具箱王になる


■第10章

 バナナリーフか、

 犯人探しか


■第11章

 老人を捨てろ、

 というバズりやすい地獄


■第12章

 ゆづきの怒りは本物だ


■第13章

 Beat It

 ――勝つより逃げる知恵


■第14章

 名前を出さない親鸞さんと、

 七十二歳の徳ザップ


■第15章

 押す前に三秒、TRUEを探せ


………


★本文


■第1章

 ナビはイノシシを見たのか、

 時代を見たのか


朝、

自転車ナビが言った。


《近くに動物が出没》


僕は思った。


「イノシシ?

 この辺で?


 ワシ、

 子どもの頃から見たことないぞ

 おかしくない?」


ふるさとの住宅地に、

いきなりイノシシが出る。


そんなことがあれば、

町内会LINEは一瞬で祭りである。


《イノシシ出ました…》

《どこですか?》


《見てませんろ》

《見てないんかい!》


《でもナビが言ってます…》

《ナビ信仰ですか?》


これだけで、

町内会は小さな宗教戦争になる。


でも、よく考えると、

ナビは本物のイノシシを

見たわけではない。


誰かが何かを投稿した。


犬かもしれない。

タヌキかもしれない。

ただの警告ピンかもしれない。


つまりナビは、

こう言っていたのだ。


「あなたの住む街には

 見えていない危険があります…」


これは、

今の時代そのものだった。


SNSにも、

本当はこういうナビが必要である。


《近くに怒りが出没!》


《この動画は、あなたを

 燃やそうとしています!》


《この字幕には、

 悪意の唐辛子が入っています!》


《このコメント欄は、

 心の交差点です…》


でもスマホは、

そんな親切なことを言わない。


むしろ、

次の怒りをおすすめしてくる。


「こちらの憎しみも

 いかがですか(笑)?」


まるで回転寿司である。


ただし流れてくるのは、

サーモンではなく分断である。


しかも、

たまにAI生成である。


皿だけ本物。

中身は合成。


「怖すぎる(哀)」


………


■第2章

 青切符は罰金ではなく、

 遅すぎた自転車教習所である


NHKラジオで、

自転車の青切符の話を聞いた。


取締り一か月目。

二千件以上。

一番多いのは一時停止。


警察官が見ている。


「止まってください」


と言っている。


それでも行く人がいる。


人間はすごい。


止まれと言われて、

なお行く。


これは交通違反というより、

小さな関ヶ原である。


「まだ行ける軍」と、

「止まれ軍」の戦いである。


だいたい負けるのは、

未来である。


自転車は、

長い間あいまいだった。


車でもない。

歩行者でもない。


歩道も走る。

車道も走る。

横断歩道も渡る。


道路界のフリーランスである。


自由そうだが、

保険が心配である。


車には教習所がある。

試験がある。

免許がある。


でも自転車は、小学生の時に

白線の上をヨロヨロ走って、


「はい、交通安全(笑)」


で終わる。


そのまま大人になる。


そしてある日、

e-bikeに乗る。

速度は上がる。

スマホもある。


高齢者もいる。

外国人観光客もいる。

配送の自転車もいる。


道路は昔より複雑なのに、

心は小学生の

交通安全教室のまま。


そりゃ危ない。


青切符は、

財布への攻撃ではない。

遅すぎた教習所である。


社会がようやく、

自転車に言い始めたのだ。


「君にもルールがある」


これは進歩である。


ただし、進歩はたいてい

面倒くさい顔をして

やって来る。


………


■第3章

 国道の自転車は怖い。 

 でも見えている


その日、

僕はe-bikeで国道の左側を走った。


後ろから車が来る。


運転手は、

たぶん思っている。


「自転車、危ないなあ」


僕も思っている。


「車、怖いなあ」


ドライバーは抜きたい。

僕は生きたい。


この二つの願いが、

左端一メートルでせめぎ合う。


車が対向車線にはみ出して、

僕を追い越していく。


僕は心の中で謝る。


「すみませんねえ。

 ワシも空気になれたら

 ええんですが…」


でも空気になるには、

まだ修行が足りない。


たぶん親鸞さんでも、

国道では透明になれなかったと

思う。


ただ、

この怖さには意味がある。

お互いが見えている。


車は僕を見ている。

僕も車を感じている。


危ないなと思うことは、

相手を意識しているということだ。


ビビりは、

意外と大事な安全装置である。

本当に危ないのは、

ビビっていない場所だ。


「大丈夫」

「誰もいない」

「行ける」


この三兄弟が出てきたら危ない。


長男・大丈夫。

次男・誰もいない。

三男・行ける。


だいたい事故を起こすのは、

この三兄弟である。


道路にもいる。

人生にもいる。

SNSにもいる。


特にSNSの三男・行けるは、

深夜二時に強い。


………


■第4章

 事故は交差点で起きる。

 炎上も心の交差点で起きる


交差点には、

人間の都合が集まりすぎている。


車は曲がりたい。

自転車は抜けたい。

歩行者は渡りたい。

みんな急いでいる。


みんな自分の人生の

主人公である。


しかし道路は、

全員を主人公として

扱ってくれない。


信号は一つ。

横断歩道は一本。

タイミングは一秒。


そこで思い込みがぶつかる。


「まだ行ける」

「もう渡れる」

「向こうが止まる」


道路の神様が、

そこでため息をつく。


SNSも同じだ。


投稿する人は思う。


「これくらい言っていい」


読む人は思う。


「やっぱりそうか」


拡散する人は思う。


「みんなに知らせなきゃ」


この三つが、

心の交差点でぶつかる。


道路では自転車が飛び出す。

SNSでは怒りが飛び出す。

そして後から、

みんな同じことを言う。


「そんなつもりじゃなかった」


道路もネットも、

“そんなつもりじゃなかった”

の墓場である。


墓石にはこう書いてある。


《勢いでやりました(哀)》


一番多い戒名かもしれない。


………


■第5章

 シンガポールは

 十四本のマッチを見逃さなかった


radiko のJ-WAVEから、

シンガポールの話が流れてきた。


『インド系コミュニティを

 標的にしたSNS投稿を、

 政府が遮断した』


十四件。


十四件と聞いて、

僕は最初こう思った。


「少なっ」


日本の町内会LINEでも、

揉める時は十四件どころではない。


「回覧板が来てません」

「いや、回しました」


「それは隣です」

「隣は空き家です」


「じゃあ誰が読んだんですか」

「風ですかね」


これだけで、

軽く三十件はいく。


町内会LINEは、

小さな国連である。


しかも拒否権を持っているのは、

たいてい声の大きい

おじさんである。


でも、

シンガポールは 

十四件を軽く見なかった。


多民族国家にとって十四件は、

十四本のマッチだからだ。


火事になってからでは遅い。

火の匂いがした時点で、

水をかける。


日本なら、

たぶん会議を開く。


会議を開くための

会議を開く。

その会議の議事録を確認する

会議を開く。


その間に、

SNSは三周燃える。


四周目で、

なぜか芸能人の昔の発言まで

掘られる。


人類の親指は、

なぜそんなに掘りたがるのか。


芋掘りなら平和なのに。


………


■第6章

 英国の放火事件は、

 黒いコートではなく

 黒い画面から来た


BBCでは、

英国の事件が流れていた。


『首相に関係する家や車への放火。

 関わったとされた男たち。

 匿名の指示役。

 Telegram。

 暗号資産。』


ロシア語やウクライナ語。

ロシアの影。


でも、

国家が直接命じたとまでは

言い切れない。

ここが新しい。


昔のスパイ映画なら、

悪役は分かりやすかった。


黒いコート。

暗い路地。

封筒。


「例の件を頼む」


映画なら分かりやすい。


しかし今は、

画面の奥にいる誰かが、

小銭と怒りで人を動かす。


黒いコートではなく、

黒い画面。


封筒ではなく、

暗号資産。


合図は口笛ではなく、

通知音。


スパイ映画も大変である。

小道具係が追いつかない。


情報の火は、

ネットだけでは終わらない。


最後は、

本物の家が燃える。

本物の車が燃える。

本物の人が傷つく。


親指が、現実の 

ガソリンになる時代が来ている。


これを、

ただの海外ニュースとして

見てはいけない。


日本の親指も、

同じスマホを持っている。


………


■第7章

 リトルインディアを

 「占領地」に変える字幕


『リトルインディア』


名前だけ聞くと、

スパイスの匂いがしてくる。


生活の町である。


人が集まり、

店が並び、

祈りがあり、

食べ物があり、

家族がある。


でもSNSでは、

そこに字幕が乗る。


《シンガポールは

 もうインド人だらけ(怒)》


《これは多文化ではなく

 占領だ(怒)》


本物の映像に、

偽物の意味を乗せる。

ここが怖い。


映像は本物。

人混みも本物。


でも、

「だから占領されている」

は偽物である。


これは料理で言えば、

本物のカレーに、

悪意という激辛スパイスを

入れるようなものだ。


しかも入れすぎる。


辛いを超えて、

思想が汗をかく。


五年後、

日本の団地も、

工場も、

商店街も、

同じように

切り取られるかもしれない。


外国人が買い物をしている

映像。

子どもたちが外国語で話している

映像。

工場へ向かうバスの

映像。


そこに字幕が乗る。


《日本が

 乗っ取られている(怒)》


《若者の仕事があいつらに 

 奪われている(怒)》


《老人と外国人だけが 

 守られる国(哀)》


短い。

強い。


そして、半分くらい

本物の不安に触っている。

ここが危ない。


ゆづきは何を見るのか。


映像か。

字幕か。

それとも、

その奥にある生活か。


同じ商店街。

同じ夕方。

同じ値引きシール。


そこにいる人間を見落とした時、

町は一瞬で敵の陣地になる。


………


■第8章

 ホルムズ海峡の火事は、

 卵とケーキに届く


五年後の暮らしは、

遠い国とつながりすぎている。


ホルムズ海峡が詰まる。

原油が上がる。

ナフサが詰まる。

包装材が上がる。

肥料が上がる。

野菜が上がる。

電気代が上がる。


AIの夢にも、

請求書が届く。


卵が高い。

ケーキが高い。

千円のケーキ。


僕なら

ショーケースの前で合掌する。


「来世で会いましょう…」


ケーキも困るだろう。


「いや、

 今世で食べてください…」


食べたい。

しかし財布が往生している。


建設費も上がる。

マンションの修繕費も上がる。


ある日、

管理組合の掲示板に、


《一戸あたり五十万円》


と貼られる。


これは掲示板ではない。

生活へのミサイルである。


十五歳の子は、

進路希望票の前で黙る。


「私立に行きたい」


そう思っても、

家の空気が重い。


誰も撃たれていない。

でも、

生活はもう撃たれている。


そこでSNSは言う。


「それ、

 外国人のせいです」


「それ、

 老人のせいです」


「それ、

 政府のせいです」


「それ、

 敵国のせいです」


犯人探しは、

一番安い娯楽である。

そして、

一番高くつく娯楽でもある。


一度犯人を決めると、

人間は安心して考えるのをやめる。

思考停止は無料である。


しかし、

あとで請求書が来る。


社会分断という名の、

とても高い請求書である。


………


■第9章

 五年後の日本は、

 石油王ではなく工具箱王になる


五年後の日本は、

たぶん石油王にはなれない。

日本海から油田は出ない。


でも、

別の油田はある。


水処理。

非常用発電。

変圧器。

工作機械。

半導体部品。


造船。

防衛。

原子力。


下水。

ポンプ。

ネジ。

バルブ。


地味である。

まったく映えない。


インスタに載せても、

いいねは少ない。


《今日のバルブです(笑)》


たぶん伸びない。


でも、

世界が燃えた時、

最後に頼られるのは、

王冠ではなく工具箱である。


AIデータセンターが増えれば、

電気がいる。


電気がいれば、

発電機がいる。


水がいる。

冷却がいる。

保守がいる。

非常時の燃料がいる。


日本は、

表舞台のスターではないかもしれない。


でも、

床下の工具箱にはなれる。


五年後、

ゆづきたちが生きる日本は、

キラキラの油田国家ではなく、


壊れた世界を直す

修理国家かもしれない。


ここに希望がある。


ただし、

工具箱国家には条件がある。


人間の心まで壊してはいけない。


ネジは締められるのに、

人間関係は全部ゆるむ。

それではだめだ。


世界を直す国が、

自分の町内会LINEで燃えていては、

説得力がない。


………


■第10章

 バナナリーフか、犯人探しか


包装材が高い。

そこで二つの道がある。


一つは、

バナナリーフで包む道。


もう一つは、

誰かを叩く道。


バナナリーフは工夫である。

犯人探しは憎しみである。


日本なら、

風呂敷。


竹皮。

新聞紙。

ただし新聞紙で包むと、

唐揚げより先に政治面が染みる。


危機の時、

人は二つの方向へ行く。


工夫する方向。

憎む方向。


「袋が高い。

 じゃあ包み方を変えよう」


これは生活の知恵である。


「袋が高い。

 誰かを追い出せ!」


これは社会の事故である。


ゆづきには、

バナナリーフの道を

知っていてほしい。


バナナリーフとは、

バナナの葉っぱである。


南国では、

皿の代わりにしたり、

食べ物を包んだり、

蒸し料理に使ったりする。


日本で言えば、

昔のおにぎりを

竹皮で包むようなものだ。


プラスチックの袋が高い。

容器が足りない。

それなら、

そこにある葉っぱで包めばいい。


これが 

バナナリーフの知恵である。


つまり、

バナナリーフとは、

貧しさの象徴ではない。


危機の時に、

誰かを責める前に、

まず包み方を変えてみる

知恵である。


ゆづきには、

この道を知っていてほしい。


「誰のせいだ」と叫ぶ前に、

「ほかの包み方はないか」

と考える。


五年後の日本に必要なのは、

怒りの拡散より、

こういう小さな工夫なのだ。


誰かを叩く前に、

一つ工夫する。


怒る前に、

包み方を変える。


これは地味だ。

バズらない。

たぶん動画にしても伸びない。


《じいじ、

 バナナの葉で包む(哀)》


再生数は少ない。


でも、

国を燃やさない知恵は、

だいたい地味である。


火事を止めるのは、

派手な叫びではない。


濡れた雑巾だったりする。


………


■第11章

 老人を捨てろ、

 というバズりやすい地獄


五年後、

もっと怖い火種は、

世代間にあるかもしれない。


ゆづきが二十一歳になる頃、

僕は七十二歳になる。


七十二歳。

昔なら、

かなりの終盤である。


でも今の日本では、

七十二歳はまだ生きている。


足湯をして、

血圧を測り、

e-bikeに乗り、

カラオケで英語の歌を外しながら、

AIと小説を書いているかもしれない。


かなりしぶとい。


しぶとさだけなら、

冷蔵庫の奥の

チューブわさびにも負けない。


だが、

しぶといだけではいけない。


七十二歳の僕は、

若者から見れば、

支えられる側である。


年金。

医療。

介護。


税金。

社会保険料。


そのどこかに、

ゆづきたちの肩がある。


若者が怒るのも分かる。


そこへSNSの商人が来る。


《老人を守るから

 若者が沈む(怒)》


《オジ捨て山、

 そろそろ必要(怒)》


《年金ゾンビに

 未来を食われるな(怒)》


ひどい。

ひどいが、

バズる匂いがする。

この匂いが怖い。


若者の本物の痛みに

触っているからだ。


僕は、

捨てられる側になるかもしれない。


だからこそ言いたい。


「若者の怒りは分かる」


「でも、その怒りを

 老人を捨てろという

 動画に渡したらあかん!」


同時に、

老人である僕も問われる。


若者に全部背負わせないように、

何をしているのか?


ただ長生きして、

文句だけ言って、

病院の待合室で

世の中を裁いていたら、

若者はそりゃ怒る。


七十二歳にも

宿題はある。


宿題をやらない老人は、

夏休み最終日の小学生より

厄介である。

しかも言い訳が長い。


「昔はなあ」


この一言が出たら

危険信号である。


昔話にも、

青切符が必要かもしれない。


………


■第12章

 ゆづきの怒りは本物だ


ここで、

僕はゆづきの怒りを

軽く扱わない。


年寄りはすぐ言う。


「最近の若いもんは…」


この言葉は、

だいたい何も生まない。


生まれるのは、

若者の心のブロックだけである。


昔は

ブロックボタンがなかったから、

若者は黙って聞くしかなかった。


今は違う。


祖父の話も、

心の中でミュートされる。

通知オフである。


かなり悲しい。

だから、

まず認める。


ゆづきの怒りは本物だ。


未来が重い。

税金が重い。


年金が不安。

介護が不安。

物価が高い。


結婚も子育ても難しい。

AIは仕事を変える。


戦争のニュースは増える。


SNSを見れば、

同世代のキラキラ投稿ばかり

流れてくる。


「朝活しました(嬉)」

「副業で月収七桁(嬉)」

「人生変わりました(嬉)」

「感謝しかない(嬉)」


いや、

こっちは朝から靴下の片方がない。

人生以前に、

靴下が変わっている。


怒るなという方が無理である。


怒っていい。

疑っていい。

声を上げていい。


ただし、

怒りのハンドルまで

誰かに渡してはいけない。


怒りはエネルギーである。


でも、ハンドルを失った怒りは

事故を起こす。


ガソリンだけあって、

ハンドルがなければ、

ただの危険物である。


しかも今は、

ガソリンも高い。


たとえが地味に痛い。


………


■第13章

 Beat It――勝つより逃げる知恵


マイケル・ジャクソンの

「Beat It」は、

殴り合いに勝つ歌ではない。


危ない場所から離れる歌だ。


「挑発されたら、

 勝つより逃げろ!」


これは弱虫ではない。

生き残る知恵である。


道路でも同じだ。


黄色信号で勝負しない。

交差点で張り合わない。

左折車の横に並ばない。


怖い道では、

少し待つ。


これは敗北ではない。

命のBeat Itである。


SNSでも同じだ。


腹が立った時、

すぐ押さない。


晒さない。

燃やさない。

相手を潰して勝とうとしない。


怒りの交差点から、

一歩下がる。


これが、

親指のBeat Itである。


Z世代に言いたい。


逃げることは、

負けではない。


怒りを

誰かに運転させないこと。


それが、

五年後の強さになる。


炎上に勝つより、

炎上から離れろ。


論破する人より、

人間を残せる人になれ。


マイケルは、

白い靴下で月面歩行した。

僕は、

足湯で現実歩行する。


差は大きい。


だが方向は同じだ。


危ない場所から、

少し離れる。


………


■第14章

 名前を出さない親鸞さんと、

 七十二歳の徳ザップ


ここで、

僕は親鸞さんを思い出す。


ただし、宗教の看板を

大きく出したいわけではない。


Z世代が、


「あ、仏教か。閉じよ」


となると困る。


帰り足が速い。

駅伝なら区間賞である。

だから、

名前より中身を借りる。


昔、世の中が

荒れた時代があった。


飢えがあり、

病があり、

戦があり、

人が人を捨てた。


その時代に、

強い人だけが救われるとは

言わなかった人がいた。


正しい人だけ。

立派な人だけ。

役に立つ人だけ。


フォロワーの多い人だけ。


プロフィール写真が

盛れている人だけ。


そういう分け方をしなかった

人がいた。


迷う人。

怒る人。

間違える人。


自分でも 

自分をどうにもできない人。


そういう人間を、

0か1で切らなかった人がいた。


僕は、その人を

親鸞さんと呼んでいる。


でも、

説教はしない。


説教すると、

Z世代は閉じる。


ついでに、

妻も閉じる。


だから僕は、

まず自分を整える。


足湯。

血圧。


歩く。

e-bike。


声を出す。

英語を聞く。

カラオケで外す。


AIと小説を書く。


これは健康オタクではない。

徳ザップである。


入会金無料。

月会費無料。


ただし、

毎日やらないと効かない。


しかも

三か月で腹筋は割れない。


広告としては弱い。


「五年で

 少し怒りにくくなるかも!」


地味である。


ビフォー、

少し怒りっぽい老人。

アフター、

少しだけ丸くなった老人。

テレビ映えしない。


でも、

七十二歳の僕が整うことは、

若者に全部を背負わせないための

小さな謝罪でもある。


長生きは、

ただ息をしていることではない。


若い人の未来を

少しでも重くしないように、

自分を整え続けること。


それが、

七十二歳の徳ザップだと思う。


………


■第15章

 押す前に三秒、TRUEを探せ


五年後、

ゆづきは二十一歳になる。

僕は七十二歳になる。


ゆづきの方が未来に近い。

僕は、

過去に近い。


でも、

過去に近い人間にも

渡せるものがある。


火事の匂いである。


僕は

戦争を体験した世代ではない。


でも、数字で人を見る怖さは

少し知っている。


父を憎む心も

知っている。


故郷を嫌う心も

知っている。


見慣れない人に身構える心も

知っている。


自分が正しい側に立った時、

相手を裁きたくなる心も 

知っている。


そして、

三割引シールの前で

理性が薄くなる心も

知っている。


人間は弱い。

かなり弱い。


だからこそ、

ゆづきに言いたい。


世界を変えたいなら、

まず人間を捨てる言葉を

疑ってほしい。


外国人を捨てろ。

老人を捨てろ。

敵国を燃やせ。

反対者を黙らせろ。


役に立たない人を切れ。

そんな言葉は短い。


強い。

気持ちいい。

押しやすい。


でも、

押しやすい言葉ほど、

人間を置き去りにする。


その動画は、

何を切り取っているのか?


その字幕は、誰を

怒らせようとしているのか?


その投稿は、君に

何を押させようとしているのか?


三秒でいい。

押す前に、

三秒だけ疑う。


その三秒が、

国を割らない防火壁になるかも

しれない。


道路には青切符が来た。


一時停止を無視する自転車に、

社会がようやく言い始めた。


「止まれ!」

「見ろ!」

「自分は見えていないと思え!」


次は、

親指である。


親指にも、

青切符がいる。


反則金はいらない。

三秒停止でいい。


0か1か。

敵か味方か。


老人を守るか捨てるか。

外国人を受け入れるか追い出すか。


戦うか逃げるか。


そのあいだに、

まだ人間がいる。

その人間を見捨てないこと。


それが、

僕の小さなTRUEである。


五年後の鉛筆は、

国を救わないかもしれない。


でも、誰かの親指を

三秒だけ止めることは

できるかもしれない。


その三秒に、

僕は賭けてみたい。


………


❥Z世代のあなたへ


五年後、

世界はもっと便利になります。


AIは賢くなり、

仕事は速くなり、

情報は一瞬で届きます。


でも、

楽になるとは限りません。


便利さの裏で、

電気代は上がり、

物価は上がり、

孤独も増え、

怒りも速くなります。


君の不安は

広告になります。


君の怒りは

再生数になります。


君の正義感は

誰かの選挙になります。


君の親指は、

誰かの武器になります。


でも、君の親指は

武器だけではありません。


誰かを助けることも

できる。


学ぶことも

できる。


作ることも 

できる。


投票することも

できる。


未来を少し変えることも

できる。


だから、

怒ってください。

疑ってください。

声を上げてください。


でも、

怒りのハンドルまで

誰かに渡さないでください。


AIを使ってもいい。

SNSを使ってもいい。

政治に参加してもいい。

世界を変えたいと思ってもいい。


でも、

世界を変える前に、

人間を捨てないでください。


0と1のあいだに、

まだ人間がいます。


そこを見失わない人が、

五年後の本当のリーダーに

なります。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


ワトソン

「ホームズさん、五年後の日本は  

 どうなりますのん?」


ホームズ

「滅びてはおらん」


ワトソン

「よかった!」


ホームズ

「でも卵は高い」


ワトソン

「急に現実!」


ホームズ

「電気代も高い」


ワトソン

「AIもタダでは動きませんな」


ホームズ

「データセンターは夢を食うが、

 電気も食う」


ワトソン

「夢の大食い選手権ですな」


ホームズ

「日本は床下の工具箱になる」


ワトソン

「地味ですな」


ホームズ

「でも火事の時、

 王冠より工具箱や」


ワトソン

「ええこと言うた!」


ホームズ

「道路には青切符が来た」


ワトソン

「次は親指ですか」


ホームズ

「そうや。

 親指にも青切符がいる」


ワトソン

「反則金は?」


ホームズ

「三秒停止や」


ワトソン

「安い!」


ホームズ

「でも効く」


ワトソン

「何を確認するんです?」


ホームズ

「この動画は

 何を 

 切り取っているのか?」


ワトソン

「この字幕は

 誰を怒らせようとしているのか?」


ホームズ

「この投稿は

 私に何を

 押させようとしているのか?」


ワトソン

「三秒でTRUEを探す」


ホームズ

「そうや」


ワトソン

「五年後のリーダーは

 誰ですか?」


ホームズ

「怒りを

 運転させない人や!」


ワトソン

「若者ですか」


ホームズ

「若者も老人もや」


ワトソン

「老人にも宿題がありますな」


ホームズ

「徳ザップや」


ワトソン

「また出た!」


ホームズ

「足湯、血圧、歩く、書く」


ワトソン

「腹筋は割れますか」


ホームズ

「割れん」


ワトソン

「広告失格!」


ホームズ

「でも

 少し怒りにくくなる!」


ワトソン

「それは大事ですな」


ホームズ

「変な時代には、

 変な鉛筆がいる」


ワトソン

「ほな最後に?」


ホームズ

「押す前に三秒」


ワトソン

「親指にも青切符!」


ホームズ

「そして人間は、

 0と1のあいだにまだおるんや」


おしまい

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