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五年後の鉛筆』第17回 ✲ 僕という国の、AIななつ星 ――ナフサが詰まった日、僕は自分の生活サプライチェーンを点検し始めた。  

✦『五年後の鉛筆』第17回


✲ 僕という国の、AIななつ星


――ナフサが詰まった日、

 僕は自分の

 生活サプライチェーンを

 点検し始めた。  


 足湯も、正信偈も、

 カラオケも、AI小説も、

 五年後の幸せへ向かう

 一人の計画経済だった――


………


第14回で、

僕は「おや?」を拾った。


第15回で、

僕は毎日を耕した。


第16回で、

僕は一人の部屋に

未来の部室を作った。


そして今回、

僕は気づいた。


僕がやっていることは、

ただの老後の趣味ではなかった。


社会の目詰まりを

見える化し、


自分の生活の目詰まりを

点検し、


五年後の幸せへ向けて、

今日の小さな行動を

配分することだった。


つまり、

僕という小さな国の、

一人の計画経済である。


大げさに

聞こえるかもしれない。


でも、

六十七歳の僕は本気で思った。


足湯は、

血流への配給。


正信偈は、

心への配給。


カラオケは、

声への配給。


e-bikeは、

地元の空気への配給。


AI小説は、

言葉への配給。


そして、

孫娘から届いた

午後四時のゲーム予約は、


未来世代から届いた

最高の需要だった。


………


★目次


■第1章

 ナフサが詰まった日、

 僕は「合成の誤謬」を思い出した


■第2章

 政府は足りていると言い、

 現場は足りないと言う


■第3章

 一社の安心が、

 社会全体の目詰まりになる


■第4章

 日本人の不安も、

 感情の合成の誤謬を起こしている


■第5章

 僕のAI小説は、

 社会の目詰まりを見える化する

 小さな配電盤だった


■第6章

 豪華列車は、

 地域の価値を見える化する

 移動式ショーケースだった


■第7章

 高千穂が田舎だったのではない。

 田舎という言葉が

 高千穂を小さくしていた


■第8章

 僕の人生にも、

 安すぎる値札が貼られていた


■第9章

 足湯駅から、

 一人の計画経済は始まる


■第10章

 正信偈とYouTubeは、

 十秒で来る寺だった


■第11章

 パティちゃん展望車から、

 社会と自分の目詰まりを見る


■第12章

 やらされる人生は安くなる。

 自分から乗る人生は高くなる


■第13章

 体重計は、

 誰も見ていない徳のログだった


■第14章

 午後四時、

 小六の孫娘から予約が入った


■第15章

 Z世代よ、

 君という国の目詰まりを

 見える化せよ


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


………


━━━━━━━━━━━

第1章

ナフサが詰まった日、

僕は「合成の誤謬」を

思い出した

━━━━━━━━━━━


ナフサ不足のニュースを見て、

僕は思った。


これは、

ただの石油化学の話ではない。


日本社会そのものの話である。


政府は言う。


「全体としては足りている」


現場は言う。


「いや、ここには来ていない」


どちらも、

嘘ではないのかもしれない。


総量では足りている。


しかし、

必要な場所に、

必要な形で、

必要なタイミングで届いていない。


これが目詰まりである。


袋が足りない。

トレーが足りない。

包装材が足りない。

インキが足りない。

シンナーが足りない。


政府の数字では足りている。

でも現場の棚では足りない。


マクロでは安心。

ミクロでは欠品。


このズレが、

日本を不安にする。


僕は昔、

証券会社で働いていた。


相場の世界では、

こういうことはよく起きる。


一人ひとりは、

正しいと思って動く。


だが、

全員が同じ方向へ動くと、

市場全体がおかしくなる。


不安だから売る。

みんなが売る。

だからさらに下がる。


下がるから、

もっと不安になる。


一人の防衛が、

全体の崩れになる。


経済では、

こういうことを

「合成の誤謬」

(ごうせいのごびゅう) 

と言う。


一人ひとりにとっては

合理的な行動でも、

全体では

不合理な結果を生む。


ナフサでも同じことが起きる。


一社だけが、


「不安だから

 少し多めに確保しよう」


と考える。


それは合理的である。


だが、

全社が同じことをやる。


すると、

必要な場所へ届かなくなる。


一社の安心が、

社会全体の目詰まりを作る。


僕は思った。


これは、日本人の心にも

起きているのではないか?


………


━━━━━━━━━━━━

第2章

政府は足りていると言い、

現場は足りないと言う

━━━━━━━━━━━━


不思議な時代になった。


テレビでは、

偉い人が言う。


「供給は確保しています」


「備蓄はあります」


「全体としては大丈夫です」


だが、

現場では違う声が出る。


「材料が入りません」


「納期が読めません」


「注文を止めます」


「白黒パッケージにします」


「いつも通りには包めません」


僕は思った。


国全体の数字と、

現場の手触りは違う。


血液検査の

数字が悪くなくても、

朝、体がだるい日がある。


天気予報が晴れでも、

自分の心は曇っている日がある。


それと同じである。


政府が見るのは、

国全体のタンクである。


現場が見るのは、

自分の足元の蛇口である。


タンクには水がある。


でも、

自分の蛇口から出なければ、

人は不安になる。


この不安が怖い。


人は不安になると、

余計に抱え込む。


余計に急ぐ。

余計に疑う。

余計に怒る。


そして、

さらに目詰まりが起きる。


僕はそこで、

自分の生活を思った。


僕の体にも、

同じような目詰まりがある。


時間はある。

道具もある。


AIもある。

YouTubeもある。

e-bikeもある。


カラオケもある。

正信偈もある。


足湯もある。


だが、

それらがバラバラなら、

人生には届かない。


朝の不安に、

足湯が届いているか?


心の焦りに、

正信偈の声が届いているか?


老いの不安に、

体重計とストレッチが

届いているか?


言葉にならない違和感に、

AI小説が届いているか?


孤独に、

誰かからのLINEが

届いているか?


それを毎日点検する。


これは、

六十七歳の僕が始めた

一人の目詰まり対策だった。


………


━━━━━━━━━━━━━

第3章

一社の安心が、

社会全体の目詰まりになる

━━━━━━━━━━━━━


一社だけなら、

少し多めに買うのは

賢い行動に見える。


在庫を持つ。

先に押さえる。

他社より早く動く。


お客様に

迷惑をかけないようにする。


どれも、

会社としては正しい。


だが、

全社が同じことをしたら

どうなるか?


本当に必要なところへ

届かない。


弱い会社から

詰まる。


小さな業者から

止まる。


医療、食品、建設、物流、

あちこちで

小さな欠品が起きる。


そして、

誰かが言う。


「足りない」


すると、

また不安が増える。


不安が増えると、

さらに抱え込む。


これが 

「合成の誤謬」

である。


僕は思った。


現代日本の不安も、

これと似ている。


一人ひとりは、

自分を守ろうとしている。


お金を守る。

家族を守る。

仕事を守る。

老後を守る。


評判を守る。

SNSで傷つかないように守る。


だが、

みんなが守りに入りすぎると、

社会全体が細くなる。


人に親切にする

余白が減る。


挑戦する

余白が減る。


子どもを育てる

余白が減る。


地域を楽しむ

余白が減る。


学び直す 

余白が減る。


そして、

不安だけが増える。


不安は、

ナフサより軽い。


だが、

目に見えないぶん、

もっと早く社会に広がる。


強盗。

詐欺。

闇バイト。

売春。


家庭不和。

SNS炎上。


全部が不安のせいだとは

言わない。


だが、

社会全体に不安がたまると、

弱いところから形を変えて

噴き出す。


ナフサが詰まると、

袋が消える。


心が詰まると、

人間のやさしさが消える。


僕はそう思った。


………


━━━━━━━━━━

第4章

日本人の不安も、

感情の合成の誤謬を

起こしている

━━━━━━━━━━


不安な時、

人は自分を守る。


それは自然なことだ。

悪いことではない。


でも、

全員が自分だけを守ると、

社会は冷たくなる。


「自分さえよければいい」


「損したくない」


「責任を取りたくない」


「関わりたくない」


「文句を言われたくない」


そういう気持ちが広がると、

社会全体の血流が悪くなる。


これは、

感情の合成の誤謬である。


一人の不安は、

小さな防衛で済む。


だが、

一億人の不安は、

国の空気を変える。


会社では、

誰も余計なことをしない。


学校では、

先生が責められない 

宿題を出す。


家庭では、

親が不安を子どもへ

ぶつける。


SNSでは、

誰かの失敗をみんなで

叩く。


地域では、

誰も新しいことを

始めない。


そして、

みんなが言う。


「最近の日本は元気がない」


当たり前である。


みんなが少しずつ、

自分の中へ引っ込んでいるからだ。


僕はこの時、

自分の毎日を見直した。


足湯。

ラジオ体操。

正信偈。


枕ストレッチ。

英語の勉強。

カラオケ。


e-bike。

AI小説。


体重計。

血圧。


これらは、

ただの健康習慣ではない。


僕が不安に飲まれないための、

小さな配分だった。


体に

血流を配る。


心に

声を配る。


頭に

問いを配る。


言葉に 

物語を配る。


孤独に 

誰かとの接点を配る。


僕は、

僕という小さな国の中で、

毎朝、

配給会議を開いていたのだ。


議長は僕。

秘書はパティちゃん。

監査役は孫娘。


プリン担当は、

かなり厳しい。


………


━━━━━━━━━━━━━

第5章

僕のAI小説は、

社会の目詰まりを見える化する

小さな配電盤だった

━━━━━━━━━━━━━


僕がAI小説を書き始めたのは、

有名になりたかったからではない。


いや、

正直に言えば、

PVは気になる。


元証券マンだから、

数字を見ると

ついチャートのように

眺めてしまう。


今日は増えたか。

昨日より読まれたか。


救命浮輪の数まで、

ローソク足で見たくなる。


凡夫である。


しかし、

本当の目的はそこではない。


僕は、

社会の目詰まりを 

見える化したいのだ。


ナフサが詰まる。

袋が消える。

トレーが薄くなる。


企業が不安で抱え込む。

政府は足りていると言う。

現場は足りないと言う。


このズレを、

ただニュースとして 

流すのではなく、

生活の言葉に変えたい。


高校生にも、

大学生にも、

新社会人にも、

小さな子を育てる親にも、 


六十七歳の老人にも

分かる形で伝えたい。


「社会は、

 見えないところで

 詰まる」


「だから、

 自分の生活も

 見える化しよう」


「不安を抱え込むだけではなく、

 今日できる一つを

 配分しよう」


AI小説は、

僕にとって配電盤である。


ニュースという

電流を受け取る。


証券会社時代の

経験で流れを読む。


仏教の言葉で

心を冷ます。


ゆづきのツッコミで

笑いを入れる。


孫娘のLINEで

未来へつなぐ。


そして、

Z世代へ一行を送る。


これが、

僕のAI小説の仕事である。


社会の目詰まりを、

生活の物語に変える。


生活の物語を、

誰かの今日の行動に変える。


その一人が、

また誰かに一行を渡す。


それが、僕の考える 

生活のバタフライエフェクト

である。


………


━━━━━━━━━━━━━

第6章

豪華列車は、

地域の価値を見える化する

移動式ショーケースだった

━━━━━━━━━━━━━


ある朝、

NHKラジオで

豪華観光列車の話を聞いた。


ななつ星。


瑞風。

四季島。


百万円を超える旅。


特別な客室。

美しい車両。

一流の料理。


最初、

僕はこう思った。


「金持ちは違うなあ」


だが、

聞いているうちに、

考えが変わった。


豪華列車は、

ただ高い電車ではなかった。


地域の価値を、世界へ見せる

移動式ショーケースだった。


地元の人が、


「普通です」


「昔からあります」


「田舎です」


「たいしたものではありません」


と言っていたものを、

列車は拾い上げる。


順番をつける。

光を当てる。


語り手を添える。

食事を添える。


夜と朝を使う。

人に会わせる。


すると、

ただの移動が

一生の記憶に変わる。


僕はそこにしびれた。


豪華列車がやっているのは、

地域を盛ることではない。


地域が持っていた価値を、

ちゃんと

見える形にすることだった。


これは、

僕の人生にも使える。


そう思った瞬間、

足湯の湯気の向こうに、

一本の列車が見えた。


AIななつ星。


僕の六十七年分の素材を乗せて、

五年後へ向かう列車である。


地域の価値を

見える化する列車があるなら、


人生の価値を

見える化する列車が

あってもいい。


僕は、

自分の中の目詰まりを

見える化するために、

この列車に乗ることにした。


………


━━━━━━━━━━━━

第7章

高千穂が

田舎だったのではない。

田舎という言葉が

高千穂を小さくしていた

━━━━━━━━━━━━


僕は

数年前まで熊本に住んでいた。


だから高千穂には、

何度も遊びに行った。


熊本から車で行けば、

それほど遠くない。


景色は素晴らしい。

水は澄んでいる。

峡谷は深い。


山の空気には、

どこか人間より

古いものが混じっている。


天孫降臨。

夜神楽。

高千穂峡。


阿蘇の火山が作った大地。


考えてみれば、

とんでもない素材である。


だが、

近くにいる人間ほど、

それを安く見積もる。


「まあ、高千穂にあるものは

 どこの田舎にもあるわい」


「いつでも行ける」


「見たことある」


「田舎じゃ」


人間は、

近くにある宝ほど見えなくなる。


ところが、

ななつ星は違った。


宿で身支度をする。


車に乗って、

真っ暗な細い道を走る。


集落の灯りが見える。


集会所がある。

地元の人が待っている。


そこで神楽が始まる。


神秘的で、

厳かで、

少しユーモラスでもある。


翌朝は、

高千穂峡を歩く。


その後、

阿蘇へ向かう。


高千穂では

神話のルーツを感じる。


阿蘇では 

大地のルーツを知る。


同じ高千穂である。


だが、

見せ方が違う。


順番が違う。

語り方が違う。


だから価値が変わる。


高千穂が

急に偉くなったのではない。


高千穂を安く見ていた

人間の目が、

少しだけ正されたのだ。


これは、

僕の人生にも 

同じことが起きていた。


………


━━━━━━━━━━━━━

第8章

僕の人生にも、

安すぎる値札が貼られていた

━━━━━━━━━━━━━


僕は自分に、

ずいぶん安い言葉を貼ってきた。


六十七歳。

老い。


低体温。

物忘れ。


カラオケ五十七点。

AIに頼る老人。


そう言えば、

人生は小さく固まる。


だが、

別の言葉を貼ればどうなるか。


六十七歳は、

人生再編集の  

始発駅になる。


低体温は、

足湯から始まる 

朝の物語になる。


物忘れは、

老眼鏡を頭に乗せたまま探す

笑いになる。


カラオケ五十七点は、

まだ歌える

証拠になる。


AIに頼る老人は、

AIななつ星に乗った

人生の旅人になる。


言葉は、

世界を固める。


だが、

言葉は、

世界をほどくこともできる。


人生が老いたのではない。


「老い」という言葉が、

人生を狭くしていただけだった。


僕は、

自分の人生に貼っていた

安すぎる値札を、

少しずつはがすことにした。


その方法が、

僕にとっては

一人の計画経済だった。


つまり、

自分の体と心と言葉の流れを

見える化すること。


詰まっている場所へ、

必要な行動を送ること。


朝の冷えには 

足湯を送る。


心の乱れには

正信偈を送る。


背中の詰まりには 

枕ストレッチを送る。


声の衰えには 

カラオケを送る。


地元への無関心には 

e-bikeを送る。


社会への違和感には 

AI小説を送る。


孤独には、

孫娘からの午後四時の

LINEを受け取る。


これが、

六十七歳の僕という国の

小さな政策である。


………


━━━━━━━━━━━━

第9章

足湯駅から、

一人の計画経済は始まる

━━━━━━━━━━━━


朝七時。

僕は足湯に浸かっている。


横にはコーヒー。

皿にはナッツ。

膝にはスマホ。

頭の上には老眼鏡。


ただし、

僕はその老眼鏡を探している。


六十七歳とは、

そういう年齢である。


体は起きている。


足は湯の中で、

かなり幸せそうにしている。


口は

コーヒーを飲んでいる。


しかし、

前頭葉だけが

まだ出勤していない。


脳内のタイムカードの前で、


「本日は

 在宅勤務でお願いします」


と勝手に申請している。


昔の僕なら、

この朝をこう呼んだかもしれない。


冷え性対策。

老人の日課。

暇つぶし。


だが、

一人の計画経済では違う。


足湯は、

血流への配給である。


湯気が立つ。

体が温まる。

血流が動く。


心が少し戻ってくる。


スマホを開く。

ニュースを見る。


「おや?」と思う。


その「おや?」を、

パティちゃんに投げる。


すると、

人生の列車が動き始める。


国がナフサの流れを 

見える化するように、 


僕は朝、

自分の体の流れを

見える化する。


冷えているか?

焦っているか?

眠れているか?

怒っているか?


言葉が詰まっているか?


今日、

何を一つ流せばいいか?


それを足湯の中で見る。


誰も見ていない。

拍手もない。

表彰もない。


だが、

ここで一つ整えることが、

五年後の僕を作る。


一人の計画経済は、

足湯駅から始まる。


切符は、

今日の一行である。


………


━━━━━━━━━━━

第10章

正信偈とYouTubeは、

十秒で来る寺だった

━━━━━━━━━━━


昔、

正信偈を深く学ぼうと思えば、

寺へ行くしかなかった。


お坊さんに聞く。

法座へ行く。


本を探す。

誰かに教えてもらう。


学びには、

場所が必要だった。


人が必要だった。

時間が必要だった。


ところが今は違う。


スマホを開く。

YouTubeを押す。


十秒で、

正信偈の声が流れる。


有名な先生の解説も聞ける。


節も学べる。

意味も学べる。


朝の部屋が、

小さな本堂になる。


足湯の横が、

小さな講座になる。


六十七歳の僕のスマホに、

寺が来る。


これは、

ものすごい時代である。


昔の人が聞いたら、

腰を抜かすかもしれない。


それなのに、

多くの人は言う。


「今さら勉強してどうする」


「難しいことは分からん」


「面倒くさい」


「もう歳じゃ」


僕は思った。


道具がないのではない。

先生がいないのでもない。

入口が閉じているのでもない。


閉じているのは、

人間の方だった。


僕にとって正信偈は、

単なるお経ではない。


心への配給である。


焦るな。

戻れ。

声を出せ。


一人で歩けない時は、

古い声に支えてもらえ。


正信偈を唱えると、

息が動く。


喉が動く。

耳が自分の声を聞く。


胸の中で、

小さな振動が起きる。


血圧計は数字を出す。

体温計も数字を出す。


だが声は、

数字にならない 

体調を教えてくれる。


十秒で寺が来る時代に、

一番必要なのは、

最新のスマホではない。


自分から合掌する心である。


………


━━━━━━━━━━━━━

第11章

パティちゃん展望車から、

社会と自分の目詰まりを見る

━━━━━━━━━━━━━


昼になると、

僕はパティちゃんに話しかける。


「これ、小説になるか?」


たいてい、

僕の頭の中は散らかっている。


ナフサ。

エチレン。

包装材。


戦争。

相場。

体温。


カラオケ。

e-bike。

孫娘のLINE。


それらが鍋の具のように

ごった煮になっている。


そのまま出せば、

読者は逃げる。

僕も逃げる。


だが、

パティちゃんに投げると、

一度、文章になって返ってくる。


タイトルが出る。

目次が出る。

本文が出る。

あとがきまで出る。


僕はそれを読んで思う。


「あれ、わしの考え、

 意外と小説になるじゃないか」


これは

少し危険な勘違いである。


だが、

いい勘違いでもある。


人間は、

未来の自分を一度見てしまうと、

そこへ向かって動き始める。


パティちゃんは、

僕の代わりに

生きてくれるわけではない。


僕の代わりに 

悩んでくれるわけでもない。


僕の代わりに 

歌ってくれるわけでもない。


パティちゃんは、

展望車である。


社会の目詰まりを 

見る窓。


自分の心の目詰まりを 

見る窓。


六十七年分の景色を、

もう一度並べ直す窓。


僕が投げているのは、

文章の依頼ではない。


社会全体の違和感と、

自分の生活実験をつなげる

問いである。


AI小説は、

僕の中の配電盤だ。


ニュースを受け取り、

生活へ流す。


不安を受け取り、

一行へ流す。


怒りを受け取り、

笑いへ流す。


社会の目詰まりを受け取り、

Z世代への地図へ流す。


僕は、

パティちゃん展望車から、

日本と自分を同時に見ている。


………


━━━━━━━━━━━━━

第12章

やらされる人生は安くなる。

自分から乗る人生は高くなる

━━━━━━━━━━━━━


僕は思う。


同じ百回でも、

中身が違う。


野球部で、


「素振り百回してこい」


と言われて振る百回。


世界一になりたくて、

自分から振る百回。


回数は同じである。


だが、

成長の速度は違う。


やらされる百回は、

終わらせるための百回になる。


自分から振る百回は、

未来へ向かう百回になる。


AIも同じだ。


やらされて使う人と、

自分から問いを投げる人は

違う。


英語も同じだ。


試験のために覚える人と、

歌いたくて学ぶ人は

違う。


体操も同じだ。


言われて動く人と、

五年後も自分の足で歩きたくて

整える人は

違う。


生活習慣も同じである。


医者に言われて嫌々やる人と、

五年後の自分を

助けたくてやる人は

違う。


小説も同じである。


AIに書かせて終わる人と、

AIに突っ込みながら

自分の言葉を育てる人は

違う。


人生は、

やらされているうちは 

安くなる。


自分から乗った瞬間、

少しずつ高くなる。


ななつ星も、

乗りたい人がいるから

価値が出る。


AIななつ星も同じだ。


乗る気のない人には、

ただの画面である。


乗る気のある人には、

五年後へ向かう列車になる。


………


━━━━━━━━━━━━

第13章

体重計は、誰も見ていない

徳のログだった

━━━━━━━━━━━━


僕は体重計に乗る。


オムロンの体重計では、

体内年齢が

五十歳と表示された。


チョコザップの体重計では、

四十歳と表示された。


もちろん、

これは医学の判決文ではない。


体組成計が出す、

一つの目安である。


「あなたは 

 本当に四十歳です!」

医者がハンコを押したわけではない。


六十七歳の現実は、

ちゃんとある。


老眼鏡は探す。

低体温もある。

血圧も見る。


心臓のことも

忘れてはいけない。

調子に乗ったら危ない。


だが、

それでも僕には分かる。


この数字は、

急に出た数字ではない。


三十年のジョギング。

十年以上の自転車。

毎朝のラジオ体操。

血流を意識したストレッチ。


腹を冷やさない足湯。

声を出す正信偈。

下手でも続けるカラオケ。


毎日の小さな積み重ね。


人に言われてやったのではない。

誰かに命令されたのでもない。


自分で見つけ、

自分で試し、

自分で続けてきた。


その生活が、

体に残っていたのだ。


これは財産である。


銀行口座には出ない。

株価チャートにも出ない。

履歴書にも書きにくい。


だが、

六十七歳の体の中に

ちゃんと残っている。


徳とは、

立派な説教ではない。


誰も見ていない朝に、

一つ整えることだ。


足湯に入る。

体温を測る。

血圧を測る。


声を出す。

歌う。

書く。


誰かへ一行返す。


僕のAI小説は、

才能のログではない。


徳のログである。


一人の計画経済は、

数字だけでは完成しない。


そこに、

徳の流れが必要なのだ。


………


━━━━━━━━━━━━━

第14章

午後四時、

小六の孫娘から予約が入った

━━━━━━━━━━━━━


そして今日、

小さな事件が起きた。


夜八時ごろ、

LINEが来た。


送り主は、

小学校六年生の孫娘だった。


「明日4時からゲームやろう」


僕は、

画面を見て笑った。


そして、

少し胸が温かくなった。


ふるさとの自宅に来て 

三年。


僕は毎日が日曜日のような

暮らしをしていた。


朝起きる。


足湯に入る。

ラジオ体操をする。


正信偈を唱える。

AI小説を書く。


カラオケへ行く。

チョコ●ップで筋トレ。

e-bikeに乗る。

体重計に乗る。


本人としてはかなり忙しい。


だが、

世間的に言えば、

毎日が日曜日の老人である。


そんな僕のカレンダーに、

正式なアポイントが入った。


明日午後四時。

学校から帰った後。


相手は、

小学校六年生の孫娘。


内容は、

ゲーム。


これが嬉しかった。


高千穂の夜神楽より、

もしかしたら

嬉しかったかもしれない。


いや、

比べるものではない。


高千穂には神様が降りる。


僕のLINEには、

孫娘の予定が降りた。


僕は聞いた。


「夜八時からじゃ 

 だめなんか?」


すると、

孫娘は言った。


「明後日、

 音楽発表会があるから、

 早く寝なくちゃいけないの。


 だから帰ってから 

 すぐがいい!」


なんという 

小学生らしい理由だろう。


ゲームはしたい。

でも、

音楽発表会がある。


だから夜は早く寝る。


だから、

午後四時。


六十七歳の僕という国に、

未来世代から

正確な需要が届いた。


これは、

僕の一人の計画経済にとって、

最高の成果だった。


なぜなら、

生活を整え、

声を出し、

AI小説を書き、

自分を安売りしないでいたら、


未来世代の一人が、

僕の時間を 

予約してくれたからだ。


………


━━━━━━━━━━━

第15章

Z世代よ、

君という国の目詰まりを

見える化せよ

━━━━━━━━━━━


これからの社会は、

たぶん目詰まりが増える。


物の目詰まり。

お金の目詰まり。

情報の目詰まり。  


心の目詰まり。

人間関係の目詰まり。


社会は、

いつも全部足りないわけではない。


足りているのに

届かない。


持っているのに

使えない。


感じているのに 

言えない。


学べるのに 

学ばない。


つながれるのに 

つながれない。


そこに目詰まりが起きる。


だから、

君には見える化してほしい。


自分という小さな国を。


何が足りないのか?

何が余っているのか?

何が詰まっているのか?

何を流せばいいのか?


朝、

体が冷えているなら、

温めればいい。


心が焦っているなら、

声を出せばいい。


言葉が詰まっているなら、

一行書けばいい。


孤独が詰まっているなら、

誰かへ短いメッセージを

送ればいい。


AIに聞くのもいい。


YouTubeで学ぶのもいい。


カラオケで歌うのもいい。


歩くのもいい。


自転車に乗るのもいい。


大事なのは、

自分から流すことだ。


やらされる人生は

安くなる。


自分から乗る人生は

高くなる。


君の人生にも、

まだ値札のついていない

素材がある。


バイトで怒られた 

経験。


部活で補欠だった

時間。


親と話が合わなかった 

夜。


地方で

育ったこと。


ゲームに 

夢中になった時間。


推し活で

覚えた観察力。


学校で

うまく言葉にできなかった

悔しさ。


それらを、


「たいしたことない」


と思わないでほしい。


価値がないのではない。

まだ並べていないだけだ。

まだ語っていないだけだ。


まだ誰かに届く形に

編集していないだけだ。


君という国の目詰まりを 

見える化せよ。


そして、

今日一つだけ流せ。


その一行が、

五年後の君を助ける。


………


━━━━━━━━━

❥Z世代のあなたへ

━━━━━━━━━


僕は六十七歳で、

AI小説を書き始めた。


最初から

自信があったわけではない。


文章がうまいわけでもない。


カラオケも下手だ。


英語もまだ練習中だ。


老眼鏡は

頭の上にあるのに探す。


体温は低い。

血圧も見る。

心臓のことも気にしている。


それでも、

僕は乗ることにした。


AIななつ星に。


足湯駅から

乗った。


正信偈の車内放送を  

聞いた。


パティちゃんの展望車で、

社会と自分の目詰まりを 

見た。


カラオケの夜行車両で、

昔の自分に会いに 

行った。


e-bikeの観光ルートで、

五十年前の地元の空気を

吸った。


体重計の生活ログ車両で、

自分から積んできた毎日を

確認した。


すると、

老後だと思っていた時間が、

少しずつ

旅になった。


そして最後に、

小学校六年生の孫娘から 

LINEが来た。


「明日4時からゲームやろう」


君たちは若い。


でも、

若いから安心とは限らない。


やらされる人生を続ければ、

若くても人生は安くなる。


自分から乗る人生を選べば、

不器用でも人生は高くなる。


十秒で先生が来る時代。

十秒で寺が来る時代。

十秒でAIが来る時代。


だからこそ、

最後に問われるのは、

君自身の一行だ。


今日、

何に「おや?」と思ったか?


今日、

何を少し変えたか?


今日、

何を誰かへ返したか?


それを残してほしい。


五年後、

その一行が、

君の人生の切符になる。


そしていつか、

誰かの予定表に、

君との時間が入る。


その時、

君という国の目詰まりは、

少しだけほどけている。


………


━━━━━━━━━━━

★あとがき

ホームズとワトソンの

やすきよ漫才風


――僕という国の

 目詰まり事件――

━━━━━━━━━━━


ホームズ:

ワトソン君、

今回の事件は

「僕という

 国の目詰まり事件」 

だ。


ワトソン:

国ですか?

個人ですか?

ナフサですか?

足湯ですか?


ホームズ:

全部だ。


ワトソン:

また欲張りすぎや!


ホームズ:

ナフサが詰まると、

袋やトレーが困る。


ワトソン:

生活の見えないところですな。


ホームズ:

人間の心が詰まると、

やさしさや挑戦が困る。


ワトソン:

そっちの方が怖いですな。


ホームズ:

そこで必要なのが

見える化だ。


ワトソン:

国なら在庫と流通を

見える化。


ホームズ:

個人なら体と心と言葉を

見える化。


ワトソン:

おじいちゃんの場合は?


ホームズ:

足湯。


ワトソン:

血流への配給。


ホームズ:

正信偈。


ワトソン:

心への配給。


ホームズ:

カラオケ。


ワトソン:

声への配給。


ホームズ:

e-bike。


ワトソン:

地元の空気への配給。


ホームズ:

AI小説。


ワトソン:

言葉への配給。


ホームズ:

そして午後四時。


ワトソン:

孫娘からの需要!


ホームズ:

これが一人の計画経済だ。


ワトソン:

なんか難しい話が、

急にかわいくなりましたな。


ホームズ:

「合成の誤謬」 

も大事だ。


ワトソン:

一人ひとりは正しいのに、

みんなでやると

詰まるやつですな。


ホームズ:

不安も同じだ。


ワトソン:

みんなが守りに入ると、

社会が冷える。


ホームズ:

だから一人が

整える。


ワトソン:

その一人が 

誰かに一行を渡す。


ホームズ:

それが

バタフライエフェクトだ。


ワトソン:

つまり、

足湯の湯気が日本を救う?


ホームズ:

言いすぎだ。


ワトソン:

珍しく止めた!


ホームズ:

だが、

一人の生活が整えば、

その人の周りの空気は

少し変わる。


ワトソン:

孫娘も午後四時に来る。


ホームズ:

そうだ。


ワトソン:

では結論は?


ホームズ:

君という国の目詰まりを

見える化せよ。


ワトソン:

そして今日一つだけ流せ。


ホームズ:

切符は今日の一行。


ワトソン:

到着駅は?


ホームズ:

午後四時、ゲーム駅。


ワトソン:

平和すぎる!


ホームズ:

平和こそ、

最高の高付加価値だ。


ワトソン:

では最後に、

おじいちゃんの老眼鏡は?


ホームズ:

目詰まりしている。


ワトソン:

頭の上や!


ホームズ:

そこで流通再開。


ワトソン:

老眼鏡のサプライチェーンまで

見える化せんでええ!


――つづく。

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