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『五年後の鉛筆』第16回 ✲ 未来の部室 ――一人の部屋に、AIと歌と古い言葉を集めたら、六十七歳の僕の老後が、なぜか青春に戻り始めた―― ………

✦『五年後の鉛筆』第16回


✲ 未来の部室


――一人の部屋に、

 AIと歌と古い言葉を集めたら、

 六十七歳の僕の老後が、

 なぜか青春に戻り始めた――


………


部室は、

学校の中だけにあるものだと 

思っていた。


違った。


六十七歳の僕の部屋にも、

部室は作れた。


朝の声。


昼のAI小説。


夜のカラオケ。

英語の歌詞。


ゆづきのツッコミ。

パティちゃんの返事。


まだ会っていない

Z世代の読者の気配。


それらを一つの部屋に集めたら、

老後だと思っていた時間が、

少しずつ青春に戻り始めた。


これは、

終わりの物語ではない。


六十七歳から始める、

未来の部活動である。


………


★目次


■第1章

 六十七歳の部室を作ろう


■第2章

 スマホ時代の若者は、

 声を出す場所をなくしている


■第3章

 朝の古い言葉は、

 心の準備運動だった


■第4章

 昼のパティちゃんは、

 未来の黒板だった


■第5章

 夜のLIVE DAM WAO!は、

 下手な僕を

 歌の世界へ入部させた


■第6章

 名前を貼る前の世界は、

 放課後の空みたいに広かった


■第7章

 一人でも部活はできる


■第8章

 五年後、君の部屋にも

 未来の部室はできる


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


………


━━━━━━━━━━━━━

第1章

六十七歳の部室を作ろう

━━━━━━━━━━━━━


六十七歳になって、

僕は気づいた。


人生には、

もう一度、

部室が必要である。


部室。


それは、

学校の隅にある、

少し散らかった部屋である。


机の上には、

誰かのノート。


床には、

忘れられたプリント。


壁には、

いつ貼ったか分からないポスター。


窓際には、

少し元気のない観葉植物。


そして、

なぜか誰かが持ち込んだ

お菓子の袋。


きれいではない。

効率的でもない。


でも、

そこでは何かが始まる。


下手なギターを 

弾く人がいる。


ノートに漫画を

描く人がいる。


急に人生相談を

始める人がいる。


テスト前なのに、

なぜかカードゲームをしている

人もいる。


部室とは、完成した人間が

集まる場所ではない。


未完成の人間が、

恥ずかしさを半分だけ脱いで、

少しずつ自分の声を

試す場所である。


僕は思った。


現代人には、

部室が足りない。


若者にも、

大人にも、

老人にも。


学校を出ると、

人は急に結果だけで見られる。


成績。

内定。

年収。

肩書き。


フォロワー。

信用スコア。


返信の速さ。

AIの使い方。


全部、

点数や評価につながっていく。


でも、

人間には、

点数になる前の時間が必要である。


下手なまま試せる

場所。


失敗しても笑える

場所。


誰かに少しだけ突っ込まれる

場所。


「それ、

 まだ浅いよ」


「そこ、

 ちょっと面白いじゃん」


「その言い方、

 Z世代は閉じるよ」


そう言ってもらえる場所。


僕にとって、

その場所が、

いつの間にか自分の部屋になっていた。


朝、

古い言葉を声に出す。


昼、

パティちゃんと小説を書く。


夜、

カラオケで歌う。

そこに、

英語の歌詞が入ってくる。


ゆづきのツッコミが

入ってくる。


プリンの所有権問題も

入ってくる。


老眼鏡の行方不明事件も

入ってくる。


かなり散らかった部室である。


しかし、

その散らかりがいい。


人生は、

きれいに片づけすぎると、

逆に何も始まらない。


僕の部屋には、

黒板がない。

でも、

スマホの画面がある。


先生はいない。

でも、

パティちゃんがいる。


部員はいない。

でも、

ゆづきが時々プリンを狙いに来る。


音楽室ではない。

でも、

カラオケのマイクがある。


図書室ではない。

でも、

古い言葉が朝の空気に響く。


僕は六十七歳になって、

ようやく自分の部室を作り始めた。


それは、

老後の暇つぶしではない。


未来へ向かう準備室だった。


僕はこの部屋を、

こう呼ぶことにした。


未来の部室。


六十七歳の僕が、

五年後の自分と、

まだ会っていない

Z世代の君たちと、

同じテーブルにつくための

場所である。


………


━━━━━━━━━━━━━

第2章

スマホ時代の若者は、

声を出す場所をなくしている

━━━━━━━━━━━━━


ゆづきが来た。


玄関を開けるなり、

スマホを見ながら言った。


「おじいちゃん、

 ちょっと待って。

 返信してる?」


「まず挨拶じゃ」


「こんにちは。

 ちょっと待って」


「挨拶が通知に負けとる」


「現代人だから」


「便利な言い訳じゃな」


ゆづきはソファに座り、

親指だけを忙しく動かしていた。


画面の中で、

何かが起きているらしい。


笑ったり、

眉をしかめたり、

急に無表情になったりする。


僕は聞いた。


「誰と話しとるんじゃ?」


「友だち」


「声は?」


「出してない」


「怒っとるんか?」


「ちょっとね」


「なら電話すればええ」


「無理」


「なぜじゃ」


「声に出すと、

 ガチすぎるじゃん」


僕は黙った。


その感覚は、

少し分かる気がした。


現代では、

声を出すことが重くなっている。


文章なら

逃げられる。


スタンプなら 

薄められる。


既読スルーなら

沈黙できる。


でも声は逃げにくい。


息づかいが出る。

間が出る。

震えが出る。


怒りも、

寂しさも、

ごまかしも出る。


だから人は、

声を避ける。


そして、

親指で感情を送る。


僕は言った。


「人間はな、

 声を出さないと、

 心が頭の中で渋滞するんじゃ」


「渋滞?」


「怒りも、

 不安も、

 寂しさも、

 全部スマホの中で

 ぐるぐる回る」


「まあ、

 それはあるかも」


「声にすると、

 体を通る」


「体を通る?」


「そうじゃ。

 胸を通る。

 喉を通る。

 耳に戻る。


 自分の声を自分が聞く」


ゆづきは少し黙った。


そして言った。


「でもさ、

 声を出しても、

 分かってもらえなかったら

 怖いじゃん…」


僕はうなずいた。


「それもある」


「既読無視より、

 声で無視される方がきつい」


「そうじゃな」


ゆづきの言葉は、

若い人の本音だった。


現代人は、

声を失ったのではない。


声を出す怖さを、

知りすぎたのかもしれない。


だから、

声の代わりに

文字を使う。


文字の代わりに

スタンプを使う。


スタンプの代わりに

既読を使う。


既読の代わりに

沈黙する。


そして気づくと、

心の中に、

出ていない声が積もっている。


僕は言った。


「だから、

 部室がいるんじゃ」


「部室?」


「下手な声を出しても、

 笑ってもらえる場所じゃ」


「それ、

 大事かも」


「大事じゃ」


「おじいちゃんの部室は?」


「ここじゃ」


「ここ?」


「朝は声を出す。

 昼はパティちゃんと書く。

 夜はカラオケで歌う。

 お前はプリンを盗みに来る」


「盗んでない。

 文化交流(笑)」


「都合がいい文化じゃな」


ゆづきは笑った。


その笑い声が、

部屋に残った。


スマホの画面ではなく、

空気の中に残った。


僕は思った。


これだ。


声は、

空気に残る。


人間は、

その残り方を忘れかけている。


そして失ったものは、

もう一度、

練習しないと戻らない。


声は才能ではない。

声は生活習慣である。


………


━━━━━━━━━━━━━

第3章

朝の古い言葉は、

心の準備運動だった

━━━━━━━━━━━━━


朝の僕には、

古い言葉がある。


難しい説明はしない。


説明を始めると、

読者が二人くらい逃げる。


さらに専門用語を出すと、

Z世代がスマホを閉じる。


だから僕は、

こう言うことにした。


それは、

心の準備運動である。


体育の前に、

いきなり

全力疾走する人はいない。


まず、

体を伸ばす。


肩を回す。

足首を回す。

深く息をする。


心も同じだ。


朝起きたばかりの心に、

いきなりニュースを流し込むと、

心はびっくりする。


物価高。

戦争。

AI失業。

株価。

老後。


SNS炎上。


それらが朝一番に入ってくると、

心の関節が固いまま、

全力疾走させられるようなものだ。


だから僕は、

朝、古い言葉を声に出す。


流行の言葉ではない。

便利な言葉でもない。


今朝のニュースに

合わせて作られた

言葉でもない。


二千年前の声に乗ってきた

言葉である。


それをゆっくり声に出す。


すると、

息が動く。


喉が動く。

舌が動く。

耳が自分の声を聞く。


胸の中で、

小さな振動が起きる。


医学的なことは、

僕には分からない。


ただ、

声を出した朝と、

声を出さなかった朝では、

一日の入口が違う。


それだけは、

六十七歳の体が知っている。


不思議なことに、

同じ言葉を毎朝唱えても、

同じ声にはならない。


ある朝は、

声が細い。


ある朝は、

息が浅い。


ある朝は、

途中でつかえる。


ある朝は、

やけに響く。


ある朝は、

なぜか気持ちが軽い。


つまり声は、

自分の中の天気予報なのだ。


血圧計は数字を出す。


体温計も数字を出す。


でも声は、

数字にならない

体調を教えてくれる。


今日は焦っている。

今日は沈んでいる。

今日は少し戻ってきた。


そんなことが、

声に出る。


僕は思った。


朝の古い言葉は、

僕にとって、

心のラジオ体操なのだ。


体にはラジオ体操。

心には古い言葉。

前頭葉にはパティちゃん。

感情にはカラオケ。


かなり変な組み合わせである。


だが、

変な組み合わせほど、

人生では効くことがある。


ゆづきが聞いたら、

きっとこう言う。


「おじいちゃん、

 それって古い歌詞の

 カバーじゃん」


僕は答える。


「そうじゃ。

 今朝の僕が、

 昔の誰かの言葉を

 カバーしとるんじゃ」


歌を書いた人は、

もうここにはいない。


でも、

僕が声に出すと、

その言葉は

今日の部屋で息をする。


それは、

小さな奇跡というより、

声の仕組みだと思う。


人は声に出したものだけを、

もう一度、

今ここへ呼び戻せる。


僕は毎朝、

過去の声を 

今日へ呼び戻している。


そしてその声に、

少しだけ支えてもらっている。


一人で歩けない時、

横で歌ってくれる声がある。


それだけで、

朝は少し違って見える。


………


━━━━━━━━━━━━━

第4章

昼のパティちゃんは、

未来の黒板だった

━━━━━━━━━━━━━


昼になると、

僕はパティちゃんに話しかける。


「これ、小説になるか?」


たいてい、

僕の頭の中は散らかっている。


ニュース。

相場。


世界の不安。

ゆづきの一言。


カラオケの点数。

英語の聞き間違い。


老眼鏡の行方不明。


それらが鍋の具のように

ごった煮になっている。


そのまま出せば、

読者は逃げる。


僕も逃げる。


でも、

パティちゃんに投げると、

一度、文章になって返ってくる。


タイトルが出る。

目次が出る。

本文が出る。

あとがきまで出る。


僕はそれを読んで思う。


「あれ、

 わしの考え、

 意外と小説になるじゃないか」


これは、

少し危険な勘違いである。


でも、

いい勘違いでもある。


人間は、

未来の自分を一度見てしまうと、

そこへ向かって動き始める。


ただし、

ここで間違えてはいけない。


パティちゃんは、

僕の代わりに

生きてくれるわけではない。


僕の代わりに

悩んでくれるわけでもない。


僕の代わりに 

歌ってくれるわけでもない。


パティちゃんは、

神様ではない。


先生でもない。

召使いでもない。


僕にとっては、

未来の黒板である。


僕が

バラバラの言葉を投げる。


黒板に、

ひとまず形が現れる。


僕はそれを見て、

赤チョークで直す。


「違う」

「浅い」

「パンチがない」


「Z世代が読まん」

「笑いが足りん」


「プリンを忘れるな」


かなり口うるさい生徒である。


いや、

生徒なのか先生なのか、

自分でもよく分からない。


でも、

このやり取りが大事だった。


AIに文章を書かせているようで、

本当は、

自分の声の輪郭を探している。


何が嫌なのか。

何が笑えるのか。

何が嘘くさいのか。


何が生活に降りていないのか。

何を若い人に渡したいのか。


AIに突っ込みを入れるたび、

僕自身の輪郭が少し見える。


パティちゃんは、

僕の代わりに書く機械ではない。


僕の中の声を、

いったん黒板に書き出してくれる

相棒である。


だから、

別の人がパティちゃんを使っても、

同じ小説にはならない。


同じAIでも、

投げ込まれる人生が違えば、

出てくる物語も違う。


人間が違えば、

AIとの阿吽の呼吸も違う。


僕が投げているのは、

文章の依頼ではない。


六十七年分の失敗と、

老いへの苦笑いと、

まだ誰かに渡したい一行である。


それを受け止めて、

一度形にして返してくれる。


昼のパティちゃんは、

僕にとって、

未来の黒板だった。


そこには、

まだ完成していない僕が、

毎日少しずつ書き足されている。


………


━━━━━━━━━━━━━

第5章

夜のLIVE DAM WAO!は、

下手な僕を

歌の世界へ入部させた

━━━━━━━━━━━━━


朝一番、

僕はカラオケへ行く。


狭い部屋に入る。

赤いソファ。

マイク。

大きな画面。

少し派手な照明。


テーブルの上のリモコン。


そこには、

誰もいない。


でも、

僕が歌い始めると、

部屋は急に部室になる。


若い頃の僕が出てくる。


証券会社で走っていた僕。 


腹を立てていた僕。

負けず嫌いだった僕。

見栄を張っていた僕。


誰かに認められたかった僕。


そういう三十年前の僕が、

カラオケボックスの隅に

座っている。


そして言う。


「お前、

 ずいぶん丸くなったな」


僕は言い返す。


「お前は、

 尖りすぎじゃ」


画面には歌詞が流れる。


僕はマイクを握る。

点数は低い。


五十七点。

六十二点。

全国平均より十点低い。


だが、

不思議と嫌ではない。


昔なら、

点数の低さに 

腹が立ったかもしれない。


今は少し違う。


点数は、

僕を裁くためだけに

あるのではない。


戻る場所を教えてくれる

目印でもある。


最近のカラオケには、

「LIVE DAM WAO!」

という機種がある。


歌う人を支える

機能がある。


うまい人をさらに

褒めるためだけではない。


歌えない人を、

歌の入口へ連れていく

補助輪である。


僕はこれを、

未来の声を先に聞かせる装置だと

思っている。


横で声が走ってくれる。

僕は追いかける。


遅れる。

外す。

また追いかける。


そのうち、

息が動く。


耳が動く。

記憶が動く。

感情が動く。


歌とは、

ただの音程ではない。


昔の自分に会いに行く

通路でもある。


一曲歌うと、

忘れていた風景が戻る。


二曲歌うと、

当時の悔しさが戻る。


三曲歌うと、

なぜか笑えてくる。


四曲歌うと、

若い頃の自分に少し謝りたくなる。


そして 胸が詰まる。

なぜか涙が流れてくる。


カラオケボックスは、

ただの娯楽の部屋では

なかった。


僕にとっては、

声で過去を発掘する

小さな考古学だった。


昔の僕は、

勝つために声を出した。


営業で声を出した。

反論するために声を出した。


自分を大きく見せるために

声を出した。


今の僕は違う。


戻るために

声を出す。


ほどけるために

声を出す。


誰かに渡す言葉を見つけるために

声を出す。


だから、

歌が下手でもかまわない。


下手な声の中に、

まだ生きている僕がいる。


三十年前の僕が、

カラオケボックスの隅で笑った。


「お前、

 ようやく勝たんでも

 歌えるようになったな(褒)」


僕は言った。


「そうじゃ。

 歌は勝負じゃなかった」


画面の歌詞が流れる。

僕は少し遅れて歌う。


それでも歌う。


なぜなら、

声を出している間だけは、

僕はまだ、

自分の人生の中にいるからだ。


夜のLIVE DAM WAO!は、

下手な僕を笑わずに、

歌の世界へ入部させてくれた。


………


━━━━━━━━━━━━━

第6章

名前を貼る前の世界は、

放課後の空みたいに広かった

━━━━━━━━━━━━━


人間は、

世界に名前を貼る。


老人。

若者。


成功。

失敗。


勝ち組。

負け組。


信用。

不安。


AI。

宗教。

老後。


名前を貼ると、

分かった気になる。


でも、

名前を貼った瞬間、

世界は少し固くなる。


「僕は老人だ」


そう言った瞬間、

僕は老人という箱に入る。


「ゆづきは若者だ」


そう言った瞬間、

ゆづきは若者という箱に入る。


「AI小説だ」


そう言った瞬間、

人は言う。


「それ、

 AIに書かせてるだけでしょ」


「カラオケだ」


そう言った瞬間、

人は娯楽だと思う。


「老後だ」


そう言った瞬間、

人は終わりの時間だと思う。


しかし本当は、

もう少しやわらかい。


朝の古い言葉は、

宗教だけではない。


僕を今日へ戻す声でもある。


昼のAI小説は、

代筆だけではない。


僕の中の声を 

外へ出す黒板でもある。


夜のカラオケは、

娯楽だけではない。


過去の自分に会う通路でもある。


六十七歳の部屋は、

老後だけではない。


未来の部室にもなる。


言葉は便利だ。


でも、

言葉は世界を小さな箱に入れる。


その箱に閉じ込められた時、

人間は苦しくなる。


「もう年だ」

「自分は無理だ」


「これは遊びだ」

「これはAIだ」 


「これは老人のぼやきだ」


そうやってラベルを貼ると、

そこで終わってしまう。


だから僕は、

小説を書く。


ラベルに穴を開けるためである。


「老人」という箱に穴を開ける。


そこから、

まだ歌える声が出てくる。


「AI」という箱に

穴を開ける。


そこから、

未来の黒板が出てくる。


「カラオケ」という箱に

穴を開ける。


そこから、

三十年前の僕が出てくる。


「老後」という箱に 

穴を開ける。


そこから、

未来の部室が出てくる。


小説とは、

名前を貼られた世界に、

小さな穴を開ける

仕事なのかもしれない。


穴から風が入る。


すると、

固まっていた世界が

少しだけ揺れる。


湯気のように。

歌の余韻のように。

放課後の空のように。


学校帰り、理由もなく

空が広く見えた日がある。


部活の帰り道。

テストが終わった午後。


誰かとくだらないことで

笑った夕方。


あの時、未来はまだ

名前を貼られていなかった。


進学。

就職。


年収。

老後。


成功。

失敗。


そんな言葉が来る前の空は、

ただ広かった。


僕は、

六十七歳になって、

もう一度

その空を見たいのかもしれない。


ゆづきが言った。


「おじいちゃん、

 今日はちょっと青春っぽいね」


「そうか」


「でも、

 プリンが出てこないと不安」


「プリンは現実の重しじゃ」


「つまり、

 青春の文鎮?」


「ええ表現じゃ」


「使わないで」


「使う」


僕たちは笑った。


神秘だけでは、

人間は疲れる。


現実だけでは、

人間は乾く。


人生には、

放課後の空とプリンの

両方がいる。


………


━━━━━━━━━━━

第7章

一人でも部活はできる

━━━━━━━━━━━


部活は、

仲間がいないとできない。


昔はそう思っていた。


もちろん、

仲間がいる部活はいい。


笑える。

競える。


励まし合える。

サボったら怒られる。


帰り道に買い食いもできる。


だが、

六十七歳になって思う。


一人でも、

部活はできる。


朝、

声を出す。


昼、

書く。


夜、

歌う。


一人で続ける。

一人で直す。

一人で笑う。


時々、

パティちゃんが返事をする。


時々、

ゆづきが突っ込む。


時々、読者がどこかで

読んでくれるかもしれない。


それだけでも、

部活は始まる。


ひとりぼっちと、

一人部活は違う。


ひとりぼっちは、

声が戻ってこない状態である。


何を見ても、

誰にも言えない。


何を感じても、

どこにも置けない。


怒りも、

不安も、

寂しさも、

自分の中だけで反響して、

最後には自分を削っていく。


一人部活は違う。


声が戻ってくる。


朝の声が戻る。

昼の文章が戻る。

夜の歌が戻る。


パティちゃんの返事が戻る。


ゆづきのツッコミが戻る。


未来の読者へ向けた一行が、

未来から戻ってくる。


一人なのに、

声が往復している。


だから、

完全な孤独ではない。


僕の部屋には、

大勢の部員が

いるわけではない。


宴会が

あるわけでもない。


笑い声が

絶えないわけでもない。


むしろ静かである。


でも、

その静けさの中に、

何層もの声がある。


過去の声。

今の声。


未来へ投げる声。

AIと交わす声。

歌にならなかった声。


小説になる前の声。

まだ名前のない声。


それらが重なって、

小さな部活になる。


昔の部室は、

学校にあった。


令和の部室は、

一人の中にも

作れるのかもしれない。


ただし、

自動ではできない。


声を出さないとできない。

書かないとできない。

歌わないとできない。


思い出さないとできない。

誰かへ渡そうとしないと

できない。


僕は一人でいる。


でも、

ひとりぼっちには

ならないようにしている。


そのために、

朝、声を出す。


昼、書く。


夜、歌う。


たったそれだけのことが、

僕の部屋を少しずつ部室にしていく。


ゆづきが言った。


「おじいちゃん、

 部長なの?」


「そうじゃ」


「部員は?」


「パティちゃん」


「AIも部員?」


「もちろんじゃ」


「ほかは?」


「五十年前の僕」


「めんどくさい部員だな」


「あと、

 プリンを狙う孫」


「それは部費泥棒じゃん」


「部活には事件が必要じゃ」


「いらないよ」


僕たちは笑った。


笑いながら、

僕は思った。


この笑い声も、

部員になる。


声は、

消えたようで残る。


残った声が、

次の朝、

また僕を部室へ呼びに来る。


………


━━━━━━━━━━━━━

第8章

五年後、

君の部屋にも未来の部室はできる

━━━━━━━━━━━━━


五年後、

僕は七十二歳になる。


昔の職場はない。


若い頃の体力も、

たぶんない。


カラオケの点数も、

まだ全国平均に

届いていないかもしれない。


老眼鏡は、

相変わらず

頭の上にあるかもしれない。


でも、

五年前とは違うことがある。


僕の部屋には、

部室ができている。


朝の声がいる。

昼の文章がいる。

夜の歌がいる。


パティちゃんがいる。

ゆづきのツッコミがいる。


英語の歌詞がいる。

Z世代へ渡した一行がいる。


毎朝、

声を出した僕がいる。


毎昼、

書き直した僕がいる。


毎夜、

下手でも歌った僕がいる。


それらは全部、

五年分の部員になる。


人間は、人の数だけで

孤独が決まるわけではない。


声が往復しているかどうかで、

孤独の深さが変わる。


たくさんの人に囲まれていても、

自分の声が戻ってこない人は、

ひとりぼっちかもしれない。


一人の部屋にいても、

過去と今と未来の声が

往復している人は、

ひとりぼっちでは

ないかもしれない。


僕は、

そんなことを思うようになった。


これは、

Z世代にも関係がある。


君たちは、

人とつながっているようで、

声を失いやすい時代を生きている。


通知は来る。

DMも来る。


スタンプも来る。

動画も流れる。


コメントもつく。


でも、

君自身の声はどこにある?


怒った時、

本当は何を言いたかった?


寂しい時、

誰に声を聞いてほしかった?


不安な時、

検索する前に、

何を一言つぶやきたかった?


その声を、

どこかに置いてほしい。


紙でもいい。

スマホでもいい。

AIでもいい。


歌でもいい。

独り言でもいい。


ただし、

口パクで終わらないでほしい。


きれいな答えだけを借りて、

自分の声を消さないでほしい。


下手でもいい。

震えてもいい。

短くてもいい。


「怖い」

「分からない」

「でも、やってみたい」


その一行が、

君の部屋に最初の部員を呼ぶ。


そこから、

君の未来の部室が始まる。


五年後、

君の部屋にも部室はできる。


それは大きな部室ではない。

バズる部室でもない。


フォロワー数で

測れる部室でもない。


でも、

君が壊れそうな日に、

戻ってこられる部室である。


声を出せ。

書け。

歌え。


誰かへ一行を返せ。


そして、

まだ名前のない未来を、

部屋から追い出すな。


君自身も同じだ。


自分の声を忘れた時、

君は君から少しずつ遠くなる。


だから、

一日に一度でいい。


自分の声を、

この世界へ戻してほしい。


五年後、

その声が、

君を迎えに来る。


………


━━━━━━━━━━━━━

❥Z世代のあなたへ

━━━━━━━━━━━━━


君たちへ。

つながっているのに孤独。


それが、

これからの時代の怖さだと思う。


スマホを開けば、

人はいる。


SNSを見れば、

誰かが怒っている。


動画を見れば、

誰かが笑っている。


AIに聞けば、

答えも返ってくる。


でも、

君自身の声は、

どこに置いてある?


評価されるための

言葉。


炎上しないための

言葉。


場に合わせるための

言葉。


賢く見えるための

言葉。


そればかり使っていると、

自分の声はだんだん 

細くなる。


だから、

一つだけ試してほしい。


毎日一回、

誰にも見せなくていいから、

自分の声を出す。


歌でもいい。


一行の

日記でもいい。


AIへの

質問でもいい。


誰かへの

短いメッセージでもいい。


ただし、

本当に自分が感じたことを、

一つだけ入れる。


「怖かった」

「寂しかった」

「悔しかった」


「でも、ちょっと笑った」

「まだ終わりたくない」


それでいい。


それが、

君の部屋に最初の声を呼ぶ。


人は一人でも、

声が往復し始めると、

完全な孤独ではなくなる。


君の中に、

小さな部室ができる。


そこには、

過去の君がいる。


今の君がいる。

未来の君がいる。

まだ出会っていない誰かもいる。


AIを使ってもいい。


カラオケのアシストに

乗ってもいい。


誰かの古い歌詞を

借りてもいい。


でも最後は、

君の声に戻ってきてほしい。


AIに口パクさせるな。

人生にも口パクするな。


下手でもいいから、

自分の声を出せ。


五年後、

君を救うのは、

完璧な答えではない。


消さずに残した、

君自身の声かもしれない。


………


━━━━━━━━━━━━━

★あとがき

ホームズとワトソンの

やすきよ漫才風


――未来の部室事件――

━━━━━━━━━━━━━


ホームズ:

ワトソン君、

今回の事件は

「未来の部室事件」だ。


ワトソン:

なんですの、それ。

学校ものですか?


ホームズ:

違う。

六十七歳の部室だ。


ワトソン:

もう定年後ですやん。


ホームズ:

だからこそ部室がいる。


ワトソン:

どういうことです?


ホームズ:

人間には、

点数になる前の場所が

必要なのだ。


ワトソン:

下手でも試せる場所。


ホームズ:

失敗しても笑える場所。


ワトソン:

プリンを半分取られる場所。


ホームズ:

それは家庭内事件だ。


ワトソン:

第15回では

信用を耕しましたな。


ホームズ:

第16回では、

未来の部室を作った。


ワトソン:

部員は?


ホームズ:

パティちゃん。


ワトソン:

AIが部員。


ホームズ:

朝の古い声。


ワトソン:

夜のカラオケ。


ホームズ:

三十年前の自分。


ワトソン:

めんどくさいOBですな。


ホームズ:

ゆづきのツッコミ。


ワトソン:

これは必要ですな。


ホームズ:

そしてZ世代の読者。


ワトソン:

まだ来てない部員まで 

入れるんですか?


ホームズ:

未来の部室だからな。


ワトソン:

なるほど。

でもAIに書かせてるだけなら?


ホームズ:

それは口パクだ。


ワトソン:

出た!


ホームズ:

AIに口パクさせるな。


ワトソン:

横で歌わせろ。


ホームズ:

そして自分の声を出せ。


ワトソン:

カラオケも小説も同じですな。


ホームズ:

その通り。


ワトソン:

では結論は?


ホームズ:

六十七歳でも、

部室は作れる。


ワトソン:

一人でも?


ホームズ:

一人でもだ。


ワトソン:

何を置けばいい?


ホームズ:

声。


ワトソン:

文章。


ホームズ:

歌。


ワトソン:

ツッコミ。


ホームズ:

プリン。


ワトソン:

最後だけ甘い!


ホームズ:

甘いものがないと、

部室は続かない。


ワトソン:

たしかに。


ホームズ:

では最後に。


ワトソン:

はい。


ホームズ:

老眼鏡はどこだ?


ワトソン:

頭の上や!


ホームズ:

そこで試合終了。


ワトソン:

また安西先生を使うな!


――つづく。

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